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第21話 てんとう虫の大群

【登場人物紹介⑧】

神松 凛々音 (しんまつ りりね)

本社の権力者。規則と常識を重んじる、冷酷な堅物。味噌汁に入った豆腐が好き。

9:00。


今月の支社目標は、本社の成績を追い抜くことに決まった。


経緯も含め葛木から聞かせられたヒロはびっくりしたが、やるしかないと躍起になっていた。


葛木さんが神松さんに負ければ、俺もうーさんもそれぞれ別々の支社にたったひとりで飛ばされてしまう……。

そんなの絶対嫌だ!!

勝手なヤツめ………!


ヒロは神松とのやり取りを思い返し、怒り心頭の思いだった。


しかしそんな矢先、突然支社の成果となる予定であった大口の取引先の担当と突然連絡がつかなくなった。


今回の契約が白紙になれば、本社を追い抜くことはほぼ不可能となる。


葛木が代表を尋ねるも、不在の状況だった。


「という訳だから時枝。頼むわ」

「え?頼むとは?」

「代表の自宅まで行ってきてくれ。飛行機のチケットはもうある」

「えええぇぇぇ!?」


ヒロはあまりにも急遽だが、Y県の秘境にある大口取引先代表の自宅へ向かうこととなった。


行ったことないんですけど……。


Y県てどこにあんの?


山がいっぱいのイメージしか湧いてこないので、自分が経験知識全てが足りてない若造でしかないことを痛感した。


「はーい!わたしもひろしについてく!!わたしもわたしもー!」

「柳。帰ってきたみたいだな」


神松に捕まったが、葛木の巧みな言い訳によりどうにか処分を免れ支社に戻った柳を見てヒロは胸を撫で下ろした。


「時枝が迷子にならないように頼むぞ」

「わたしね。そうけんびちゃよりりょくちゃのほうがおいしいってきづいたの。おとなにいっぽちかづいたわ」

「柳さんが一緒に来てくれるのは心強いけど。葛木さんが行った方がいいんじゃ?」

「そうしたいのは山々なんだけどよぉ。ちょっと色々と立て込みすぎて厳しいんですわ。そして重要性を考えると時枝。お前以外に代打頼める奴はいないワケ」


葛木はバレエ選手のように足と腕を平行にピンと伸ばして、魂の叫びを上げた。


「誠にすみまCentury City!!!!!!!!!!」


ヒロと柳はピンと足1本でプルプルしながら直立する葛木を、無の表情で見つめた。


……………。


何これ?無視してええんか?



------------------------------



15:00。


柳と一緒に飛行機に乗ってレンタカー借りて、葛木に渡された住所を道に迷いながら目指して早6時間。


辺りは清々しくなれるほど1面の森林が広がっていた。


空気が綺麗だな。

仕事で疲れたら、是非通いたいところ。


だけど、本当に辺りが森林しかなくて右も左も分からない。そのうち、上と下も分からなくなりそうだ。


うわ。早速どっちの方角に行けばいいか分からなくなった。


柳は自信満々な表情で頷きながら地図を見ている。

ちょっと柳さんに道を尋ねることにしよう。


「ここから先、どっち行けばいいんでしたっけ?」

「わかんない☆てへぺろ」

「のおおおぉぉぉぉおお!?俺たち早速詰みましたね!?」


もう日が暮れてしまう……。


その前にせめて、何でもいいから人か建物を見つけないと。


とりあえず地図と勘を頼りに木と草をかき分けて進んだ。しかし、進めど進めど同じ風景しか見えない。


あれ?俺達……もはや、帰れる?

どう道を戻れば帰れるかすら、どこをどう見渡してももう分からなくなってきた。


このまま帰れなくて一生山の中だったら?

そこまで考えが及ばなかった。

んん。おバカなのかなぁ俺は。


柳さんを危険な目に遭わせたくないけど、

まずその前に俺がどうにかなりそうだ……。


あたりはもう既にうっすらと暗くなってきていて。

スマホを見ると、圏外だった。

まずい。葛木さんに報告の電話が出来ないし、

渚とも連絡が……。


「柳さん……どうしよう、このままじゃ……」

「だいじょーぶ。わたしはこういうみんながこまるばめんをひっくりかえすほうがとくいだから」


柳はヒロの手をぎゅっと握って、笑いかけた。


「あんしんして。せんぱいのわたしにまかせておいて!」

「柳さん………!」


俺を見上げる柳さんの小さな両手はぽかぽかしてて、心が落ち着いた。


正直、不安でどうにかなりそうだった。

だから柳さんの混じり気のない瞳と笑顔で、本当にどうにかなるような、そんな気がした。


俺が柳さんをリードしないといけないとばかり思ってたのに。


不安だったのが心底馬鹿らしくなるほど、俺に勇気と力をくれた。


本社でうーさんや須藤さんを引っ張ってきたのは、やっぱり伊達じゃない……。


そのまま道なりに進んでいて違和感を覚えた。柳が傍にいないのだ。


ふと振り返ってみると、柳はしゃがみこんで何かを見ていた。


「ひろし……みて」

「これは」


柳の手のひらには、小さなてんとう虫が乗っていた。


懐かしいな。よく手に乗せて走り回って遊んだ。


こいつが俺の相棒だなんて言って、

友達と捕まえたてんとう虫の大きさ比べをしたなぁ……。


懐かしい気分にひたっていると、柳は飴玉でも口に放り込むかのようにてんとう虫をぱくんと食べてしまった。


「柳さん!??それペロペロキャンディじゃないよ!?」

「ん。きこえる……そらにかいがらがおちて、ひろがっていく……いしやきいも……」


全く意味が分からないけど、ここで怯んだらおしまいだ。

社会人たるもの、広い視野で人と関わらなければいけないのだ。


ひとまず柳さんは宇宙と交信してると理解することにした。


「ひろしにもわかるときがくるわ」

「そうなんですか」

「めをそむけちゃだめ」


ツッコミどころ満載だなぁ……。


すくっと立ち上がった柳は戸惑うヒロをほっといて、何かに取り憑かれたかのように歩き出した。


もう全く道も分からないので、とりあえず後ろをついていくことにしよう。


「あぁー。わかってきたかも」

「本当ですか!すごいです」


柳さんの内なる力か何か俺には分からないけど、道が分かってきたらしい。


そのまま歩き続けること約30分。

柳さんは再びしゃがみ込んだ。


「ここ!ここ!ひろしー!はやく!」


柳がこちらへ大きく手を振るので見に行くと、先程よりも少し大きめのてんとう虫が葉っぱにくっついていた。


「このこ……わたしたちになにかをつたえたいって」

「何かを?」

「みみをかたむけて、よくきいてみて」


ヒロは言われた通りに、てんとう虫に耳を傾けて耳を澄ませた。


『キサマラ……ヨクモワタシノトモダチヲ……ユルサナイ……ユルサナイゾ……』


振り返ると、柳は誇らしげにドヤ顔をしていた。


「あのォ柳さん!?完全に恨み買ってますよ!?どうすんですかこれ!?」

「ひろしもこえきけた?よかったね〜」

「良くなくないすか!?許さないとか言われてますよ!?ヤバい状況じゃないですかちょっと!?しかもなんか俺まで一括りで仇にされてますけどぉ!?」

「わたしね。さっきてのこうをみたら、ちいさなあかいおやまができていたの。かゆいわ。これはきっと、なにかがはじまるちょうこうなのよ」

「それは虫刺されですよ山ん中だから!!って、そんなのは今どうでもいいんですよ!!」


柳は衝撃的なことに、その少し大きめのてんとう虫も摘んで口の中に放り込んでしまった。


「あぁぁぁぁぁぁああ!?柳さん!??」

「ふむふむ……じょやのかねなりひびく……ひろいひろいだいちのかおりが、うん……おいしいおむらいす……」


もうおらしーらね!


俺は何も見てませんよ!??


「だいじょうぶ。てんとうむしさんが、みちをおしえてくれるわ」

「そうですか……」

「だいじなものをみうしなってはだめ」


大事なものを見失ってるのは柳さんですよね?絶対。


そのまままた30分くらい柳についていくと、辺りは徐々に真っ暗に近づきつつあり、視界を認識するのも困難になってきていた。


「柳さん……そろそろ動くのは危ない気が。この辺で休憩した方が」

「ん!そうかも!」


柳はそれだけ言って、パタリとその場で倒れてしまった。


「ちょおお!?柳さん!?ダメです!寝ちゃ!危ないから!熊とか出たらどうすんですか!!せめて明かりがあるところで……!」

「んぐぅぅ……すぴー……」


柳は鼻ちょうちんを膨らませて熟睡して始めた。


マジかよ………。


ヒロは柳さんをおんぶして道なりに進んでいると、奇跡的に森林を抜けて月の光が差し込んでおり、川がある場所に到達した。


はぁ……やっと見晴らしがいい場所に来れた。


柳を草がある柔らかい場所に寝かせて、ヒロもすぐ隣に横になった。


時間はもう19:00。

スマホは圏外のままか……。

葛木さんに心配かけてるんだろうな……。


T都よりは暖かいけど、まだやっぱり少し肌寒い。


月の光を浴びていると、あれ……。

なんか、眠くなって……。



------------------------------



ヒロ……。


ヒロ!起きて!お願い……。


ヒロ!!!



!?

ヒロは誰かに呼ばれた気がして目を覚まし、起き上がった。


ほんの少しだけ空が明るい。


カラスの鳴き声。


そよ風が頬と手の甲を優しく撫でた。


時間は4:00。

しまった。こんなに寝ちゃってたのか。


柳さんは!?

……隣でまだぐっすり寝てる。


1人じゃないことにほっと胸を撫で下ろした俺は、なんだか嫌な音が聞こえることに気がついた。


ブンブンブンブンブンブンブン。


羽虫が羽ばたく音。

聞いてると鳥肌が立つ音だ……。


ん?この音、何だかどんどん重厚になって、大きくなってきて………。


てんとう虫の大群がこちらへ向かってきていた。

100匹とか200匹じゃない。

空を覆うかのような、とてつもない数の群れだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!?」


ヒロは熟睡中の柳さんをおんぶして駆け出した。


絶対恨みを買って仲間が仇討ちにきたやつじゃん。


ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


というかこれは柳さんが悪くないです!?

なんで俺がこんなに頑張ってるんですか!?

当事者寝てるんですけどぉぉぉぉ!!!?


お。あんな所に洞穴が!


ヒロは咄嗟に見つけた洞穴に身を隠し、奇跡を願い身体を縮こまらせる。。


しかし思い虚しく、てんとう虫の大群は洞穴に入ってきた。

先は何も無く、壁があるだけで行き止まりだ。


「嘘でしょぉぉおおお!?!?」


てんとう虫の大群がすぐ目の前までやってきた。


ヒロは熟睡して目を覚まさない柳さんを庇って抱きしめて、頭を伏せて懺悔した。


「すいませんすいませんすいません!!!!すいませんでしたぁぁぁぁ!!心から反省してますから……!!命だけはゆるしてぇぇぇぇえええ!!!!!」



------------------------------



……………うーん………


しまった。完全に寝てた。


ヒロのすぐ隣に、女の子座りをして人差し指に蝶々を乗せて戯れる柳がいた。


ん?どこだここ。


辺りを見渡すとヒロはいつの間にか洞穴ではなく、澄み渡った綺麗な青空の下、花が沢山咲いている草むらで横になっていた。


時間はもう12:00か……。

かなり歩いたから、疲れたんだろう。

スマホの電波は圏外から復活している。


渚からの着信が8件。

また心配かけてしまった……。落ち着いたらすぐ掛け直してあげないとな。


そして柳の反対側を見ると、目と鼻の先に少し古い一軒家があった。他でもなく、今回の目的だった代表の自宅だ。


「ひろし。おはよう」


柳はヒロに、何事も無かったかのようにほほ笑みかけた。

その周りには綺麗な色の蝶々が2匹、楽しそうに羽ばたいている。


「あの……てんとう虫の大群は」

「あのこたちはかえっていったわよ」

「はぁ」

「もくてきちをめざすというのは、だいじなものをみうしなわないたびよ」


柳さんがなんか言ってるけど、もうどうでもいいや……。


そして、表札を見てもやっぱりここが代表の自宅で間違いないようだ。


ヒロはインターホンを鳴らした。

しかし、代表が出てくる様子はない。


「ひろし……!こっち」


柳は一軒家の裏庭を指さしていた。ヒロが慌てて見に行くと1人のお爺さんが縄で縛られ、ガムテープで口封じをされていた。


息はある……。

けど、苦しそうに呻いていた。

急いでお爺さんの縄を解いて、口封じを剥がした。


「大丈夫ですか!?」

「あ、ありがとう……。突然、知らん奴らに……ゴホゴホ」

「いまはしゃべらないで。おみず、のんで」

「ゴホゴホ。すまないね……」


なんだ……!?何でこんな事を……。

一体誰が……?


今この瞬間も、ここが安全かどうか分からない。

すぐにお爺さんを連れて離れないと……。


「そういうことね」

「?」

「てんとうむしさんたちが、わたしたちをまもってくれたんだわ。ねてるあいだも、ずっと」


俺達は想像以上に、危ない何かに巻き込まれていているかもしれないのか?



------------------------------



ヒロはあの後その場で警察に通報し、不届き者が侵入した家の捜査を依頼した。


大口取引先の代表は警察に保護され、契約は取り交わすと泣いて謝辞を口にしながら約束してくれたのだった。


契約とかよりも命よ!命。

この後を無事に生きられそうで良かった。


ヒロと柳は息付く間もなく超絶急いで空港に戻って飛行機に乗り、帰路についた。


めちゃくちゃ疲れた。帰りの飛行機では爆睡しよう。


そう心に誓っていた俺だったが、隣に座る柳さんがめっちゃ話しかけてくる!!めっちゃ。どんなに間空けても30秒に1回くらい。


しかも、話しかけてくる話題は全部「みて。うでのうぶげがいっぽんふえたわ」とか「あんなところにうんこみたいなかたちのいしころがあるわ。あそこまでだと、もはやあれはいしではなくうんこよ。どうしてよりによってあんなかたちにうまれたのかしら」みたいなマジで本当にどうでもいい事ばっかり。

何でそれを今話したいんだよ!??


ヒロは遠回しに眠たいことをアピールするために、いびきをかくふりや目を瞑って無反応を貫いたりしてみたのだが、柳さんには一切通用しなかった。


結果として一睡も出来なかった。飛行機が無事着陸し、ヒロが目にクマを作って横を見ると、未だにどうでもいい事を話しかけてきていた柳がにこにことヒロに笑いかけていた。


柳さん、サイコパスでしょ?絶対。




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