萌え袖はオフィスに春を呼び込む
* しいな ここみ様ご主催 『砂糖菓子みたいなラヴ・ストーリー企画』参加作です。
ある日マフラーを忘れた
喉元をくすぐる風が気持ちいい
次の日は手袋を忘れた
長めの袖の中ぶらつかせて
それからウールのコートはやめた
肩凝ってるから楽でいいや
ついでにパンツは
薄い色に履き替えよう
いつのまにニット帽を忘れてた
春の突風浴びるのもいいね
職場についてエレベータに乗って
扉が開いたら出くわした
「今日はゴーカだね」
私のどこを見回しても豪華には程遠い
背の高い主任はちょっと照れて
「髪の毛触っていいかな」
ツンツンツン、頭の上で心が揺れる
「ウェディングヴェールも一緒にどう?」
手のひらに渡された7枚の花びら
桜にはまだ早いから梅の花かな?
「うわー、今の何だ、ヤバいだろ」
席に戻った主任は仕事のフリでパニック
女性職員にねちねち寿退社を促した
昭和の時代の上司じゃないか
彼女は俺の彼女じゃないし
嫁さんになってほしいのはただの願望で
急に軽装になって花吹雪を浴びた
彼女が眩しかっただけなのに
救いは彼女が鈍いこと
自己完結で春の風と遊ぶ
梅の花びらは萎れて
主任はいつも忙しそうで
私は定時出勤残業なし
そろそろ桜が咲くのにな
言葉の奥の意味を探して
好きな人の目にとまることを夢見て
キレイにしたって美人になれない
酔ったふりして相談事?
お弁当作って胃袋掴む?
漫画で男女はすぐ引っ付くのに
差し出したチョコも本命と伝えられず
私の手は袖のなかで手持ち無沙汰
端末を叩く俺の手は震えて
「もらっていいのか?」なんて言いながら
私がチョコをあげるのは主任だけ
俺以外にもらったヤツが居るのか
長袖カーデの萌え袖に隠す指と
マウスとキーボードを操る指
数日後、寂しくなってコーヒーを淹れた
ブラックが好きなのは知ってるから
画面睨んだ主任に持っていく
こぼさないようにゆっくりそろそろと
「あ、そこ変換違いますよ」
気がついて声をかけたら主任がビクッとした
離れて聞いているのが好きな声が耳横に響き
飛び上がりそうになった俺の右腕が
伸ばされていた彼女の左腕に当たった
彼女は左利き、いや今はそんなことはいい
手のコーヒーだけはこぼすまいと机に置き
バランスを崩して彼女の左手は宙を泳ぐ
俺はそれを支えようと腕を抱き込んだつもりだった
「あれ?」
「あたっ」
俺の右手に袖口、脇と腕の間に伸びたカーデ
俺の椅子の右横に喉元露にうずくまる彼女
「脱げちゃいましたぁ」
コントでも見たかのように笑い出されて
俺も頭を掻くしかなかった「わりぃ」
「おいおいおい、夫婦漫才は他所でしてくれ」
部長の声も笑ってる
「「え? めおと?」」
「お、悪い、ナイショだったか? 付き合ってると聞いたが?」
「「えええええ?」」
コーヒーはこぼれなかったのに
主任は背を向け机を拭き始め
私は廊下の向こうの化粧室へ
治まらないさくら色のほっぺを
何とか抑えて深呼吸して
オフィスに戻ろうとしたら
エレベータ•ホールに主任が隠れてた
「カッコ悪いよな、他人にバラされるなんて」
「ごめんなさい、私が公私混同して」
「俺にも混同させてくれ。上司として遠慮してた。
君の入社以来ずうっと好きだから」
「あ、あの!」
言葉を切って勢いをつけようとしたら
主任が「振られるのか?」って顔をした
「お弁当作ったらお花見行ってくれますか?!」
私の声は廊下に響き、他社さんにも聞こえただろう
主任はちょっと涙ぐんで私の髪をわしゃわしゃにした
甘々足らず、お許しを!