第3話 何でいるの
【登場人物紹介②】
草津 渚 (くさつ なぎさ)
ヒロの友達。ヒロと両想い。料理がとてつもなく得意。感情豊か。気が強い。浪費家。握力が強い。
深夜2時。
会社から帰ったヒロは疲れすぎて逆に眠れず、昔のように渚に誘われるがまま、通話を繋いで一緒にゲームのマルチプレイをして遊んでいた。
後5時間もすれば会社に行かなくちゃいけないのに何をしてるんだ?俺は。
しかし、気づかないうちにこの時間が俺の中の癒しになっていた。
度重なる不運に加えて会社で絞られるのが続き、崩壊寸前だった俺のメンタルを救ってくれた。
なお未だ、3年もの間連絡を拒否していた点は謝れていない。渚もその点について言及してくる様子が無い。何故だろう?
渚がわざわざ俺の家に来てくれて、メンタルを救ってもらったんだ。ちゃんと謝ってお礼言わないと……。
そう思いつつも、お喋りの渚がベラベラと絶え間なく喋り続けるためなかなかその話を切り出せない。
デイリークエストが一通り終わったところで、渚が『あ!』と、思い出したような声を上げた。
「ねー。次のお休み一緒に出掛けようよ」
「あえ?いいけど。どこ行くの」
「ジャンボメッセで、テレ東のイベントやるんだって。好きな声優さんのサイン会とかもあるんだー!ひひ。楽しみ」
「いいね。でも、結構遠くない?」
「40分電車に乗るだけじゃん。鼻ほじってればすぐ着くって」
「40分鼻ほじり続けるのはちょっと…」
高校時代、行動範囲内でオタクイベントが開催されれば一緒に参加するのがヒロと渚の日常でもあった。
そしてアクティブに動き回る渚を見守っていたら既に1日が終わっていたなんてこともある。
10:30。会社は休み。
約束通りヒロは渚と合流して一緒に電車に乗り、イベント会場へやってきた。
開場30分前のはずだが、入口前を見ると既にざっと数えて何百人規模の長蛇の列がある。
「わー。相変わらずでっかいねここ」
「だなあ。しかも激混みなのがここからでも見える」
これから並んだとて、入場直後人でごった返すのが目に見えているのがあまりにもダルかったヒロと渚は、近くで発見した漫画喫茶に入り、会場の人がある程度捌けるまで時間を潰すことにした。
ふと、気になった事を渚に聞いてみることにした。
「そういえばさ。渚って今何してんの?」
「んー?ニート!」
「ニート!??」
「うん!全然ニート!終身名誉自宅警備会長やってる!」
「かっこいい」
「でしょ?偉いからちゃんと畏まってね?」
「はいはい。でもこれまたどうして?」
「前の職場がお給料良くて結構貯金は出来たんだけど、ブラックでさ。この間辞めちゃったんだー」
「料理店だっけ?」
「うん」
道中、列の後ろを通っただけで2人はとんでもなく注目を浴びた。そしてすれ違う人全てに凝視される。
視線のゆく先は100%、渚だ。それだけ目立ち注目されながらも渚の目は真っ直ぐで胸を張り、堂々としたものだった。
ヒロはあまりの目線に、自分など見られてないと分かっていながらも陰に隠れたくなった。
予想してた通りだな。完全に場違いってくらい可愛いもん、こいつ。
やっぱりすごいな……。渚は。俺なんかとは全然違う。
「ていうかさ。ヒロは何の仕事してんの?麻〇の密輸?コ〇インの密輸?あっ!分かった!拳〇の密輸とか!?………まさか、白い〇の密輸っていうんじゃないでしょうね?」
「何でだよ。何も『分かった!』じゃねえ。全部やってねえわ。てか何で危ない路線なんだよ。密輸から離れろ」
「スリルあってカッコいいよねー。………はっ!!ちゃんと捕まんないようにしてよ!?」
「やってねえって言ってんだろ」
下らない会話をしながら漫画喫茶に入った2人は、安価かつ空いているカフェスペースを陣取った。
「ここにしよー」
「うん……ん?うん」
渚が楽しそうに指さしたのは、小さなソファだった。体格が大きな男性とかなら、2人座るのは不可能になるくらいに小さい。
2人で座るにはグッと詰める必要があり、その身体の距離がゼロになり密着するのが、もはや誰の目からでも明らかなサイズのソファだった。
その場でカフェスペースを見渡すと、人はガラガラでほとんどの席が空いていた。もっと大きなソファやテーブル椅子なんかもある。
もっと広いところ、いくらでも空いてるのにな……。
ヒロは疑問に思いながらも先に椅子に座った渚を置いて、アイスクリームを取りに足を進めた。
食べ放題のアイスクリームを山盛りにし、我慢出来ないという風に大きな口を開けて頬張った。
アイス美味ぇな……。久しぶりに食べたかも。
さて。渚にどのタイミングで謝ろうかな?
渚のことだから自分からその事で文句を言ってくると思ったんだけどな。もしかしたら、俺から切り出すのを待ってるのかもしれない。
ちょうどいいし、今話してしまうか。
渚の分のアイスを手に持ち、緊張しながらソファへ足を進め、声を掛けた。
「な、なぁ。渚」
渚の顔を覗き込むと、漫画を右手に持ったまま気持ち良さそうにグーグーと熟睡しており、ヒロはずっこけた。
寝とる!!!寝不足かよ!!!
まぁいいか…………。ほっとこう。1時間くらいしたら起こしてあげれば……。
ヒロは渚と一緒にソファに座った。その光景を傍から見れば、2人は仲良しの恋人同士そのものでしかなかった。
あ、確かに座り心地いいなぁこれ。
渚とがっつり右横半身が密着している。寝ているとはいえ少し落ち着かないかも……。
ヒロは目の前の小さなテーブルにアイスを置き、漫画を読み始めた。
しかし、漫画に集中する事が出来なかった。
そして目が、自然に、無意識に、何ともなく、勝手に、すぐ右隣の渚の方へ吸い寄せられていく。
そのまま、寝ている渚をじっと数十秒見つめた。
無防備で、ほんの少しだけ幼さの残った渚の寝顔は、女の子と遊ぶ機会なんて就職以降失ってしまったヒロからしてみればあまりにも魅力的だった。
どっっちゃくそ可愛いな。渚。
そういえばいちばん重要なことを疑問視していなかった。
何で俺なんかとやたら遊びたがるんだろう?
その時不意に、渚の首がかくんと曲がった。そしてそのままその頭がヒロの肩に委ねられる。渚はヒロに寄っかかる体制になった。
あ、あれ…………?
うぉぉぉぉおお!!何だこの状況は!!
身動きが!!取れねぇ!!
ヒロは落ち着かず、今すぐに身体を動かしたいが、渚に寄りかかられている為叶わない。
慌てふためき、気を紛らわすために挙動不審な人のように目だけキョロキョロと動かした。
結局、渚に目線を吸い寄せられる。
女の子の身体ってめちゃくちゃ柔らかいんだな。服越し、横半身で密着するだけでも分かる。
手を繋ぐなんてそんなの比じゃない。彼女いない歴=年齢の俺には、あまりにも刺激が強すぎる。心臓がもたない。
それでもなお、目を吸い寄せられる。
無防備に寝息を立てる渚の、自然に上下している胸。生地が厚手だから見ただけじゃ大きさはよく分かんないけど、確かにしっかりと膨らみがある。
小さくて繊細な手指。俺よりもずっと器用に何でも出来る手なのに、それを想像させないほど柔らかで少女のような佇まいで、ちょこんと太ももの上に乗っている。
いかん!!!いかんいかんいかんいかん。
はっ!!首がかくんと曲がっているな!!これはいけない!!このままでは渚が寝違えてしまう!!
ヒロはそのまま凝視したくなるのを必死に抑えて、両腕を上げて渚の両の耳元を優しく指先で支えて真っ直ぐ元に戻してあげた。
安堵の息を吐いたヒロは、そのまま漫画を読み始めた。
むにゅ。
ん?なんだ?この感触は……。
こ!
これは、まさか………!!!!
ちらりと見ると渚は目を瞑り寝息を立てたまま、身体を少しヒロの方へよじらせていた。
確かに腕に押し付けられた柔らかな胸と、その感触。
指1本、動かせないのですが………!??
不味い。これは不味いぞ!!どうすればいい。俺はどうすればいいんだ!!
渚は?
………やっぱり目を瞑って寝息を立ててる。寝たままだ。
ヒロはそれを目を見開いて見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。
………………ちょっとくらい触っても許されるよな?
というか既に腕で触ってるし。たまたま手で触れることくらいあるって。
…………って!!だめだだめだっ!!!何を考えてんだ俺は!!
ヒロは大いにその劣情に振り回されながら慎重に腕を動かし、渚の身体の角度と首を再び元に戻した。
何度真っ直ぐに戻しても渚の身体はヒロにもたれかかってきたが、その度にヒロは渚の身体と首を元に戻し、漫画を読み進めた。
やべーーー。なんかもっと難しい本持ってくれば良かった。理性が持たない。
そして1時間程経過した。渚は今もなお、ヒロの肩に寄りかかって寝ている。
気持ち良さそうに寝ているので放っておこうか迷ったけど、起こさずに後から文句を言われるのは避けたいしな。
そう思ったヒロは渚の膝をぽんぽんと叩いて起こしてあげた。
心底眠たそうな瞳の渚は、目を擦りながらゆっくりと左を向きヒロを見つめた。
「んぅ……。……え?ヒロ?何でいるの?」
「お前が誘ったんだろが!!」
ドキドキを返せ。
全く………。
ヒロは内心憤慨と安心を湛えながら漫画を返しにソファを離れた。
その後ろ姿を見つめる渚は、震えながら右手に掴んでいた漫画をギリギリと握り潰していた。
11:30。
ヒロと渚は一緒にジャンボメッセに入場し、色々なコーナーを見て回った。
渚は物欲に正直な金の使い方をするので、毎回帰り道はヒロもその大量の戦利品を半分くらい持たされる。そして社会人になり、それは顕著になっていた。
まあ、こいつが喜んでるなら別にいいんだけど……。
そして、渚は無事に目当ての大好きな声優さんのサインをもらうことが出来た。しかし緊張し過ぎたのか、渚の表情がガチガチに固まっていた。
ヒロが横で思わず微かに笑うと、渚はハッとしたように自然ににこりと笑って声優さんにお礼を伝えた。
渚が全て買えたと思った頃には、既に夕方になっていた。夕日に照らされながら、駅に向かって2人で歩く。
渚は俺の方をくるりと振り返り、「にっ」ととびっきりの笑顔で笑った。
「楽しかったね!ひひ」
「そうだな。渚、ガチガチになってたけどな」
「えっ?東京湾に沈みたい?」
「すみません」
ニコニコ笑顔でヒロを見つめる渚。地響きと殺気のオーラが見える。
俺の事は散々いじってくるくせに……。
だけどそんなところすら愛らしくて、許さざるを得ないのだった。
苦しい。
渚を見る度に、会話をする度にその感情に気づいて。
好きって、こんなに胸が苦しいんだ。
「それでも、やっぱり渚は可愛いよ。誰よりも」
「はっえ!?え!??」
わっ!?いかんいかん!?本心が口から漏れてしまった。
しかし渚は頬を真っ赤に染めて、驚きに目を見開いてヒロを見つめていた。
「お………っ!おお!!わかってるじゃねーか!やっとわかったか!?かわいいんだよ!!わたしは!!」
「はい。はい」
「もっと褒めろっ!!もっと言え〜!!」
「可愛い、可愛い。渚が1番可愛い。今まで見てきた女の子の中で1番可愛い」
「……………!!!!ちょっとトイレ行く!!!!」
渚は顔を真っ赤にしたままぎゃ〜〜〜〜!!と叫び、トイレに走っていってしまった。
どうしたんだあいつは……。
トイレから戻ってきた渚と共に、再び歩き出す。渚は何やら絵に書いたようにまんまるとつやつやとした笑顔だった。
そして渚は買いすぎたのか、肩に掛けていた戦利品の袋の紐が千切れ、買ったものをドサドサと全て地面に落とし、再びぎゃ〜〜〜〜!!と叫んだ。
騒がしいな!?俺ら!!
周りの人の目線がこちらに集まり、2人は慌ててしゃがみこみ、袋の中に詰めなおす。
「うわぁぁーん!!!」
「やっべぇ……。いいから早く拾うぞ」
「私、悲しいよう………。Hey,Siri?私は一体どうしたらいいの………」
「はよ拾えや」
今日は謝れなかったな……。
次はちゃんとタイミングを見つけないと。
ヒロは戦利品をひたすら拾い上げながら、今度こそ、と固く心に誓った。
戦利品を入れる新しい袋を調達し帰っていると、不意に渚はヒロのすぐそばに歩み寄って、耳元で囁くように言った。
「今日さ。私のお家に寄っていかない?」
何か企んでそうに、いたずらっぽい眼差しと微かに赤く染まった頬はなにか色めいていて。
楽しそうに薄く笑う渚の不意打ちの囁き声に、ヒロの心臓はドキリと跳ねた。
だ、ダメだ。ここで慌てたら、いじられてしまう。
ヒロは心臓をバクつかせながら、襟を正す思いで表情を普段のとおりに繕った。
「急にどうした」
「えっと………。卵がいっぱい余ってるから、オムライス作ってあげる!」
「ごめん俺カレーの気分なんだ」
きょとんとした渚は前いてしばらく考えて、再びヒロに向き直る。
「カレーも作れるよ」
「渚の家って結構遠いよね?足がツラすぎるよ。着く頃には足取れてる」
「じゃあ私ニートだから、ヒロの家に寄って作ってあげてもいいよ」
「今うちジャガイモしかない」
「材料買って来てあげる」
「俺の家今奇跡のレベルで汚いからダメ」
ふたりの間に沈黙が流れる。
今日は疲れたから、もう1人になりたいんだよなー……。
ヒロはそんな風に考えながら渚の方を向き直ると、渚はにこにこと笑っていた。
「そっか。じゃあまたの機会にね」
渚は諦めたのか、にこにこしながら進む先を見つめてそう言った。
ヒロは胸を撫でおろした。
渚はポケットに入っている破れた戦利品の袋を震える拳でぎりぎりと握りつぶしていたが、ヒロは知る由もなかった。
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14:00。会社。
ようやくメンタルも安定し、仕事も落ち着いてきたと思ったのに…………。
どうしてこんなことに。
ヒロは青ざめ、デスクで頭を抱えていた。
昨日、ヒロの率いるチームで大量ミスが発生した。納期漏れを起こしたのはヒロの部下である、まだ2年目の女の子。
俺も面倒な仕事を先延ばしにして散々怒られてた時期があったけれど、これ程大量のミスだと流石に即会議レベルだ。運用自体を疑われてしまう。
そう思ったヒロはその女の子を朝一早々に呼び出した。
可能な限り寄り添って話を聞くが、納期は理解していたが手が回らなかったとの一点張り、不貞腐れるような態度。
元々業績が芳しくないどころかミスが多い上、責任転嫁癖がある彼女は俺の話を聞き入れなかった。
『私が悪いんでしょ。ハイハイ。時枝さんに私の気持ちなんて分かるわけないでしょうね』
『いや!待って。話はまだ』
『代わりに私の仕事全部やって下さいよ。気持ち分かりますから』
そう言って背を向け、さっさと面接室を出ていく女の子。
俺も今までやってたんだよ、それ。しかも1番簡単な内容だろ。
何なんだよ?その態度。意味分かんねぇよ。
そう言いたくなるのを必死に抑えて、ヒロは怒りと悲しみに震えた。
これで、改善運用が走るくらいで話が終わればまだ良かった。
その日の午後、ヒロに報告が上がった。
内容はその部下が休憩室で泣き喚き、周囲に手当り次第ヒロからパワハラをされたと言って回っているという内容だった。
「時枝さんがパワハラ……?」
「ヤバ」
「ウチらも気をつけないとね」
この件でヒロのフロアは騒動状態となっている。
浴びる人の目線全てが、心をゴリゴリ抉ってくる感覚はこれまで経験した事があっただろうか。
給料も要らないから、もう帰らせて欲しいと思うことって。
「このご時世にパワハラなんてね」
「Twisterに晒そうぜ」
「労基に相談したらって、あの子に伝えてきます!」
この間葛木さんにこってり絞られたばかりなのに、これか………。
終わった。
俺はもう終わったんだ。
今度こそ首を吊るしかない。
考えてみれば、俺もそうだったな。
会社を辞めたくて仕方ないとか、葛木さんの顔なんかもう見たくないとか。そんな気持ちを抱えながら会社に通った日々もあったから。
でもだからこそ、あの部下の女の子に何て声をかけてやればいいかが分からなかった。
「ちょっと偉くなった気になってない?もしかして」
「大人しい感じなのにさ。猫被ってんだよ結局」
「調子乗んなってな」
すげぇ色々聞こえる。
自分の頭が真っ白になって、パニック寸前なのが分かる。
手の震えが止まらない。苦しい。
俺が消えて皆幸せになるなら、そうすればいいのではないか?
もう何も出来る気がしない。
何はともあれ会社が騒然としているのはまずいと思ったヒロは、経緯を葛木へ報告へ行こうと席を立とうとした。
その時、後ろから怒りに満ちた声が聞こえた。
「全く腹ただしいですね」
ヒロが後ろを振り返ると、同僚の鳴上が腕を組み騒然とするフロアを睨んでいた。
「鳴上さん。なんであなたが怒ってんの」
鳴上は身長178cmという大柄な体格。
太い眉。狩人のようにつりあがった目。分厚い唇。そして威厳ある立ち振る舞いと厳格な雰囲気。
引き締まったスーツの着こなしは、その上からでも身体が鍛え上げられていると分かる。
まさに威風堂々、逞しい男という感じだ。
鳴上は高校時代柔道インターハイという実績があるらしい。その実績もあってか、普段の発言の態度や行動には確固たる自信を感じる。
更に、鳴上はヒロよりも1年遅い入社だが、飛ぶ鳥を落とす勢いでメキメキと仕事で実績を作り、ヒロより先に管理職へ昇格した『出来る男』であった。
ヒロもその1年後に、管理職になっている。つまり同期であり、ライバルでもあるという事だ。
「時枝さんは腹が立たないんですか?議事録を読みましたが、女が悪いとしか思えませんね」
「俺も同じようなミスをしたことがあったから、気持ちは分かるから。そういう思いも含めて伝えたつもりだったんだけど。あの子には全然伝わらなかったみたい」
「こんな事、葛木さんに報告しても笑われて終わりですよ。僕からも″しっかり″言っておきます」
鳴上は筋の通らない部下の態度に納得がいかないようだった。
しかしその部下は、入社2年目のまだまだ学生に毛が生えたような女。
直属の上司に絞られた挙句、こんな巨漢がダブルパンチなんて喰らわせようもんなら、明日から出社すらしなくなってしまうだろう。
「大丈夫大丈夫。多分何かしら対処してくれるよ」
「どこが大丈夫なんですか。なあなあに対応されて、あの女には反省なく居座られますよ。ああいった女には仮に口先で謝られても全く信用出来ませんね。はっきり言って人間性すら疑わしいです。なのでここは僕が」
「いや、大丈夫だから!!本当に!!!」
鳴上は極度の女嫌いだ。女という生命体の発言や態度の全てが信用出来ず、女の事を考えるだけでイライラするらしい。
激昂寸前鬼の形相の鳴上を、ヒロは頑張って10分くらい説得した。
「…………やはり僕達は意見が合いませんね」
「ああ、全くだな。だけどそれでいいんだ。誰からも同じ意見しか出ない組織なんて意味無いから」
「私なら迷わずに、あの女が真っ先に切り捨てられるよう働きかけますが」
「あの子には伸び代だってある。俺自身が環境に伸ばして貰って今ここに立ってるように」
ヒロの真剣な眼差しを見てようやく怒り心頭状態から落ち着いた鳴上は、ヒロをクールな眼差しで一瞥するとスタスタと何事も無かったかのように自席に戻って行った。
その後ろ姿を見守り、ピリッとした空気感から解放されたヒロはぐったりと自席で項垂れた。
何故俺はこんなに疲れさせられてるのだろう……。
鳴上さんと話すと毎っ回疲れるんだよな。勘弁してよ……。これからもっと疲れなきゃならないってのに。
そんな思いを秘めながら、ヒロは事象について葛木に報告するために管理室の前までやってきた。
1億%怒られる。
あっ。そういえば遺書を書き損ねてしまった……。
ヒロは覚悟を決めて、管理室のドアを叩いた。