開けないで――からっぽのプレゼント――
誕生日の朝、彼は恋人からプレゼントをもらった。
綺麗に包装された小さな箱だった。淡いブルーの包装紙に白いリボン。
受け取って、彼はすぐに開こうとしたものの、恋人から制止された。
「ちょっと待って。それ、夜が来るまで絶対に開かないで欲しいの。わたしからのお願い」
「どうして?」
「秘密。夜、また会いましょう」
いたずらっぽい笑顔を見せながら、恋人は彼の部屋から出て仕事に向かった。
彼にも出勤の時間が近づいていた。箱をベッドのそばのテーブルに置き、仕事着に着替えはじめた。
仕事をしている間はよかった。だが、その日は午後から休みだった。
恋人は通常通り、夜まで仕事をしているはずだった。
自分の部屋で、たった一人でいると、好奇心が次第に頭をもたげてくる。
このプレゼントの箱には、なにが入っているのだろう?
最近、欲しいものは確かにあった。シルバーのアクセサリー。
彼女にも、雑誌を見せてこれが欲しいんだといったことがある。別段、誕生日にもらうつもりではなかったが。
でも、大きさからするとそんな感じだ。
包み紙は案外、頑丈そうな素材だ。リボンも結びなおせる。それにどうせ、開く時は派手にびりびりと破ってしまえばいい。
彼は気になる心を抑えきれなかった。
丁寧に、その小さな箱の包装を開いた。
そうして箱を開けた。
中には、何も入っていなかった。
彼は困惑した。やがて、夜が来た。
恋人がやってきた。入ってくるなり、彼女は小さな箱に目を向けた。
それはきちんと元の姿になっており、見た目の上ではあけたかどうかわからない。
「開かなかったよ」と彼は言った。
「本当に?」
彼女は笑顔を向けた。彼はうなずき、そうして考えた。
あのプレゼントはどういう意図によるものなんだろうか。
「これ、冷蔵庫に入れてきてくれない? いまから料理を作るから」
恋人はワインや食材を買って来ていた。ささやかなパーティーを開くつもりのようだ。
いわれたとおり、彼は冷蔵庫に買い物袋を持っていった。
恋人は台所へ行き、手料理をはじめた。
楽しい時間がすぎ、あらかた食事が終わった後のことだ。
少し酔った恋人が席を立ち、テーブルの上の小さな箱を手にとった。
「じゃあ、これ、開けていいわよ」
「ああ」と彼は言いながら、どんな反応をしたものか、考えていた。
わからない。
空の箱はどういう意味だろう。
彼女はこんな難解なメッセージを送る人だっただろうか。
実際、開けてみると、反応には困らなかった。
つい、声が出た。
「えっ」
箱の中には、彼が欲しいといっていた、シルバーのアクセサリーが入っていた。
だが、喜びの言葉はすぐには出なかった。
なんとか笑顔を見せて、感謝の言葉を言ったが、戸惑いの色は隠せなかった。
最初は気がつかなかった恋人も、やがていぶかしげな顔をみせていった。
「……中身、見てたでしょ。開けないで、っていったのに」
彼は素直にうなずいた。
あれだけ不自然なリアクションだと、隠しようがない。
「ごめん。でも、これ……空だったのに」
「別に謝らなくていいけど」そう言いながらも、彼女の声は少し怒っていた。「すりかえたのよ」
「どうして? ぼくが嘘をつくかどうか試すため……?」
だとすると、自分は失格だった。
信用に値する男かどうか、テストされていたのかもしれない。
だが、まじめなその声を聞いて、彼女はふっと笑顔をみせた。
やがて、声をあげて笑い出した。
「そんなんじゃないの。……実は、そのプレゼントの中身、家に忘れてたの。朝、このプレゼントをあなたに渡す直前にそれに気がついた。だから、あんなこと言ったの」
なるほど。
彼はうなずきながら聞いていたが、そこでふと気がついた。
「ちょっといいかな。……普通、包装って店でしてくれるじゃないか。どうして、中身だけ君の家に忘れてたの? つまり、それって……」
「……その、中身が気になって。店で見てたけど、実際に触ってみたくって」
わかってみると、簡単なことだった。
彼と恋人は目を見合わせて、なんだかやっぱりおかしくて、お互いに笑いあった。
空っぽのプレゼントの答えは単純だ。
「なんだ、ぼくらはやっぱり似たもの同士なんだ」
彼女の方が先に、この箱を開けていたのだ。