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第14話 後悔、そして旅立ち

部屋には質素な作りの机が一つと、布団が一枚あるだけだ。

 獣士郎は真っ先に布団に飛び込み、枕に顔を埋める。


「長い一日だったなあ……」


 今日一日を振り返ってみると、入団試験でその日に出会った友達を失い、怒りに身を任せてアヤカシを武具錬成で刀にした。

 本部ではこの組織についての説明を受け、明日からは稽古が始まる。


 壁に立てかけられた刀を眺める。この刀からは禍々しい気配を感じるが、それ自体がこの刀の性質なのだろう。


『獣士郎、疲れているようじゃの』


 頭に語りかけてきたのはヒノカグツチだ。


「すっごく疲れました……」


『ほっほっほ、それは結構じゃ。それよりもお前さんが作り出したこの刀のことじゃが』


 獣士郎は起き上がって刀を持ち、鞘に触れてみる。


『この世界のどんな武器にも持つことができなかった性質を持っているようじゃ。しかも獣士郎がこの世界にやってきた目的に大いに役立つものになるじゃろう』


「目的に……ですか」


『そうじゃ。この刀はこの世界で唯一アヤカシを斬ることができる刀じゃ』


 ここで一つの疑問が浮かび上がる。


「唯一って……じゃあ、晴明継承団の団員たちはどうやってアヤカシを?」


 ヒノカグツチは真剣な声で答える。


『この組織の者たちからは普通の人間とはまた違う何かを持っているようじゃ。しかもそれが生まれつきではなく後天的に何者かによって与えられたようなのじゃ』


「誰かに?」


『おそらくはこの団の筆頭、安倍(あべの)晴久(はるひさ)じゃろう。彼にはまだわからぬことが多いが、安倍晴明の子孫じゃ。陰陽師であった彼の力を受け継いでいてもおかしくはない。彼の力にこんなものがあったのじゃよ』


 ごくりと唾を飲む。


『《妖滅術》じゃ』


 初めて聞く言葉に獣士郎は首を傾げたが、この部屋には獣士郎しかいないことに気がつき、急いで首を元に戻す。


「どんなもの……なんですか?」


『この力は妖、つまり実態を持たないもの、物理攻撃が通らないものを倒す術じゃ。そしてそれをなんらかの方法で団員も使えるようにしたようじゃな』


 ここでまたも疑問が浮かぶ。


「入団試験でアヤカシは倒せないはずでは?」


『最初はわしもそう思っておった。どんな手を使ったのかはわからぬが入団希望者全員にこの術を付与したのじゃろう。故に素質があった者にはアヤカシが倒せたのじゃろうな』


「素質……ですか」


 素質があった。だから入団試験に合格できた。

 逆に素質がなかったから、アヤカシが倒せずに殺されてしまった。


『安心するのじゃ。お前さんにもその素質はある。そうでなければお前さんはこの世界を救うことなんぞできぬからの。そして正蔵、殺されてしまったお前さんの親友も然りじゃ』


 少しだけ安心したが、それでも後悔は消えない。

 どうして早くアヤカシを刀に変えなかったのか。そうすれば、正蔵とは同期として共に戦うことができたのだ。


「僕、悔しいです。もっと早く力を使っていれば……もっと早く憑依種に気付いていれば……」


 首にぶら下げた、小箱を強く握りしめる。


【獣士郎、俺は大丈夫だよ。たとえ俺が死のうと獣士郎は生きている。それだけでも俺は嬉しいよ。あの時助けてくれてありがとう】


 獣士郎の心に正蔵が直接語りかけてくれたような気がした。


『どうやらお前さんも声が聞こえるようじゃの。彼はしっかりと転生するじゃろう。これからの人生がどうなるかはわしにはわからぬが、この人生に悔いはないような良い目をしておったわい。心配することもないであろうよ。』


「そう……ですか」


 自然と涙が溢れてきた。この世界に来て初めて自分が知っている人を失い、精神的に辛い状態だったのだが、試験が終わってからはずっと我慢してきたのだ。今になってその感情が溢れてきたのだ。


【獣士郎、泣かないで。俺が生きていなくても、俺という存在は獣士郎の心の中にあるんだ。だから寂しくなんかないよ。辛くなんかないんだよ。だから……ね?】


 ふと背中をさすられる感触を感じた獣士郎は恐る恐る振り返ってみた。


 そこにはニコニコと笑う黒髪の少年、正蔵の姿があった。


「正蔵!」


 獣士郎は嬉しさから正蔵に飛び込んだが、その存在が実態を持っていなかったため、触れることができなかった。


「僕……正蔵を救えなかった。本当は助けられたはずなのに、僕は……僕は──」


 その場にうなだれる獣士郎を正蔵はただひたすら背中をさする動作を続けた。


『お前さんはよく頑張った。じゃからそんなに自身を責めるでない』


「は、はい」


【そうだよ。ほら、笑って?】


「うん」


 獣士郎は少しいびつながらも笑顔を作る。


【うん、いい笑顔だよ。これからはもっともっといい笑顔が作れると思う。だから、頑張って!】


「うん、ありがとう」


 正蔵も笑顔を返す。


 そして、獣士郎は正蔵の顔が見られて安心したのか、そのまま眠りについた。


【獣士郎ったら布団も被らずに寝ちゃって】


 実態を持たないはずの正蔵が、布団を掴み、獣士郎の体にかけた。これは紛れもなく奇跡だろう。


『さて正蔵くん、お前さんも転生の準備をしようかの』


【……はい】


『獣士郎なら大丈夫じゃ。こう見えて正義感はすごくある。じゃから、もう誰も失うことのないように努力をするじゃろうな』


【獣士郎ならできますよ】


『そうじゃな』


 二人で笑い合う。そして、正蔵の体には光が集まり始めた。


【じゃあね、獣士郎。またどこかで会えるといいね】


 そうして正蔵の魂は新たな人生へと旅立っていった。

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