第11.1話 俺が俺を大切にしてない
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前半…ヒロ視点回想
後半…渚視点回想
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俺には幼少期から、自己犠牲の上で人を助けなければならないという強い使命感があった。
「掃除、大丈夫なのか?任せて」
「大丈夫」
幼い頃からそうだった。本当に些細なことや細かな事に責任感や罪悪感を覚える。
その正体は、人の気持ちに敏感なところにあった。
人の気持ちを、なんとなく瞬時に理解してしまう。
人は俺に敵意を向けないし、思ったよりも世の中は明るい。分かっていても、そうだ。
他人の顔色を伺って。
他人の思いを中心に生きて。
思いもしていない当たり障りないことを口にして。本当はマイペースなのに、やりたくもない事を自ら買って出た。
俺は、そんな自分が嫌いだった。
お前は良い奴だと、皆は俺に優しい言葉をかけた。
だが、俺が俺を大切にしてないから。
俺は俺の生き方に、納得してなかった。
水を組んだバケツで雑巾を洗った。
力を入れて絞ると、水がボチャチャと滴り落ちる。
俺の手に持っている雑巾はまだ新品だった。だから綺麗で、水をなかなか吸ってくれない。
そんな生まれもった生きづらさに更なる生きづらさを重ねたのは、ことある事に言い聞かせられた、父の言葉だった。
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『人のために生き、人の記憶に残る人生こそ、本当に意味のあることだ』
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幼い頃から耳にタコが出来るほど言い聞かされたその言葉は、ずっと頭から離れない呪縛であり、俺の全てを制限する″鎖″だった。
『自分のため』じゃなく『人のために生きる』という「ルーティン」がこびりついて離れない。
だから手を差し伸べるべき人間が目の前にいれば、瞬時に俺の身体は走り出す。
反射的に走り出すし、その人の求めることに応えた。
だけど、それは嘘っぱちだ。
どれだけ人の役に立とうが評価されようが、俺の気持ちはずっと虚しいまんま。
人に嫌われたくない。
人が怖くて仕方がない。
この鎖を捨ててルーティンを辞めた結果、『俺に見捨てられた』って人に思わせたくない。そんな単に臆病な気持ちが、自分の奥底にあるだけなんだ。
信念を盾に、自分守ってるだけの俺がかっこいいわけない……。
いつものように教室の雑巾がけをしながら廊下に目配せをすると、放課後の決まってこの時間によく見かける女の子が歩いていた。
草津さんだ。
ずっと話した事がない子だったけれど、1年生の頃から、気づけばあの子の姿に無意識に目を奪われていた。
不思議なことに、この世界で唯一親以外で、話してて全然ストレスが溜まったり嫌にさせられたりすることがない子だ。
草津さんはいつも1人。
マイペースで静かで、飾らない。
誰かと楽しそうに話してるところも、全然見たことないし。
むすりと1人で過ごすその時間を、誰にも邪魔させないという気持ちすら伝わってくるような気がする。
俺と草津さんのクラスは騒がしい男女が多い。
にも関わらず、雰囲気に一切流されず確固たる自分をもって静かにそこに存在している。
芯を感じるその子を、俺はいつも無意識に目で追っていた。
『私みたいな根暗陰キャじゃ普段絶対話しかけれないような明るい子とかと、男女関係なく仲良く話してたから。でも、全然気取ってなくて。私みたいな友達いない暗いのともお話してくれてるでしょ』
草津さんに褒められて、心底びっくりした。
まさか、そんな風に思われてたなんて思いもしなかった。
あなたの生き方、みっともないわね。とか静かな口調で言ってきそうな雰囲気なのに。
あの時だけは一瞬だけど、人のために生きてきて良かったって思えた気がする。
草津さんにゲームを教えてから2週間たった。
少し仲良くなれたように思えたけど、別に会っても話すことは無かった。連絡先も知らないまま。
厳密には、話しかけたいけど会うと目をすぐに逸らされる。
この間の関わりの中で、嫌われることをしてないといいんだけど……。
しかし……ゲーム、とんでもなく上手くなったんだよな草津さん。
2週間で叩き出すには高すぎるスコアで、そろそろ競い合うには俺の頭と指が限界にきつつある。
頭がいい子って、すごいなぁ。
そんなことを考えていたら掃除が終わったので、部活のため体育館にやってきた。
俺は運動も絶望的に苦手だった。バスケ部だけど、1年経っても未だにドリブルがきちんと続かない。
もはや、正式入部して1週間の新入生たちの方が上手い。
練習は部活と、帰った後もしてるんだけどな。どんだけ才能ないんだよ俺。後輩にもろくに教えられないし。
だから俺は自然と、マネージャーポジションで皆をサポートする事が増えてきた。
「時枝!練習試合するから前のようにドリンクと審判を出来ればお願い……。って、もう全部準備してあるぅ」
「先輩。スケジュールなら見てるので全部準備出来てます。あと先日の地区対抗戦の選手傾向分析と対抗策をまとめたので後で見といてください」
「時枝……!お前ほんとすげぇな」
「時枝先輩………!かっこいいっす!!」
マネージャーの役割を先生が普段やってたけど、俺がやるようになった。試合出ても上手くないし。
メンバーにも顧問にも日々とてつもなく感謝された。
でも、全く嬉しくなかった。
俺だって試合に出て、活躍してみたいに決まってるだろ。
胸のうちの虚無感は、俺しか知らない。
部活終わったら今日も速攻帰ろ。
「トキィ!終わった後皆でス○バ行くけどお前も来るかぁ!?」
「あ、今日もちょっと家事の手伝いで」
「そっか。トキは真面目だな。だが応援してるぜ!」
「困ったら俺らを頼れよトキ!」
「ありがとう」
同級生のメンバーにはトキと呼ばれてた。
皆はいっつも懲りず部活後の遊びに誘ってくれたけど、その度に断った。
悪いが、これ以上人と一緒にいたらストレス過多で死ぬ。
皆のように面白い話もなんにも出来ないし。
ふと視線を感じた俺は、コートの外に目をやった。
…………?
あれ、あそこにいるのは草津さん?
制服の草津さんが、超珍しく体育館にやってきてこっちを見てる。
どうしたんだろう。
しかし俺の目線に気がついたであろう草津さんは、慌てたように体育館を去ってしまった。
「??」
草津さんの意図は知る由もなかった。
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夕暮れその空は、学校と部活で疲れた俺達を優しく照らしていた。
帰ろうと歩いていると、草津さんが学校前のベンチに1人座ってスマホをいじっていた。
メガネで前髪隠れてて制服もちょっと皺があって猫背。ひと目で草津さんって分かる。
もう夕方だし、もしかして誰かと待ち合わせかな?
「草津さん。久しぶり」
「……!時枝君」
俺は前と同じように、ひと2人分くらい距離を空けて隣に座った。
「………」
「………」
聞いてみようかな?さっきの事。
「「あの」」
うわ!完全に被ってしまった。
「ご、ごめん。時枝君……教えてもらったゲーム、すごくハマっちゃって。今、最終ステージなんだ」
「最終!?めっちゃ進んだね。俺はそこ行くのに3ヶ月くらいかかったよ」
「えへへ……ずっとやり込んでたから」
草津さんの口元が笑ってる。
草津さん………笑ってるとこ初めてみたかも。
俺が教えたゲームにハマって、こんな笑顔を見せてくれたんだ。……なんか、嬉しいな。
ゲームに感謝だ。
「草津さん。ライヌ教えてよ」
「ふぇ、あ」
「?」
「う、うん!交換しよ」
草津さんはあたふたしながら、ライヌを起動した。ゲームの邪魔しちゃったかな?
俺と草津さんはライヌを交換した。
「草津さんは頭いいんだね。俺はそんなに早く上達出来なかったな」
「……時枝君が色々教えてくれたおかげ」
「そう?」
そんなに色々教えたっけ。
2週間何も話してなかったような……。
頭がいい人は1聞いて10学ぶらしい。
つまり、そういう事だろう。
「そういや、さっき来てたよね?何かあったの?」
「へ!!え、えっと。……久しぶりに体育館の部活風景、見たいななんて」
「そうなんだ……面白かった?」
「う、うん!時枝君すごいね。的確かつしっかりとした声がけと采配……部活動を完全にコントロールしてたよ」
「そう!??まあ、あれしか取り柄ないから」
草津さん、見ててくれたんだな。
コントロールか。
今の皆が最も良い方向に進むのに最短のルートを辿ってもらえるように、余計なお節介をしまくってるだけなんだけどな。
人間嫌いとボール持っても役に立てないのを隠す、ただそれだけのために。
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私は、時枝君に話しかけたくて待っていた。
…………本当は、声をかけて欲しくて待っていた。
いつも声を掛ける勇気出なくて。
ここにこの時間座ってれば、時枝君が話しかけてくれる可能性が高いから。
そして時枝君と、話せた上にライヌ交換しちゃった!
嬉しい。どうして交換してくれたんだろ。
もしかして、私の事好きとか!?
きゃー!!
……………そんな訳ないでしょ。
時枝君、男女関係なく友達何人いると思ってるの。頭の中お花畑すぎるよ私。
………もしかしたら、彼女だって。いるのかな?
最近あまりにゲームにハマりすぎて、学校から帰ったら家のパソコンに張り付いてゲーム実況鑑賞やイラスト描くのにハマってしまった。
しまいにはあのゲームからこのゲームに手を出し、アニメや漫画も見るようになった。
ありったけの時間で、幻想やバーチャルの世界にのめり込むようになった。
心ゆくまで全部堪能するのに、時間が全然足りない。
そういうのが好きな人の感性って分からなかったけど、こんなに楽しいなんてって感動して、今までと違う刺激を感じて生きている。
時枝君にそれを打ち明ける勇気は無いけど。
体育館に行ったのは、今日こそ勇気を出して時枝君の連絡先を聞くためだった。
時枝君と、少しでも関わりたかった。
もし彼女がいても、関係ない。少しでも関われればいいんだから。
でも……体育館に入って、時枝君がスコアボードの前で懸命にメンバーに声を掛けて、無駄のない動きでサポートして頑張ってる姿を見て、自分のはしたなさを痛感した。
私なんて、なんにも頑張ってないのに。
私の胸は酷くズキズキと痛んだ。
毎日人のためにあんなに頑張って、懸命に走り回る時枝君に話しかける資格なんかある訳ない。
そう、思ったけど………。
それでも私は、ベンチに座って待っていた。
時枝君に話しかけるのを、諦められなくて。




