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君の記憶の片隅に  作者: とまみーにょ
1/1

春風にのって

頬を掠める風が、温かみを帯びて過ぎ去っていく。5月の中旬とは、春とも夏とも取れないとても心地の良い季節だ。新しい生活にも少しずつ慣れて、学生たちは通学路を歩いていく。その様子は遠くから見るとまるで蟻の行列のようだった。


その中に、一人見慣れない制服の女の子が歩いている。澄んだ肌と瞳、三つ編みを横から流している髪は、手入れが行き届いてるのがわかり艶々と陽の光を反射している。


彼女は周りの学生たちの注目の的となり、ひそひそと友達同士で話をしている様子も見られた。

悪い気もしないが良い気もしない。それがなんともむず痒いものだと彼女は感じるのだった。


「これ、君のじゃない??」


突然、後ろから一人の男子生徒の声が聞こえた。振り返るとそこには、癖っ毛の頭と、まだあどけなさの残る可愛らしいと表現した方がいいであろう顔立ちをした青年が立っていた。


青年は何かこちらに手を差し出している。その手には小さな花の刺繍されたハンカチを持っていた。


「ありがとう!私ったらハンカチ落としてたのね。」


青年からハンカチを受け取り、もう一度青年にお礼を言おうとすると、


「じゃあ!僕はこれで!!」


捲し立てるように言い、顔を真っ赤にしながら少年は学生たちのなかに紛れて行ってしまった。


「あ!待って…行っちゃった…」


受け取ったハンカチと指先に少し触れた男子生徒の手を思い浮かべる。華奢な私の手と比べると大きく、そして優しさを感じられた。


「優しいのは変わらないか…」


走り去っていった青年の跡を見つめるように呟いた。


「宇佐美雄介くん…」


-am8:45 美河高校1年 Aクラス-


「それで、結局名前を聞かずに立ち去ったって??」


まるで、揶揄うように富高一馬は話しかける。


「う、うん。」


机に突っ伏している青年は今日の朝の出来事を思い出す。


(綺麗だったなぁ…)


名前だけでも伝えておくべきだった、ともう会うことのないであろう謎の女子生徒に想いを馳せた。



「はぁ、男ならかっこよく

『ふふっ。名乗るほどのものでもないさ』って一言言って立ち去ってもよかっただろうよ。」


心を読む力でもあるんだろうか。


「それができたら、苦労しないよぉ…」

 

後悔先に立たずとは、よく言ったものだと思うがこの日ほど身に染みたことはなかった。


校舎中に予鈴が鳴る。ホームルームが始まる合図だ。


-8:40 美河高校 廊下-


「なにも、朝の時間をずらさなくてもよかったのに」


そう言って、深い緑色の縁をした眼鏡の男性教師は前を歩く。


「そういうわけにもいかないでしょ。」


答えたのは朝の女生徒だった。それもそうか。と教師は軽く答えると少女を案内していく。


「ねぇ、私大丈夫かな?」


「どうしたんだい?制服はこっちで用意するから大丈夫だって言わなかったっけ?」


「そうじゃなくて、私ここにきてよかったのかな…」


暗く影を落とし俯いている様子はまだ、年相応の不安が見られた。


「…」


教師は少女に近づき、肩に優しく手を置いた。


「絶対に大丈夫だ、とは断言できないけどきっとうまくいくから。ね?」


宥めるように笑顔を見せた。


「…うん。」


不思議と安心できた。心も落ち着いている。やるしかないんだと顔をあげた。


「よし、じゃあここが今から入る教室だ。挨拶の練習は大丈夫だね。僕が呼んだら入ってきてくれ。」


すると、校舎中に予鈴が鳴り響く。教師は扉を開き教室の中へと入っていった。空いた扉の隙間から今朝の、あの青年の顔がチラリと見えた気がした。



-8:55 美河高校 1年Aクラス -


「席つけー。ホームルーム始めるぞー」


そう言いながら小鳥遊楽という男性教師は扉を開け入ってきた。日直は楽の教壇に上がるタイミングを見て号令をかけた。


「おはよう!早速なんだが、今日はみんなに転校生を紹介する。」


転校生、その響きだけでクラス中の男女がソワソワとし始めた。


「なあ、一馬。転入生くるの知ってた??」


そう、小声で雄介は一馬に話しかけた。


「ばか、お前、昨日先生が話してたろ??聞いてなかったのか??」


「おい。そこ聞いてるのか??まあ、いいか。入ってきてくれ。」


少女漫画なら、実は朝のあの女の子が謎の転校生だったのです…なんていう古典的な展開を少し頭の中で雄介は考えた。


「まあ、きっと高望みなんだろうけど…」


小声で誰に言うでもなく小言を吐き、今から登場するであろう転校生にほんの少し興味を示した。


「はい。」 

 

澄んだ声が聞こえた。あぁ、転校生は女の子なんだと雄介も含め、周りの男子生徒が期待した。


「小鳥遊 紬さんだ。」


静かに、コツコツと体重の乗らない足音が教室に響く。先ほどまで、ざわざわとしていた男女が声を出していない。


違う。周りの音が聞こえないほどに雄介はその少女に見惚れていたのだ。


「小鳥遊 紬です。よろしくお願いします。」


深々と頭を下げた少女が顔を上げる。


雄、紬「「あ。」」


本当に古典的な展開だった。




「これから仲良くするように。席は…あそこだ。雄介の隣な。」


楽は雄介の隣に空いている机を指さして伝えた。近づいてきた紬は雄介にそっと顔を近づけて


「今朝はありがとうね。ハンカチ拾ってくれて。」


周りには聞こえただろうか。きっと聞こえてはいないぐらいの小さな声で雄介に耳打ちをした。


「い、いや、こちらこそ!」


なぜ、お礼を言われたのかわからなかったがとても気分が高揚する感覚を覚えると同時に、クラス中の男子からのヘイトが今まさに自分に向いているのだと寒気とともに感じることになった。


「さて、ホームルームを再開するとしよう。紬さんは来たばっかりだ、一応教室の場所は前日に案内はしてあるがわからないこともあると思う。隣なんだ。雄介しっかり案内しておくんだぞ。」


「僕ですか!?」


突然の使命に動揺が隠せない。それもそうだろう、転校生の案内なんて学級委員のやることだ。


「学級委員にさせたいが、今日は報告会があるからどうしても手が足りないのさ。それに、どうせ今日も、暇だろ??」


願ってもないことだが、これ以上男子の反感を買いたくはない。


「よろしくね。雄介くん。」


隣で笑顔を見せている彼女はとても眩しく暖かかった。


「…」


「どうした?一馬。」


なぜか、話しかけることもせずじっとこちらを一馬は見ていた。話しかけるとなんでもないよ。とすぐに目を逸らしてしまった。


春風の終わりとともに少しずつ運命は動き出すのだった。

前に声劇用のセリフ台本として書いたものを付け加えてもう一度リメイクさせて戴きました。

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