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「あれ、そういやなんでゲインはここにいたんだ? もしかして相談事か?」


 ルーディロットは愚痴を言いに来ただけだ。


 王族の仮面を外す時は、身内の前だけで。

 それがロマシア王族(このいえ)の決まり事なのである。


 国王(パパ)を始めとした親は忙しい。

 第一王子と第一王女は、上級貴族学校を卒業してから公務に忙しく、滅多に城にいない。

 第三王子はガッチガチの脳筋なのでおしゃべりに適さないし、第四王子は毎日貴族学校から帰ってくるなり部屋に鞄を投げてすぐにどこかへ遊びにいくのでいつも部屋にいない。


 ゆえに、今愚痴の吐露をできる相手は、第二王女トートロッドだけなのである。

 聞き上手で話し上手で一見優しいので、深入りしなければ彼女の闇に触れることはなく、まあ愚痴るくらいなら適任なのだ。


 そんなトートロッドの部屋に、先にいたゲインロット。

 来た時こそ気が回らなかったが、ルーディロットは末の弟がなぜここにいるのか気になった。


 もし遊びに来ていただけならさりげなく遠ざけねば。

 この女に深入りするのはお勧めできない。


「僕、あとデいい。ルーディ兄上の、用事」


「いや俺は愚痴りに来ただけだから。用事なんてあるようでないんだよ」


愚痴(グッチ)?」


「ああ。国王(パパ)に……いや、国王(おやじ)に命じられてるのよ。おまえらのとこの貴族学校の婚約破棄事案を、なるべく穏便かつ秘密裏に片付けとけって」


 ――そう、ルーディロットは裏で動いている。


「リュスカーの星空」が原因となっている婚約破棄に関して。

 ルーディロットは、目立たぬように個別に当事者に会って事情を聞いたり、場合によっては説得したりして、できるだけ双方円満な形で処理できるよう立ち回っている。


「馬鹿馬鹿しいぜ?」


 と、ルーディロットは紅茶風味の砂糖水をすする。


「今のところ、事情を聞いた連中の九割が『別れたくないけど、相手を幸せにできる自信がないから別れた方がいいと思った』だとよ。細かな差異はあるが、要約するとまんま『星空』と一緒」


 「馬鹿みたいだろ、別れるんだぜそんな理由で。別れたくないけど別れるとか意味わかんねぇよ」と吐き捨てるようにぼやく。


 そして、更に馬鹿馬鹿しいのは、ルーディロットの説得でほぼほぼ寄りを戻しそうなところだ。実際すでに戻している組もある。

 本当に破棄する気がないなら婚約破棄なんて安易に言うな、と心底思う。間に入って苦労している自分が一番馬鹿みたいだろ、とも思う。


 ……いや、破棄するならするで書類上でも貴族間の勢力図上でも公共事業や共同事業上でも先の遺恨上も面倒なので、元に戻るなら戻るでいいのだが。


「へえ、九割もそんな感じなのね」


 トートロッドが小さく声をあげる。


「こうなると、例外の一割が気になりますわね?」


「ああ、そっちは普通に好きな異性が他にいるから、みたいなやつだな。流行に便乗して婚約解消しておきたいんだとよ」


「流行に便乗して婚約破棄ね。発想は最低ですが、でもタイミングは悪くないですね。発想は最低最悪ですが」


「だな。まだ大人じゃない内にそうしたいって意思は悪くない。大人になってからだと確実に家名に傷が付くからな。こういう不名誉は早い方がいい――さて」


 さて、とルーディロットは無理やり明るい声を出す。

 カビの生えそうなじめっとした自分の話は終わり、と区切りをつけるために。


「ゲイン、もういいぜ? なんでもお兄様とお姉様に話してみろよ。きっと俺の愚痴よりゲインの話の方が重要だろうしな」


「そうね。何やら相談があると言っていたわよね、ゲイン? ルーディお兄様も聞いてくれるようだし、話してみたら?」


「それとも私だけに話したい?」と問うと、ゲインは柔らかく微笑んで首を横に振った。


「ルーディ兄上も、聞いてホシい」


「お、そうか。なんでも言ってみな」


 話だけは聞いていたが、十四年会ったことがなかった異国育ちの末の弟。


 かなり前の代で、玉座を争って骨肉の争いを繰り広げたせいでロマシア王国が傾いたことがあり――それ以来、王族の仲はできる限り、良好な関係を積極的に作ることを旨としている。


 特に、まだ大人じゃない内は、父王を「パパ」と呼び、庶民の家族のように血族の絆を大事にするよう言われ、過ごすのだ。

 その甲斐あって、ここ数代のロマシアの王族は全員仲が良く、目立ったトラブルは一度も起こっていない。


 生まれてこの方そのように教育を受けてきたロマシアの兄姉は、急に帰ってきた末の弟が可愛くて仕方なかった。

 そんな可愛い弟の悩み、相談となれば、可能な限り力になりたいと自然と思えた。


 そして、可愛い弟は笑顔で言った。


「シロエと、別れた方が、いいカモしれナイ」


「は……?」


 ゲインロットが婚約者のシロエ・クロワに惚れ込んでいるのは、本人の言動からよくわかる。

 そもそもシロエとコミュニケーションを取りたいがために、ロマシア語をがんばって覚えようとしていたのだ。


 なのに、別れた方がいいかも、などとおかしなことを言い出した。


「別れたくない、ケド、シロエを幸せにできる自信なイ。だから別れタ方がいい、思った」


 ゲインロットの笑顔が、ルーディロットに向けられる。


面倒(メンドゥ)臭くてゴメン」


「…………」


 ついさっきまでルーディロットが愚痴っていた「リュスカーの星空」のアレと、まったく同じ理由だった。


「――バカ野郎! お、俺は本人たちが真剣だってことは、ちゃんとわかってるんだぜ!」


 予期せぬ追い込みを受けたルーディロットは、勢いで誤魔化そうとした。


「『馬鹿みたいだろ、別れるんだぜそんな理由で』……でしたっけ?」


 トートロッドが過去の失言をほじくり返すのを「おい余計なことを言うな」と黙らせる。


「でも私も同感よ」と、トートロッドは穏やかだが真剣な眼差しを弟に向ける。


「ゲイン、馬鹿みたいな理由で別れるなんて簡単に言うものではないわ」


「……そう。お兄様もそう言いたかったんだ。わかるよなゲイン?」


 ルーディロットの言葉を二人は無視した。


「たとえ今は不安があっても、足りない部分が多く釣り合わないと思っても。いずれ必ず一人前の男になってこの女を幸せにしてやる、くらいの気概は持ちなさい。人付き合いだってなんだって、向上心と努力がなければどんなことも続かないわよ」


「そうだ。俺もそう思うぞ。向上心を持て。あと努力な」


 ルーディロットのいらない念押しを二人は無視した。


「……トート姉上、僕、最近気づいた。僕、シロエの笑顔、見たことナイ」


 ゲインロットは最近気づいた。

 一目惚れして、浮かれていたと自覚した。


 言葉も文字も通じない。

 これでは文字通りの意味で話にならないので、コミュニケーションを取るためのロマシア語を一年間しっかりと学んできた。


 どうせ会ったって話ができない。

 忙しい彼女の時間を無駄にしたくないし、また自分の時間も一刻も早いロマシア語習得に当てたい。


 だから距離を置くことを提案し、最低週に一回の手紙と、二週間に一回のお茶会を定めた。

 シロエはわからないが、ゲインロットには手紙も茶会も、次が待ち遠しいほど毎回楽しみだった。


 一年間で、少しずつ少しずつ、お互いのことをわかりあってきたと思う。


 会える機会が少ない中であっても、シロエはいつも、言葉が通じないゲインロットに気を遣ってくれていた。

 一時はサカオー語を学ぼうともしたが――ただでさえ公爵令嬢としての教育で忙しいシロエにはそんな負担は掛けられないと、ゲインロットがやめさせた。


 そんなこんなで一年。

 ゲインロットとシロエは、婚約者として仲を深めてきた。


 ただ、最近気づいたのだ。


 ――よくよく思い出してみると、シロエは自分と一緒にいて、楽しそうだったことがあっただろうか、と。


 これまでは自分の言語能力で手一杯で、シロエを観察する余裕がなかった。

 ようやく日常会話に不自由しなくなった最近だから、相手を思いやる余裕が生まれ考えることができるようになった。


 もっと具体的に言うと、小説「リュスカーの星空」を読んで、ロメッツの心境が痛いほどよく理解できたせいだ。


 好きな人のために身を引く。

 好きな人の幸せを考えて、婚約を破棄する。


 あの小説には色々考えさせられた。

 そして思う。


 果たしてシロエは、本当は自分のことをどう思っているのか、と。





「なるほどね」

 

 そんな心情をつっかえながら吐露すると、トートロッドは頷いた。


「まあ、あの娘はわかりづらいもんな」


 ルーディロットがそう同意すると、末の弟はいい笑顔で「ブッコロ」と頷く。

 どうもルーディロットがシロエを語るのはかなり気に入らないらしい。とりあえず兄は「それ相槌の言葉じゃないからな。俺以外に言うなよ」とだけ返しておく。


「公爵家の令嬢として、あまり感情を表に見せるのはよくないと教えられるのよ。シロエ嬢は特に優秀だから、徹底しているのでしょうね」


 姉の言葉は優しい。

 そう考えれば気は楽になるが……だが、安易にそれを受け入れることは、ゲインロットにはできない。


「僕、不安。シロエ、僕と一緒、不幸かも。なラば、僕、サカオー王国帰る」


 もうすぐゲインロットは貴族学校を卒業する。


 そして普通に上級貴族学校に行く予定だったが――シロエが婚約者でなくなるのであれば、ロマシア王国にいる理由が、やはりないのだ。


 好くしてくれた国王や王妃たち、それにこうして言葉が怪しくとも嫌な顔一つせず相談に乗ってくれる兄弟姉妹。

 彼らには悪いが――十数年育ったサカオー王国と、一年間過ごしたロマシア王国では、どうしても長く生きた方が比重が大きい。


 もし別れるのであれば、今しかないと思ったのだ。

 先程兄姉が言っていた通り、大人になってから別れると、家名に傷がつく。もちろんシロエの名誉にも傷が付くだろう。


 しかし今なら、「あの演劇に感化されたバカな王子がいた」程度で済むはずだ。

 今なら、まだ。


「……そうか。そこまで真剣に悩んでたのか」


 シロエのために身を引くべき、身を引くならサカオー王国に帰る、とまで考えているとは思わなかったルーディロットは溜息を吐く。


 軽い気持ちで首を突っ込んでしまったが、予想以上に重い相談事だった。


「トート、俺たちにできることはあるか?」


「そうね……ああ、そうだわ」


 と、トートロッドはニヤリと笑う。いささか邪悪に見えるのは気のせいだろうか。


「『星空』の婚約破棄騒動を利用して、シロエ様の本心を確かめてみるのは? もしゲインのことが好きなら問題ないのでしょう? ――うまく行けば婚約破棄病もどうにかなるかもしれないわ」


「本当か? なんだ、いい案があるのか?」


「ええ」


 トートロッドははっきり頷いた。


「ゲイン、シロエ様に婚約破棄を通達しなさい。その反応でわかるはずよ」





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