第11.4話 ごめんなさいなんて言わない
※渚、ヒロ過去回想
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私たちは3年生になった。
私はあれからずっと懲りずにヒロに猛アプローチを続けているが、あまりにもドンカンなヒロはずっと振り向いてくれないままだ。
秋、体育祭。
尋常ではない気合いの入りようのヒロは実行委員長として見事な采配をし、学校はとてつもない熱気と盛り上がりを見せていた。
ヒロ………。やっぱり、かっこいいな。
あんなに優しくて柔らかくて、儚いのに。切羽詰まった時たまに見せる雑な仕草や張り上げる大きな声に、やっぱり男の子なんだなって思って。
すごくドキドキしてしまう私がいた。
パーン!!
「ヒロ……。かっこいい……」
「渚ぁぁ!ちょっと!もう二人三脚始まってるよ!?時枝君に見とれてる場合じゃないってー!!」
「っえ?あぁぁぁ!!ごめん!!」
わぁぁ!結構出遅れてるじゃん!?
さっきの徒競走は個人競技だったから心底どうでもよかったけど、今回の二人三脚はクラス対抗。ヒロだってどこかから見てるはず………。
ここで最下位などというクラスに泥を塗る行為をして、ヒロをがっかりさせる訳にはいかない。
「ほらっひより!!行くよ!!ほらほらほらほらほらっ!ねえ?遅くない?もっと気合い入れてっ!!ほらほら!?」
「ぎょえーー!ちょっと!渚、むちゃくちゃだよ………!!ていうかさっきの徒競走より動き良くない?どうしたの??」
3年生のクラス替えで友達になってくれたひよりは、面倒見が良くて相談に乗ってくれる子だった。
ヒロと同じように困らせちゃってるけど……。ごめんね。
ヒロに教えてもらった、いつもやってるパズルゲームを思い出して!!それに比べたらこんなの、おちゃのこさいさい。
次はこっちの足、あっちの足。それを交互に素早くやるだけ………!
いける!いける!!
そして私とひよりのペアは爆速で他のペアたちを追い抜き、見事1位でゴールを果たした。
ゼェゼェと膝に手き息を荒らげ、こいつ………。という目で横から視線をぶつけるひよりなど目にも映らず、渚はガッツポーズで天を仰いだ。
ヒロ!私、1位になったよ。はじめてかも。
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苦しさの中にいた。
俺と渚の間の開いていく差に、焦りのままに頑張り続けた。
どんどん素敵になって認められていく渚。先日は沢山のラブレターを貰っていた。なのに比べて俺は、どんなに頑張ったってずっと変われないまんまだ。
渚が出ると言っていた二人三脚を遠くから眺め終わり、呆然としていた。
ひよりさんとペアで出場し、出遅れたにも関わらず1位に輝いた。
渚って、本当は運動神経も良かったんだな。
運動神経が良くないところは、俺と一緒だって思ってたのに。
体育祭はこのままいけば大成功を収めるだろう。
「やっぱり委員長が時枝君だと本当に安心だわ。ありがとう」
「トキ!すごいわ!本当にカッケェぜ!」
体育祭の成功。先生や他の子達からもすごいと褒められて。なのに、こんなにも心は悲しみに満たされている。
二人三脚が終わって本当にすぐのタイミングで、ライヌが届いた。渚からだ。
『1位になったよ!すごいでしょ。後でちゃんと褒めてね』
無言でスマホをポケットにしまった。いつもならすぐに返信をして褒めてあげるのに、今日はそれが出来なかった。
そんなに自慢したかったのか?
そもそも俺なんかに自慢してどうするんだよ?
胸の内の劣等感が、ずっと蝕み続けて。俺がこんな気持ちだなんて、渚は知る由もないんだろうな。
フラフラと1人教室に戻ってきて、涙が出そうになるのを堪えながら机にバン、と力いっぱい拳を叩きつけた。
そして父に譲ってもらった黒縁眼鏡をガチャリと机に置いて、ふとそれを眺めた。
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『人のために生き、人の記憶に残る人生こそ、本当に意味のあることだ』
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それを見る度に脳裏に蘇る、腐るほど聞いた父のその言葉。
俺はその″鎖″に、拳を振り上げた。
こんなものがあるせいで、俺は………!!!
しかし、臆病な俺は結局それを壊すことが出来なかった。
「うぅ……。うう……」
俺は机にガタンと座り、机に突っ伏してしばらく動くことが出来なかった。
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どれだけ私が素敵になれたら、ヒロは私に振り向いてくれるだろう?
それだけを考えて、努力して。誰よりも頑張るヒロに、報われて欲しくて。
その一心だった私は、二人三脚の結果を送ったライヌが返ってこないのが気になって、ヒロを探して校舎を走り回った。
教室で机に拳を力いっぱい叩きつけるヒロ。
そして黒縁眼鏡に向かって拳を振り上げるもそれを振り降ろせず、苦しそうに呼吸をして机に突っ伏していた。
ヒロのそんな姿は初めて見た。辛い思いをしているヒロのこと、気づいてあげられてなかったんだ。
すぐに戸を開けて、ヒロに声を掛けた。
「ヒロ………大丈夫?」
「え?渚。……大丈夫だよ。二人三脚、1位良かったね」
「そ、そんなことよりさ。ヒロ、なんで」
「俺忙しいから。もう行かなくちゃ」
ヒロはそう言って、少し俯いたまま立ち上がり走り去ってしまった。
体育祭が終わってからも家に帰ってからも、ヒロに声をかけてあげられなかった。夜になっても日を跨いでも、ライヌは返ってこないままだった。
日曜日で休み、まだ昼間にも関わらずスマホに返信が来てないのを見て気持ちが沈みきった私は、それを誤魔化すかのようにお風呂に顔まで沈めて、ぶくぶくと泡を吹いた。
寂しい。寂しいよ。
このまま今日も返ってこないのかな。1日空いただけで不安ばかりが胸を渦巻いて、泣きそうになって。頭がおかしくなりそう。
誰にも言わないだけで本当は悩んでたんだって事実に、胸が苦しくなる。あんな風になるまで無理をしてたなんて。きっと誰にも相談も出来てないよね。
何に悩んでるんだろう?
私はこんなにヒロの事で悩んでるっていうのに………。
その時お風呂場のすぐそこに置いておいたスマホからライヌの通知が微かに聞こえて、私は浴槽から飛び出てスマホを確認し、目を見開いた。
ヒロから返信だ……!
他の友達や知り合いの沢山溜まりに溜まった通知を全部放置して、ヒロに真っ先に返信をした。そしてそれが済んでから、ほかの人達にも順々に返信を打っていく。
まるで私は、水を得た魚みたいだった。
その日以降、何故かヒロは私と遊んでくれなくなった。私以外の誰ともろくに話さなくなっていって。
そして体育祭の時のようにヒロが眼鏡を壊そうとして拳を振り上げる場面を、何度か目撃するようになった。
あの眼鏡に何かあるのかな?
どうにかヒロの秘密を掴まなくちゃ。
ある金曜日の放課後。私は、勇気を出して提案をした。ゲームに誘ってくれたあの時のヒロみたいに、拳をぎゅっと握って。
「今日。ヒロのお家に寄っていい?」
ヒロは目を見開きぽかんとした。巧みに聞き出した事で今日ヒロになんの予定も無いことも、家族が数日帰ってこないことも確認してある。
以前アニメ鑑賞の話をする中でさり気なく、いつかお家に遊びに行きたいとさり気なく伝えた事があった。その時ヒロはにこりと笑っていいよと返してくれた。
だから抵抗は無いはずだった。
しばらくぽかんとした後ヒロは俯いて、珍しくなんだか歯切れの悪い口調でぽつぽつと話し出す。
「ご、ごめん。今日はちょっと」
「何で?今日は予定無いって言ってたよね?」
「ご飯作らないといけないからさ。自炊って意外と大変で」
「私、作ってあげる。お料理得意なんだよー?」
「あと、掃除と買い物も行かないと。洗濯物も溜まってて」
「やってあげようか?私家事も全部出来るんだから」
「いや。買い物、いっぱいあるから。あと洗濯物も家の中も汚いし」
ああああああああ〜〜〜〜〜っ!!!もう!!何も考えず二つ返事でうん。よろしく。って言え~~~~~~~~~!!!
このやろ〜〜〜!!ふざけんなよ!ってか、察せよ!そろそろ!どんだけ鈍感なんだこいつ。私が夜な夜などれだけおめーの事を心配して悩んでるかなんて知らねぇんだろうな!?そういう生命体だよ!おめーは!
何でこんなに可愛い女が誘ってるのを断れるわけ!?信じらんないんですけど。買い物だろうが掃除だろうが洗濯だろうが、全部全部私がやってやるっつーの!!
少しは私の気持ちを察せよこのクソ甲斐性なしが〜〜〜〜!!
私は根性でどうにか笑顔を崩さない事に成功したけれど、いつ全部地面に叩きつけて暴れ叫ぶか分からない程度には内心キレて、拳をぎりぎりと握りしめていた。
「ごめん。今日はどうしても早く帰って1人になりたいんだ。渚が家に来るのが嫌とかじゃない。だけどほんとに誰とももう喋りたくない」
ヒロは力のない表情と声でそう言って、再び歩き出してしまった。
何言ってあげるのが正解なんだろう。
私は分からず、呼び止める事が出来ないまま立ち尽くした。構わず歩き続けるヒロはいつの間にか、見えなくなった。
ある事を考え始める。しかし、これを実行して失敗したら二度とヒロとお話出来なくなるかもしれない。
私は得るものと大きなリスクを天秤に掛けて。
帰ることにした。
私がいくら話を聞きたいと思ったって、ヒロに悩みを打ち明ける意思が無いなら無理に決まってんじゃん。
また明日もチャンスがある。何焦ってるんだろ?私。焦って良い事なんか何にもない。
そもそも善意が全て報われるなんて限らない。そんな世の摂理を無視したような事を実現出来るのはヒロだけ。ヒロは天使なの。
また明日ね、ヒロ。私は足を踏み出した。
……………………。
天使。
私はぴたりと帰り道を進む足を止めた。
一生独りぼっちと思い帰っていた私を呼び止めて、桜の木の下で笑顔を見せてくれたヒロ。
火事で焼け落ちる寸前の建物から、女の子を救い抱えて出てきたヒロ。あの日私は。
そして私は踵を返して、ヒロが帰った方向へ走り出した。
私はどうやら君のような天使にはなれないみたいなので、代わりに『悪魔』になってあげる。君から奪い去っていく悪魔。
独りぼっちで一生暗い人生を送ると思ってずっと生きてきた。そんな私に、有り余って零れるくらいの幸せをくれた。
出会ったあの日を忘れた事なんて、片時すらない。
そんな君の傍に居られることが、私の幸せなの。
かなり迷って考えたけど、他を妥協してもやっぱりそこだけは譲れない。
ヒロの時間奪うね?ごめんなさいなんて言わないよ。私は悪魔だから。
その代わり、肩の荷も辛さもしがらみも、全部全部私が奪ってあげる!!
だって私は絶対に絶対にあなたを幸せにしなくちゃ気が済まない、悪い悪い悪魔なんだから!!!




