第11.3話 ライバル達を蹴落として
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過去渚、ヒロ視点
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17:00。放課後。
火災と校舎倒壊による校内全体のざわつきが数ヶ月かけて収まって、1週間後に文化祭が控えた。誰もが浮かれながら、出し物の準備や飾り付けをしている。
渚は机に座って小物作りを手伝う振りをしながら、ヒロの事を眺めていた。
ヒロは渚が熱い目線を送っているとも知らず、クラスメイト達に囲まれて楽しそうに文化祭の出し物の看板を作っている。
……………。
ああ………。可愛いなー。ヒロ。
この辺りで、明確に気づき始めた。
私は、ヒロの事が好き。
17:30。屋上。
もらったラブレターの時間通りに屋上に来た渚は、男子から手を差しのべられていた。
「草津さん………!好きです!!!」
今週で5人目だよ。
「ごめんね……。好きな人がいて」
「あっ!さっ!さっせーんしたー!!」
告白した男子が逃げるように走り去るのを、渚は複雑な心境で見送っていた。
渚はヒロが火事の一件で命を落としかけた日以降、ボサボサしていた髪の毛をちゅるちゅるにしたり眼鏡を取り美容液を塗ったりして、外見に気を遣うようになった。
その結果みるみる他人からのアプローチが増え、男女関係なく渚に告白する人が出てきて、渚は嬉しさを感じる反面、根がコミュ障故に、その慌ただしさに少し精神をすり減らしていた。
ただそれでも、1番肝心な、ヒロの渚に対する態度は『ほとんど』以前と変化が無かった。
なんでおめーがアプローチしてこねんだよ〜〜〜!!!
おめーのためにこんなに可愛くしてんだよ!
えー!?こら!!
告白しろ〜〜!!!私に〜!!
渚は1人ヒロに憤慨し、項垂れた。
………憤慨するなんて、何年ぶりだろう。
そんな風に俯瞰して自身を見つめる自分もどこかにいることに気づき、渚は不思議な気持ちを抱いた。
毎日のように連絡を送ったり一緒にゲームをしたりもしているが、一向に関係が進展する気配が無い状況に、八方塞がりであると感じていた。
21:00。教室。
ヒロのお人好しで善意の塊な人柄に影響を受けた渚は、1人遅い時間になっても学校に残り、小物作りを続けていた。
少しでもヒロに近づいてやるんだから………。
そんな思いで小物作りをしていたが、ふと見返してみて気がついた。
これ………作り方間違ってない?
え?今までの時間全部無駄じゃん!!!あああああああ!!
渚は開いた口も塞がらないまま呆然とした。
やっぱり、私なんかにヒロの真似事は出来ないんだ。
そんな事を考えていると不意に、信じられないことに戸が開いて、渚は心臓を跳ねらかした。
「………渚?」
「わっ!?ヒ、ヒロ……!?」
渚は何故か現れたヒロを、頬を赤くして息を呑んで見つめた。
ふ、不意打ち良くないって。
心の準備出来てないんだから!!ヒロと話すなら、前準備に30分鏡で身だしなみチェックと、あと、えっと………。
ヒロはそんな慌てふためく渚の心境など知る由もないまま、優しい表情のまま話を続ける。
「渚。この時間残ってると怒られるよ」
「っえ!?そうなの?ずっと居ていいと思ってた」
「20:00には先生も皆帰っちゃうから」
「じゃあ。何で、ヒロは?」
「ちょっと忘れ物しちゃってさ」
ヒロはすっとぼけな表情で、渚の机に近づいていく。
そして渚の机に山盛りになった花形の小物を見て、ヒロはにこにこと笑った。
「嬉しいな。気合入ってるんだ?」
「え?ま……まあ」
「どうした?なんかいつもより元気ないね」
「あの………作り方、間違えちゃった。どうしよう。無駄になったし、皆に怒られる」
渚は悲しげに眉をひそめてヒロに小物を見せた。するとヒロは珍しいものを眺めるかのようにしばらく見つめて、笑った。
「大丈夫大丈夫。これくらいなら目立たないんじゃない?次から正しく作ったらいいよ」
「でも……」
「いいんだよ。落ち込んだなら、いっぱい寝なね。寝るのが1番!渚はいつも夜更かしだから」
「寝たって……。間違えた事実は、消えないし」
「だからこそ大事なんだよ」
そう言って、ヒロは渚と目を合わせた。
やっぱり……ヒロ。優しい目だなあ。
罪悪感で今すぐ窓から飛び降りたいと思ったけど……ヒロのおかげで明日も生きてて良いような、そんな気がする。
「俺嬉しいんだ。渚、去年は休んでたよね。だから今年は文化祭に出るんだなって思って」
友達が1人もおらず根暗陰キャだった渚は、学校へ行くのがつまらず文化祭を仮病で休んでいた。
当時はまだ話したこともなかったはずのヒロがそれを知ってくれていた事実に、渚は胸が暖かく踊る心地を覚えて思わず俯いた。
「わ。分かんない」
「?」
「こ、今年も休むかも。私……外せない用事が家族とあってさ」
ヒロは目を見開いて、俯いてそう言う渚を見つめた。
渚はひたすらネガティブだった。どうせ自分は1人。ヒロは大勢の友達に囲まれて過ごすのだろう。他の女の子と仲良く話すのを見るくらいなら今年も休んでしまおう。そんな事を考えていたのだ。
「そっか………。残念だな」
「うん……」
「俺、渚と一緒に文化祭回りたいと思ってたんだけど。まあ、来年も文化祭は」
寂しそうに言ったヒロの言葉を、渚は瞬時にガタリと立ち上がり遮った。
「えっ!?!?ま!回る!ヒロと一緒に回る!!!」
「えぇ!??よ、用事は大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫!そんなのどうとでもなるから!!回ろ?ね?」
や、やったぁ!文化祭、ヒロと一緒に回れる……!
嬉しい。
渚は心を踊らせながら、文化祭当日を待った。
1週間後。文化祭同日。
16:00。
ねぇ。
なんでこうなるのよ。
渚はその場でゴジラのように叫び暴れ散らかしたい衝動を必死に抑えながら、体育館に引き返すため、色々な出し物で盛況を見せる廊下を1人ズカズカと歩いていた。
ヒロは渚といよいよ合流というタイミングで、ヒロはチャラチャラしたバスケ部OBの先輩達に強引に連れて行かれてしまった。
そしてその後、ヒロが解放されたと思ったらその直後に、クラスのカースト上位の男女グループにその場で捕まって強引に連れていかれた。
それが終わったら今度は、ヒロは後輩のキャピキャピした女の子達に捕まって強引に連れて行かれてしまった。
ハーレム状態のヒロを遠巻きに眺めて、渚はにっこりとしてピキっていた。
ムカつくーーーーーーー!!!!!
私が神じゃなくて良かったね?私が神ならたった今地球を粉々にしていたよ。
ヒロから「本当にスマン」という趣旨のライヌが7通くらい届いているのを渚は全て無視した。
渚は目に涙を滲ませていた。
私と回りたいって言ってくれたの、嘘だったんでしょ?
知ってるよ。ヒロは優しいもんね?
ズカズカとあるきながら下唇を噛み、嗚咽を上げて泣きそうになったその時だった。
聞き覚えのある声が聞こえて渚は柱の陰にササッと隠れて、聞こえてきた話に聞き耳を立てる。
あれは……。1週間前に告白してきた男の子?
「そういえば、草津さんに断られちゃったよ」
「ははは。あいつめっちゃモテるんだからお前じゃ無理だろ」
「ちぇ」
「倍率考えろって倍率」
「受験かよ」
男の子達はだるそうな声で喋りながら歩き去っていった。
倍率。
渚は瞬時にヒロの事を思い浮かべた。
どうしよう。このままじゃ……。他の人にヒロを取られちゃうじゃん。
それは絶対許されない。
毎日連絡するだけじゃ足りない。だけど、どうしたらいいんだろう……。
17:00。
エンディングセレモニーが流れ出し、後片付けは驚くほどあっという間に終了した。
ちらほらと少しずつ生徒が帰り始めた。結局終わるまで体育館の椅子で1人座っていた渚はそのまま、帰ろうとしていた。
渚ーーーー!!
ヒロは渚のすぐ側へ走り寄り、膝に手をついて肩で息をした。
「ごめん……!一緒に回れなくて」
「………いいよ。私なんかじゃなくて部活の子達とかクラスの子達と遊べて、楽しかったよね?それじゃあね」
「待って!!」
渚はヒロに背を向けて帰ろうとしたが、ヒロは渚の手首をがしっと掴んだ。
「代わりに、一緒に行きたいところがあるんだ」
ヒロと渚は一緒に電車に乗って、繁華街の超巨大なアニメショップに入った。アニメ、漫画、ゲーム、そして関連グッズが山のように沢山置いてある。
オタクの道に目覚めたての渚はその光景を見て、ウキウキと心を踊らせた。
「すごいとこだろ?」
「うん……!すごい!」
「渚が好きって言ってたアニメのグッズが大量にある場所もあるよ」
「ほんと!?」
「うん。ずっと、渚をここに連れてきてあげたかったんだ」
ヒロはふとした会話で渚がちらりと好きな作品であることを話したのを覚えており、その作品のグッズコーナーをわざわざ事前に探していたのだった。
渚は心から嬉しい気持ちになったと同時に、自分に対する怒りが湧いていた。
ヒロは限られた時間の中で私の事をちゃんと考えてくれていたのに。
私が考えてたのは、私の事ばっかりじゃん。
「機嫌直った?」
「んー。どうかなー」
「えぇっ」
渚はヒロの優しい口調に、思わず天を仰ぎ表情を隠した。自分に対して湧き起こる怒りに目に涙が浮かんでいたのだ。
そして思わずいつもと違って、否定的な返答をしていた。
しかしヒロは予想外というように少し焦った表情で目を見開き、渚の顔を見つめた。
渚はそんなヒロの様子を見て、ドクンと心臓が波打った。
………もしかして。
ヒロは、少し困らされちゃう方が私が濃く映るのかな?
ライバル達を蹴落として、私が1番大きく映る方法は……。
渚はいたずらっ子っぽい目つきでただ無言で見つめ返すと、ヒロはたじろいで見せた。
何を言われるんだろう?って顔で私の顔をじっと見つめてる……。
ヒロ、可愛い。ふふ。
そのまま5秒くらい見つめ合う。
目と目を合わせてる時間はとてつもなく長く感じて。
私は、すごくドキドキしていた。
「………また明日もここに連れてきてくれたら、機嫌直るかも?」
私がこの世で一番、ヒロの隣に相応しい女になってやる。
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渚が、変わっていく。
それを感じ始めたのは、文化祭が終わったあたりからだった。
何故かは分からないけどずっと俺に話しかけてくれるのは今まで通りだが、変わっていったのはその様子だ。
あざとくて、思わせぶりで、不思議で。まるで純粋な末っ子のように。ずっと大人しくて控えめだったはずの渚は、感情豊かに俺を振り回すようになった。
戸惑いも多かったけれど、発言のひとつひとつが俺のことを考えてくれてるのを感じたんだ。
長男タイプの自覚がある俺にとってそんな渚と過ごす日々は、すごく充実していて楽しかった。
渚が眼鏡をかけていたあの頃から今でも、変わらないものがあった。それは芯の強さだった。
渚は決して同調圧力で靡いて意見を変えたりする事は無かった。イヤなものはイヤだと断り、自分の意見を言うことを恐れない。渚のすごいところだった。
「トキ!今日の放課後って空いてるか?」
「あーっ!!ごめんね?ヒロは今日私と一緒に遊ぶからっサ」
「え……ああ。ごめん」
クラスメイトをすかさずズバッと牽制し、戸惑いながら去っていくのを見届けた渚は、俺の元にぱたぱたと無邪気な笑顔で走り寄ってくる。
「ヒローっ!今日はこの間言ってたゲーセンで遊ぼうよ。景品に甘目まどかのぬいぐるみあるんだって!」
元々素敵だった渚に、いいところがもっと増えていく。
俺はそんな状況に、落ち着いていることが出来なかった。
「………ヒロ?なんか疲れてるね?どうしたの?」
「あ……うん。大丈夫だよ」
こんなにのほほんと、生きている場合なのか?
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『人のために生き、人の記憶に残る人生こそ、本当に意味のあることだ』
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再びのしかかったのは父の言葉。
渚に話しかける前までの、苦痛に満ちた日々の記憶と感情が、徐々に蘇ってきて胸の内を真っ黒く塗りつぶしていくのを感じた。
思い出した。俺にはもう、それ以外取り柄なんて無かったんだ。




