桃フェチ爺さん
桃太郎を育てたお爺さんの末裔と、山姥の子孫のお婆さんが、めおとになりました。さて。(文芸的ギャグです、セクシーなお話ではありませんのでご注意ください)
昔々あるところに、桃フェチ爺さんとエロ婆さんが住んでおった。
ある日、爺さんは川に桃拾いに、婆さんは山に男漁りに行った。
その日はたいそう暑い日で、桃は一個も流れて来なかったとさ。それで爺さんはあきらめて家に帰ったが、夕方近くになっても婆さんは帰ってこなかった。
心配した爺さんは、川の上流まで歩いていってみたと。
すると婆さんが、川の浅瀬に突き出た岩の間に倒れておった。
「おい、婆さんどうしたんじゃ。」
爺さんが浅瀬の中に足をじゃぶじゃぶ踏み入れて、婆さんの体を抱き起こすと、婆さんの体に堰き止められていた水がどっと流れ、その勢いに乗って桃が十個ばかりいっせいに爺さんの横を流れて行った。
婆さんの体が堰になって水がよう流れず桃がとどまっていたらしい。
どうりできょうは桃が一個も流れて来なかったわけだ。
爺さんは、抱き起こした婆さんの体を放って、慌てて桃の後を追って下流へ走って行った。
爺さんに放り出されたショックで婆さんは目を覚ました。
「はて、わしは何でこんなところにいるんじゃ?」
山の中でいい体をした若い樵が片肌ぬいで仕事をしているのを、くぼ地がからじっと観察していたのは覚えているが、それから先がわからんかった。婆さんは立ち上がって腰を伸ばすと、きょうの男漁りはやめて家に帰ることにした。
一方爺さんは、桃を追っかけて随分走ったが、十個余りも流れて来たうち、たった五個しか摑まえることができなかった。この村の桃は時として西瓜ほどの大きさがあって、いかに爺さんが桃拾いの名人と言えどもこれくらいが限界だった。
お日様は随分と山の端に近づいて来た。辺りは弱々しい夕方の光に覆われ始めていたので、爺さんは桃を両手にピラミッド型に積み上げて、えっちらおっちら家路を急いだ。
男漁りに失敗した婆さんは、のそのそと夕飯の支度をしておったが、爺さんが桃を積み上げて帰って来たのを見て少し気を良くして言った。
「爺さん、今日はなかなかの収穫じゃの。今日こそ桃太郎が入っているかもしれんな。さあこの包丁で割ってみなされ。」
婆さんは口の端に涎が出かかっているのも気にせず、爺さんを桃ごと井戸端まで引っ張って行くと、刃渡り五十センチの出刃包丁を渡した。
爺さんは包丁の刃先を確かめると、
「桃太郎じゃありきたりじゃ。桃姫がええのう。」
と、つぶやいてにっこりと笑った。桃の中の核を傷つけないように割るのは長年の勘とテクニークがいるのだが、爺さんは手際よく桃を割り出した。
はらほれほー どっこいしょ
桃の実割るときゃ ぱっさりこ
はらほれほー よったらこ
桃姫出て来い どっこいしょ
一個目はただの桃じゃった。
二個目もただの桃じゃった。
三個目も四個目もただの桃じゃった。
五個目になってやっと桃太郎が出た。
婆さんは歓喜した。
「おお!桃太郎じゃ。めんこいのー。育てればええ男になりそうじゃ。」
桃太郎はピチピチしたピンク色のほっぺをふくらまし、ばぶーと言うとニコッと笑った。
しかし爺さんはしれっとした顔で言った。
「桃太郎なんかだめじゃ。こいつはまた桃に入れて川に戻してくる。桃姫が出るまでわしはあきらめんぞ。婆さんは早く晩飯の支度をしてくれ。デザートはピーチメルバじゃ。」
と言って、爺さんは何も入っていなかった方の桃の実を婆さんに渡した。婆さんはあきれて言った。
「爺さん、竹からかぐや姫が出るちゅーのは話に聞くが、桃から姫が出るなんぞ聞いたことがないぞ。」
「婆さんや。桃太郎が出ても、退治する鬼がもうおらんじゃろうが。初代の桃太郎が皆解決済みじゃ。うちに置いてもさせることがなかろう。昔と違うのじゃ。この村も平和になったからのー。桃姫に出てもらって、帝の嫁にするのじゃ。帝には女御だの更衣だのよく知らんが、たくさんおなごが必要なのじゃ。帝の嫁の育ての親ともなれば、朝廷からでるお手当てで、うちらは左団扇じゃ。これは言わば先行投資じゃな。」
婆さんは、このジジイ少々先走り過ぎていると思ったが、腹が減って我慢できなくなったので、反論するのはやめて、晩飯を仕上げに勝手口に戻って行った。
翌日、また爺さんは川へ桃拾いに、婆さんは山へ男漁りに行った。
爺さんはその昔桃太郎を育て、鬼退治を成功させたあの爺さんの末裔だったが、今はすっかり桃を拾うのだけが仕事になっておった。
片や婆さんは山姥の家系の出ではあったが、やはり婆さんのそのまた婆さんの代に里におりてからというもの、凶暴性はすっかり姿を消し、代わりに男好きというかたちでその形質は残された。
お伽話によく取り上げられるこの村のありようも随分変わったのだった。
婆さんは先日の男前の樵にまた出くわさないかと、山の東斜面の杉林の方へ登って行った。杉林の近くまで行くと婆さんはその手前の茂みにいったん身を隠して、奥の方を窺った。
「いたいた。こないだの樵とは違うようじゃが、これもなかなか悪くなさそうじゃわい。」
婆さんはうれしくなってにたりと笑うと涎をぬぐった。婆さんは気付かれないようにこちらの茂みあちらの茂みと移動しながら樵に近づいていった。
今日は昨日と違って大分涼しい日だったので、樵は中々着物をはだけようとしなかった。でも、大木の幹に楔をはさみ、反対側からまさかりを振るっているうちに、汗がじっとりとその額ににじんできた。
「もう少し、もう少しじゃ。早く着物を脱いでくれんかのー。」
今か今かと待つ婆さんの期待に反して、樵はまさかりを置くと、近くの切り株に腰を下ろして、一休みし始めた。手ぬぐいを出すと、首と襟の周りの汗をぬぐうのみで昨日の樵のように威勢良く半身をむき出しにはしなかった。
「ええい、男らしゅうないのう!ぱっといかんかい、ぱっと!」
婆さんがじれて小声で叫んだとき、後ろからなにか尖ったものでつつかれた。
「いたた!」
婆さんがびっくりして振り向くとそこには大きな黒い熊が腰に手を当ててえらそうに、ふんぞり返って立っていた。
「お前は誰じゃ何すんじゃ!」
「おいらは森の熊さんだ。」
「熊のテリトリーは足柄山じゃろうが、ここはわしらの村の裏山じゃぞ。」
熊さんは婆さんがにらみつけるのもかまわず、言った。
「こら!婆さん、洗濯をサボってこんなとこでなにやってるんだ?!」
「うー分かった。お前じゃな?きのうわしをたたいて気絶させたのは?もう少しで溺れるところだったわい。」
「何を言ってるんだ。おいらはばあさんを叩いたりなんかしないよ。一回ベアーっと咆哮したが、ばあさんは何にも気付かずにニタニタしてたと思ったら、勝手にばったり倒れたんだよ。」
「ああ?わしは川で洗濯はせんのじゃ。家に洗濯機があるからのう。いまどき川でせんたくしてるのは、花咲か爺のとこの寡婦の婆さんくらいじゃ。」
「それにしてもここに婆さんの仕事はないぞ。」
「何やろうがわしの勝手じゃろう。わしの仕事は垣間見じゃ。」
「こそこそ隠れたりしてあやしいぞ!」
「あやしいも何も、垣間見するのにこそこそしないでどうするんじゃ。」
「ただの覗きだろ。婆さん」
「しっ!大声を出すな。だいいちその真っ黒な毛皮で近くに立たれては暑苦しくてたまらん。」
「婆さんの顔の方がよっぽど黒いぞ。」
「何を言う、色白のババアの方が、よっぽど気色悪かろうが。」
「覗き婆さんの方がよっぽど気色わるいぞ。」
「所詮、熊なんぞにわしのエロチシズムが分かる訳ないのじゃ。とっとと失せんかい。失せんとかっさばいて食うぞ!」
婆さんは牙をむきだして、はーっと熊を威嚇した。生まれた時から実際には使ったことのない牙だったが、山姥DNAの鋭い犬歯はなかなかの迫力だったので、熊はびっくりして四つ足に戻ると走り去って行った。
まったく金太郎は近ごろ熊を甘やかしておるわとぶつくさ言って、婆さんが前を向いた時、さっきの樵はもういなくなっていた。熊の気配を察知して仕事を切り上げたらしい。
今日も男漁りに失敗してしまった。
そこで婆さんは思い出した、きのうは垣間見しているうちに、体が熱くなりすぎて、頭痛がしたので川へ頭を冷やしに行ったのだ。そのとき間違えて川に転げ落ちたのかもしれん。よっぽどぽーっとしていたらしい、そのくらい昨日見た樵はいい男だったということだ。
そいつのことを思い出してまた涎が出てくるのだった。
慌てて涎を拭うと婆さんはこの日の男漁りも早々に終わりにして、帰ることにした。さっきの樵などどうでもよい、明日出直してあの超イケメン樵を捜すことにしたのだ。
一方爺さんは考えるところあって、その日も桃拾いを午前中で切り上げて、家に戻って来た。その日の収穫は十個以上は優にあってタワー状に積み上げてきたが、大した収穫にはなりそうもなかった。なぜかきょうの桃は皮にすじやしわの入って軽いものが多く、いやな予感がして割ってみる気が起こらなんだ。
そういうことで二人はちょうど家の門(といっても大きな渋柿の木が目印に植わっているだけ)のところでぱったり出くわしてしまった。
「おや、婆さん」「おや、爺さん」と二人は同時に言った。
爺さんが浮かぬ顔をしているので婆さんは不審に思って言った。
「何じゃ爺さん随分な収穫じゃのに、何をしょぼくれとんじゃ?」
爺さんはそれには答えずに
「婆さんや、やはり今日の桃は明日川に戻してくる、わしゃどうもやる気がせんのだ。」
「もったいない、一応割ってみたらどうじゃ?いや、今日は私がやってみるぞい。」
「婆さん、お前さんは包丁研ぎではエキスパートじゃが、でかい桃を割るのは無理じゃ。力の加減なんかわからんじゃろう。中身を傷つけてしまったらどうする。」
「かまわん、かまわん。だいじょうぶ。」
爺さんは婆さんを止める元気もなかったので、桃をおいて座敷に上がってしまった。婆さんは爺さんの桃割り歌を真似て桃を割り出した。
はらひれほー どっこいしょ
桃の実割るときゃ ばっさりと
はらひれほー よったらこ
ももたろ出て来い どっこいしょ
一個目はただの桃じゃった。
二個目もただの桃じゃった。
三個目も四個目もただの桃じゃった。
五個目になってやっと桃爺がでた。
「ひええええ!」と叫ぶと、婆さんは包丁を握り締めたまま腰を抜かしてしまった。ちっこい桃爺は桃の中でしわくちゃの顔をさらにくしゃくしゃにして「ほっほっほ」と笑った。
婆さんはよろよろと立ち上がると大急ぎで桃爺をもとの桃に戻した。深呼吸をひとつ、気を取り直して、残りの桃を割り出した。
はらひれほー ろっこいひょ
桃のみ割るときゃ ばっさりと
はらひれほー よったらこ
ももたろ出て来い どっこいしょ
六個目はただの桃じゃった
七個目もただの桃じゃった
八個目も九個目ももただの桃じゃった
十個目で桃婆が出た
ちっこい桃婆はしわくちゃの顔をもっとしわくちゃにして「ひっひっひ」と笑った。それを見た婆さんは「ばっばばば〜」と叫ぶと泡を吹いて倒れてしまった。
度々、婆さんの叫び声を聞いた爺さんは仕方なしに様子を見に家から出て来た。
婆さんは上半身を起こそうともがいているところだったが、爺さんを見ると、腰を抜かしたまま桃婆を指さして「ほほからじじばば・・がががが|」とわめいた。爺さんはふーっとため息をついて、
「そうら言わんこっちゃない。しわだらけの桃からはこんなもんしか出てこんのじゃ。わしが残りを割って見るから見ておれ。」と言って気乗りのしないまま桃を割り出した。
はらほれほー どっこいしょ
桃の実割るときゃ ぱっさりこ
はらほれほー よったらこ
桃姫出て来い どっこいしょ
十一個目はただの桃じゃった。
十二個目もただの桃じゃった。
十三個目も十四個目もただの桃じゃった。
十五個目になって何か獣のようなものが飛び出した
婆さんは「ももももももんがああああ!」と叫んだ。
ももんがあは、「きっきっきっ」と鳴きながら森の方へ飛び去っていった。爺さんは渋い顔でそれを見送った。
「あんなもんが出るなんて、わしの腕もにぶったのう。少しやり方を変えねばならんな。」爺さんは、ひっくりかえったままの婆さんを助け起こしながら、説教をたれ始めた。
「婆さんや、お前さんは毎日男漁りに行きながら、大した収穫も上げとらんではないか。覗くだけでなく、ええ男がおったら、連れて帰って煮るなり焼くなりしたらどうじゃ。おまえさんのひいひいひい婆さんが何人の旅人をものにしたか聞いとるじゃろう。もはや昔話でなく伝説になっとる。ひいひいひい婆さんの名に恥じないようにせんとな。」
婆さんはももんがあのショックで、まだよく舌が回らなかった。
「じじ爺さん、すすすました顔して、おとろしげなことを言うろはやめれくで。」
「婆さんや。高齢化はこの村でも深刻なようじゃ。桃姫を、あきらめる訳ではないが、もうちっと新鮮な桃をゲットして、桃製品を作って売り出そうと考えておったところじゃ。役にも立たない男捜しなどほどほどにして、婆さんは桃料理の研究でもしてくれ。」
そう言うやいなや爺さんは桃爺と桃婆の入った桃を手早くまとめて川に戻しに行った。
婆さんはまだ震えている手に包丁を持って、ふらつく足をひきずって台所に戻ると、包丁を洗いもせずに流しにほったらかしにして、囲炉裏のそばにゴロリと横になった。囲炉裏の周りにはさっきまで爺さんが見ていたらしい巻物がいくつかころがされたままになっていたとさ。
「桃料理百色」
「驚くべき桃の効能—仙人も食べていたミラクルフード」
「ぴちぴちピーチ」
婆さんはケッとつぶやいて、巻物を向こうに押しやった。
桃を食べれば長生きするの、お肌がつやつやになるの、どうせろくでもないことが書いてあるに違いない。婆さんは生まれながら婆さんであったので白けることこの上ない。
婆さんは色欲ほどではないが食い意地も相当はっていたから、料理は得意だったが,こう桃ばかりではさすがに自慢の腕も萎えてしまうのじゃった。
第一血筋から言っても肉食だ。桃の外観は人体の一部に似ていないこともなかったが、食べてもパワーが沸いて来ないのだった。爺さんと一緒になって一番の誤算は、廃棄物の桃果肉を毎日食わせられることだった。
婆さんはふてくされて囲炉裏に背を向けると、ひと寝入りしようと目をつむった。
「ばあしゃん」
何やらかん高い子供のような声に呼ばれた気がして婆さんは耳をすました。
「婆さん」
今度はしわがれた声が呼んだ。
「婆さん」
また違うしわがれ声が呼んだ。
婆さんはとてつもなくいやーな予感がして振り向く気がしなかったが、最後に
「きっきっきっ」
という声がして思わず飛び上がったしもうた。
爺さんが川に戻したはずの、桃太郎と桃爺と桃婆とももんがあが、囲炉裏の向こうに並んでにかっと笑っていたとさ。
桃太郎が言った。
「ばあしゃん、きびだんごをちゅくってくれ。」
桃爺が言った。
「そうじゃ、腹が減った。」
桃婆は囲炉裏端に腰をおろすと言った。
「囲炉裏の火が消えかかっているぞ。薪を足さないと団子が作れんぞ。」
ももんがあが言った。
「きっきっきっ」
婆さんは板の間を尻で後ずさりしながら叫んだ。
「何だっ、お前らは何でひとのうちに勝手に上がりこんでいるんじゃ!川へ帰れ、川へ!」
「おにたいじにいくんだ。きびだんごー、ねーばあしゃん」
桃太郎がそう言ってにっこりすると、婆さんはとたんに顔を緩ませて言った。
「鬼退治なら、そこの桃爺と桃婆はいらんぞ。だいいち桃太郎のお供にももんがあはないぞな。」
爺さんが帰って来たのはもう日が沈もうとする頃だった。
妙なものばかり出てきた桃を川へ流し、さあ帰ろうとしたところにまたたくさんの桃が流れて来た。これが産毛の生えそろったうす紅色のそれは瑞々しい桃ばかりだったので、爺さん取り敢えずと思いながら、ついまた桃拾いに夢中になってしまったのだ。
十個以上拾った桃の内、桃姫の潜んでいそうなのを厳選して、五個を持ち帰った。
桃を井戸端に残し、さて割って見ようと包丁を取りに勝手口から中に入ると、台所に婆さんの姿はない。座敷の方がどーも静かだ。
どんなに疲れていても飯の支度はさぼったことのない婆さんじゃ、奇異に思って座敷に上がって見ると巻物が散らかしてあるだけで、誰もいない。婆さんと呼んでみたが返事がない。
厠にでも行っているのだろうと、爺さんは包丁を手に取り敢えず桃を捌いてみることにした。
はらほれほー どっこいしょ
桃の実割るときゃ ぱっさりこ
はらほれほー よったらこ
桃姫出て来い どっこいしょ
一個目はただの桃じゃった。
二個目もただの桃じゃった。
三個目も四個目もただの桃じゃった。
五個目もただの桃をじゃった。
爺さんはがっくりして考えた。
「いかに品質のいい桃でも、ただの桃ではつまらん。わしの出番はもうなさそうじゃ。」
爺さんはもう戻っているだろうと、台所の婆さんに話しかけた。
「婆さん、戻ったかい?桃のソルベというのはどうじゃ?ここのところ随分暑いからのう。大量に作って売りだすんじゃ。」
答えはなかった。
それきり二度と婆さんは戻らなかったとさ。
おや、川に入っちゃいけないよ。
とっぴんしゃらり。
原案 星川宇夜