1話
「いい天気だ」
グレイはそう独り言ちた。
泉に垂らした釣り糸は動かない。
グレイはあくびをしながらその様子を見守る。
本日は晴天で過ごしやすい気温もあり、うららかな昼下がり、眠気を感じずにはいられなかった。
食料はまだある。
グレイは早々に眠気への抵抗をやめた。
釣り糸を上げて、竿は手作りのロッドホルダーに立てかける。
そして、その場で横になった。
髪を揺らす程度の風が心地よい。
グレイはすぐに意識が沈んでいくのを感じた。
もう少しで完全に睡眠に入るという時、腹部に衝撃が走った。
痛みはさほどでないが、眠気はすっ飛んでしまう。
「起こすなら優しく起こしてくれ、マール」
「パパ起きた!」
マールは悪びれる様子も無く、腰まで伸びた美しい銀髪とフリフリの洋服をはためかせ、くるくる回った。
見た目は5歳ほどのグレイの娘である。
そんな楽しそうな娘の様子に怒る気も失せたグレイは困ったように笑う。
早くに妻が亡くなったせいか、どうも女の子らしさに欠けるというか粗暴な部分が目立つ。
グレイはそう思いつつもマールのそんな部分も個性であると受け入れていた。
グレイが寝かせていた体を起こすと、マールは回るのをやめた。
「パパ、あそぼ」
「パパは魚釣ってるから」
パパと呼ばれるようになって1年が経ち、ようやく慣れてきた今日この頃。
グレイはマールの遊びに付き合う大変さも身に染みて理解していた。
「でも寝てた」
「うっ……」
図星を突かれグレイは言葉に詰まる。
「パパ、マールのこと嫌い?」
大きな瞳に涙が溜まっていく。
グレイは慌てて言った。
「違う違う!そうだな遊ぼう。何をしようか?」
グレイがそう言うと、マールは涙をすぐに引っ込ませる。
親とはいえ男を手玉に取る手腕は見事なものだとグレイは思った。
とはいえマールはいわゆる悪女とは正反対の存在である。
「今日は勇者と魔王ごっこ!」
「そうか……パパが魔王か?」
「パパは勇者!マールが魔王!」
何の冗談かとグレイは思った。
だが、娘の望みには出来るだけ応えてあげたいのが親である。
グレイが勇者役、マールが魔王役でごっこ遊びが始まった。
「わははは!魔王だぞー!」
「出たな魔王。俺は勇者だぞ」
「世界中の甘いものはマールのものだぞー!」
グレイはマールの野望を聞き流し、拾った木の棒を適当に構えた。
仁王立ちしているマールの佇まいは確かに魔王といえるかもしれない。
「魔王の力を思い知るがいい!」
マールは腰に当てていた手を横に伸ばすと、手の平に魔力を集中し始めた。
それを見たグレイが慌てる。
「ばっ、マールやめろ!」
グレイが声をかけるが、すでに魔法が完成しマール自身止められなかった。
放たれた魔法をグレイはギリギリで避ける。
魔法はそのままグレイの背後の森に突っ込み数本の木を吹っ飛ばした。
その光景に流石のマールも顔を青くした。
「ご、ごめんなさいパパ……」
グレイはため息を吐きそうになったが、娘の手前抑える。
周りに人がいなくて良かった。
もっとも、こういう事態を想定して町から少し離れたこの場所に住んでいるのだが。
グレイは今年で20歳になる娘の頭を撫でる。
何故こんなことになったのか考えた。
全てはそう、マールが勇者となった日に決まったのだ。