責任の取り方
はっと目を覚ますと、そこは白とも黒とも言えない、灰色の世界だった。
自分の体はあるが、地面を感じない。
歩くことは可能なようで、右とも左とも分からない道を進むことにした。
するとどうだろう。
何か黒と白の何かが見えてきた。
その何かに近づいていくと、それらは人の形をしている事が分かった。
黒と白の何かは少女を見ると、手を繋ぎ、歩いてきた。
そして、少女の前で止まるとニコニコと笑い出した。
『あ〜あ、やっぱり来ちゃったねぇ〜』
と黒い服を着た女の子が言う。
『あ〜あ、やっぱり死んじゃったねぇ〜』
続くように白い服を着た男の子が言う。
2人の容赦ない言葉がグサリと少女に突き刺さる。
すると2人はクスクスと笑い、繋いだ手を掲げ、くるくると回り始めた。
少女が困惑していると、2人は思い出したように「あっ」と声を同時に上げた。
『このまま先に進んでね〜』
『先に行って待ってるね〜』
と告げるやいなや、さっさと走っていってしまった。
少女は呆気にとられたが、またふわふわと進み始めた。
またしばらく進み続けると、あの黒と白の服を着た子達を見つけた。
その傍らには椅子に腰掛けながら、2人の頭を撫でる人がいた。
その人物は近づいてきた少女に気がつくと、腰を上げた。
「ようやくお出ましかな」
椅子から立ち上がり、真っ直ぐに少女を見つめる。
しかし、先に口を開いたのは少女の方であった。
「ここは…どこ?私はどうなったの?あと、あなたは誰なの?」
『質問は一つ一つして欲しいなぁ…まぁいいけど。ここは救いようのない阿呆がくる世界さ。そして、君は死んだ。そして、ボクは君達の言葉で表すなら【神】にあたる存在さ』
自称『神』は少女の目の前に立ち、ニコニコと笑っている。
「…私はこれからどうなるの?」
『ん〜どうしよう?別に消滅したいなら今すぐにでも存在ごと消すこともできるけど……君にはまだ可能性が残っていたのに、その可能性を潰してしまったんだ。その事を鑑みると…悪いけど君には同情できない』
「同情…でも仕方がないよ…」
少女は俯きながらそう告げた。
しかし、その言葉を聞いた瞬間、『神』は少女の顔を下から覗き込んだ。
『何故仕方がなかったと言える?ただの君の独断だよね、それ。君には親しい友人も、愛する家族もいた。少なくとも君は恵まれていたはずだ。特に不自由なく暮らしていた。なのに、何故こうなってしまったんだい?』
「そんなの…分かんない…」
『分からないじゃ済まされないよ。ボクはね、とても腹が立っているのさ。君のような人間が、ボクは大嫌いだ。恵まれた環境の中で育った人間ほど甘くなる。君なんかより余程苦労しながら生きている人もいるというのに』
『神』は少女を煽るように早口でまくしたてた。
「他人と生活環境で比べないで!人は人、私は私よ!同じようになんて出来るわけないでしょ!」
少女は煽られたせいか、先程とは打って変わって声を荒らげた。
『一理ある。しかし、恵まれた君には選択の権利があった。だが、君は「自死」を選んでしまった。悪いけど、この選択では救いようがない。だから、自分でやってほしい」
「自分で?」
『ああ、そのための機会を君に与えよう』
さっと背筋を伸ばして、頭上で指を鳴らした。
すると、瞬時に球体のホログラムが現れた。
『この世界はね、ボクが創った世界なんだ。そして、この中を統治するようにボクは泥から神を造った。その後世界は発展し、魔法が生まれた。しかし魔法の発達と同時に神は不要とされた。君たちの世界の「科学」とよく似ているだろう。そして、神は力を失い、泥に戻る。はずだった」
「…戻らなかった?」
『神』は頷き、少女を見た。
『この神は泥に戻る瞬間、己を7つの塊に分け、世界に振りまいた。その後、塊は意思を持ち、「人」に取り憑き、「欲」として現れた。厄介なことに、この「欲」は取り憑いた人の欲望を増幅させ、その欲望を喰らって成長する。取り憑いた人間が死ぬとまた別の人に取り憑いてしまう』
「あなたは何も出来ないの?」
『ボクにできるのは世界を創り、文明の発展を促すだけさ。だから統治させるために内部に神を造った。しかし、こんなことになるとは…今までない事でボクも対処に失敗してしまった』
『神』はホログラムの球体を睨みつけ、手を伸ばすが、何も掴めず、空を切った。
「それで、私がその「欲」を倒す…?」
『話が早くて助かるよ。ボクの失態を君に押し付けてしまって申し訳ないけど。けど、この仕事を終わらせれば、ボクは君が責任を負ったと認めることが出来る。そうすれば、あとは君の自由だ』
悪びれたように謝罪する『神』の姿は、まるで失敗を怒られる少年のようだった。
「私の事、嫌いだって言いながらも助けてくれるのね」
『これがボクの仕事だからさ。私情を挟む訳にはいかない』
また『神』が指を鳴らすと、空間に穴が開き始めた。
『ここから先はボクの助けを期待しないでくれ。さらに、「欲望」たちについてはボクにも分からないことがある。準備は入念に頼むよ』
と言い、ポンッと少女の背中を押した。
「へっ?………うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
覚悟を決める時間もないまま、少女は空間に吸い込まれて行った。
「お姉ちゃん、大丈夫かなぁ?」
「お姉ちゃん、心配だなぁ…」
白黒の少年少女は椅子の陰から一部始終を見ていたようだ。
『46番、96番、彼女を助けてはならないよ』
再び椅子に腰かけた『神』は、どこからともなくディスプレイを取り出し、眺め始めた。
『彼女には苦しんで、苦しんで、苦しんで、死んだことを後悔してもらわないといけないからねぇ』
ディスプレイに写る『神』の口角は耳元まで裂けるほど歪んでいた。
「自由」と「選択」は同じ意味だと私は思います。選ぶことがそもそも自由である以上、そこには責任が伴います。時には自身客観的に見つめることが、大事かなと。