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第11.2話 もう自分にも、何にも負けない

前半 渚視点

後半 ヒロ視点

───────────────

────────

……………


時枝君とライヌ交換して3日。

特にやり取りはしてない。


この日の3限目は選択科目の家庭科で、私の超得意科目。


更に、今日する内容は調理実習。


超超超得意と自負している料理スキルを使える。私が唯一、完全無双出来る時間だ。


班長の号令をもって、その班の実習が始まる。


私が班長なので、号令しなければ。


「えーわたくし、僭越ながら、無双させていただきます」

「む……無双?」

「草津さん何言ってんのー?」

「ア、アア!あの、今のは忘れて……」

「あはは!確かに草津さん料理超上手だから。おもしろいね」

「面白いよー、渚ちゃん〜」


号令しようと思ったのに、実際口からは変なセリフが出てきてしまった。


か、顔が熱い。熱いぃ………恥ずかしいよぉ………


実習で同じ班の女の子たちは、そんな私の発言にちょっと戸惑いを含みながらも笑ってくれた。


この辺りから、私の中で現実とバーチャルの境界が曖昧になっちゃう時があって、たまに変なことを言ってしまうようになった。


実生活に支障が出るって、こういうことを言うのね。


しかし人からするとそれがユーモアを感じて面白いらしくて、この時を機に少しずつ友達が増えていったと思う。


ジリリリリリリリリリリ!!


突然、警報が鳴った。


どこかから、焦げ臭さもする。


家庭科の先生が全体に声を掛けた。


「火災だ。皆慌てずに外に出てー」


隣の家庭科室かな?


突然の出来事に騒然としながら、ベランダの戸を開けて皆脱出していく。


「押さずに出てねー慌てなくていいから」


先生の声がけに従って外に出た。


隣の家庭科室一面が、火に包まれている。


「消化器が全部古くて、故障してたんだって」

「えー!!やだ。設置してる意味無いじゃんね」

「今消防車呼んでるって」


徐々にほとんどの生徒が校庭に集まってきて皆の話を盗み聞きする中で、何となく事情が分かってきた。


あれを消す術が今、無いんだ。


ボォォン!!!!!!!


家庭科室を中心に突然爆発を起こし、生徒たちはどよめいた。


校舎が3つあるうち、私たちのいた第1校舎全体が炎に包まれていく。


「先生!女子が1人いません」


点呼の最中、どこからか声が上がった。


別の学年の女生徒が1人、いないらしい。


その友達らしき女の子が泣き出した。……あれは、3年生?


「ごめんなさい……あの子、確かお手洗いに行ってたんです。気づいてたんですけど、警報も鳴ってたしすぐ戻るかなって、そのままその事誰にも言わずここまで来ちゃって…………!」


それを聞いた私はもう一度校舎を見た。


あの火………もう、校舎全体を覆ってる。


しかも厄介なことにあの校舎のお手洗いは奥にあって、近くに脱出できそうなベランダや窓は無かったはず。


女の子は言い終えると、泣きじゃくってしまった。


先生達は騒然としてどうすればいいか分からず、狼狽えていた。


その時、突然大勢いるうちの1人の男子生徒が立ち上がって、校舎に向かって走り出そうとした。


あれは……


時枝君!?


体育だったのか、ジャージを着ている。


というか、嘘でしょ?

まさかあの中に行くつもり?


「時枝!!どこに行くつもりだ!?」


体育教師は時枝君の腕を掴んだ。


「どこって、あそこです。離してください」

「座りなさい!!消防車がもうすぐ来るから」


しかし時枝君は先生の腕を力づくで振り払い、校舎へ駆け出して行った。


「先生は辺りに居ないか確認をお願いします!俺は中を見ますから!!」

「は!?ま、待て時枝ぁ!!生徒の行動は許可していないぞ!!!?」


体育教師が叫ぶが、時枝君は振り返る素振りすら見せず走っていった。


辺りはどよめく。


体育教師も立場が無くなると思ったのか、時枝君の後から走っていった。


時枝君は何も躊躇うことなく、校舎の中に入っていった。


「トキ!?嘘だろぉ!?」

「バカヤロウー!!だがかっこいいぞトキーー!!!」

「時枝先輩ぃぃぃぃぃ!!!」


しかし次の瞬間、校舎で2回目の爆発が起きた。


轟音とともに、校舎は徐々に倒壊を始めた。


校庭中が騒然としてパニック状態となるのを眺めながら、私は頭の中が真っ白になるのを感じた。


う、うそ。時枝君………。


どうしよう、どうしよう………?


もしこのまま時枝君が死んじゃったら?


私、なんでもっともっと時枝君と話さなかったの?


なんで時枝君の視線を感じておきながら、それを無視して立ち去ってきたの?


バカなの?私が話したくて仕方ない男の子は今、この世からいなくなるかもしれないんだよ?


ばか。ばか。ばか。


私は馬鹿ね。愚かそのもの。


自分に甘えて行動せず、本当に大事な存在に感謝のひとつも告げられずお別れ?


一生後悔してもしきれない。


消防車のサイレンが聞こえてきた。


皆が立ち上がって校舎に注目する中、私は体育座りをして咽び泣いた。


私は手を合わせて、必死に祈った。


お願い……神様……!時枝君、生きてて……!


もし生きててくれるなら、…………私は。


もう自分にも、何にも負けないから。



------------------------------



激しい轟音が鳴り響く。


出れなくなる前に早く女の子を……。


てかあっつ!熱い熱い。ジャージに引火しそうになるたびに、高く上げて火を避けた。


苦しいし。このままじゃ一酸化炭素中毒で死ぬ。その前にどうにかしないと。


黒縁眼鏡に熱が伝わって熱すぎるから外したいけど、外しちゃうと目が見えなくなるし……。


お手洗いのすぐ前のところで、女の子がうずくまっているのを見つけた。


近くに駆け寄ると女の子は絶望の表情でその場に座り、涙を流して震えていた。


「大丈夫?まだ間に合うから、早く外に出よう」


女の子は俺に気づいて、目に生気が戻った。


でも、諦めの表情で俺を見て言った。


「あ、ありがとうございます……。でも…実はさっき勢いよく転んで、破片が刺さってしまって……もう足が動かないんです」


女の子はブレザーで隠していた足を俺に見せた。


右足に大きなガラスの破片がいくつか刺さって、血が大量に出ていた。


「うん、うん!!!大丈夫!!!!!」

「ひぇぇ!?」

「肩貸すよ肩!!!」

「ひぇ?」


血や痛みに狼狽えている時間はもうない。


いつ、天井が降ってくるか分からない。


早く行かなければ。


消防車のサイレンが聞こえる。助かる可能性全然あるよ。


女の子は小動物のような情けない声を上げた気がしたが、

聞こえないふりをして肩を貸して女の子を立ち上がらせた。


「ごめんなさい……私なんかの、ために……。っ痛っ……」

「助かるよ!!大丈夫!!あそこまで歩けば!!!」


しかし痛みは酷いようで、女の子はすぐにうずくまり動けなくなってしまった。


辺りの火は1層燃え上がり、後方は既に天井が少しずつ崩れ落ちてきている。


俺らがいる場所の天井が、ひび割れてグラグラと揺れ始める。


もう、倒壊が始まる。


女の子は心底申し訳ない、というように俯いた。


「ご、ごめんなさい。私やっぱりもう……。時間もないし、あなただけでも逃」

「うるせーーーー!!!!生きろ!!!!!!」


女の子はハッ、と顔を上げて俺の目を見た。


諦めたその子の様子を見て、悲しみや焦りとかよりも、湧いたのは『怒り』だった。


柄にもなく怒鳴りつけてしまったけど、なりふりは構ってられなかった。


その子の目はどんよりと曇って濁ってて。


だけど心の奥でどこかで微かに助けを求めて、手を差し伸べてもらえるのを待っているような、そんな目をしていたから。


どうしても、生きて欲しい。そう心が叫んだから。


「大丈夫」


女の子はようやく明るい目の色に戻って、真剣な眼差しになった。


「はい!!」


安心した。生きたいって顔してる。


俺は女の子に改めて肩を貸して、一緒に出口近くまでやってきた。


同時に建物内に大量の水が噴射され、消防の人が助けに来てくれた。


やっとの思いで外に出れて。


それと同時に、脱出した俺と女の子の後ろで校舎は大きな音を立てて全て崩れ落ちた。


それ以降の記憶は、ない。



------------------------------



俺は病院のベッドに横たわっていた。


すぐ横に、母親と俺を止めた体育教師、医師がいた。


「広志……!良かった……心配かけさすんじゃないよぉ……!本当に……」


母はずっと俺の横で見守ってくれていたらしい。そして今母は意識を取り戻した俺を見て、突っ伏して声を上げて大号泣し始めた。


そんなにおおごとか?


…おおごとか。


「広志君。君のおかげで1人、3年生の女子が一命を取り留めた。足の治療で、学校復帰はまだまだ先だがな。本当にありがとう。無事でよかった」


体育教師は俺に真剣に頭を下げた。


助けたのは、1つ上の先輩だったのか……。


「広志君は奇跡的に軽傷なので、明日には退院できますよ」


医師も安堵した様子だ。


「ありがとうございます」


手荷物を近くに持ってきてもらっていたので、スマホを見ると草津さんからライヌが10通くらい届いていた。


心配かけたなぁ。



------------------------------



退院し学校に行くと、皆が盛大に迎えてくれた。


退院祝いと言って、沢山お菓子をもらった。


放課後、ライヌで約束した通り草津さんの待つ外のベンチへ向かった。


!?


誰?


草津さんがいつも座ってるベンチには、きちんと手入れされた綺麗な黒髪にすらっと真っ直ぐ伸びた背筋で上品に座る女の子が、退屈そうに頬杖をついてスマホを眺めていた。


その子は俺を見ると、立ち上がって寄ってきた。


「あー。やっと来たー」


歩き方から立ち振る舞いの全てが可憐なその女の子らしい女の子は、ずっと親しい間柄だったかのように、俺の目の前にやって来た。


誰?


「え、え?まさか草津さん?」

「草津ですー。てか、呼び捨てでいいよ。渚って呼んでね。私も時枝君の事、ヒロって呼ぶから」

「え?えっ。あっ。その」

「あのさそれよりも。めっちゃ心配したんだよー?」


草津さん?本当に?


いつもの眼鏡ももう掛けてなくて。


その真っ直ぐな瞳とラフな態度から、すごく垢抜けたような印象を受けた。


あまりにも急な展開だけど。ちょっと呆れ顔で俺を見つめる草津さんに………俺は、ドキドキしていた。


「あ………うん。確かにそうだね。じゃあ、ラフに話すよ。えっと……。渚。心配かけてごめん」

「…………」


渚は俺の目を見て、不意にぽろぽろ泣き出した。


「え!?渚?どうした!?何かあった?」

「………………ふふ。馬鹿だなぁ」

「ええ?」


渚は涙を流しながら、くしゃっとした笑顔で言った。


「ヒロは、かっこいいね」



------------------------------



なんか分からないが、この日から俺は渚に認めてもらえた(?)らしい。


俺は草津と頻繁に連絡を取り合うようになった。


取り合うというか、渚が頻繁に送ってくるから俺がそれに返信しているだけだけど……。


この日以降、俺は自分の中に凝り固まった悩みが優しく溶かされていくような感覚を覚えた。


自分で自分を許せるようになってから、不安でいっぱいでどうにかなりそうな自分の中に、ほんの少しだけだけど楽観的な自分が現れた。


そいつは「大丈夫だから多分」といつも俺に言った。


物事を自分ですぐに動くのではなく、メンバーや後輩に頼むことを覚えた。


物事を完璧にせず着手終了することを、少しずつ覚えた。


心がどんどん軽くなるのと並行して、隙なく物事を遂行できなくなっていった。


マネージャーを上手く遂行できず、部活や生徒会でもこっぴどく怒られたりした。


次第に、だらしないって言われるようになった。今まで1回も言われたこと無かったんだけどな。


人から嫌な顔されるって、こういう事なんだな。


これは、ずっと俺が恐れてきたこと。


でも、生きることに絶望しない俺がいたんだ。




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