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第11話 怒りと悲しみを超えて

音もなく繰り出された斬撃は正蔵の首元を横切った。


 何か重いものが地面に落ちる音と共に、正蔵の体が勢いよく前に倒れた。それが正蔵の首だと理解するのを拒否するかのように身体が震える。

 つい先ほどまで依頼の達成を喜んでいた少年が今では首から上が斬られ、地面に屈しているのだ。


「──ケケケケ」


 甲高い気味悪い声を発したアヤカシは、少年の体をぐにゃりと曲げ、背中から巨大な体を現した。少年の体は肉塊へと化し、無様にも周囲に飛び散り、獣士郎の方に降ってきた。赤い血も体にかかり、青色の髪は一瞬にして真っ赤に染まった。もはや散らばっているそれは少年のものだったとは判別できない。


 化け物の腕と足は先ほどの丘の杉の木よりも太く長い。細長く鋭い爪は片腕だけでも7本ある。

 顔の部分はまるで蜘蛛を連想させる。8つもある目は何を見ているのだろうか、どす黒い。口元にはくの字に曲がった触角のようなものがついており、気味悪く動いている。牙は鋭く、赤い血が滴り落ちている。よく見ると、口からは人間の腕のようなものがはみ出ており、指は食いちぎられており、中指だけが残っていない。


「──クククケ」


 一歩、また一歩とアヤカシは地面に倒れた正蔵に近づいていく。その様子を獣士郎は見ていることしかできなかった。目を背けることなく、ただ無惨に殺された正蔵の体を眺めることしかできないのだ。


 正蔵の目の前にたどり着いたアヤカシは、腕を持ち上げると、何かが折れるような音を響かせながら口の中へと放り込んだ。ゴリっという音、口から溢れ出る赤い鮮血、そして白かったはずの骨までもが真っ赤に染まっているのが見えた。

 獣士郎は放心状態になってしまった。目の前で出会った友達が殺され、捕食されている。


 何が起きているのかすら理解できない。


 そしてアヤカシは最後に一番美味しいものをとっておいたのか、正蔵の顔に手をかけ──

 真っ赤な血を撒き散らしながら口いっぱいに頬張った。獣士郎の目の前には正蔵の目玉が転がり落ちた。


「あ……あ…………」


 正蔵はアヤカシによってこの世界から退場させられた。これがアヤカシの本当の姿なのだ。人を喰らうためなら人間にだって乗り移る。


「──ケッケッケッケ」


「……笑ってんじゃねえよ」


「──クククク」


「………………っ!」


 気合を入れて一気に地面を蹴り、アヤカシに近づく。人の目にも止まらぬ速さで突進し、アヤカシはあまりの衝撃に後ろに倒れ込んだ。


「死ね! 死ねよ! お前なんか…………っ!」


 巨体の上に馬乗りになり、右手を奴の体にかざす。


「──キキキキ」


 アヤカシも危機感を感じたのか、もがき始めた。しかし、今の獣士郎を止めることはできない。獣士郎は自身の体重を何十倍にも増やしたのだ。


「死ね! いや、苦しめよっ!」


 錬金術は大きく分けて2つに分けられる。一つはモノの強度や性質を変える改善。そしてもう一つ、この世界の理を超えた力がある。

 《武具精製》だ。この力には媒体が必要だ。媒体の性質や、強度によっても作られた武器の性能は変わる。

 このアヤカシを媒体として武具精製を行う。

 成功する確率はかなり低い。それでも、今の獣士郎にとって武具精製の成功失敗など関係ない。獣士郎の目にはアヤカシを苦しめることしか映っていない。

媒体にされればほぼ確実に死を迎える。

 その過程で、身体を変形させたりするため、とてつもない苦痛を伴うのだ。それを利用してアヤカシを死よりも苦しい状態にしようと考えた。

 

「……武具精製」


 右手から光が溢れ出る。その強さは改善の比ではない。改善の光が神々しさを表すとすれば、武具精製の光はこの世界の始まりを表す性質を持つものと言えるだろう。


「──キキカカカカカ──クキャアアア!!」


 苦しそうにアヤカシは叫ぶが、今の獣士郎の脳内辞書に手加減という文字は存在しない。


「う……ぐっ」


 武具精製は改善の何倍もの力を使用する。そのため獣士郎へのダメージも計り知れないものだ。


「──カカカカキキキイ!!」


 アヤカシの身体はだんだんと圧縮されていき、小さくなるにつれて今まで捕食してきた人間の着物が撒き散らされた。


「お前……どれだけ人を食ってんだよ……お前のせいで何人が悲しい思いをしたと思ってるんだ!!」


 アヤカシに反応はない。ただ耳障りな音を発しながら、もがき苦しんでいるだけだ。


「うおらあああ!!」


 気合を入れ、右腕へと力を集中させる。作り出す武器の形をイメージし、アヤカシの体をその形へと変形させていく。


「──グラララララ」


 形が変えられていくにつれてアヤカシの叫び声は小さくなっていった。

 そして、叫び声が止まった時、一本の刀が完成した。刀にされてもなおもがき続けているのかぶるぶると震えているが、獣士郎が刀を一振りすると、媒体となったアヤカシの意識は消滅したのか、震えが止まった。


「………………」


 獣士郎は、アヤカシに乗っ取られた少年が帯刀していた刀の鞘に完成した刀を入れ、もともと持っていた刀と共に腰に下げた。

 そして、正蔵の目を持ち上げ、即席で作った木の箱に入れ紐を通して首に下げた。


「アヤカシから作られた刀……そうだな、妖刀とでも言うべきだな」


 刀の銘を《妖刀・マサクラ》と名付けた。

 名前の由来は失ってしまった友達の訓読みだ。獣士郎は友達である正蔵のことを忘れたくはないのだ。

 だからこそ、唯一残った目を持ち、作った刀に彼の名前をつけたのだ。


 地面に横になって少しだけ休む。目を閉じて、この自然に身を任せ、眠りにつく。


 数時間後、優しい風が頬を伝い、眠りから覚めた。ゆっくりと起き上がって、アヤカシと戦った場所を眺める。


 ここで二人の尊い命が失われた。獣士郎は手を合わせ、弔ってから大きな杉の木の方を向いた。


「とりあえず……本部に行くか」


 獣士郎は晴明継承団の本部へと向かうため、また丘を登り始めた。

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