第12話 集まりし人
獣士郎は途中にあった小川で髪についた血を洗い流してから戻った。
「帰って……来たんだ」
晴明継承団本部の大きな門をくぐる。
「おかえりなさいませ」
初めて門をくぐった時と同じ少女が出迎えてくれた。獣士郎はゆっくりと敷地内へと入り、入団試験の説明があった広場へと足を進める。
「嘘……だよね?」
広場にいるのは獣士郎を含めて3人だけだ。正蔵やアヤカシに取り憑かれた少年のようにアヤカシに殺されてしまったようだ。
一人は見覚えのある青髪の少女、妹子だった。
「あ、獣士郎くん」
妹子は右手を大きく振りながら、獣士郎に駆け寄る。
「妹子さん!無事だったんだね」
妹子は不満そうに頬を膨らませた。獣士郎に『お姉ちゃん』と言わせたいらしい。
だが、獣士郎はそれに気がつかず、首を傾げるだけだ。
「もうっ!」
自身を指差して獣士郎に合図する。やっとのことで気がついた獣士郎が慌てて口を開いた。
「お、お姉ちゃん?」
「よくできました!」
妹子はパチパチと音を立てて拍手をする。表情も心なしか嬉しそうだ。
「今回はこれだけのようだな」
団員らしき黒髪の男が獣士郎と妹子、そしてもう一人の少年の前に現れた。
少年は焦げたような茶色の長髪を流し、菊が描かれた着物に掛けられた深紅の鞘を撫でながら佇んでいる。
この異様な空気の中、黒髪の男が口を開く。
「お前たちはこの試験に合格し、晴明継承団に入団することが許された者だ。今後はこの本部で寝泊まりしてもらう」
「ちょっと待ってください」
合格者が3人しかいない状況に疑問を抱いた少年が前に出て声をかける。
「どうした少年?」
「ここにいる俺たちだけが合格者って……他の人たちはどうなったんですか!?」
男ははため息をついてからただ一言だけ答えた。
「死んだ」
それでも納得がいかないのか、少年はさらに前に足を踏み出す。左手は刀を強く握りしめ、隙あらば刀を抜こうとしている。
「そう簡単に死ぬわけないじゃないですか! アヤカシを倒す、ただそれだけじゃないんですか!?」
「そうだ。単純なことだがそれは至難の技だ。ただの人間にとってこの試験は自殺行為そのものだからな」
「自殺……行為ですか」
「ちょっと……獣士郎くん?」
妹子が獣士郎を止めようとするも、お構いなしに少年の横に並ぶ。
獣士郎もそのことだけは引き下がれない。せっかく知り合った正蔵が目の前でアヤカシに殺されたからだ。
「たとえ身体能力が優れていようと奴に攻撃が通らなければ意味がない。お前たちは素質があった……それだけだ」
「それを知ってて試験を受けさせたんですか!? それじゃ……入団希望者の命をなんだと思ってるんですか!!」
少年は抜刀し構えの姿勢をとる。この男を殺すつもりなのだろう。
「もう……限界ですよ。今ここであなたを斬ります」
男はふっと笑い、そのまま仁王立ちの姿勢になる。
「やれるものならやってみろ」
男に促されるまま少年は雄叫びを上げて突っ込んだ──が、男が大きく目を見開いた瞬間に少年の動きが止まった。
「嘘……でしょ?」
突然のことに妹子は声を驚きの声を漏らした。
少年の身体は震えていたのだ。ただ男に力強い目力で見られてだけで、何かの力に体が支配され動くことができなくなってしまった。
「お前はまだ弱い。弱すぎる。そんなんでこの俺に立ち向かうなど100年早い!」
「あ、あなたは……いったい」
獣士郎はこの男の正体が知りたかった。この男には常人ではあり得ないほどの力と風格を併せ持っているのだ。
この団の敬礼、人差し指と中指を立て、お札を持つような姿勢をした男は自身のことを明かした。
「私の名前は小倉寛寿郎だ。この晴明継承団の副団長をしている」
「ふ、副団長……だから強いのか」
少年は感心しているように見える。だが、刀を握る手は先ほどよりも強く握りしめている。
単純に寛寿郎のことを恐れているのか、それとも本当に寛寿郎の首を討ち取るのかは定かではないが、カタカタと刀が震える音が広場内に響いている。
「副団長だからではない。私が今まで何度も死にかけてきたからだ。アヤカシとの戦い一つ一つが私にとっては良い経験になり、私自身が成長する。だからお前が私の首を斬るには私と同等か、それ以上の経験をしない限り不可能だ」
「……化け物かよ」
少年がぼそっと口にした。獣士郎たちはそう思って吐いても、副団長にそんなことは言えないので黙っていたのだが、少年は軽々と口にしてしまった。
「そこのお前、名前はなんと言う?」
「俺の名前は払手柳次郎。この世界のアヤカシを全て倒す男だ!」
柳次郎と名乗った茶髪の少年は決まったと言わんばかりのドヤ顔をする。
「そうか、柳次郎。お前には礼儀というものがなっていないようだな」
「は? 礼儀なんぞ知るか」
まずい状況になった。寛寿郎と柳次郎の間で火花がばちばちとぶつかり合っているように見える。
「ふ、副団長!」
意を決して獣士郎は前に出る。とにかく今はこの空気をどうにかしなければならない。
「どうした少年」
「い、今は入団の説明をされてはどうでしょうか。そろそろ日も暮れそうですし……」
紅緋に染まった空に、滑空する烏たちが声を上げる。
「それもそうだな。それじゃあこの晴明継承団について説明する」
寛寿郎は静かに口を開いた。