ゆめのなかパスポート
[10名にプレゼントします]
マンガ雑誌に書いてある。
うしろの方に書いてある。
後方ページに書いてある。
これだ。
これが欲しい。
これが、求めていたものだ。
これなんだよ、これ。
ヒロユキは、叫んだ。
「ママ、はがき!」
「えっ、何に使うの?」
「なんでもいいだろっ!」
スラスラ書いた。
迷わず書いた。
白い長方形に、黒が混ざる。
白が、黒い文字で埋まってゆく。
机と顔の距離が、近くなる。
その距離は、アツさの距離だ。
それだけ、つよい願いがあるんだ。
今年一番の、猫背かもしれない。
「プレゼント、来た?」
「ヒロユキ、まだだと思うよ」
「ゆめのなかパスポート。それはボクにとって、ゆめのパスポートなんだ」
「そうなんだね」
「誰かのゆめに入って、一緒のゆめをみられるんだよ。そこで、意思をもってハジけられるんだよ」
「はいはい。当たるといいね」
「すごいんだよ。去年もらったっていう、子供の感想が書いてあったけど。すごいんだよ」
「ヒロユキ。他のものに、熱くなってほしいんだけどな」
ヒロユキは、喋り続けた。
口を、開けっぱなしにして。
マンガ雑誌は、閉じっぱなしなのに。
マンガページは、あれから一度も開いていない。
「ヒロユキ、来てるよ。ゆめのなかパスポート」
「ほんとうに? やったー」
「で、誰のゆめに入るつもりよ?」
「内緒だよ。言うわけないじゃん」
「ゆめのなかだけど。ゆめのなかだからって、暴れるのはやめてよ」
「わかってるし」
「7枚入りだけど、7枚ってすぐだよ。あれよ。毎日1枚ずつ使うと、1週間であれだからね」
「知ってるよ」
ヒロユキは、パスポートに『ボクのママ』と書いた。
そして、枕のしたに置いて、ねむった。
ニンマリと、目をつむりながら。
明るい世界を、思い浮かべながら。
「ヒロユキ?」
「なに?」
「ママのゆめのなかに、もらったパスポートで入った?」
「なんで?」
「となりの家の、タキさんいるでしょ」
「うん、いるね」
「そのタキさんを、ヒロユキがゆめのなかで、ゴリ押ししてきたから」
「そ、そうなんだ」
焦った。
だけど日常会話に、少ししつこさをプラスしただけだ。
いつもの会話と、そんなに変わらない。
余裕をみせようと、笑って話した。
「ママのゆめに、ボクが出てくるの、ふつうでしょ?」
「うん」
「それにボク。タキにいちゃんのことは、普段から好きって言ってるし」
「そうだよね」
「じゃあ、誰のゆめに入ったの?」
「うーん」
「枕のしたに、何か書いて入れてるのは、見たからね」
「あれだよ、南の国のおにいさん的なね」
「もしかしてさ。ゆめのなかだけでも、あたたかくなりたいから?」
「そう。羽毛ふとんだけじゃ、寒いからね」
「ヒロユキは、あたまがいいね。さすが、ママの子ね」
「ありがとう」
どんな仕組みかは、わからない。
科学のことなんて、全くまったく知らない。
でも、ママのゆめのなかで、自由に喋れたのは大きい。
ゆめは、ややニセモノに近い世界だから。
「ちょっと待って」
「なにが?」
「ゆめでヒロユキが、こんなこと言ってたのよ。タキさんのおっきなカラダ、あたたかいよねって」
「ふーん、そう」
「あと、冬はタキさんと一緒に寝たら、寒くないのにねって。そう言ってきたんだよね」
「だから?」
「ピンと来たよ。ヒロユキが言ってた、ゆめのなかに入った人」
「えっ?」
「南の国のおにいさん的な人が、タキさんなんじゃないかって。どう?」
「どうかな?」
「だってタキさん、沖縄の人でしょ?」
「そうだけど」
タキにいちゃんの話が、続いているのはうれしい。
でも、ふたりが一緒になることは、まだなさそうだ。
別の方法を、考えるしかない。
ゆめのなかで、また小さく暴れるしかない。
「ちょっと待って。思い出した」
「ママ、何を思い出したの?」
「タキさんに、パパになってほしい。そんなことも、ゆめのなかで、ヒロユキに言われたんだった」
「そうなんだね」
「ゆめのなかだったけど、意識しちゃったじゃない」
「じゃあ、パパになることはあるの?」
「ママはいいと思ってるけど。タキさんはたぶん、いいと思ってないよ」
「そうかな」
「タキさん、ひとりが好きって言ってたし」
「誰でも、さみしいときはさみしいけどね」
「そうだよね。なんか、急にタキさんに会いたくなってきちゃった」
「そうだね」
ヒロユキは、たえきれなかった。
それは、いい意味で。
今年一番の笑顔を、もらした。
心から、にじむような笑顔をこぼした。
「もうこんな時間。ゆっくりしちゃったから」
「時間、はやいね?」
「ヒロユキ、学校に遅れるよ」
「いってきます」
「ランドセル持った? それとマフラーと、手袋はした?」
「うん、大丈夫だよ」
「いってらっしゃい。よくよくよくよく、気を付けてね」
「ママ、いってきます!」
パパが生きていたときの、幸せ。
それをまた、味わいたい。
タキにいちゃんと、いっしょにいたい。
ずっとずっと、いっしょにいたい。
車にかなり気を付けながら、歩く。
塀にピタリと、くっつきながら歩く。
車に走るスペースを、広く与えながら歩く。
きょうの夜のゆめのなかが、待ち遠しい。
「ヒロユキ?」
「なに?」
「ゆめのなかパスポートは、あと何枚あるの?」
「2枚だけど」
「もしかして、何回もタキさんのゆめのなかに入った」
「はっ、何言ってるのママ」
「タキさんからね、いろいろ話しかけてくれたの。あのう、現実世界で」
「あっ、そうなんだ」
ヒロユキの心臓は、ドクドクと鳴った。
音がまわりに、もれてないか。
不安になるくらいに。
顔は、笑ってみせていた。
でも、ハラハラした心は、こわばっていた。
「ありがとね」
「なんのこと?」
「もし、ゆめのなかでヒロユキが、いろいろしてくれたのならば。ありがとうってこと」
「タキにいちゃんを、好きになったの?」
「うん。そして、楽しくなったの」
「よかった。ママが楽しくなったのなら」
「うん。それでヒロユキに、お願いがあるんだけど」
「なに?」
ボクは、息をのんだ。
わかりやすい、深呼吸をした。
耳の穴を、大きく広げた。
しっかりと、まばたきをした。
「パパが、交通事故で天国に行ったこととか。ゆめのなかで、タキさんに言ってほしいの」
「いいよ」
「ヒロユキも、さみしかったんだよね? パパがいなくなって」
「う、うん」
ボクの目にうつる景色は、ぼやけながら光っていた。
ボクの目に、水分が多くなった。
だから、よくわからない。
今のママが、どんな表情をしているかなんて。
「ヒロユキ、おはよう」
「おはようママ」
「ママのみた夢、わかる? さっきまで見てた夢、わかる?」
「わかるよ。だって、ボクがパスポートで繋げたんだからね」
「ふふふふ」
ママの今年一番の、スマイルが出た。
ボクの人生一番の、スマイルも出た。
抱きついてきたママは、あたたかかった。
冬の寒さを、感じないほどに。
「ゆめのなかに、同時に入れるの?」
「うん。2枚いるけどね」
「じゃあ、もう使いきったってこと?」
「そうだよ。でも、ボクのゆめが叶ったから満足」
「タキさん、ゆめではいつかパパになってくれる。そう、約束してくれたけどね」
「まだ信じきれない?」
「うん、ちょっとね。あっ、朝ごはん用意しないと。きょうも、学校だもんね」
「そうだよ、しっかりしてママ」
「あっ、もう時間よ」
「ママ、もうこんな時間」
「ヒロユキ、いってらっしゃい」
「学校いってきます」
「ランドセルは持った? マフラーと、手袋はOK?」
「うん、OK」
「いってらっしゃい。しっかりしっかり、車に気を付けるのよ」
「ママ。パパ。いってきます!」
玄関に立てかけてある、パパの写真。
それにきょう初めて、直接、いってきますが言えた。
はや歩きで、慎重に進む。
となりの家の、扉が開く。
そして、体が大きなおとこの人が出てきた。
「タキにいちゃん。じゃなかった、タッキー。おはよう」
「おはよう、ヒロユキくん。車に気を付けてね。しっかりとしっかりと、車を見るんだよ」
「ありがとう。いってきます」
「いってらっしゃい。ゆめのなかでは、どうもありがとう」