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第23話 真剣に一度、祈ってみなさい

※前半うーさん目線(過去)

※後半ヒロ目線

私が生まれたのは、土砂降りの雨の日。


───────────────

────────

……………



出産の日。

病院への道に迷っていた父を、どういう訳か道端にいた1匹の兎が導いた。


「雨の兎。きっと神様の暗示だ。この子は、雨兎と名付けよう」

「まあ、兎だなんて。きっと、可愛い子に育ってくれるわね」



-----------



雨兎は人に迷惑を掛ける事も無く、躾もほとんど必要としない自立した子だった。


しかし、その瞳は真っ黒で感情が無かった。

常に表情は無。まるで全てが虚しくて、ちっぽけとでも言うかのように。


学業の成績こそ良かった為賞賛を得るが、平凡な人生を送ってきた父親は雨兎の扱いに困り、母親は気味悪がった。


「もっと可愛い子が生まれたと思ったのに。どこで間違えたのかしら?」

「うーん……だが、頭が良いのはいい事じゃないか?」

「女の子よ?愛くるしくて可愛い方がいいに決まってるじゃない」

「そ、そうかな……」



-----------



中学一年生になった雨兎。


バシン!!


「全く気味が悪い!!お前は『人として大事なものが欠けている』!!そんな風に育てた覚えは無い!!」


雨兎は父親に頬を叩かれた。

父親を3度に渡り論破して逆鱗に触れてしまったのだ。


ひりひりと痛む頬を無表情のまま抑える。


父親はプライドがズタズタにされてしまっていた。

母親も、叩かれる雨兎を庇いはしなかった。


雨兎は何故叩かれたのかも、父の言葉の真意も理解する事が出来なかった。

何故なら悪意など一欠片も無く、何なら父親にとってプラスの発言をしたと考えていたからだ。



-----------



雨兎は、祖母の家に引き取られる事となった。


穏やかで心優しい祖母は、雨兎の真っ黒で一切の光がない瞳をじっと見つめた。


そして全てを察したかのように、口を開いた。


「ううちゃん。せっかく生まれてこれたんだから、『愛』を受け取らないといつか後悔するわよ」

「愛。受け取る?」

「人は愛を受けて初めて、他人に愛を返す事が出来るもの。愛を素直に受け取るのにも、きちんとした教養と努力が必要。私が手伝ってあげるわ」

「…………」

「大丈夫。ううちゃんならきっと分かるから」


祖母の家には本が沢山あり、雨兎は本の世界に没頭した。

まるで人生で足りないものを、知識で補完したいとでも言うように。


愛は人によって形が異なるらしい。


どう考えても分からない。

難しい。

読んできたどんな本を理解するよりも高度だ。


祖母はある日、雨兎を神社に連れていった。


「ううちゃん。あなたも他の子達と同じように愛を授かって生きていいの。欠点があっていい。誰かに迷惑を掛けてもいいのよ。人なんだから」

「…………」

「真剣に一度、祈ってみなさい」


愛。

あい。


本にも書いてあった。

私はお父さんお母さんと、おばあちゃんから愛を受けて育った。


それを、ちゃんと理解したい。


祖母と一緒の日々を過ごして1年が経った頃。


「おばあちゃん!!」


雨兎が鏡を見るとその瞳にはキラキラと光が宿っており、一筋の涙を流していた。


今まで味わったことの無い感覚。

込み上げてくるものを抑えきれない。


「おばあちゃん。ありがとう。人は、五感以外を信じる事が出来る………!本当だ。本当だ………!」

「ううちゃんがきちんと努力したからよ」


雨兎は祖母に抱きついて、2人でわんわんと泣いた。


神様。ありがとう。

私。おばあちゃんみたいな人になりたい。


その日、学校に行こうとした雨兎の頭に鳥のフンが落ちた。

帰り道は何も無い場所で3度つまづき転んだ。

教科書も大切にしていた祖母から貰った本も全部ビリビリに破れて、靴が片方無くなった。


雨兎は散々な状況を涙目で伝えると、祖母は笑いながら言った。


「贈り物を、もうひとつ受け取ったのかもしれないわね。新たな人生を歩んでいく為に」

「新たな、人生」

「ううちゃん。『自分を心から大切に思ってくれる人』を見つけなさい。あなたは頭が良いから、その人を死ぬ時まで守りなさい」

「………おばあちゃん、みたいに?」

「そうよ。大丈夫。愛を授ける事には、愛を受け取る以上の喜びがあるんだから」


その翌日、祖母は急な疾患により命を落とした。



-----------



高い学力があったものの、あまりにも度重なる不運により内申点がガクッと落ちてしまった雨兎は、平凡な高校に入学した。


祖母の死から時間を掛けて立ち直り、キラキラと強く輝いた瞳。

大和撫子のように清楚で聡明な雨兎は、友達も出来た。


空が綺麗なんだって知った。

楽しいという感情がどういう感情かを知った。


ありがとう、おばあちゃん。

生きててよかった。


おばあちゃんみたいな人になりたい。

なってみせる。


学びへの意欲が強かった雨兎はプライベートよりも学習に力を注いだ。

学習に対する関心と楽しいという感情が一旦結びついた雨兎は、止まらない勢いで成績を伸ばした。


友達付き合いも異性の誘いも断って、知識を追い求めた。


次第に孤立した訳では無いが、友達と疎遠になっていく。

この時、雨兎は人生で初めて『孤独感』を覚えた。


私。どうして本を読みたいんだっけ?

どうして勉強したかったんだっけ?


「ひゃ」


不運に続く不運。

ストックのシャーペンの芯が全部粉々になり、消しゴムがコロコロと転がっていく。


「消しゴム落ちてるよ〜ガリ勉ちゃん。じゃなかった、ううちゃん」

「キャハハ」

「ずっと勉強してんのウケんね」


放課後、雨兎は女子生徒に机に消しゴムを投げられて、胸がチクリと痛んだ。


「ひぇ。……拾ってくれて、ありがとうございます……」


女子生徒が去った後も、胸がチクチク痛むままだった。


ある日勉強して教室に残っていると、複数の男子生徒に囲まれた。

いずれの男子も、雨兎へアプローチした者だった。


「はひ……。な、何でしょう……?」

「あげたいものあるから来て。シャーペンの芯。欲しいよね」

「あ。いいんですか?ありがとうございますっ」


雨兎は複数の男子生徒に使われていない校舎のトイレに無理やり押し込まれ、代わる代わる暴行を受けた。


「多少可愛くて頭良いからって、調子乗んなよ!」

「俺らを馬鹿にしやがって……!」

「お前がドジのせいで、クラスも先生も皆迷惑してんだよ!!」


ごめんなさい。


ごめんなさい。


ごめんなさい…………!

迷惑を掛けて、ごめんなさい。


心も身体も痛い……痛いよ。

雨兎はしくしくと泣いた。


血。こんなに出るの?こんなに辛いの?


私悪いことなんか、何にもしてないのに。

虐められたことも今まで無かったのに。

どうして。


こんなに辛いならあの時、おばあちゃんと一緒に祈らなければ良かった。


生まれて来なければ良かった。



-----------



真っ黒に深く沈んだ瞳の雨兎は、いつも通り放課後も学業に打ち込んでいた。


「ガリ勉ちゃんにこれあげる」


カサ。

女子生徒に置かれたのは購買のパンの空き袋。


雨兎は無視して勉強を続けていたが、澄ました態度に苛立った女子生徒はノートを奪い取った。


「物理だって。……何書いてるかわかんなーい」

「返して」

「やだよバーカ」


雨兎は無表情のままカバンからウシガエルの死骸を取り出して、女子生徒の顔目掛けて投げつけた。


べちゃり。

学校中に響き渡った耳を劈く金切り声。

重度のトラウマと化した女子生徒はノートを投げ捨て、逃げ去った。そしてその後一切関わってくる事はなかった。


邪魔な女にはこの生物を投げつけるのがいい。


今度は先日の男子生徒達が、再びケラケラ笑いながらやって来た。


「おい。今日も来てもらうぞ」

「……はぁ?何だよその目。生意気だなぁ」

「何にも分かってないみたいだなこいつ」


雨兎の真っ黒の目と無表情を見て、男子生徒は怒りを顕にした。


雨兎は無表情のままカバンから死んだ猫の切断された頭を取り出して、男子生徒の顔目掛けて投げ付けた。


「…………………!??」

「うわぁぁぁああ!!」

「やべぇよなんかこいつ。行こうぜ」


男子生徒達も重度のトラウマを植え付けられ、その後一切関わってこなくなった。


道端に落ちてるものにも意味がある。

本に書いてあったから。


これがもしかして、命の尊さかな。


雨兎の瞳の黒化は防衛本能として機能していた。

しかしこれは感情の崩壊を意味し、快・不快や他者の感情は一切感知出来ず五感で感じ取ったものを全て記号化して把握し対処する、諸刃の剣だった。


そのまま、雨兎は本当に孤立していった。

この日以降不思議なことに、不運の連鎖はぴたりと止まった。


読書と学習だけは、ずっと辞めずにいた。



-----------



高校3年生の春。


爆発に巻き込まれ、右足に深く刺さったいくつもの大きなガラスの破片。


気の遠くなりそうなガスで肺が満たされ、目の前が業火に包まれていた。


不運は終わったと思ったのに。こんな、突然。


雨兎のIQは高かったが、今目の前の光景に対しては何をしても生き延びることは出来ないと悟った。


あまりにも先まで広がった炎。どこを踏んでもどこへ歩いても先には果てしなく炎が広がっている。

おまけに足の負傷。


痛い…………。痛い。


私、死ぬんだ。


おばあちゃんと一緒にあの日祈らなければ良かったなんて思ったから。バチが当たったんだ。


熱い。

だけどもう、今更私。


雨兎はいつの間にか、自分がぽろぽろと涙を流している事に気づいた。


感情を失ったはずの雨兎は、死という恐怖を目の前にして胸から込み上げるものを感じていた。


あれ?私。どうして……。

気持ちが、溢れてくる。


嫌だ…………。

独りで焼けただれたくない!!

生きたい。生きたい………!!


助けて。誰か、助けて………!!!


ごめんなさい。

命を軽んじて投げて、ごめんなさい。

生まれて来なければ良かったなんて、思ってごめんなさい。

おばあちゃんが泣いて喜んでくれたのに。祈らなければ良かったなんて、思ってごめんなさい。


私、生まれ変わりますから。

おばあちゃん。かみさま。

お願いします。

助けてください………!!!


「………大丈夫?まだ間に合うから、早く外に出よう」


へ?


誰?この人。というか、何でこんな所に?


こんなに熱いのに。

こんなに怖い場所に。まさか独りで来たの………?


何のために?私のために?何で?


すごく優しそうな風貌の、眼鏡の男の子。


その子は決死の表情で、息を切らして雨兎を見下ろしていた。


「あ、ありがとうございます……。でも…実はさっき勢いよく転んで、破片が刺さってしまって……もう足が動かないんです」


大量出血した右足を見せた。

しばらく見つめていたが、彼は臆しなかった。


「うん、うん!!!大丈夫!!!!!」

「ひぇぇ!?」

「肩貸すよ肩!!!」

「ひぇ?」


男の子の生命力がとてつもないものであると、一目見て悟った。


そして、肩を貸してくれた。


私………。生き延びられるかもしれない………?


肩を借りれば、意外と歩いてられる。

こんなに熱い炎の中なのに。

今の私にとって足の痛みの方が、障壁だ。


「ごめんなさい……私なんかの、ために……。っ痛っ……」


痛みが増していく。

意識も朦朧としている。

全身に力を込めないと、もう立ってられない。


「助かるよ!!大丈夫!!あそこまで歩けば!!!」


天井から砂が落ちてきた。

揺れている。もう崩壊する。間に合わない。


なのに。

この子が隣にいるだけで、生き延びられるような気がした。

『生きていていいんだ』と言われてるような気がした。


私を助けて、その先に何を?

そんな事をしたって何も、この子に得なんか無いのに。


『人は怖い存在』と頭の中に刷り込まれていく日々の中で、雨兎にとってこの男の子が現れた事はあまりにも衝撃的だった。


足の痛みに、とうとう雨兎は動けなくなった。


「ご、ごめんなさい。私やっぱりもう……。時間もないし、あなただけでも逃」

「うるせーーーー!!!!生きろ!!!!!!」


男の子の真剣な目と叫びに、雨兎は時分の精神を立て直されていくのを感じた。


生きても良い、じゃない。

『生きろ』とはっきり断言したその瞳は。


きっと『ごめんなさい』と謝っても私が死ぬのを許さない。そんな瞳をしていた。


動物の死体なら投げても構わないと考えた私の命なんて、軽んじても問題無いだろう。

そう心のどこかで思っていた私を、その男の子は真っ向から全否定した。


そんな自分を信じて叱りつけたような、そんな気がして。


「大丈夫」


こんな私に生きろだなんて。

まるで、全部背負え。君なら出来る。

そう言われたような気がして。


その男の子はどこまでも厳しく、どこまでも優しかった。


「はい!!」


持ち直した雨兎は男の子と一緒に、出口まで歩いた。



-----------



雨兎の身体は想定以上の症状であり、結局高校卒業までの約1年の間、病院で寝たきりかつ、手足口ひとつ動かせなかった。


病室で目を瞑っていると両親の会話が聞こえて、雨兎は耳を済ませた。


「卒業出来るだけの成績は既に収めてるらしい。問題はその後だ」

「せっかくお勉強頑張ってもこれだなんて。あの子は疫病神だわ」


至らなくて、ごめんなさい。


お父さんとお母さん……。

あの子にお礼とか、してくれないんだろうな。


先生から聞かされた。

私を助けてくれたのは時枝広志君という、後輩の男の子。


『『自分を心から大切に思ってくれる人』を見つけなさい。あなたは頭が良いから、その人を死ぬ時まで守りなさい』


おばあちゃん。


私、見つけたよ。


その瞳は、澄んだ青の底に強い光を閉じ込めたかのようにキラキラと光を放っていた。



-----------



病室で1人、両親と先生に囲まれて高校卒業を迎えた。


不可抗力であまりにも色々とバタついた結果、雨兎はヒロにお礼を言いそびれたままになってしまった。


いつかお手紙でもいいから、お礼を言わなくちゃ。


そう考えつつも、雨兎は忙しさで目の前のことで精一杯になっていった。


体調回復後、働ければ何でも良いと考えた雨兎は求人サイトでたまたま1番最初に目に付いたものに良く分からないまま応募した。


見上げても見上げきれない格式を感じる高層ビル。

着慣れないスーツでお散歩気分で向かった会社が、複数の支社を持つ大企業の本社ということに気づいたのは当日だった。


あ、無理かも………。

というか50階まであるビル、初めて見た……。


魂の抜け殻になりそうになりながら入った面接室で出会ったのは、自分よりふた回りくらい小さなおさげの女の子だった。


「…………ふむ。さいよう」


一瞬で採用を言い渡された雨兎の口はあんぐりして塞がらなかった。そして周りには、シャボン玉が優しくぷかぷかと浮かんでいた。


「へ……?い、今ので面接、終わりでいいんですか?シャボン玉吹いてただけですよね?」

「ええ。わたしにはすべてわかっているわ」


その子はそう言って、にこりと愛らしく雨兎に笑いかけた。



-----------



何やら怪しげな一間の中で、雨兎は何やら怪しげにしていた。


「お給料でパソコン一気に2台買っちゃった……。次は何を買おうかな。にやけが止まらない。ふふ。………はっ!爆発させないようにしなきゃ……」


一人暮らしを始めた雨兎は社会人生活を謳歌していた。


オフィスワークでパソコンに触れたことを機にコンピューターオタクとなってしまった雨兎は、その道の知識を極め続けた。



-----------



「いい加減、『人に迷惑をかける』のをやめろ」


本社で突然表彰を受けてエース扱いされるようになり、現れたのはまともに会話しようと思っても足がすくむような上司だった。


「常識知らずの発言に説得力などありはしない」


雨兎は毎日のように不運から起こるミスをし、必ずそれに対して指導という名の『嫌がらせ』を受けるようになっていった。


「不出来だ。お前にこの仕事は向かない」


ごめんなさい。


「この爆発したPCはお前が弁償出来るのか?言ってみろ」


ごめんなさい。


「こんな事も出来ないのか?頭が悪いな」


ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい。


人が私に不手際や迷惑を掛けてくるのは、心底どうでもよかった。

別に謝罪なんて要らない。

『対処』すれば良いだけだから。


だけど……私が迷惑を掛けたら、きちんと謝らなくちゃ………。謝らないと。

許して、貰わないと……。


高圧的な叱責を毎日のように受けるようになり、その度に瞳が真っ暗に沈みそうになった。


しかしその度に、あの日の彼の声が胸に蘇って。


『うるせーーーー!!!!生きろ!!!!!!』


第2の人生を私に与えた、あなたの厳しさに比べたら…………!


血反吐を吐く思いで、雨兎は毎日休むこともなく出社し続けた。瞳の色は夜空の星のように、か細い一筋の光を放っていた。


この場所で自分を磨いて……いつかあなたに、胸を張って会いに行くって決めたから。



……………

────────

───────────────



「うーさん!!!」


ヒロは車に乗り込もうとしたうーさんの腕を掴んだ。


神松は突然走り寄ってきたヒロを見て、頬をぴくりと動かした。

その手にスマホが握られており、通話画面が表示されてるのを見て神松は腑に落ちたように無表情で口を開いた。


「君が帰ったのはブラフか。葛木統括も小賢しくなったものだ」

「ええ……葛木さんから電話が来なければ帰ってました。神松さんもいらっしゃるとは思いませんでしたけど」


うーさんの黒く染まりかけた瞳はヒロを見つめて揺れていた。


ヒロはうーさんに振り返って、なんだか申し訳なさそうに頭を掻きながら微笑んだ。


「やっと思い出したんだ。ありがとう。最初に挨拶してくれたあの時から、俺って分かってくれてたんだね」


ヒロの言葉にうーさんの瞳は明るく輝いていって、ボロボロと止めどなく涙が溢れ落ちる。


「ちょっと私用があるものでな。時枝君。鹿沼をこちらに寄越してくれないか」

「いえ。すいません。鹿沼さんはこの後僕と用事があるもので」


得体の知れなさを感じる神松の圧に、ヒロは再び身体が震えそうになる。


だけど、うーさんもこの人の下で耐えてきたんだ。

俺だけやすやす引けるか!!


「いこう!うーさん」


ヒロに手を引かれるが、うーさんのキラキラした瞳は揺れ続けて動けなかった。


「鹿沼!!!まさか、私の言うことに背くのか!!!!」


はっきり言って、この世の終わりを感じた。それ程の恐ろしい剣幕で神松はうーさんを怒鳴りつけた。


こっ…………ぇぇぇええ!!!


心臓、動いてる?動いてるわ………。


うーさんの腕を掴んだままガクガクと震え出す身体。横を見ると、うーさんも震え怯えながらヒロの事を見つめていた。


ヒロはうーさんに、無言で頷いて見せた。あの時、『大丈夫』と言って聞かせたように。


それを見たうーさんはぷるぷる震えながら数秒経ち、神松にぺこっと頭を下げ、めちゃくちゃか細くて小さな声をひり出した。


「…………ごめんなさいっ」


ヒロとうーさんは神松に背を向けて、全力でその場を走り去った。


神松は何かを思慮するかのように黙ったまま、走り去る2人を車内から見つめていた。



------------------------------



ヒロとうーさんは2人並んで、駅へ歩いていた。


辺りはすっかり暗くて、人通りも少ない。


「ひーくん。そういえば、いつ眼鏡取ったの?」

「眼鏡?………あぁ。ははは」

「?」

「壊れちゃったんだ。ひょんなことで」


何か裏がありそう、というようにじとーーっとヒロを見つめるうーさん。ヒロは冷や汗をかき、目を合わせることが出来なかった。


彼女に踏み潰されたなんて、言えないって……。


「あの時のひーくん、かっこよかったな。颯爽と助けにきてくれて。右足、今でもたまに痛いんだよ」


うーさんは瞳をきらきらと輝かせてヒロを見つめ、そう言った。


ずっと笑いかけてきてくれていた意味が、ようやく分かった。

うーさんは高校時代俺が火事の校舎から助け出した、震え泣いてた女の子だ。


こんな事あるのか………?信じられない。

そんな女の子が今では、頭の上がらない存在になってるなんて誰が思うだろう。


「確かその時、めっちゃ怒鳴っちゃったよね?ごめん……まさかうーさんとは……」

「ううん。謝らないで」


うーさんはヒロの手を握って、気持ちのこもった声で感謝を伝えた。


「改めて言わせて。ひーくん………あの時は、本当にありがとう。私……あんまり性格良くないかもしれないけど、きっとあの時の恩返しが今なら出来るから。神松さんの思惑通りにならないように私、全力で頑張るから………!これからもあなたの、パートナーで居させてくださいっ」


ヒロにぺこりと深く頭を下げたうーさんを見て、ヒロは胸に込み上げるものがあった。


「それは俺の方からお願いするよ。言っただろ。うーさんに教わり続けたいって。大変な事もあるけど、俺たちなら絶対乗り越えられるよ。これからもよろしくね」


握り返された手とヒロの優しい微笑みを見て、うーさんは大粒の涙を流し、大声を上げて泣いた。




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