第11話 私を呼び止める声
【前置き】
渚目線 高校時代回想
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……………
4月。
桜が芽吹き、世の中にパステルカラーが加わる季節。
私、草津 渚は今日から高校2年生になるらしい。ようやく始業式が終わった。校長先生の話が長すぎて参った。
新しいクラスの教室に入り、窓際の前から2番目の席に着席した。
新しい担任の先生、女の人なんだ…それも優しそうな感じ。前の人はがつがつした男の人だったから、ちょっと嬉しいな。
そんな事を考えながら、自分の髪をくるくるといじりながらぼーっと話を聞いていた。
私は自分に自信を持てなかった。人の反応が怖くて、個性を出せなかった。
容姿にも気を使えなかった。髪はボサついてしまって、目はいつも死んだ魚のように活力がなくて無表情で。前髪がいつも目にかかっちゃってた。
加えて猫背で、目も悪いので眼鏡を掛けていた。それが鏡を見た時映る私。
そんな自分を変えたくて変えたくて仕方がなかった。
でも、変えられなかった。
そんな私は、人に話しかけるのも苦手だった。他人に人一倍興味はあるのに。話しかけたいという思いもあるのに。
なので友達は1人も出来なかった。当然のように恋人も出来なかった。根暗陰キャの私に話しかける人なんて、先生以外に居なかった。
気づいたら、盗み聞きが得意になっていた。隣の席のクラスメイトの子と友達のあの子よりも全く話さない私のほうがよく知ってる、なんてことがよくあった。その子たちは私の考えることなんて、知りもしないだろうけど。
誰かが困ってると分かってても1人で暇そうな人を見ても、話しかけようか迷って結局素通りしてしまう、
歯がゆくて、自分が嫌いになっていく日々。
もう諦めたら?そのほうが楽だよ……と定期的に、私の中の暗い私が耳元で囁くので、私はうるさいと耳をふさいだ。
もう、諦めて生きていくしかないのかな。
そんなことを考えていると、先生が号令をかけた。HRが終わったらしい。
周囲の生徒たちもガヤガヤと立ち上がり始める。
はぁ。切り替えよう。
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私はまだ行事や部活動でガヤガヤしている学校を出てきた。部活も何も所属していないから。
あたり一面の桜。地面には綺麗な緑が戻り始めた。天気も良くて気温は暖かく、太陽の光が心地いい。お花見をする人もたくさんいた。
私は料理をするのが大好きで、小さな頃はよく母親に料理を教わった。
今では毎日学校から帰ったら両親に料理を振舞っている。
今では料理は得意と自負できる。勉強も運動も人並み以下で何も無い私の、唯一の取り柄。
ここ最近は振る舞う度に両親に「店を出した方がいいくらい美味い」と言われる。流石にそれは冗談で言ってるに決まってるよね…?
今日も両親が喜ぶ顔が見たかったので、帰路を順調に歩き続けた。
「あの」
誰かが誰かを呼び止めるかのような、そんな声が私に向けて発せられた気がした。
それはまるで、私を呼び止める声。
でも呼び止めたいのが私な訳ないよね。だって高校1年間授業以外でほとんど誰かに話しかけられたことなんて無かったんだから。それも話しかけて貰えたのは最初の方だけ。
なので私はそのまま歩き続けた。
「あの!!草津さん!」
私の名前を呼ばれた。心に反響したその声に、信じられないような気持ちになった。
外で先生以外に名前を呼ばれるなんて、いつぶり?
振り返ってみると、私の方へ走ってきている男の子がいた。
懸命に走ってきてるのは、なんだかふわふわした雰囲気の男の子だった。
黒縁の眼鏡をかけているが、走ったせいか違和感のある角度に斜めズレしている。学ランもボタンが半分空いて、裾がひらひらと風に舞っていた。
髪はもっさりとしていて、もみあげで耳隠れそうになっている。理系のような、文系のようなどっちだろ?
目は垂れていて可愛いかも。優しそう。
でも体格は大きくはないけどがっしりしていて、鼻がすらっと長く伸びてて、低くて落ち着いた声。ちゃんと高校生の男の子って感じ。
何か焦った表情をしているように見える。
あれは確か……時枝君?
今まで1回も話したことない子。
でも、名前は聞いたことがあるし知っている。確か1年生の時はクラス委員兼生徒会執行部。さぞかし私なんかとは違ってしっかりしているのだろう。
何故私の名前を当たり前のように知っているんだろうと思ったけど、突然今まで関わってこなかった人に話しかけられることで生じる不快感と不信感の方が強かった。
というかどうして私を呼んでいるのか、一体全体予想がつかない。
今更何か部活とか委員会の勧誘かな。
私はわざと怪訝そうな表情をして問い返した。
「私ですか?何の用でしょうか」
「草津さん、俺と同じクラスですよね。HR終わったら、先生とクラス全員で集合写真撮影しようって話になったじゃないですか。どうして帰ってるんです?」
え?そうなの?
HR、髪クルクルして自分のこれまでの醜態を振り返ってたから先生の話も誰の話も聞いてなかった……。
話聞いてないの、モロにバレたってことだよね。
は、恥ずかしすぎる……!
「それとも、今日は時間が取れない感じですか?」
「あ、いえ…そういう訳では」
「まだ間に合いますよ!行きましょう!」
「は、はい!」
私は時枝君に導かれるがままに、一緒に急いで走って学校へ引き返した。
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クラスは30人くらい。
男女比はほぼ同一であるものの若干わずかな差で女子が多かった。
私はかなり遅れをとり目立ってしまったが、時枝君のおかげでどうにか間に合った。
学校のそばの大きな桜の木の下に集まって、担任を含め全員での写真撮影が出来たのだった。
撮影後解散してから、すぐに時枝君を探した。
すると、彼は既に数人のクラスメイトに既に囲まれていて、笑顔で楽しそうに話をしていた。男女もスクールカーストも関係なく、時枝君の周りに集まっていた。
何の話をしているのかな……すごく楽しそう。
私はそう思うと同時に何故か胸がズキンと痛んだ。
でもどうしても時枝君にきちんとお礼が言いたくて、校舎に寄りかかりながら時枝君とその取り巻きの子達を少し離れたところから眺めて待っていた。
皆でそのまま遊びに行くってなるなら、複数の男子が固まっているところに飛び込む勇気なんてないから、話しかけられず終わりだけれど…。
時枝君と取り巻きは、気づけばみんな一緒にどこかへ行ってしまった。
話しかけるのは、無理だったらしい。
まぁ当たり前だよね。普通に。私の事を呼び止めたのなんて、あの子からすれば人生の1ページにすらなり得ない。
私はあきらめて帰ろうとした。
「草津さん!」
しかし、時枝君はこちらへ走ってきた。
私は胸が苦しくなった。
その苦しさが普段人と話す時に感じる、緊張や心地の悪い息苦しさとは全く別のものだった。
時枝君は屈託ない様子でにこっとしていて。
私もそれにつられて笑みを返す。………つもりが、多分引きつってしまった…私のばか。
「あの…どうして私の名前知ってたの?」
「えっ?」
「私たちろくに、話したことなかったよね」
時枝は少し戸惑った表情をしたのちに、照れくさそうに答えた。
「実は、1年生の頃から草津さんのことはほぼ毎日見かけてて知ってたんだ。すぐ帰っちゃうなって。俺は部活があるからさ、特に部活行きたくない日は羨ましいなって思ったりするよ」
でも、またすぐにこやかな表情に戻ってそう言った。
「さっきの子達も、部活のメンバー?」
「部活のメンバーもいたし、そうじゃないのもいたかな」
「何ていう部活なの?」
「一応、バスケ部だよ」
「ふーん…」
話題が無くなってお互いに目を逸らし一瞬、ちょっと気まずくなった。
自分を変えたい。
それをずっと思い続けて変えられなかった。
今ここで何も話さずこの子とさようならすれば、これからもずっと……。
そう思ったので、咄嗟に思ったことを口にした。
「あのさ。時枝君てすごいね」
「え、えぇ?どの辺が?」
「えっと。友達いっぱいいてさ。私みたいな根暗陰キャじゃ普段絶対話しかけれないような明るい子とかと、男女関係なく仲良く話してたから。でも、全然気取ってなくて。私みたいな友達いなくて暗いのとも、お話してくれてるでしょ」
時枝君は褒められると思ってなかったのか一瞬すごくびっくりした顔をして、笑った。
「違うよ。俺はずっとコミュ障でさ、いじられてるだけ。いつも人と話すとき緊張するし、恥ずかしくてみんなみたいに上手く喋れない。だから本当は、1人でいるのが好きなんだ。なのに、皆して俺をいじりにやってくる。勝手に生徒会なんかにさせられてさ。困ったもんだよ」
切なくなった。愛嬌があって、それでいて控えめに笑う時枝君は儚くて、柔らかくて清らかな感じがした。
皆がこの子に集まる理由が分かったような、そんな気がした。
そして何よりも目の前の彼は私と同じ悩みを抱えていた。
にも関わらず前向きに人を受け入れて、楽しく生活することが出来るその姿勢に。
私は、純粋に尊敬の気持ちを抱いた。
時枝君は一瞬、勇気を振り絞るように拳をきゅっと握って言った。
「あの……草津さんって、ゲームとかやる?」
「え?ゲーム?全然やらないかも……」
「一緒にやらない?」
そう言って、時枝君はにこっと笑ってスマホを取り出し、今トレンドのソシャゲの画面を見せて来た。
思えばこれが、私が人生捧げるくらいにのめり込むことになる、「ゲーム」という存在との初めての出会いだった。
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私と時枝君は放課後、学校近くの公園にある屋根付きのベンチに座って、一緒にゲームをした。
ベンチに座る私たちは、人3人分くらいお互いの距離を空けていた。
フレンドになるといい事があると言うので、IDを交換しフレンドになった。
テーマパークをキャラクターがパレードで練り歩くのを連想するような明るいアップテンポの音楽と共に、リズミカルな効果音が鳴り響き、指で弾いた可愛いキャラクターのパズルが次々と消えていく光景に、私は楽しいとかよりも少し戸惑いを覚えていた。
こ、これがゲーム…
今までやる機会なかったけど、何だかすごく賑やかだな…はは…
というのが、素直に浮かんだ感想だった。
これにのめり込むように夢中になってたくさんの時間を費やす人が世の中に多くいるという事実が、この時の私には正直信じられなかった。
パッパラパー♪記録更新♪
そんな演出と共に、6桁ほどの数字が2つ、私と時枝君のアバターが表示された。
「この画面は?私はどうしたらいい?」
私はよく分からず、時枝君に画面を見せた。時枝君は私の隣まで来て画面を見ると、説明してくれた。
「これが草津さんのスコア、その上が俺のスコアだよ。制限時間でパズルをもっと消して、スコアを上げていくのをやり込むんだ」
「へ、へぇ……ちょっと私には難しいかも」
「もっと簡単なモードもあるよ。練習が出来るから」
時枝君は、ビギナーモードの選択を教えてくれた。
ゲーム自体は、わりと難しい。
世間一般には難しくはないのかもしれないけど、私にとっては難しい。
パズルを解くために考えていたら、結構頭が痛くなってきた。
普段から1人で没頭するように頭を使うタイプではあるけど……それは今日のように過去を振り返ったり、妄想したりするだけだから、いわゆるこういったゲームを上手くクリアする時に求められる「思考」じゃない。
シンプルに私には向いていない類のゲームなので普段なら間違いなく、これ以上は継続しないだろうと思った。
でも、今私がゲームの為に指を動かしているのは、「時枝君と遊んでいる」今、楽しいというかなんというか、何か特別な時間であると感じているからだ。
「あのさ、時枝君」
「なあに?」
なんで、私の事ゲームに誘ってくれたの?
「?」
時枝君は不思議そうな目で、微笑みながら私の顔を覗き込んでいる。
喉まで出かけた質問が出てこなくなって私は誤魔化すように目線を遠くに逸らした。
怖くなった。
私が今感じているこの感情が、高鳴っているこの感情が、私だけが空回って感じてるものだったらって。
別に単に暇だったから誘っただけだよって、言われたらどうしようって。
もしそうなら私は耐えられないので、時枝君にゲームに誘ってくれた理由を聞けなかった。
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翌日。
クラス委員が男女1名ずつ選出されることになり、私のクラスの男子は時枝君に決まった。
その決まり方はなんというか、その場のノリに等しかった。
時枝君も特に拒むことなく笑顔で受け入れていた。
周りに集まる人を笑顔にさせる、そんな存在だった。
時枝君は、とにかく人や周囲のために走る子だった。財布をどこかに落とした子の為に校舎中見て回ったり、面倒な掃除を誰よりも率先してこなしていた。
誰が動くよりも早く人のために動くことが出来る彼を、
私は心から尊敬していた。
あの時走ってきてくれたのも時枝君の性格ゆえなのかな?
私は、皆に囲まれ楽しそうにする時枝君を見つめた。
彼を見ていると息が詰まるようで切なくて、胸にぽっかりと空いた穴から何かが漏れ続けているような、そんな気持ちになるのはどうして?
私と時枝君はそれ以降一週間くらい、学校で会っても何も話さなかった。
廊下ですれ違っても、別に挨拶もしない。
時枝君はこちらに目線をよこすけど、私がすぐに目をそらして早々にその場を離れてしまうから。
でも、私はパズルゲームに毎日ログインし、同様に毎日プレイしている時枝君とスコアを競いあい、抜き合いをするのが日課になっていた。
お互いの思いが通じ合っていて欲しいと、あるわけも無い奇跡を願いながら。




