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魔導神秘省世界管理局勧善懲悪部

作者: 櫻井入文

お時間許す限り、お付き合いいただければ幸いです。

 


 世界には、必ず(ことわり)がある。


 それは、物事の筋道であり、条理であり、道理。


 矛盾なく調和している理想の範型であり、永久不変の法則である。




 人の空想力、創造力はとどまる処を知らない。


 広げられた想像の翼は、何処までも羽根を伸ばし大きく羽ばたく。



 人は、夢を見る。



 それは希望であり、祈りであり、欲望であり――本能。



 人が睡眠中に見る幻覚も夢という。


 人が眠ると脳が情報の整理を始め、整理されていく記憶の足跡が眠る人に不可思議な追体験をさせる状態のことだ。


 空を飛んだり、好きなアイドルに会えたり。

 別れたはずの恋人と結婚していたり、自分が芸能人として成功していたりと様々。


 しかし、夢は心が満たされる明るい内容ばかりではない。


 恐ろしいシリアルキラーに追いかけられたり、行きたくもない幽霊屋敷を探検したり、巨大化した昆虫に襲われたり、学生時代の苦い思い出を掘り返されたり。


 負の感情に、胸を掻きむしりたくなることだってある。


 夢とは何か。


 限りが無いと書いて、無限。

 ゆめまぼろしと書いて、夢幻。



 もし、世界は何層にも重なりあっていると話したら聞かされた人はどう思うだろう。


 隣り合うα世界とβ世界の距離は1ピクセルしか無かったとしたら?


 そんなちょっとだけズレた世界が何層にも何層にも重なりあって存在していたとしたら?


 眠って夢を見ているつもりが、本当は肉体から抜け出た魂が少しズレてしまった世界に入り込んでしまっていたとしたら?


 人が強く念ずる願望が、ちょっとズレた世界を作り出してしまっていたとしたら?



 ――人の夢を渡り歩く、そんな存在がいたとしたら?



 人は眠ると夢を見る。他愛もない夢を。


 ――はみ出してしまった魂は、理によって修正される。




 ◇◇◇




 魔法都市ニカルに設立されたレーソレス魔法学院は、城塞だった建物を改装し再利用した全寮制の魔法学校だ。


 頑強な石造りの建物は、それだけで威厳を感じさせる。


 そんな荘厳たる学舎の誰もいない廊下に小さな靄が二つ生まれた。それは見る間に渦巻く煙となって広がり、人の形をして歩き出す。一歩二歩と進む度に煙はたなびくように尾を引いてはれていき、マントに似た膝下丈のコートを羽織り揃いのスーツを着た男女が現れた。


 一人は、荒事には不向きに見える長身痩躯の男性。尖った顎に高い鼻筋、カッパーブラウンのストロベリーブロンドの髪は弛くウェーブを描いて肩まで届き、温度を感じさせない磨かれた翡翠のような瞳は、垂れた目尻に助けられ冷たい印象が緩和されている。下唇がふっくらとしているので、与える愛より受ける愛の方が多いタイプなのだろう。年頃としては二十代半ばだろうか。


 もう一人は、銀灰色の髪を右側を極端に長くしたアシンメトリーアンダーカットのマニッシュな女性だ。髪と似たような白銅色の瞳は、切れ長で見る者にクールな印象を与える。口は小さく薄い唇をしているが、上下どちらも同じ厚みをしているので派手なことは好まず穏やかに愛を育み、愛し愛されるタイプなのだろう。隣の男ほど整ってた顔立ちはしていないが、不美人というわけでもない。冷淡という言葉がよく似合う顔をしている。女性にしては上背があるが、傍らを歩く男の身長が高すぎるので印象として実際より低く見えた。


 前を閉じ合わせていないコートは、一歩進む度に空気を孕み裾が広がる。濡羽色のコートの裏布は、男が燃えるような赤、女が夜の帳のような深い青をしていた。胸と背中には彼らの所属を示す片方の皿に羽が乗った天秤と剣のエンブレムが、袖には階級を表すラインが縫い付けられている。


「無駄に豪華に改変されてないか?」

「元々城なんだから豪華でしょ」


 天井の高い廊下の装飾を見上げながら感想を漏らす男、サイモンに、相棒たるモリーは興味無さそうに答えた。


「今回の舞台は、4.y地球世界で発売された乙女ゲームに似た世界ということになっているみたい」

「乙女ゲームかぁ」

「まぁ、火を吹くドラゴンとか出てこない分だけ私達に優しい世界よ」


 時に高視聴率映画が地上波で放送でもされた日には、彼らは死の危険どころか、ゾンビアタックで迷い人を救出、もしくは説得して元の世界にお帰り頂かねばならないこともある。

 それに比べて女同士のマウントの取り合いで終了できる案件のなんと平和なことか。


「タイトルは、『恋はいつでもときめきハッピネス』。ジャンル、恋愛アドベンチャー。あらすじ、地方の魔法学校に通う主人公ラナに、一通の手紙が届く。それは魔法都市にある魔法学院へ特待生として入学を許可するという内容だった。大魔法師となる夢を叶えるため旅立つラナだったが、彼女には重大な秘密があり……。恋に魔法に全力で挑むラナのときめきサクセスラブストーリー……だそう」


 コートのポケットの中に入っていたメモを読み上げたモリーがメモを宙に放れば、それは風に舞うより早く蒼い炎に包まれて灰すら残さずほどけて消えた。


「婚約破棄案件かな?」

「プラス聖女」

「今年になって、その組み合わせ多いな」

「流行りがあるのかもね。って、既に歪みが見える。迷い人の思念に引きずられ始めてるわ」


 ヴォールトの装飾石の一部が、ポリゴンのような四角い粒の集合体になっているのを見つけたモリーの顔が曇った。


「急いだ方がいいな」


 天井を見上げ、歪みを確認したサイモンも眉を顰める。


 彼らは俗称、案内人。


 幾重にも重なりあった別の世界から、この世界に落ちてきてしまった夢の欠片を拾い上げ、正しい世界へと送還するのが彼らの仕事だ。




「どっちかな」


 円形のホールに出て立ち止まる。ホールには、四つ通路が繋がっていた。


「うーん」


 キョロキョロと周囲を窺うが人の気配がしない。


「何処かに集まっている……とか?」

「可能性としては無きもあらず」


 困ったね。と、モリーが首を傾けるタイミングに合わせるかのように東側の廊下から何やら言い争う声が聞こえ、それはすぐに悲鳴の混ざる喧騒へと変わった。


 互いに顔を見合わせたサイモンとモリーは、次の瞬間には弾かれたように走り出す。


「チッ、思ったより早い!」


 廊下を駆け抜け、声が聞こえてくる回廊へと抜ける。中庭には人だかりが出来ていて、騒動の中心地を容易く教えてくれた。


「ごめん、通して」

「通してくれ」

「通して……退いて!」


 人垣を縫うように、多少肩が当たろうと押し退けようと構わず中心へ向かって進んでいく。


「どっちだ」


 晴れて断罪劇の最前列までたどり着いた二人は、三文劇のキャストを見て判断に困った。


 学校が舞台ということで全員、同じ制服を着ているため身分差の区別がつきにくい。

 ただ目映い金色の髪に翡翠色の瞳の男子生徒が、彼より拳二つ分背の低い女生徒の腰を抱いているので、彼が王子で彼の腕に抱かれているのが聖女の確定か予定か候補か偽かだろう。

 となると、彼の周囲にいる生徒が取り巻きとなる要職の息子達で、彼らと対峙する形になっている女生徒が単純に王子の婚約者の御令嬢となる。


「次からは、パッケージの画像も付けて貰いたいところね」

「同意」


 このパターンのテンプレとして、責められる側を取り押さえるのは脳筋の騎士見習いか、その卵と相場が決まっている。


 しかし、そんな高潔な職業を目指す人間が、見るからに抵抗する力もない女生徒の手首を掴み、更に頭まで掴んで無理矢理拘束しようとしている図は見苦しい。


 モリーは、コートの中に手を入れ上着の内側に忍ばせたホルダーから魔杖(ワンド)を掴み出すと、躊躇いなく令嬢に暴行を加えようとしている男に向かって杖先を向けた。


「リペルス!」


 呪文を唱えると瞬時に男は弾き飛ばされ、遠巻きにしていた傍観者たちを数人巻き込んで倒れ伏す。近衛兵団団長の息子は、見事な白目を向いて意識を刈り取られていた。


 不埒な悪行三昧を行おうとした者に与える慈悲をモリーは持ち合わせていない。


「何をする!」


 突然の容喙に王子が声を上げた。彼としては阻礙してくる人間がいるとは思わなかったのだろう。


「それは、こちらの台詞です」


 モリーと違いサイモンは危害を加える気は無かったが、牽制のために魔杖を構えゆっくりと人垣から前にでた。


 王子たちの意識がサイモンに向いている間にモリーは令嬢に駆け寄り、彼女に怪我がないか素早く確認して王子から庇うように背中に匿う。その時、弾き飛ばした令息が気を失っていることを目の端で確認することも忘れない。


「お前たちは、一体」


 何者だ。と、続くはずだった言葉は聞けなかった。彼らが身に付けているコートの記章に気づいたのだろう。


「魔導神秘省世界管理局勧善懲悪部のサイモンです」

「モリーです」

勧懲(かんちょう)が何の用だ」


 勧懲と聞いて、生徒たちからざわめきが起こる。

 息巻くアルバート王子の腕の中で震える女生徒は、突然現れた二人に怯え更に顔色を悪くした。


「アル、勧懲って何?」


 小声で王子を呼び、説明を求めて見上げる。


「気にするな、ラナ。奴等の仕事は『捻れを正す』こと。それ以上でもそれ以下でもない」

「ねじ……れ?」


 不思議そうに首を傾ける少女の顔色は相変わらず悪い。少女を気遣うようにアルバートは、指の背で彼女のなだらかな頬をひと撫でし微笑みかけた。


 見つめあい互いしか見えないと二人だけの世界を構築し始めた王子たちの邪魔をするようにサイモンがわざとらしく喉を鳴らして咳払いをする。

 その雑音に気を取られたアルバートは、忌々しそうにサイモンを睨んだ。


「申し訳御座いませんね。なにぶん時間がないものですから。今は、我々の任務にご協力下さい」


 恭しく胸に手を当て礼をとるサイモンに、アルバートの表情が少しだけ軟化する。


 魔導神秘省とは、この世界のある種頂点に君臨するエリートの集まりだ。王族であろうが、国の首脳陣であろうが、彼らの任務遂行の前には否を唱えることはできない。

 それが、この世界の(ルール)である。


 そんな選ばれし者(セレクトワン)から建前であろうと頭を下げられた事で、アルバートの王族としての自尊心は僅かながらも満たされたようだ。


「改めて聞こう、勧懲が何をしに来た」


 人を見下す事に躊躇いがない人間というのも珍しい。人を見下す事が高貴なる身の上の権利ではない。他者より自分が優れていると思いたい、思わせたい人間は生命力が強いともとれるが、単に野性に近いだけだ。理性で抑え込めないほど本能に素直なんだろう。


「現在進行系で、歪みと侵食が発生しております」

「な、なんだと?!」


 正に目を瞠るといったリアクションを見せた王子に、モリーは周囲に気取られないように溜息を吐き、天を仰ぐ様に視線を泳がせる。


 自分で、勧懲は捻れを正すと言っておきながら、その反応は無いだろう。


「既に皆々様の記憶や認識、思想、教養といった部分にも改変が起こっているかと」

「そのような事は……!」


 自身は、影響を受けていないと主張したかったアルバートだが、友人の一人であるバルトが気を失って倒れている理由が分からないことに息を詰まらせた。


 ――先刻まで何かをしていた。


 ――だが、何をしていた?


 ほんの数分前の事であるはずなのに、記憶がすっぽりと抜け落ちていることに気付いた彼は、凍り付いたように動かなくなった。


「頭に藁が詰まってるわけじゃなかったのね」

「モリー」


 メッ。と、サイモンに瞳で叱られたモリーは口の片端を妙な形に上げ、首を左右に軽く振った。

 彼女的には不服だが、これ以上は嘴を挟まない。という合図だろう。

 サイモンは改めて、アルバート王子と向き合う。


「さて、殿下」

「なんだ」


 真っ直ぐ自分を見据える男の翡翠の瞳に飲まれるような感覚にとらわれ、思わずアルバートはよろけるように後ろに一歩下がった。


「今、殿下はヨワリ伯の御息女、シェリル・ドゥラン様に婚約破棄を求められた……。それで相違はございませんか?」


 勧懲の役人に説明されれば、そう言えばそうだったと現状が理解できる。


 ――だが、本当にそうだったか?


 そんな疑心が、アルバートの腹の底から湧いてきた。


「アル」


 鈴を転がすような可憐な声が耳を打つ。


 隣を見れば、自分の腕にしがみつくように腕を絡ませる少女。


 ――自分は彼女を知っている?


「アル」


 再び名前を呼ばれ、彼は我に返った。


「大丈夫だ、ラナ。君は、私が守る」


 ――何を呆けていたのだ。


 心の中で自身を叱責するアルバートに、ラナは不安をひた隠すような懸命な笑顔を向ける。


「ありがとう、嬉しい」

「ラナ」

「相違はございませんね?」


 ラナの笑顔に吸い寄せられるように唇を近づけた所で、青年の声に止められた。


 解が求められている。しかし、是と肯定するだけの行為が、何故か喉の奥に詰め物をされたように言葉が出てこない。


「相違は、ございませんね?」


 三度(みたび)確認されても、首を縦に振ることさえできないアルバートの額に冷や汗が浮かぶ。


「破棄したことにして、話を先に進めましょう」

「モリー……」


 横柄な物の言い方をするモリーに、場にいた全員の視線が集まった。苦々しく彼女を見る者、立場を笠に王族を粗略に扱う痴れ者と見る者、振り切った勇者と見る者、成り行きが気になるだけで好悪を含まない者。

 そして、憎々しく見る者。空気を読めと半目になる者。ただただ驚き、少しばかりトキメキを滲ませる者と、多種多様だ。


 アルバートは、ただ唇を震わせるだけで何も言葉を発しない。


 それを勝手に是と捉えたモリーは、背中に庇っていたシェリルを彼女の友人達に預け、決して自分達の後ろから離れすぎないようにと念を押してからサイモンの隣に並び立った。


「殿下がシェリル・ドゥラン様と婚約を白紙に戻され、聖女ラナと婚姻を望まれる場合の通告です」


 モリーが傍らに戻ってきたことを横目に確認してからサイモンが口を開く。


「我が国の王位継承者は、ウェブスター家の血を引く者に限るとされています。更に、聖主国教会信徒のみが王位継承権を持ちます」

「それがどうした」


 何を当たり前のことをとアルバートの顔に浮かぶ。

 しかし、次の言葉を聞いて表情が一転した。


「アトス聖音教会は、異教徒との婚姻は認めておりません」


 これもまた当たり前のことであった。

 元は一つであっても異なる考え方によって宗派が分かれ、更に王族の都合とやらで数百年前に新たに分岐したのがこの国の聖主国教会だ。


「殿下と聖女が婚姻為さりたい場合は、アトス聖音教会の聖女ラナが改宗されるか、アルバート王子が改宗し特権をすべて放棄されるかのどちらかです」

「な、なんで」

「いや、普通に考えてそうでしょう?」

「それが、この世界の規律なので」


 思いもよらない方向に話が転がりだしたのだろう。顔色を悪くしたラナは、助けを求めアルバートを見上げるが再び彼は硬直したように動かない。


「アル!」


 名を呼んでラナが彼の胸を一つ叩くとアルバートの口が開いた。


「改宗したら、ラナは聖女ではなくなるではないか! 」

「そうですね」

「アルバート様、それが真実の愛というものです」

「い……イヤよ! どうして私が王妃になってはいけないの!?」

「なってはいけないとは一言も言っていませんよ」

「言っているじゃない!」

「王族と婚姻なさりたいのならば、改宗なさいませ。と、申しているだけです」

「改宗したら、聖女ではなくなるじゃない」

「聖女であり続けたいのならば、アルバート様が王族の身分から外れるだけのこと」

「それじゃあ、王妃になれないわ!」


 堂々巡りを始めた問答に、生徒たちも何かがおかしいと気付き始める。


「もし、聖女の力を手にしたまま婚姻なされれば。翌日には周辺国から宣戦布告を受けるでしょう」

「戦争も吝かではない? 戦好きの王妃というのもオモシロイ女枠なのかしら?」

「己れ……愚弄する気か!」


 ラナは、私を虐めたいからと、こんな人たちまで雇うなんて酷いとシェリルに涙ながらに訴えるが、勧懲部は魔導神秘省の管轄である。貴族が雇い入れ出来る関係ではない。

 魔法学校へ通う者ならば、知っていて当然の知識を自分は知らされてないと抗議するラナに、王冠をかけた恋の胸踊る結末を期待していた見物人達は、漸く、勧懲部が訴えた『記憶や認識、思想、教養といった部分の改変』を正しく捉えることができた。


「事実を申したまでです」

「貴様……!」


 歯を剥き、何かを叫びかけた険しい表情でアルバートはまた動きを止めた。


「アル?」


 ラナが胸のあたりの布地を掴み揺さぶっても、アルバートは固まったまま微動だにしない。


「な、なんで……?」


 恐慌状態に陥りかけているラナを見据えながら、モリーは手にした魔杖を真っ直ぐ天へと伸ばした。


「魔導神秘省令、法第六条第二項第三号。外世界より落下した迷い人により生態系に係る被害が生じている地域又は今後被害が予測される地域において、当該迷い人による当該生態系に係る被害を防止する目的で迷い人に対し認証官は交渉を行い、平和的な解決が不可能な場合は退去強制の処分を行うことを許可する」


 初めて目にし、耳にする案内人とその口上に、集まった生徒達から地鳴りのようなどよめきが起こる。


「承認申請」


 モリーが掲げた杖先に、幾重にも重なり回る光輪を纏った光球が現れた。それを受け、サイモンも手にした魔杖を天へと掲げる。


「サイモン・ザ・アイアンクラッドの名において、誓約を果たすことを命ずる」


「これより、職権を発動します」


 光球が激しく揺れ動き、肥大化すると内側から弾けるように割れ、眩い光が放たれた。次いでサイモンの杖先からも光が放たれる。


 見物人たちの興奮は頂点に達したまま、あらゆるものすべてが白い光に飲まれて消えた。



万能の情報源(アニマ・アニムス)に接続』


 男とも女ともつかない声が白い空間に響く。中庭だったそこは、今は色を失いただ白いだけの空間になっていた。


「えっ、何?! どうなっているの?」


 場にいた人間はラナと案内人を除き、すべて彫像に成ったが如く動くことはない。

 ラナが縋るアルバートも、時を止められ動くことはなかった。


『全事象演算』


『検算中』


『検算中』


「ねぇ、ちょっと!」


 恐ろしくなったラナは、すべての引き金となった二人組を睨みつける。


 ラナとなった女性が遊んだゲームの記憶の中には、こんな二人は居なかった。


 銀灰色の髪をした方が好みだが、どうやら女のようなので却下だ。いや、ワンチャン実は男だが女系家族で育ったがために女臭くなった。みたいな裏設定が出てくるのかもしれない。


 だとしたら、アリだと思う。


 最初、この世界で目覚めた時、思わず異世界転生でもしてしまったのかと思ったが、唐突に場面展開することから明晰夢なのではないかと思い至った。


 夢ならば、ゲームと違う展開だって普通に有り得る。そう思ってみたが、これは主人公たる自分に都合が悪すぎた。


『解析処理開始』


『基準点確認』


『応答待機』


「どうなってるかって、聞いてるのよ!」


 夢ならば、ある程度自分の思い通りに変更できるはずだ。なのに二人が答えることはない。天を指していた杖を持つ手は下げられているが、またあの杖を自分の方に向けられたらと恐怖し、固まったアルバートの背中に隠れ、肩越しにサイモン達を窺い見る。


『検算中』


『測位計算中』


『検算中』


「ちょっとってば!」


 堪えきれず、アルバートの背中から出てきたラナにモリーが魔杖を向けた。


「動かないで」

「ヒッ」


 驚き、咄嗟に後ろに逃げようとして足をもつれさせたラナは、その場に尻もちをつく形で倒れ込む。


対象確認(ターゲットロック)しました』


「おいたの時間は終わり」


『意識レベル上昇、覚醒カウントダウン開始』


「お目覚めの時間よ、プリンセス」


 それまで無愛想で顔や見た目は好みだが嫌な奴という印象しかなかったモリーから悪戯な笑顔とウインクを送られラナの顔が真っ赤に染まる。


「ウソ、ヤバ」


 その後、彼女が何かを叫んでいたようだがその声がモリーの耳に届くことはなく。


 ラナは風に散る花弁のようにこの世界から解けて消えたのであった。





 ――――ガシャン。


 何かが壊れる音に我に返ったアルバートは、音のした方へ視線を向ける。


 するとそこには、男子生徒が数人巫山戯てでも居たのか折り重なるようにして花壇に倒れ込んでいるのが見えた。


 昼休憩を兼ねた自由時間であるから、どう時間を過ごそうと個人の自由であるが、流石に羽目を外し過ぎなのではないかとアルバートの顔が曇る。


「何をやっているんだ。アイツは」


 互いに手を貸し合いながら起き上がる生徒の中に、自分の友人でもあるバルトの姿を見つけ思わず声が出た。


「どうやら男子生徒の間で、プッシュ&ショーヴが流行っているようですわよ」

「シェリル!」


 友と連れ立ち自分の元へやって来てくれた婚約者に、アルバートは愛おしさを隠さない笑みを向け両手を広げる。


「ああ、シェリル。君は、今日も美しい」


 愛情表現に余念のない男は、ふわりと彼女を抱き締めるように腕を動かし。けれど、しっかりと相手に触れるような真似はせず、するりと手を動かして婚約者の掌をすくい取り磨かれ艶めいた爪先に唇を寄せる。


「殿下ったら」


 毎日の事なのにシェリルは都度、頬を赤らめて花が綻ぶように微笑う。昼食を共に中庭でとるのが二人の日課であった。


「君のような素晴らしい女性を妻に迎えることができるなんて、私はなんて幸せ者なのだろう」

「もう、大袈裟ですわ」


 仲睦まじい二人は、学院の名物である。


「私は、真実を語る口しか持ち合わせていないからね。結婚式が待ち遠しいよ」

「そのように想っていただけて光栄ですわ」

「愛しているよ、シェリル」

「わたくしもですわ」


 見ている側がむず痒くなるような二人の姿に、シェリルを無事アルバートの元へ届ける任務を終えたシェリルの友人達は、馬に蹴られたくないと二人の元をそっと離れていく。



 今日も学院の中庭は、昨日と変わらず。


 きっと、明日も変わらないだろう。


 世界には、必ず(ことわり)がある。


 それは、物事の筋道であり、条理であり、道理。


 矛盾なく調和している理想の範型であり、永久不変の法則。



 理は、常に捻れを修正し続ける――――。






 ◇◇◇






 大陸の上空に浮かんだ島に、魔導神秘省はあった。


 円塔のトンガリ屋根が特徴的で、尖った断岩のように見えるバローハ城を建っていた土地ごと魔法で浮かせ浮遊要塞化した浮島である。


 ロマン派と呼ばれる繊細で豪奢な造りをしている魔導神秘省だが、中は魔法が掛けられた様々な備品が飛び交う雑然としたものだった。


 ライムストーンが敷かれた廊下をモリーとサイモンは、自分たちが所属する【セクション0】があるブロックを目指して歩いていく。


「君には珍しく問答無用で帰還させたね」

「あの子、夢だって気付いていたのよ。気付いた上で、操ろうとしていた」

「ああ……」


 事象を操ろうとするから齟齬が生まれ、アルバートの行動が制限されてモリーが職権を発動する前から動きがおかしくなっていた。


 なるほど。と、サイモンは頷く。


 侵食が進めば進むほど、魂が変質し元凶を退去させた後でも関わった人間の人格に影響が残ることがある。

 それを危惧したモリーは、一秒でも早くアルバートから迷い人を引き離したかったのだろう。


「君って、見た目に反して優しいよね」

「は?」


 しみじみと言葉を落とせば、険を含んだ声が返ってきた。


「カワイイ」

「燃やそうか」

「遠慮するよ」


 グニャリとサイモンの姿が歪み、渦を巻くように中心に吸い込まれて消える。


「チッ」


 小さく舌打ちしたモリーもまた自分のオフィスに戻るため姿を消した。




 魔導神秘省世界管理局勧善懲悪部(セクション0)

 通称、勧懲とは、この世界に落ちて来てしまった迷い人からの被害回避・軽減のための対策部署である。


 勧懲に所属する認証官。

 俗称、案内人の職務は、迷い人たちを検知し速やかに魂が紐付けされている生体維持活動世界へと戻すことである。



 深く眠りすぎて、コトリと魂が抜け落ちる。


 迷子になった魂を彼らは今日も拾い集めて、あるべき場所へと還してゆく。




お時間いただき有難うございました。



書き始めが20年11月だったので、オチ考えずに始めちゃいけませんね。

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