第15話 よく見なくても超絶可愛い
【登場人物紹介⑥】
須藤 彰人 (すどう あきひと)
本社組。仲間を大切に出来る男。チャラい。優秀であるが、末期のロリコン。
19:00。
ヒロは仕事を終えて、いつものアニメグッズ店に来ていた。
ここ最近はずっと、仕事終わりは渚と『いつものコスプレコーナー』のベンチに待ち合わせして、2人で腰掛けている。
その時の気分で一緒に軽く食べ飲みしながら、『鳴上のいつもの』を眺める。そして21:00頃に3人で店を出て帰るまでが日課になりつつあった。
2人でベンチに座る機会は今まで何回もあったけど、今までと違うのは距離が全くない事だ。
渚はヒロに身体を寄せてぴったりくっついて、常に左腕をぎゅっと抱き寄せてきていた。
そんな事しなくても離れんわ。
「アマテラスオオミカミよ。私を見守りなさい。この甘目まどか……大宇宙。つまり、神界に誓うわ。必ずあいつを焼き払い、照り焼きにしてスープと一緒に食べてあげるとね。森羅万象に宿るは、ダイセイレイのみであるべきよ」
鳴上はアホほど短いスカートでカーテシーをして、下に履いている短パンがチラッと見えている。
「エロすぎる……」
「おいこら、エロい目で見るな」
唐突にスケベモードになった渚。その頭をヒロはぺしっと叩いて、ツッコミを入れた。
「さては、アナタ……。アマテラス様から浮気してその悪魔に乗り換えたってところかしら?オシオキ、しちゃうわよ……」
鳴上はビッと目の前を指さし、決めポーズをした。
わっと、ギャラリーの子供たちが盛り上がる。
「ヒロ、スマホ貸してー」
「え?なんで?」
「いいから」
「あ、うん」
何でか全く分からないまま、ヒロは言われるままに渚にスマホを渡した。
すると渚はヒロのスマホで、鳴上の全身アップ写真をカシャカシャ撮り始めた。
「待ち受けにしてあげるー」
「いや。こら。やめなさい。おいこら」
ヒロはスマホを取り返すためにひたすら手を伸ばすが、渚はケタケタと笑いながらスマホを返すまいと身と腕を伸ばしよじらせる。
困った女だ…
「保存しといてるからイ○スタに上げていいよー」
「上げるわけないだろ?え?何で上げると思ってんだおいコラ」
「きゃー♡」
「きゃー♡じゃなくてさ」
渚はゲラゲラ笑っている。
不意に内カメに切り替わってて、渚はヒロに背を向けてシャッターを切った。
幸せそうに笑う渚と、内カメに切り替わってて驚いてる顔のまま手を伸ばしてる俺。
器用な渚に一瞬啞然としたが、そんなヒロを横目に渚はそのまま外カメに戻して、今度は鳴上の股間を超アップにして撮り始めた。
「何してんだやめろ!このスケベ!」
「やめなーい。ほら、可愛いでしょ〜?ひひ」
「うん、そうだね。早くスマホ返しなさい!ほら!」
「ひひ、やだよー」
スマホを取り上げると、渚はちょっと頬を膨らませた。
頬を膨らませたいのはこっちだわ!
でも渚がすごく幸せそうにしてると、相変わらず本当に不思議なことにこっちも釣られて笑顔になれてしまう。
「私の究極形態『最終・キューティクル・ユニバース』。これを使わせたことは褒めてあげる。宇宙などちっぽけと気づかされる『世界』そのものよ。あなたの今世に来世、全時空全並行世界においてのアナタの穢れた魂をキヨメ祓うわ………」
鳴上は手にもつプラスチックのステッキを、大きく振りかぶる。
「ねえ、ヒロ」
「うん?」
「私の事好き?」
また唐突に。
付き合い始めてまだ1週間と少し程度だが、それ以来ずっと1日1回は聞かれる。
なんて答えてやれば渚が満足してこの質問をやめるのかは、謎だ。
「好きだよ」
「ひひ。私も、ヒロが好きー」
渚はしがみついたヒロの腕に、頭を何度もスリスリと擦っている。
ヒロの目線右斜め下に、腕にスリスリする渚の頭があった。
渚は頭を撫でると喜ぶので、手を大きく動かしてわしわしと撫でた。
「ぷー」
「ん?」
「もっと優しくがいい」
「あ、左様ですか」
ヒロは優しくするフリをして、もっと動きを大きく早くわしわしした。
いつも俺に悪戯をしてくるから、仕返しだ。
渚の柔らかい髪がくしゃっと無造作に跳ねる。
「やー!いじわる!」
「え?なんの事かな?」
ヒロは構わずに、渚の頭をわしわしとさすった。
「んんっ……!いやー!」
ちょっとダイナミックな動きを加えると、渚の身体全体がゆさゆさと揺れた。
ヒロは少しだけ面白がってそれを続行していた。
バチン。
渚は振り向いて割と強めにヒロの頬をビンタした。
なんて理不尽な……!?
痛ぇ。本当に結構痛い。ちょっと涙出てきた。
渚は髪の毛を両手の指で整えている。
「理不尽だろ」
「何の事ー?」
渚はちょっと怒っている。
このモードに入った渚は、ご機嫌を取ってあげるまでまともに口を聞いてくれない。
「ごめんって」
「………」
「やっぱり、よく見ると渚って超可愛いよな」
「………」
「よく見なくても超絶可愛いんだけどな。はは」
「………」
「言うの忘れてたけどさ、最近前髪ちょっと切った?その長さかなりいい感じじゃん」
「………」
「あとさ。この間渚が観たいって言ってた映画公開日決まったらしいよ。予約しとくから今度一緒に」
「うるさい」
はい、無事に撃沈しました。
「これがァァァァァッ!!!全宇宙の法則、この世の真の幸福あらんとせし超魔法…………
アルティメット・テリヤキ・ユニバースだッッッッ!!!!!
前世から反省してその目に焼き付けろッ!!!!!!
……そして。そのはみ出している汚い鼻毛はちゃんと外出前に切りなさい」
鳴上は甘目まどかの究極必殺技と決めゼリフを披露し、ギャラリーは大歓声となった。
あれの何がいいのかは、今でもよく分からない。
渚は不貞腐れた表情で、足を組んでスマホをいじりだした。
「なぁ。許してくれよぉ」
「………」
「渚そういえばさ!ネイル変えた?めっちゃいい色じゃん。可愛いわー」
「………」
「思い出したんだけど、渚が好きって言ってた飯屋で新作出たらしいよ。明日仕事終わったら行こうよ」
「………」
「疲れた?肩でも叩いてやろうか?なんならマッサーg」
「行かないししなくていい。帰りたいもう」
明日までまともに口を聞いて貰えないコースという事が判明した。
女の子の容姿の変化に気づいて声かけると喜ぶと聞いたので実践したが、失敗に終わった。
渚は大きなため息をついている。
なんか、俺も帰りたくなってきた。
悲しみとは、今俺の胸に巻き起こっている感情を言うんだろうな。
「嗚呼!私はここで負ける訳にはいかないわ……。燃え盛る聖なる蝶よ、舞い降りなさいッ!!!
あと、その1本だけはみ出た鼻毛を切れッ!!!!」
鳴上も戦っているらしい。
とりあえず帰りの電車と自宅到着が何時になりそうか調べとくか。
ヒロはポケットからスマホを取り出して、乗り換えサイトを開いた。
今日もまあ、帰り着くのは21:30くらいかな。
「………して」
「え?」
「背中凝ってるからマッサージして」
しなくていいって言ったやん。
ヒロはそう思ったが、渚はマッサージしてもらう気満々のようで、ヒロに背中を向け始めた。
仕方が無いので、肩甲骨付近のツボを親指でぐいぐい押したりさすったりした。
「あ〜〜〜生き返る。サイコ〜〜〜」
「おっちゃんかお前は」
気持ちよさそうな声を出す渚の、背骨やあばら骨の骨と肉の間の溝らへんをごりごりと押した。
渚は再びご機嫌顔で、ヒロに向き直った。
「は〜〜〜!身体軽くなった。褒めて遣わす」
「あ、はい。お褒めに預かり光栄です」
「ヒロ?なんか反応薄くない?何むんつけてんだよっ♡」
渚は高笑いしながらヒロの肩をバシン!!と叩いた。
痛え!
むんつけてたのそっちな!??
渚は再び俺にぴったりくっついて、今度は胴体に抱きついてきた。
「頭撫でろ」
「はい」
反対の手で優しく頭を撫でると、渚は俺に寄りかかり身体を預けてきた。
しかし、触り心地いいなぁ。
ついつい長く触ってたくなる。
「ねぇねぇ。私の髪の毛に、夢中になっちゃったの?」
「なってない」
渚はヒロの顔を見上げて、完全に確信を持った目でずいっと覗き込んだ。
心を見透かれたようでドキリとしたが、ポーカーフェイスを崩さずに咄嗟に否定した。
「うそ。私の髪の毛、色んな人に綺麗って褒められるし人気なんだよー」
「なってないって」
「じゃあ、好き?」
「なにが?」
「私の髪の毛」
うっわ。
なんて返してもめんどくさそうな質問が来た。
「皆様。渾身の1曲を歌わせてください。
甘目まどかの魔法少女記 〜耳を揃えて持ってこい〜
オープニングテーマ………『照り焼きは英語でもTeriyaki』」
ワァァァァァァーーーーーー!!!
コスプレコーナーは鳴上の独壇場と化していた。
盛り上がりはピークに達している。
ヒロは結局、渚の髪の毛を親指と人差し指でしゃりしゃりと弄んでいた。
少しでも指の力を緩めれば、サラサラと手からこぼれ落ちていく。
「…………ちょっと好き」
「ふーん?」
ほんの少しくいっと引っ張ると、ピンと伸びた毛の艶1本1本に表現しがたい中毒性を覚えた。
「私もヒロに撫でてもらうの好き」
俺は咄嗟に目を逸らしてしまった。
突然素直になるのやめろ。
……不覚にも今、俺はドキドキしている。
渚と目を合わせられない。
渚はドキドキしているヒロの耳元に顔を近づけて、囁いた。
「…………本当はさっきみたいにわしわしされるのも、あったかいから好き」
「!?」
「引っ張られるのも、気持ちいいから好き」
えっ!?
「な、渚。そろそろ帰る?」
「へ?うん」
「ちょっと帰る前にトイレ行かせて」
「ええ?うん?」
ちょうどこのタイミングで鳴上サイドも終わったらしく、歓声と拍手が響き渡った。
全く意味が分からないという顔できょとんとしている渚を置いて、ヒロはドタバタとトイレに駆け込んだ。
心臓、バクバクしてる。
今日の渚は全く意味が分からないぞ……!?
いつも意味分からないけど。
一瞬渚に変な感情を抱いてしまった自分に気づいて、必死に抑え込むので精一杯だった。
2、3分深呼吸してから出よう。
とりあえず○itterでも見て落ち着いて……。
写真の枚数が異様に増えてることに気づいて、写真フォルダを開くと大量の鳴上の写真があって、その中に1枚だけ別の写真が混じっていて。
ヒロは無我夢中で写真を開いた。
俺と渚の、ツーショ………。
渚の心の底から嬉しそうな笑顔は少しだけとろんとしてて。
また心臓がバクバクしてしまった。
どうしてだろう。渚が笑ってるところなんて、ずっと見てきたはずなのに。
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今日も失敗……。
ヒロ、突然トイレに行っちゃった。
今日は元気そうに見えたけど、本当は疲れてて帰りたかったのかな?
ヒロを、今日こそドキドキさせたかったのに。
全然上手くいかなくて、またヒロに当たっちゃった。
ごめんね、ヒロ。
ヒロに、嫌われたくないよ。
………いつになったら、ヒロをドキドキさせられる んだろ。




