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アイウカオさん(https://note.com/nestwords)に感謝をこめて

また詩を愛するすべての方々に。







 ぱっと路上にみどりの光が燃えた。

 その場に丸くなって固まっていた数名が声を上げて飛び退()く。一人はバッグを投げ出してしまい、中から派手な音を立てて色とりどりのボトルが転がった。

 ()は落ちかかり足元の影は長くなっている。

 一度火花を散らした後はちろちろと燃える光は大した火ではなかった。一旦離れたメンバーたちは慌てて寄ってきて踏み消す。煙のにおいがたちこめた。

 光が立ったのは広く取った駐車場の路上だった。パフォーマンスの最終調整を兼ねた練習をしていたようだ。

 びっくり。大丈夫?小さく声を掛け合い、アクリルペイントの絵具らしきボトルを拾い集める。彼らはそのまま黙々と作業を続けた。

 あんまり静かなので、海の音が近い。

 埠頭近くにある倉庫を利用したイベント会場だった。あちこちにのぼり旗がはためき、ポスターが貼ってある。アート系のイベントらしく、彼らは皆、色とりどりの絵具のしぶきが散ったペイントつなぎを身に着けている。

 ひとりが仲間をひじでついて促した。

 振り返ると、そこにはひとりの女の子が立っている。

 一瞬、不意を突かれたように彼らはちょっと一足二足、後ろに下がってしまう。どこから現れたのかわからないほど周囲は静かだ。波の音が響いている。

 女性と言うにはあどけない顔立ちのその女の子は、転がっていたペイントジャーをちょいと片手で差し出した。

 差し出された方はとまどって手をズボンでこすると、これも服と同じぐらい絵具だらけの手でやっと受け取る。

「入口ってどこですか?」

 彫像のように突っ立った彼らはありがとうの一言も使わない。まるでここでは言葉を使ってはいけないと決められているかのように、指を上げて倉庫の方を指さした。

「あっちですか?」

 別のひとりがうなずいた。

 

 彼らはゆっくりと場を離れる小柄な背中をしばらく見守った。

 途中で立ち止まり、左右を見てしばらくじっと立ち止まっている。それからまた慣れない足取りでたどたどしく歩き出す。

 荷物を何も持っていない。ずいぶんきちんとしたお洒落な身なりをしている。

 ライラックを模した小さな花飾りを白襟に付け、落ち着いたボルドー色のカラーワンピ、真珠のイヤリング、ピアスは開けていない。小さ目の黒いバッグ、黒いヒール。誰かの結婚式にでも行くにしては地味だし、この場は割とカジュアルな現代アートのイベントなのに、どうしてそんな恰好なのだろうと疑問を持たれてもおかしくない。

 彼女は何かを探していた。


 周囲はそれっきり人の気配がなく、あちこちに無造作に置き去りにされたフォークリフトだけが、突然石にされてしまった人のように佇んでいる。

 それもそのはず、ポスターによればイベントは夕方六時半からのようだが、まだ一時間も早い。内部には既に参加者は集って準備を整えているが、訪問客はよほど気の早い人か時間を間違えたかでなければ姿を見せないだろう。

 その例外らしき彼女は、また立ち止まってバッグに手を当てた。

 携帯がしきりと鳴っている。

 振動がとんどからっぽの広場に響き渡る。慌ただしく音を止め、彼女は電話を耳にあてた。

  (おとわ?おとわか?)

「お父さん。どうかした?」

(どうかしたって…。どうかしたよ)

「お母さんだよね」

(うん。電話かかってね。あんなにあわててるのははじめてだよ)

 離婚した父と関わるのをあれほどさけていた母が父に電話するとはかなりのことだ。

(どうしたの。今日は大事な日じゃなかった?親の顔あわせだったんだろ?)

 その話、いましたくない。

 音羽はそう言葉に出したつもりだったのに、唇はぎゅっと結んだまま何もことばが出てこなかった。

 思ったよりずっと気が合ったみたいだ、って喜んでて…

 あのねお父さん、それねもう、終わってしまった話なんだよ。今はそのことを、ひとかけらも考えたくない。

 頭から追い出してしまいたい。

 

 埠頭はタンカーや大型船を停泊する側ではなくて、もっと小さなコンテナ船を泊める場所だった。埃だらけの朽ちかけた木枠や、落ちかけたコンクリのかたまりの合間合間にフォークリフトが放置されている。

 彼女は携帯を耳に押し当てながら、ぎゅっと口を結んだまま歩いた。

 今にも動き出すのではないかと緊張しながら、よけて歩いた。

 海の音がどんどん大きくなり、強い風が大きな腕で押し戻すように広がって彼女は眉をしかめて目をつむる。父がまだ話し続けているようだがそれも聞こえなくなった。

 乾いた潮のにおいがする。


 今度は無料アプリからの通話が入った。

「ともだちだ。切るね」

 強引に通話を切ってしまった。

 ねっとりからみついてくるような父に入れ替わって、今度は甲高い友達の声だけがつんざくように響き渡る。

(どこ?会える?あのさぁ、あの時の子たちで今、また集まろうって言ってるんだけど)

「むり。いま神戸だから」

(まじで?なんで?まあそれはいいんだけど、この前会費集めたじゃん)

「ああ、昨日わたしお休みだったから。ごめんね。帰ったら払うわ」

(いやそれさ、コンビニで○ペイのカード買ってでいいから、払って?)

 この子、いっつもこういう払い方を強要してくる。

「ごめんいま近いとこにコンビニなくて」

(どこだよ日本かよ)

「いそいでるから…待って」

 電話片手に、バッグをさぐって財布のすきまをのぞいた。

「わあ、ない」

(ない?)

「お金持ってなかった。ほとんど」

(ええ?それあんた今どこにいるの?大丈夫なの?)

「うーんごめん。今ちょっと忙しいので切るね。お金おろしたらコンビニでカード買って番号送るよ。それじゃ」

 こちらも半ば強引に切ってしまった。着信履歴には大量の記録が並んでいる。ほとんどが母だった。

 電源を切ろうとして迷い、彼女はサイレントに設定した。


 音羽はうわの空で財布と携帯をバッグに戻してきちんと留め金をかけた。頭はからっぽ。どうしたらいいか何一つ探そうとしない。

 一か月ほどまえ、彼女はかなり旧式な形のお見合いをした。

 相手はとても無口な人だった。







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