第24話 私、働きます!
※前半渚目線
※後半ヒロ目線
11:00。
渚は自宅で、Ftuber配信をして休みを謳歌していた。
いやー。
Ftuber活動、やってみたかったんですよねー!
ヒロにも内緒で前々から準備を重ねていた、Ftuber活動を始めて早3日。
配信にリスナーが早くも7、8人くらい常駐するようになり、渚は達成感を得ていた。
夜、もう一度配信しちゃおうかな……!?
アバターはゴスロリ衣装を身にまとった、愛くるしい白髪ロリっ娘。完全に渚の趣味だ。
名前は自分の名前にちなんで、『サナギちゃん』と名付けられた。
ヒロにゲームを教えてもらいハマったあの日から、ずっとイラストを練習してきてよかった……!
加えて渚は難しすぎて発狂して髪を掻きむしりそうになりながら、3Dで動かすための勉強をしていた。
そしてやっと思い通りに動いた時は、渚は感動のあまり『ガチ』の涙を流した。
今でもずっと大事に遊んでる、4年前にヒロに教えてもらったパズルゲーム。
これの配信を夜やりましょうかね。
ひひ。オタク最高ー!
いつかヒロと、一緒に配信するんだ。
ヒロのアバターも考えておかないと……。
あっ!今日もアーカイブ見てくれてた。
サナギちゃんねるには1人だけ、『超熱烈』なファンがいた。配信が楽しみと、毎回のようにコメントと投げ銭をしていくのだ。
やばい。嬉しいー……。
渚がアバターを通して話を聞くと、『会社で怒られて辛い』のだとか。
その子があまりにも可哀想に思った渚は、激アツ演出のソーラン節をゲラゲラと笑いながら披露したのだった。
「いけない!待ち合わせの時間だった」
渚は例の熱烈ファンから『是非渡したいものがある』とDMを受け取っており、会う約束をしていたのだ。
ハンドルネームは『カヌー』さん。
変わった名前だな……。
渚は『カヌー』とネット上で話しただけで顔も合わせた事がないが、女性だといい、話しててすごく優しい人柄なのを感じていた。
ゴタゴタと考えるのは面倒くさいので、会うことに決めたのだった。
もし演技してるネカマって判明したら、ビンタして帰ってくればいいでしょ。
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12:00。
渚は待ち合わせ場所である、某古本屋の前でファンの子を待っていた。
5分くらい待つと、疲れきった表情で申し訳なさそうに会釈する、くたびれたスーツを着たOLが渚に声を掛けた。
「もしかして……サナギさんですか!?遅くなって、ごめんなさい……!」
スーツの女性、つまり『カヌー』の正体はうーさんである。
しかし、渚は目の前の『カヌー』が毎日ヒロと一緒に働いてる事を知る由もなく、逆にうーさんも目の前の憧れの『サナギ』がヒロの彼女という事を知る由もないのだった。
渚はうーさんを見て、目を見開いた。
輝く瞳が特徴的で、……まるで、晴れた日の海の中みたい。
そして胸、でかくない?スーツの上からでも分かる。
………分けてくんないかなー。
清楚だし。ヒロ、好きそ〜〜……。
ヒロも大きい方が好きなのかな?
は?何?〇す。
いけないいけない。取り乱してる場合じゃなかった。
この人が『カヌー』さん?
庇護欲を駆られる感じ。ちょっと可愛すぎない?
「初めまして……!サナギです。カヌーさんに会えて嬉しい〜!!」
「声……配信と同じ……!くぅ……わたし今、感動でちょっと泣きそうです……」
渚は思わず走り寄り、うーさんにぎゅーっとハグをしていた。
うーさんは頬を真っ赤にして、無邪気に抱きついてくる渚に慌てふためく。
「ひゃ〜……!さ、サナギ、さん……!」
「かっわいい!可愛いって!!こんな子!!うちに連れて帰りてぇ〜〜!!カワイイオンナ持ち帰る。ゲヘ。ゲヘヘ」
「は、はは……サナギさんも、すごくかわいいですよ」
渚はふと、うーさんのスーツに違和感を覚えた。
「あれ。スーツ汚れてるよ?あとほっぺたも擦りむいてる」
「これは……へへ。ちょっと、ドジをしてしまいまして」
スーツの右肩に、鳥のフンが乗っていた。そして左頬をよく見ると小さいが擦り傷が出来ていて、血が滲んでいる。
渚は適当にカバンに放り込んだウェットティッシュで、肩と頬を拭いてあげた。
「わ……ごめんなさい。ありがとうございます……」
「いいのー。カヌーさんみたいないたいけな子をこき使うような会社は私が爆発させたげるから。任せといて」
「ひぇ!それは会社の人に申し訳ないですよ。サナギさん……これをお受け取りください」
うーさんは渚に紙袋を差し出した。
中を見てみると、まだ新しいマイク機材が入っていた。
「相方さんと配信するという事を仰ってましたので……。たまたま趣味の研究のために購入したものですが、ほとんど使ってないままです。シリーズも最新なので、よければ使ってください」
「えっ……嬉しい!!カヌーさん。本当にこんないいもの頂いていいの?」
「いいんです。サナギさんに使って欲しくて」
渚はあまりにも嬉しくて、疲れてそうなカヌーさんをお店に連れていき、良さげな枕と枕カバー、アイマスク、入浴剤、ハーブティーのセットを箱買いして紙袋に入れ、うーさんに半ば無理やり渡した。
「カヌーさん……私からの一生のお願いなんだけど、これからも毎日元気に生きてください……」
「私が何かを頂くと思いませんでした……。ありがとうございますっ。サナギさんのおかげで、辛くても頑張れそう」
うーさんは嬉しそうにへらりと笑ったのを見て、渚は完全にうーさんを気に入ってしまった。
犯罪的な可愛さだろマジで。
うーさんは渚にじろじろと見つめられ、露骨に反応に困っている。
って、いけないいけない。カヌーさんは今休憩時間の合間を縫って来てくれてるのを忘れるところだった。
優しい感じの雰囲気が似てるのかな。
なんだかヒロと話してる時みたいに、安心してる。
「カヌーさん。今日の夜もし空いてたら私と遊びましょう。てか遊んでくれよ。おれと。たのむ」
「ひぇ?わたしなんかと遊んでも、つまんないですよ……?」
「いいから遊ぶんだよ!!わかったか?」
「は、はひい」
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19:00。
渚はフラフラで疲れきったうーさんを、良さげな雰囲気の温泉につれてきた。
「お、温泉……!久しぶりに来ました」
「ゆっくりしよ。ね」
温泉に浸かった後は併設しているカフェで食事をし、そのまま一緒にだらだらと休憩していた。
どんどん疲れが取れていくように表情が晴れるうーさんを見て、渚は嬉しい気持ちになりひひ。と笑った。
「カヌーさん見て。私の彼氏」
「え。サ、サナギさんの彼氏さん……!」
……あれ。しまった。
渚は写真を一生懸命スクロールしたが、ヒロを笑わせたくて変な顔に加工した写メとプリクラしかすぐに出てこなかった。
チッ。こんな時に……。
この間のツーショットもヒロのスマホで撮るだけ撮ってまだもらってないじゃん!!
送ってもらわないと。
色々ヒロの写真は撮ってたはずだけどな。
クラウドまで見に行かないと元の写真は無いか。
仕方が無いと思い、渚は高校時代ヒロと遊んだ時撮ったプリクラを見せることにした。
ふざけて2人とも直立真顔で斜め向かいを向いて撮影している。
その場でリストラでも言い渡された?ってくらい、プリクラ撮ってるとは思えないほど2人の表情は虚無にも関わらず、プリクラならではの、原型を留めないほどに目と口がデカデカと拡大されるあの加工のせいで、何だかもうよく分からない雰囲気の1枚。
渚はそのよく分からないこの1枚がたまらなく気に入っていた。
見返す度に本当に笑えるし、謎に哲学的な気分にさせてくれるからだ。
一時期はもはや、これが渚のスマホの壁紙であった。
ヒロに突拍子もなくこのプリクラを見せると、2人で思い出し笑いが出来る代物だ。
プリクラを見たうーさんはくすくすと、口元を押さえて笑った。
「シュールですね……!」
「変顔とか落書きとか、ポーズ取ったりとかもう古いからさ。真顔でありのまま見せつけるのが最先端」
「そ、そうなんですか」
「時代と世論は反逆するためにあるから。積極的に反逆してけ?」
「はいっ。肝に銘じます。サナギさんの教えですから」
うーさんはそう答えて、静かに微笑んだ。
カヌーさん、素直で可愛すぎ……。
そんな風に言われたら、何でも教えたくなっちゃうよ。
「サナギさんは明るくて元気で面白くて……私、憧れます。サナギさんみたいな女の子になりたい」
唐突にそう言ったうーさんの瞳は、キラキラと輝いていた。
明るくて元気で面白い、か……。
私、根はド陰キャなんですけどね。
一瞬渚はそう言いかけて、やめた。
「サナギさんの彼氏さんは、どんな人なんですか?」
「んーと……ドンカンだしだらしないけど、私の人生を変えてくれた人だよー」
「わぁ。詳しいエピソードが気になります…!」
「ひひひ。あと、仕事熱心。仕事終わった後疲れきってフラフラしてるとこはカヌーさんにちょっと似てるかも?」
「そ、そうなんですね。今日はいつも一緒に働いてくださる方が急に出張になって、私の負担がいつもの倍になっちゃって。大変でフラフラしてました」
「そうなんだ……。カヌーさんも大変なんだね」
今日、ヒロも出張って言ってたような気がする。
いやそんなまさか。偶然だよ。絶対。
「でも、サナギさんみたいな素敵な彼女さんがいるし、彼氏さんは疲れなんて毎日吹っ飛んでるんじゃないですか?」
「んーーーー。吹っ飛んでるといいけどな」
ヒロを楽しませて、笑わせるのが好き。
ヒロが私にツッコミを入れてくれるのが好き。
ヒロに料理を作ってあげるのが好き。
ヒロの為に尽くして、『ありがとう』って言って貰えるのが好き。
ヒロとずっと一緒にいるために、努力して自分を磨く時間が好き。
あなたの在り方が、私に今の生き方を教えてくれた。
宇宙で1番、ヒロに見合う女でありたいの。
その為なら、私は何にも誰にも負けない。
「カヌーさんの彼氏さんは?」
「わたし、彼氏いないです」
「そうなんだ?好きな人はいるのー?」
「………はい。います」
うーさんの瞳が、今まで以上にキラキラと輝き出す。
さながら、王子様を見つけたお姫様のようだった。
渚はじーっと、うーさんの瞳を見つめた。
なんか………純情的過ぎない?
これは真似しようと思っても出来ないな、私……。
渚はヒロと交際する前、モテる人の立ち振る舞いや話し方を積極的に自分に取り入れ、上目遣いのポーズを練習していた黒歴史を思い出して、一瞬頬を赤らめた。
「どんな人なの?気になるよー」
「え、えっと……。すごく優しくて、頼りになります」
「へぇー。へぇー……ふふ」
「はひゃ!な、なんですか。その目と笑いは」
うーさんは頬を赤らめて渚を睨んだ。
カヌーさんの好きな人、見てみたいかも?
すごく優しい人なんだろうなー。
純粋無垢なカヌーさん。
訳の分からん輩に騙されたりしてないよね……?
この子泣いて本気で懇願したら、ツボとか買ってくれそうだもん……。
そんな事になってカヌーさんが泣かされないように、私がセコムになってあげないとね?
結局、渚が指す彼氏もうーさんの指す好きな人も同一人物であるということは、お互いに知る由もなかったのだった。
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21:00。
渚は顔色の良くなったうーさんをゲーセンに連れてきて、一緒に某レースゲームで遊んだ。
ゲームに夢中になり、ぎゅっと慣れない手つきでハンドルを握り目線が画面に釘付けのカヌーさんは、何だか子どもみたいで可愛かった。
「はひゃ……!ドリフトの感覚が、あとちょっとで掴めそう……」
「もうハマったのー?早いね」
最初渚は手取り足取り教えてあげてながら数コイン遊んでいたが、うーさんは信じられないスピードで上達した。
げ!?やばい!!
あっぶない……!危うく負けるところだったじゃん。
要領掴むの早すぎでしょ。
「まだまだサナギさんには及ばないみたいですね。ふふ」
「はは、ははは!そ、そりゃあお師匠ですから私は」
「お師匠様。またわたしに教えてくださいね」
「う、うん……」
うーさんはギリギリの勝利で苦し紛れの渚に、キラキラと尊敬の眼差しで微笑んだ。
く、悔しい……!
次遊ぶ時までにちゃんと練習しとかないと……。
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22:00。
渚とうーさんは一緒にゲームセンターを出た。
2人とも満足の表情で帰路についている。
うーさんはちら、ちらりと伺うように渚の顔を見た。
その中でたまに不意に、じっと注意深く渚の目を見つめることがある。
その独特の仕草を含めて、渚はうーさんを非常に気に入っていた。
カヌーさん。私今日一緒に遊べて楽しかった。また遊ぼうね?
「おれの嫁に来ない?」
「サナギさん……多分、考えてることと言ってることが逆かと……」
「じゃなかった。今度私のおうちに遊びに来てー」
「は、はい。是非とも……」
うーさんは口を抑えて少しだけ顔を赤らめ、渚とは反対の方向に目線を逸らした。
そんなうーさんが可愛らしくて、渚はもう一度ハグをして帰っていくのを見送った。
渚は柔らかい月の光に照らされながら、うーさんの背中を揺れる瞳でずっと見つめていた。
そして渚は、ある事を決心した。
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別日、21:00。
アーケード街。
「私、働きます!」
ヒロの前にはいつもの黒パーカーと黒スカートではなくリクルートスーツで決まった渚が立っており、片手をバッと上げて宣言をした。
「渚。その宣言はライヌでも聞いたよ」
「宣言したいじゃん。宣言させて?宣言させてー」
「分かったって。腹減ったから飯に行こう早く」
「ぶぅぶぅ。ぶっぶぶぶぅぶぅ。ぶひ。ぶっひぶひィ!」
「おいぃ!?うるせぇぞ?」
ヒロは変なテンションの渚を連れて適当な店に入り、適当に三種のチーズ牛丼特盛と温玉付きを2つ注文した。
そして適当なテーブルに隣り合わせで着席し、適当に待つことにした。
「ご馳走してくれるの嬉しいけど、今日何でそんなに適当なの?社畜から適当さんにジョブチェンジでもした?」
「いやー、まあ、純粋に何食うか考えるの面倒くさかったわ」
「別にいいけど。チー牛は神だから」
「だよな。めっちゃ分かる」
牛丼の時点で美味いのに、チーズをその上に乗せるという背徳の行為。
これを、店に入りお金さえ払えば簡単に出来る時代に生まれる事が出来た。この事実とその意味をしっかり考えて生きていきたい。
その店は提供スピードが鬼早いことで定評があり、注文から10秒も経たずに俺たちの食券番号がアナウンスされた。
「早すぎてウケるんだけど」
「どういう仕組みなんだろうな」
ヒロと渚はチーズ牛丼をバクバクと無言で食った。
んー!美味い。このチーズの濃厚さが半分食ったら飽きるこの感じ、やっぱりいい感じ。無性にタバスコをかけたくなって満遍なくかけてみるが、それを2口くらい食べて後悔するこの感じも、いい感じ。
食に無頓着なだけかもしれないけど、渚の愛情が込もった手料理も好きだし、外食するのも好きだった。
全然皮肉ってる訳ではないが、これをそのまま渚に言えば『私の料理がジャンクと同じってこと?ふーん?』となり、面倒な事になることは免れないので言い方は考えなければならない。
「渚。そういえば、何で急に働くことにしたの?」
「は?何?働いたら悪いわけ?フェミニストに〇されるけど大丈夫?」
「悪いなんて言ってねぇだるぅぉぉぉが!?」
ヒロはちらりとバレないように横に目配せをして、渚の横顔を見た。ワクワクと楽しそうな様子で、タバスコをバチャバチャとチーズにかけている。
うわぁ……あれは絶対後悔するな。
だけど、本命はそこじゃない。
渚のスーツ姿に、ヒロは正直度肝を抜かれていた。
こいつ、こんなに大人びてたっけ?
髪色が茶色く明るいのは変わらないけど、メイクの仕方が変わっており目元が女性ウケしそうに少し尖ってる。タイトスカートからスラッと伸びた脚を窮屈そうに組んで寛いでいて、大人なベテランOLの雰囲気を醸し出している……。
渚のくせに。渚のくせに生意気な……。
そんな事を考えてるヒロの事など知らず、渚は遅れて質問に答えた。
「んー。……やっぱり生きてる以上は働かないとと思ってさ」
「渚がそんな真面目な思考する訳ないだろ?もっとふざけて回答しろ」
「は、はぁ!?」
渚はちょっと納得いかなさそうに頬を膨らませて、目線を逸らした。
『このばか!』と言ってこないということは、多分真面目な理由があるんだろう。
気になるところだけど、今は聞かないでおこうかな……。




