ショートストーリー 魔界TV放送局
テレビというものが魔界に登場して、早五十年。人間を誑かすか天界に喧嘩を売る位しか娯楽の無かった魔界で、それはあっという間に普及した。
人間界を征服する悪魔が主人公の「ヒーローを斬る」、キッズ向けならば「まほうでざんさつ、できるかな?」、旅番組の「きじょ散歩」等、様々な番組がお茶の間の団欒に一役買い、思春期の少年少女は歌番組のアイドルに胸をときめかせる。視聴者離れが進む人間界のテレビと違い、魔界では未だに娯楽の筆頭として、少年少女憧れの業界なのである。
そして今、業界最大手の放送局である魔界TV放送局、通称MTVの中にある視聴覚室で、一人のセイレーンが真剣な顔でモニターの前を陣取っていた。彼女の手には、出来立てほやほやの完パケのデータが握られている。記念すべき、自身の初仕事だった番組のものだ。
彼女の名はテリー。MTVに就職したてでありながら、美しく整った顔立ちとふわふわの羽毛に覆われた身体というルックス、何よりもセイレーン族特有の美声でアナウンサーに抜擢された、期待の新人である。
テリーのアナウンサーとしての初仕事は、「アバドンの夜更け」という、局の中ではお堅い報道系寄りの番組の、インタビュアーというものだった。様々な職人や研究者にスポットを当て、彼等の仕事をロケし、これまでの人生を紹介するこの番組は、放送時間帯こそゴールデンタイムから外れているものの、その時間帯の視聴率としてはまずまずといった所だ。
(あーあ、出来ればバラエティーのアシスタントとかが良かったんだけどな。でも、こういうお堅い番組の出身の方が、後々の信用に繋がるのよね)
と、テリーが瞳を輝かせて初ロケ、初インタビューに挑んだのは、半年以上前の事だ。新人の内は生放送に出演することはない。そして、生放送でもない限り、番組が出来上がるまでには兎に角時間が掛かる。あれから、幾つかの番組でアシスタントやインタビュアーを経験したが、それらの編集作業はまだ終わっていないので、先程編集部から渡された「アバドンの夜更け」の放映が、彼女のお茶の間デビューになる。
こうして完パケを手にすると、忘れかけていた初心が蘇る。姿勢を正し、彼女は手にしたデータをモニターの空スロットにセットした。
***
『ゴーレム職人の朝は早い』
耳に心地よい男性ナレーションの声が流れ、重厚なBGMと共に、力強いフォントの番組タイトルが魔界の星空を背景に浮かび上がる。大事な番組の導入部、掴みの部分だ。
(そうそう、あの日はめちゃめちゃ早起きしたのよね)
ナレーションが、テリーをあの日の朝に引き戻す。
ロケは、ゴーレム職人の自宅兼職場で早朝から行われた。朝の苦手なテリーは内心辟易していたが、聖職者の血液入りのお高いエナジードリンクを一気飲みしたお陰か、職人宅に到着したロケバスを降りる頃にはすっかり目が覚めていた。というか、寧ろ、いつもよりテンションは高めな位だった。
「おはようございます! 本日はよろしくお願い致します」
現場に先入りし、機材のセッティングを始めていたカメラや音響の担当者達が、口々にテリーに挨拶を返すと、彼女の到着に気付いたディレクターが彼女を手招きした。
「テリーさん、おはよう。こちらが、今日取材させて頂くエリヤ親方だよ」
さり気なくテリーの羽毛に触れようとするディレクターの手を、テリーもさり気なく避けつつ、紹介された頑迷そうな初老の男に名刺を差し出した。
「エリヤさん、本日はお世話になります、アナウンサーのテリーと申します」
「……こちらこそ、よろしく……」
にこりともせず名刺を受け取る様は、「頑固職人」という単語がそのまま人型になったようだった。
(まあ、ゴーレム職人なんて斜陽産業従事者だもんね。そりゃ、頑なにもなるってもんよね)
正直かつ失礼な感想をおくびにも出さず、テリーは彼に愛想良く微笑みかけた。
「伝統技術を今に伝える、素敵なお仕事ですね。視聴者に魅力が伝わるよう、私も頑張ります」
「……どうも……」
(ノリ悪いなぁ。この調子で番組成立させるの、結構大変……いやいや、これを何とかするのが私の仕事よ。いざ勝負よ、頑固職人! 番組の最後までには、お前の笑顔を引きずりだしてやる!)
テリーが誰にともなく誓っている間に、機材のセッティングは全て終わり、台本を手にした撮影進行管理のプルソンが撮影の流れを簡単に説明した。
「まず、エリヤ親方の仕事に入る所から仕事終わりまでの撮影を予定してます。親方は、出来るだけいつも通りに過ごして下さい。テリーさんには、仕事中の親方のお邪魔にならない範囲で、随時質問を挟んで貰います。作業が一段落したらは、休憩を挟んでから、インタビューパートの撮影予定です」
「はい!」
「……分かった……」
手早く化粧直しを終えたテリーはにっこりと、親方は仏頂面で、了解を告げた。
「そろそろ撮影に入るんで、皆さん、準備をお願いします…………はい、本番……5、4……」
『完全受注生産で仕事を請け負う。顧客からの信頼に答えるのが彼の仕事だ。そこには、自らの技術への信頼とプライドが見て取れる』
タイトル画面がエリヤのアップに切り替わり、「ゴーレム職人 エリヤ」のテロップが表示される。
(へー、親方、案外テレビ映り良いのねぇ)
ぶすったれていた表情も、画面越しだと苦味走って見えると言えないこともない……かもしれない。
『どんな仕事も、基礎を疎かにしては成功しない。そのことを、彼は誰よりも知っている』
エリヤ親方が事務所のデスクに向かっている所から、番組が本格的に始まった。デスクで羊皮紙にペンを走らせているエリヤの映像に、ナレーションが被る。彼がゴーレムの設計書を作成していた時のものだ。
「設計から作成まで、全てお一人でされてるのですか?」
(お、私だ! うん、発音も活舌も悪くない、よしよし。でもなー……)
まだ緊張しているのか、エリヤの言葉は、「他に誰もおらんから……」以上続くことは無かった。
(そうなのよ、全っ然会話になってなかったのよ)
エリヤの作業中、テリーは事前に用意しておいた質問を挟んでみたのだが、余程専門的なこと以外は答える気がないのか、彼は「ああ」だの「そうじゃない」だの、面倒臭そうに短い返事を返すだけだった。仕舞いには、「悪いが、暫くほっといてくれ」と、生返事すら返さなくなってしまった。当然、その過程はカットされていた。
『エリヤ親方は、言葉少なに答える。言葉ではなく結果で示す、それが彼の信条だ』
成程、と、テリーは感心した。
(物は言い様よね。ナレーションのタイミングも完璧。編集って、凄い!)
モニターの中で、書き終えた設計書を丸めたエリヤが立ち上がった。実際には、食事休憩を挟み、数時間かかっていた作業が、画面上ではほんの数分に編集されている。
「何方にいかれるんでしょう?」
「……裏庭だ。これから、ゴーレム本体の作成に入る」
カメラが親方の背を追った。番組は、時折ナレーションが入りながら淡々と続く。
裏庭にこんもりと盛られた黄土色の土の前で、エリヤは設計書を広げ、呪文を唱え始めた。次に、土を捏ねだす。暫くすると、また呪文を唱える。土を捏ねる。それを繰り返す。
「どういった作業なのでしょうか?」
テリーの問いに、土を捏ねる親方が額に汗を浮かべながら答えた。
「……魂を入れる前に、器の細部まで仕様を行き渡らせてる。この段階でしっかりやっておくことで、命令への反応速度がぐんと上がる。後からの仕様変更は難しくなるがな」
『魔界の養分をたっぷり含んだ粘土は、彼のゴーレムに欠かせない材料だ。選び抜かれた素材が、名人の手で命を宿す』
(いやー、どう見ても、ええ年のおっさんが泥遊びしてるみたいだったけどね)
ナレーションの後、ゴーレムの構造や歴史の概要を纏めた映像に切り替わり、それが十分程続く。合間合間に、土を捏ね続けるエリヤの映像が挿入されているが、無論、実際には数時間、ゴーレムは捏ねられ続けていた。
『ようやく器が完成した。だが、まだ彼の仕事は終わらない』
(本当に、時間のかかるロケだったわ)
ナレーションと同時に、汗だくのエリヤの横顔のアップに画面が切り替わった。カメラがパンして、粘土の小山の前でくたりとした、出来上がったばかりの黄色い小振りなゴーレムの全身が映る。画面はゴーレムの脚の大写しになり、角度を変えながらゆっくりと胴、顔と細部が映し出される。
(どんなにアップで見たところで、この段階だと、まだ単なる泥人形なのよね。こんなのを個人発注するなんて、金持ちは分からんわぁ。工場製で事足りると思うんだけど)
画面越しだと若干ましに見えるが、テリーが実際に目にしたゴーレムは、単なる泥人形とは言い過ぎなくらいで、むしろ、残念な造りの泥人形だ。回想している間も、淡々と番組は続く。
「お疲れ様です。作業は、これで一段落でしょうか?」
モニターに映し出された映像は、テリーの声でゴーレムからエリヤに切り替わった。
「……ああ。後はこいつをもう少し乾かして、額に『emeth』と彫りゃ完成だ」
安堵と疲れを滲ませてゴーレムを見詰めるエリヤを、カメラが横からのアングルで捉えている。
「どれ位かかるのでしょうか?」
「大きさによる。こいつは大してでかくないから、半日程だ」
(そうそう、だから、完成品は見てないのよね)
翌日、撮影スタッフだけで完成品を撮りに行ったらしいので、その映像も番組の最後にでも入れてあるのだろう。
『既にゴーレム造りの第一人者として名高いエリヤ親方。それでも高みを目指し続ける情熱は、彼の内の何処にあるのか。彼にとって、いったい、ゴーレムとはどういった存在なのだろうか』
映像がエリヤの事務所に切り替わった。左手側に事務机の前に座るエリヤが、右手側にパイプ椅子に腰かけたテリーが映る。ここから十分程は、インタビューパートだ。
テリーは瞳にモニターを反射させながら、溜息を吐いた。画面の中では、テリーもエリヤも画面中央あたりに身体を斜向けているのだが、その位置関係がテリーは不満だったのだ。
(こっち側の顔より、右からのアングルの方が自信あるのにぃ……)
勿論、画面越しのテリーはそんなことをおくびにも出さず、真剣な面持ちでエリヤと会話している。
「いつからこの仕事を始められたのでしょうか?」
テリーの問いにエリヤが答える。
「まだ私が人間だった頃からだから、16世紀辺りか」
「500年近く前ですか。どれ位、人間界で過ごされていたんでしょう? 当時の社会情勢だと、迫害等は看過出来ない問題かと思いますが……」
「実際、命の危険もあった。だが、むしろ教団内部の……」
モニターの中で、エリヤが当時の人間界のことや魔界での苦労話を語っている。
インタビューは、ケータリングの食事としばしの休憩の後に行われた。食事中、テリーは同席していたエリヤに出来るだけ話しかけていたのだが、案の定「はあ」だの「別に」だの、聞いてるのかいないのかよく分からない相槌が返って来るだけで、会話らしい会話を交わすことは終ぞ無かった。
(こんなんじゃ、インタビューは骨が折れると覚悟したけど……)
ところが、いざカメラが回り始めると、言葉数こそ多くは無いものの、エリヤは思いの外インタビューにきちんと応じてくれた。撮れ高十分でインタビューを終わらせることが出来たのはありがたかったが、同時に、テリーの心に蟠りも残した。
(休憩前とは別人みたいだったわ。私の話がつまらなかったってか? はいはい、どうせ、ちょっと顔立ちがましなだけの、くだらないお喋り女ですよ。こっちは、仕事の為に気ぃつかって雑談してたんだっつーの!)
忌々し気に「チッ」と舌打ちしている画面を見詰めるテリーとは対照的に、ゴーレムの未来を語るエリヤの顔はとても晴れやかだ。テリーは、もう一度「チッ」と舌打ちをした。
十分弱に纏められたインタビューパートが終わった。そろそろスタッフロールか、とテリーが強張っていた表情筋を緩めた時だ。
『古風と今様は決して相反するものではない。そう見る者に訴えかける彼の作品に魅せられた依頼者は、後を絶たない。それでは最後に、彼の作品の完成する貴重な瞬間をお見せしよう』
ナレーションが流れ、画面の下に「*依頼者の許可を得て撮影しております」のテロップが現れた。
(そうだ、忘れてた)
「この後画面が激しく明滅します。光に弱い方は気を付けて下さい」という警告文と共に、粘土の山の前のゴーレムが映し出された。前日よりもやや明るい黄色に見えるのは、少し乾いたからだろうか。
エリヤは、呪文を唱えながらゴーレムの前に屈み、その額に、手にしたナイフで「emeth」と彫り込んだ次の瞬間、画面が激しい光に包まれた。
光が収り、白飛びしていた画面がはっきりと結んだ像に、テリーの目が丸くなった。
モニター内の小山の前で、全身黄土色をしたメイド姿の美少女が立っていた。カメラがメイドを中心にゆっくりと回りながら、華奢な脚、くびれた腰、ほっそりとした項を映す。
最後に大写しになった顔、その額に刻まれた「emeth」の文字は、間違いなく彼女があの泥人形であることを示していた。
「えぇ、噓でしょ……」
衝撃のビフォーアフターではあるが、何よりテリーの目についたのはゴーレムの顔だった。どうも、見覚えがある気がして仕方がないのだ。それも、毎日の様に目にする……
「ちょっと待て、このメイド、私じゃん!」
テリーが立ち上がると同時に、画面がエリヤに切り替わった。
「仕上がりが、おたくのインタビュアーと似てないかって? 設計から土台造りの術の最中までずっと話しかけられてたから、まあ多少影響があったかもしらんが、言う程似てはおらんだろう。この『パルテ』の方が、ずっと美人でスタイルも良いだろ?」
なー、パルテたん、とゴーレムに笑いかけるエリヤを背景に、番組エンディング曲とスタッフロールが流れ出し、締めのナレーションが入った。
『『パルテ』を納品された依頼者の、『親方に頼んで良かったよぉ。さて、細部までじっくりたっぷり、ちゃーんと出来を確認しよっと、ぐふふ』という言葉は、エリヤ親方にとって何よりの喜びと……』
最後まで聞くことなく、テリーは視聴覚室を後にした。
翌日のMTVのニュースは、どの時間帯も同じ事件を大々的に取り上げていた。
「昨日の夕方頃、ゴーレム職人のエリヤ氏(503歳)の事務所に侵入し、同氏に暴行を働いた容疑で、女が現行犯逮捕されました。取り押さえられた際に、女は『額を削ってやる、セクハラ野郎の住所を教えろ』『てめーも同罪だ』等と口走っており、エリヤ氏に対する怨恨から犯行に及んだと見られています。なお、女の身元に関して……」
テリーの記念すべき初仕事の放映は、彼女がアナウンサーからお騒がせタレントに転身した数十年後のこととなった。