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第12話 聖地へ

【登場人物紹介⑤】

鹿沼 雨兎 (かぬま うう)

本社組。働き者で万能、社会人の鏡。しかしそのマインドに見合わぬ不幸体質。

15:00。


汗が止まらない。


俺はクライアントとの契約更新のためにスーツを着て電車を乗り継ぎまくり歩きまくり、

ようやく3社目の更新が終わった。


鹿沼さんは別業務で会社に残っている。


額の汗を腕で拭うと、汗で腕がびっちゃびちゃになった。


うわ、なんだこれ最悪すぎる。

ハンカチを出すのが面倒くさくて、スーツの裾で拭った。


腕の代わりに裾がびちゃんこになった。

黒のスーツなので目立たないのをいい事に、後でリセッシュすればいいんだから拭ってしまえという思考を持っている。


だらしない自覚はあるが抜け出せない。

これだから渚にズボラって怒られるんだよな。


この間、渚の目の前で私服の裾で手を拭いたら胸ぐらを掴まれる勢いで真顔でハンカチを持てと言われ怖かった。


そんなことを考えていると、ふと目の前をキャッキャと横切ろうとする存在がいることに気が付き、

目線を前に向けると5人のランドセルを背負った男の子たちが楽しそうに走り抜けていった。


似ているけど、背丈の違う子が2人いる。

兄弟かな?


それ以外の3人はそれぞれ、別々な背丈と顔をしていた。


いいな、小学生。小学生に戻りてー……


俺も小学生に戻っていいですか?


俺は俺の中の、もう1人の俺に問いかけた。

するともう1人の俺が「オッケー!」と言って親指と人差し指で輪っかを作り、ウインクをしてくれた。


もう1人の俺が良いって言ってんだから、

実質ダブルチェックOKって事で。


はは、ははは。


疲れすぎて本格的に頭が終わってきた。


足元を見ると、そよ風と共に落ちた花びらが足元にぱらぱらと散っていることに気づいた。


あれだけ花見シーズンで盛り上がっていたにも関わらず、今ではどの木も半分以上花びらが散って落ちている。


疲れたな。


俺は楽しそうな子供たちと西に傾く太陽を眺めていた。

この瞬間だけは、今からまた電車に乗って会社に戻り報告書の処理をしなければならないという、

あまりにも怠くて嫌になれる事実を忘れられた。


ん?

キャッキャと楽しくはしゃぐ子供たちとはまた別に、

少し離れたところで手を繋ぎ、

ルンルンスキップしてる大の大人2人がいることに気づいた。


なんだあれは…


今どき、子供でもあんなに楽しそうにスキップして道端を往きはしないだろう。

自分の年齢、きちんと理解してるのかな。


絶対にあれと関わらないようにしないといけないな。

俺は目を凝らしてよく見てみることにした。


……………………


鳴上と須藤さんじゃん。


無邪気な笑顔でルンルンとスキップするスーツを着た大の大人2人は、周りの目線がえらいことになっていた。


というか何があったんだろう。

あの2人も今日はクライアント訪問の日だったと思うけど。


笑顔でスキップしていた鳴上がふとこちらに目線を向けた。

やっべ、見られた。


鳴上は俺に気づいたのか、カッと目を見開いた。

こっち見んな。


須藤と何か打ち合わせをしたように見えた次の瞬間、

鳴上と須藤さんは笑顔でドスドスとこちらへ向かってきた。


あ、そういえば用事があるんだった。

ここらで退散退散っと………。


俺は振り返り最寄り駅へ猛ダッシュしたが、

鳴上と須藤の足が速すぎて追いつかれてしまった。

なんで手繋いでスキップしてるお前らの方が速いんだよ。


誠に遺憾ではあるが、鳴上と須藤さんが目の前に立ちはだかった。


「ぐふふ……」

「ぐふ…」

「「ぐっふ〜〜〜〜〜♡」」


変質者が2人現れた。

やべぇ。ヤバすぎる。うち1人は大男なので、迫力とすごみがヤバさを更に引き立てている。


俺は今日拉致られるかもしれない。


「あの、どちら様でしょうか」

「ちょw 他人の振りノンノノンw 」

「私は忙しいので、これで失礼します」

「待ってw マッチw マッチw ここにマッチw」


ウザ。


「いやぁ〜。ここで時枝さんに会えるなんて正直思いませんでしたよ〜」


須藤さんは先日自己紹介した時と同じ感じ。

言葉とは違う何か感情を顔の皮膚の下にはらんでそうな、そんな笑顔だった。


「あの…須藤さん。この鳴上(バカ)に洗脳されてませんよね?」

「ちょw」

「ほんと、何かあれば相談してくださいね」


俺は須藤さんの肩を背後から掴み、前後にグラグラと揺らした。


「出ていけ、出ていけ〜鳴上。須藤さんの身体を返せ〜」

「おおおおお」

「ちょいちょいw 拙者生霊にはなってないでござるw」


須藤さんは鳴上(バカ)に手遅れにされてしまったのかと本気で心配した。

しかし、須藤さんは表情を変えずそれを否定した。


「はっはは。大丈夫ですよ〜!なんせ、鳴上さんと僕は″相棒同士″ですから」

「ふっふっふ。時枝殿が須藤殿の言うことを理解できないのも頷ける。だが………それは今だけの話でござるよ。時枝殿………… よければ今から少し時間をもらってもいいでござるか?」


鳴上は意味深に身体をクネクネさせて、俺に手招きをした。


「すぐ近くだから、1度来て欲しいでござる。

互いを理解し合う事を望む我々の………そう─────″″″″魂″″″″同士が通い合い共鳴する、

喜びに満ちた場所へ」

「行かん」

「一考の余地もなしwww」

「馬鹿やってないで報告書出せよちゃんと」


俺は帰ろうと振り返るが、鳴上が俺の腕を掴んだ。


「た、頼む…頼むぅぅ!僕ら2人の友情の何たるや………その絆を合間見える場所に時枝殿もきてくれよぉぉぅぅぅぅうう」

「やめろ離せ!離すんだ!俺はまだ人間でいたい!人間でいさせろー!!」

「さらっと我々人外扱いされてますよ鳴上さん」



------------------------------



空は少しずつ雲がつらなり、

どよりと暗くなる準備を始めている。


結局鳴上達についてきてしまった。

なんやかんやで5分くらい歩いただろうか。


しかしなんだここ?


「デュフ………到着でござる」


鳴上はそう言ってフゥー…と息を吐いた。


だが、目の前にあるのは公共体育館だけだ。

少し年季が入っている。


中は灯りがついていて、何かをしている子どもたちの

声が聞こえること以外には特段何かあるわけでもない。

何ならその周囲にも特段なにか特別なことは無いが…。


鳴上は体育館を見据えている。

何が2人の友情をそこまで深めたのか興味が無い訳では無いが、どういったいきさつかは場所からは検討もつかなかった。


春の風が肌をくすぐった。

さっきは汗だくだったから心地がいい。


ふと違和感を覚え周囲を見渡した。

須藤さんがこの場から忽然と消えていることに気づいた。


「あれ?須藤さんは?」

「あぁ。もう″向かった″のかもしれないでござるな」

「?」


鳴上はセクシーに自分の身体に腕を絡めて俺を見た。


「時枝殿も、本当は気になるのでござろう?

拙者と須藤殿の伝説、否…………

フォーリン・ラブ・ストーリーが織り成されし、素晴らしい世界が」

「ならん」

「否定が早すぎる」


体育館の中で誰かが何かをしているのは分かる。

キュッキュッというシューズの摩擦の音と、女の子の掛け声も聞こえる。


なるほど、スポーツか。

鳴上はバリバリの体育会系だし、一緒にスポーツを通して2人は友好を深めたって言うなら納得いく。

息抜きだったか、同じ競技の経験者かは分からないけど。


早速体育館の中を見に行ってみよう。

俺は歩き出そうとするが、鳴上が俺を止めた。


「上から中を見るといいでござるよ」


鳴上は体育館入口脇の、外から2階に上がれる階段を指さした。


「見るの?何かするんじゃなくて?」

「チッチッチッチッチッ。チュッチュッチュ♡」


ウザ。


「上からいいものを見れるでござる」



------------------------------



俺は階段を登り、体育館のアリーナを見下ろした。


すると、スポ少と思われる子供たち10数人がバレーボールをしていた。

コーチと思われる青年が指導をしている。


学年はおそらくまばらだが、小学校高学年くらいの子が半分を占めていて、低学年の子と中間くらいの子がそれぞれ少しずつといった印象。


コーチ以外は全員女の子だ。


全員が白と青を基調とした一緒のスポーツウェアを着て黒い短パンを履いており、チーム感のようなものを感じる。

掛け声とコーチの叱咤激励の声により、非常に活気づいている。


「………」


で?

一体ここで何があったんだろう。

まだ全然分からない。


横を見ると鳴上が脈絡なくニコニコしていた。


「なんで何も無いのにニコニコしてんのお前……」

「あれを見るでござるよ」


鳴上がニコニコしながら指さした方を見ると、須藤さんがこれまで見た中で最も真剣な表情でアリーナに身を乗り出して子供たちを見つめていた。


普段の笑顔は一切ない。


てかあぶな!

ここは2階なんだけど?


俺は須藤さんの身を内側に引っ込めるために肩をがしと掴み、引き戻そうとした。


「須藤さん!危ない!……………え?」


びっくりな事に、須藤さんの肩はピクリとも動かない。

そして大きく見開いた目と今にも零れそうなほど飛び出て子供たちを凝視する須藤の眼球は、

得体の知れないヤバさを感じさせた。


ほんの少しだけゆらゆらと揺れる、古くなった天井の照明。

子供たちの掛け声。

ボールが打ち上げられる音、落ちてバウンドする音。

響き渡る歓声。

コーチの激励と褒め称える声。


そして、身を乗り出してそれをガン見する須藤さん。


俺は振り返り、鳴上に尋ねた。


「これは?」

「………須藤殿は週に2回の楽しみを満喫しているのでござる」

「…………」


ふと、もと見ていた方向を見ると、いつの間にか須藤さんはいつもの笑顔でこちらを見て立っていた。


須藤さんは鼻息をフンスと出しながら、キラーンと爽やか歯を見せてニッと笑いながらガッツポーズを決めた。


「ロリ、is…………………………………GOD」

「帰っていいか?」


やべぇ。ヤバすぎるぞ。


「鳴上?一体須藤さんに何をしたの?早く須藤さんを元に戻せ」

「だから拙者は何もしてないでござるってw」

「嘘をつくな?」


須藤さんは俺をなだめるように言った。


「彼女らの魅力が分かりますかぁ〜?時枝さん。大人の前段階……サナギとも言える彼女ら特有の、黄色い声。穢れのひとつすらない無邪気さ。愛くるしい笑顔。子であり成長する前であるあの子たちが私たちの目に映すその姿は、本質そのもの。性格が良い悪い関係なく、その子の生涯背負う人間性の本質を覗かすのです」


須藤さんは今までで1番の真剣な表情で、両腕を広げて力説している。


「う、うん。趣味嗜好は色々だもんね。な、なぁ、鳴上君?」

「うむうむ」

「その化粧を覚える前の若くつやつやでプルプルとした肌は、まるで黄金の財宝を見ているかのようでしょう。素晴らしいですよねぇ〜?」

「分かった分かった。分かった分かった分かった。よく分かったから喋るのをやめてくれ須藤さん」

「そのモードに入った須藤殿は、拙者ですら止められぬでござるよ」

「そして何よりも………………高学年女子の彼女らのスポーツウェアの上からでも分かる、発達途上……少しずつ大きくなっているのと健気に主張する、控えめな腰のくびれ…。バレーで躍動する時履いた短パンの下から時折ちらりと覗かせる健康的で汗ばんだ、ツヤとハリのある太ももという名の果じt」

「鳴上!俺は帰る!須藤さんをよろしく!!!」

「ぇ!ああちょっと!待つでござるぅ!」


俺は逃げるようにして体育館の外に飛び出し、

階段をかけ降りて駅へ全力で走った。


しかし、何故かは全く分からないが須藤さんが真顔で走って俺を追いかけてきた。

何でだよ!??


しかも走るのクッソ速ぇ。

全てが全く意味が分からない。


「時枝さぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん♡♡♡あなたも私と一緒に堕ちましょう……………小学生の沼にぃぃぃぃぃぃぃ♡♡♡♡♡♡♡♡♡」

「う、うわぁぁぁああぁぁぁぁあ!ロリコンが襲ってきたぁ!鳴上たすけてぇぇぇぇぇええ!」


…………


鳴上は体育館外階段上から2人を眺め、神妙な顔つきで静かに目を瞑った。


暗くなりつつある空と雲は、青と黒を少しずつ混ぜ合わせ続けているかのように動いていた。


静かだ。


「…………これこそが、魂の通い合う愛(ラブ・ストーリー)



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