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第20話 『頑張ったから報われる』など

10:00。


今日も今日とて仕事に追われるヒロ。


そのすぐ横に座るうーさんは、スマホを開いてFtuberの『サナギちゃんねる』に夢中になっていた。

休憩して何もしないよう、ヒロが強く言い聞かせたのだ。


ずっと昨日のことが頭に残って、離れない。

だけど、傷つけられたのはうーさんだ。


あいつから、俺がうーさんを守れるようにならなくちゃ……。


うーさんはちらちらと、申し訳なさそうにこちらを見てくる。気にしなくていいのに。

守ってやれなかった、俺が悪いのに。


クソ。縮こまってる時間なんかどこにも無い。

昨日のことを思い返すだけで、本当に、腹が立つ……!!


昨日抱いた強い恐怖を克服する為とでもいうかのようにエネルギッシュさに勢いを増し、またヒロは一皮剥けようとしていた。

更に、業務フロアは閑散となり、かなりの落ち着きがあった。


うーさんはスマホ画面に夢中になりながら、1.5lのデカいペットボトルに入った炭酸の抜けきったコーラをぐぴぐぴと飲み干した。


「うーさん。今日ずっと思ってたけど、それやたらデカいね」

「これはね。鳴上さんから貰ったんだ」

「へえ」


どんな流れで、鳴上がそのデカいコーラをうーさんに渡すことになったのか気になるな。


そんな時、ヒロの視界にふわふわと浮かぶシャボン玉が入り込んできた。


…………え?シャボン玉が浮いてる。

いつぶりに見ただろう………じゃなくて。


なんで会社にシャボン玉浮いてるんだ?


幻覚か?

仕事で疲れすぎて、俺の頭はおかしくなっちゃったのかな。


「よぉ」

「うーちゃん!ひろし。おつかれ」


シャボン玉が飛んできた方向を見ると、ストローと容器を手に持った柳と葛木が立っていた。それを見たうーさんは柳に走り寄る。


「みかちゃん………。久しぶりにお話出来て嬉しい。ひーくん。私が入社した時も、みかちゃんが面接してくれたんだよ」

「そうだったんだ?柳さん、うーさんの先輩だったんだね」


抱き合うような微笑ましい体勢のうーさんと柳を見て、ヒロはくすりと笑った。


うーさんと柳さん、仲良いんだな。


「うーちゃん。わたしね、きのうマリーがじっとゆかをみてるのをみちゃったの」

「狩りでもしてたんじゃないかな……?小さな虫とか?」

「いのちがよろこんでいるのをかんじたわ」

「やっぱりそれ狩りだよ、きっと」


会話、噛み合ってる?大丈夫?


葛木は心底だるそうかつ眠たそうな立ち姿と、しんぼりした目でストローを吹いた。

辺りにはシャボン玉がぷかぷかと浮いている。


「何してんですか葛木さん………。業務フロアでシャボン玉吹いてる統括なんか見たことありませんよ」

「やべー………。今日めっちゃ眠ぃわ。お前らが楽しませてくれないからだぞ」

「俺らのせいではないでしょ」

「お前もやれ。これが今日の仕事だ」

「いやヤバいですよ。パソコンもありますしここ」


幼い頃、よく自分で飛ばしたシャボン玉を自らの手でスカスカと叩き割って遊んでいた事を思い出した。

あの遊びはなんて言う名前だろう。


「ねみー……。マジで眠ぃ。まだ火曜だぞ?クソ真面目に働くことねぇって。動くことだけが全てじゃねんだよ。なんかこのまま皆で楽しいことしようぜ?BBQとかさぁ」

「こんなひくらい、かんりしつでおちゃしましょ。じゅういちじからにしましょうか。ふたりとも、きてね」


言うだけ言って、さっさと去っていく葛木と柳。


立ち尽くしたヒロとうーさんは反応に困り顔を見合わせて、おかしくて笑いあった。



------------------------------



11:00。

倉庫。


葛木と柳に呼ばれた通りに管理室で待機していたヒロとうーさんだったが、奇妙なことにそのまま無言の柳に手を引かれてたどり着いたのは、今は使われていない小さな倉庫だった。


何故か丁寧にテーブルとソファがあり、ヒロはうーさんとお隣同士至近距離で座らされ、目の前には温かいお茶が置かれていた。


どうして倉庫に来させられたんだ?


ち、近っ!腕少しでも動かしたら、うーさんと触れ合う距離だ。


うーさんは背筋を伸ばしてすごく上品に座りつつ、どうしたらいいか分からないというように無言で俯いていた。


リラックスさせてあげたいけど……こう近いと俺も緊張してしまう……!


「わたしね。きょうごはんつくりすぎたからうーちゃんとひろしにもたべさせてあげる」

「お、ぉぉぉおお!?」


柳は一般成人男性の1食分の3.5倍くらいデカいタッパーを取り出して、ドカンとテーブルに置いた。


4〜5人でどっしり腰据えて花見でもするかのような量の色とりどりの惣菜とご飯が入っているのを見て、うーさんは苦笑いをした。


柳はにぱっととびきりの笑顔で、ヒロを見た。


「うれしいでしょ?ひろしくん?」

「は、はい。頂きます。ありがとうございます」


向かい側のソファにぼふっと座った柳は、卵焼きと春巻きをもきゅもきゅと食べ始める。


「これは『休憩』だ。時枝と鹿沼。お前ら2人は俺が許可をするまでここを出るな」

「え?えーーー!?」


葛木は背を向けたまま急に監禁宣言をすると、さっさと倉庫を出ていった。


あんなに眠そうだったのに、出ていく時全然そうでもなかった気がするけど……?


「みんなでぴくにっくみたいでたのしいね!うふふ」

「柳さん……沢山食べるんですね」

「ええ。ひろしもたくさんたべるでしょ」

「まあ、わりと。だけど皆動いてる中で休憩って、なんか落ち着かなくて」

「やすむことになれなさい。けっかいがいはあなたをまもらないわ。いざというときに、じぶんのひゃくぱーせんとをだせるように」


結果、か……。


管理職になる前は考える前に動けと教えられたし、昔からそうやって生きてきた。こうも真逆のことを言われるなんて。


逆にそれは1周まわって、厳しい教えかもしれない。

ここらで一度、自分の動きを見直さないとな。


結果という単語を聞いて、ヒロはすぐ隣のうーさんをちらりと見た。

するとうーさんもヒロの事を見ていて、唐突に目が合ってしまった2人はふいっと目を逸らした。


あれ………なんか、話せないぞ。

うーさんに質問したいこと、たくさんあったはずなのに。


その時、耳に違和感を覚えた。

一気に聞こえる音が少なくなったのだ。


気のせいじゃない。この倉庫と業務フロアに距離はほぼ無いから、もうちょっとガヤガヤした音が常に聞こえてたはずだ。


その時、柳さんが何かにはっきりと気づいたように目線を動かしたのを俺は見逃さなかった。


「…………! みかちゃん。まさか」

「いいのよ。きにしないで」


慌てて立ち上がり、問いかけるうーさん。

それに対して、普段通りににこりとキュートに笑う柳。


「わたしもそろそろいかないと。くずっちのいうとおり、ここをでちゃだめだからね」


そう言い残して柳も倉庫を出ていった。


そのやり取りの意味がこの時の俺には理解出来ないままだった。



------------------------------



11:15。業務フロア。


「な、何なのだ?この状況は……」

「しー。静かに」


人差し指を立てた須藤を見て鳴上は慌てて口を抑えるが、目の前の光景を受け入れられず目を見開いた。


しかし、この状況は異常でござる。


一体何が始まるというのだ?あの感情豊かな従業員達が皆まるで、あの者が入ってきた瞬間に機械人形のように黙りこくるなど……?


常に騒がしいにも関わらず、突如としてシンと静まり返った業務フロア。

場にいる鳴上、須藤以外の全員が淡々と歩き続けるその対象に向けて、頭を下げていた。


「まさか……神松さんが今いらっしゃるとはな〜……」


歩み寄ってきた神松とその後ろについて歩く3名の本社配下に、須藤は会釈をした。


「セントラルマネージャー。わざわざこちらまでいらっしゃるとは」

「須藤君。久しいな。鹿沼と時枝君はどこだ?2人と話がしたい」

「あぁ。彼らなら」


その時須藤の言葉を遮るように、忙しない足音が響き渡り神松と須藤は振り向く。


「これはこれは神松『さん』。アポも無しにいらっしゃるとはどういったことでしょうか?御身もお忙しいでしょう」


乱暴な足取りで神松に近づいていく葛木は、強烈に皮肉めいた低い口調で問いかけ睨みつける。


神松は一切表情に変化のない無機質な瞳のまま、葛木をじっと見つめた。


「生憎今2名は席を外しております。都合を付けますのでご安心くださいますよう」

「では待とう。何時に戻るのか」

「確認しておきます。お手は煩わせませんので、本社に戻られては如何でしょうか」

「葛木統括。管理室に2人が居ることは知っている。″楽しいこと″をするなら混ぜてくれないか?『動くことだけが全て』ではないという考えには同意だ」


神松は横に居た配下から、1枚の書類と録音機を受け取り広げ見せた。


それを見ても、葛木はあくまで表情を変えなかった。


「統括の業務態度が不真面目でいかがなものかと、先程報告と録音が上がってね。『迷惑』な存在が居るならば、排除しなければならないと思ってな」

「『迷惑』とは大きく出られましたねェ。悲しいですよ私は。管理室を見られてはどうでしょう。先程話した通り2人は居ませんし、不真面目を働いた事実などありません。写真でも残ってるのでしょうか」

「ふむ?これらの報告はブラフか。では私が外出した隙を見てこっそりと私のデスクを荒らそうとした、お前の不届きな配下が本命か?」


葛木はハッとしたようにスマホを開いた。


『ごめん。つかまっちゃった☆』


柳から届いたメッセージを見て、葛木は心底鬱陶しい、というように顔を顰めた。


「その顔が本心のようだな」


神松の無機質な瞳が、一瞬楽しげに揺れた。



------------------------------



うーさんは美味しそうな山盛りの惣菜に手をつけず、俯いたままだった。


きっと彼女も、話がしたいはずだ。


「うーさん。本社で何があったの」

「………ひーくん」

「出来る限り力になりたい。うーさんに沢山の事を教わって今があるから。俺はこれからも、うーさんに教わり続けたい」

「…………」


聞かないと、後悔すると思った。


きっとうーさんなら、ありのままを答えてくれる。

そう思っていた。


「うー、さん……?」

「…………だめだよ。監査官の私に、そんなに優しくしちゃ」


ヒロを見つめるうーさんの瞳は輝きを失って、どんどん暗く澱んでいき、表情から感情が消えていく。


心の距離が一気に離れていくような感覚を、ヒロは全力で拒否し続ける。


「私が悪いの。私が元はと言えば。……私が生xxx…………私が、原因だから」

「どうしたの?うーさん。ダメだ!しっかりしないと」

「本当にやめて。放っておいて。きっと私。………ひーくんを傷つけちゃう」


うーさんは両手で顔を覆い、震えながらソファの上で縮こまってしまった。

ヒロは焦りを募らせる。


くそ………!

………精神が不安定になってるのか?


何とかしないと。でも………どうやって?



------------------------------



「いつも大変良くしていただいておりますので、清掃をと思い配下を遣わせたのみです。ご心配され過ぎでは無いでしょうか。それともまさか、本当に後ろめたいものでもお在りでしょうか」

「鹿沼が勇気を振り絞って提出した改善要求の原本とやらが欲しいようだが、そのような物はありはしない」

「無いなら無いで宜しいかと」


真っ向から向かい合う葛木と神松の視線の間には激しい火花が散っていた。


しばらく無言の時間が続き、神松が口を開いた。


「単刀直入に言おう。鹿沼と時枝君のみ、来週から地方支社へ異動してもらう。『2人ともそれぞれ別の支社へ』、だ。構わないな?」


それを聞いた葛木はブチ切れて、大きな舌打ちをした。


「おいおいおいおい…………いい加減にしてくれねぇか?認める訳ねぇだろそんなの」

「短気な男だな。つくづく思うよ。君のような愚者より、私の方があの2人を教育するに相応しい」

「何頭ハッピーな事言ってんだ?お前が考えてんのは自分の保身だけだろうが」

「そうだ。今鹿沼に必要なのは『如何なる時も徹底して自らを守る力』だ。あと少しで″完成″するはずだった所を、監査などという建前を使いお前が邪魔をした」

「あいつらは2人とも、ウチの支社で頑張りたいという意志を見せている。それを無視すんのか?そんなのは指導者じゃねぇよ。ただの暴君だ」

「どう言われようと特段構わないが、私は目先だけを見て物事を判断するつもりは無い。『頑張ったから報われる』などという考え方は、破滅以外を生まない。この世で最も愚かで、浅はかな考え方だ」

「あいつらは『俺の』直属の配下だ。配下に何かあろうもんならその責任は『俺が』取る。結果愚かだろうが破滅しようが、俺がそれ全部覆すから大して関係ねぇんだよ。邪魔するんじゃねぇ」

「独り善がりだ」

「どの口が言ってんだ?」


まるで終わる気配の無い口論。

動けない鳴上と須藤、その他の従業員達は、困り果て立ち尽くしていた。


葛木は苛立ち荒いままの口調で、提案をした。


「俺は結果主義だ。今月の成績で決めよう。本社が勝ったらお前の言うことを飲んでやる。ウチの支社が勝ったら俺の言うことを飲め」


それを聞いた神松は、頬をぴくぴくと動かして頬を吊り上げた。


「正気か?我々と支社の間にある戦力差は、お前が最も理解していると思っていたがな」

「おいおい?そんなに強気で大丈夫か?負けて泣きベソかいたってもう遅ぇぞ」


神松はククク、と笑みを見せ、踵を返し業務フロアを去っていった。

その瞬間、何事も無かったかのように従業員達が業務を再開し始める。


「須藤殿………こき使われる事が確定したでござるぞ………」

「そう………ですね〜………」


一部始終を聞いていた鳴上と須藤は、白目を剥いて固まっていた。




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