幸せの形
「ユルング。君には僕のパーティから、出ていってもらう」
「な、なんだってー!?」
冒険者ギルド近くの酒場。
そこで、一組のパーティから追放された男がいた。
彼の名はユルング。
冒険者として平均よりやや上の能力を持ち、冒険者の中では希少とも言われる回復職だ。
本来であれば引く手あまたの男だが、それでもパーティリーダーの青年、リスベルグは彼に追放を宣告する。
「ユルング。パーティ結成当初、確かに貴方は僕らの先輩として、回復職として頑張っていたよ。そこは間違いない。
しかし最近の貴方は努力を怠り、成長した僕らの冒険について行くのも精一杯。違いますか?」
「努力を怠ったわけじゃない! ただ、才能の差というものがだな……」
「ユルングが足を引っ張っていては、僕らは上を目指せない。幸い、僕らには新しい回復職のアテがあります。
一緒に上を目指せそうな人と組んで、僕らは冒険者の天辺を狙いますよ」
ユルングとリスベルグが出会ったのは五年前。
そこでなんとなく気が合ったという理由で二人と他に四人が一つのパーティを結成した。
最初は年長のユルングがパーティのリーダーを務めていたが、二年前に成長著しいリスベルグにリーダーが替わった。
するとパーティの冒険者のランクは三年で一番下のFランクからD止まりだったのだが、リスベルグがリーダーになってから一年で一気にBランクにまで上がったのだ。ユルングさえいなければAランクも目指せるだろう。
彼らのパーティは慎重すぎるユルングよりも時に大胆な賭に出るリスベルグの方がリーダーに相応しいと、そう思う下地があった。
そして、冒険に出ている時、ユルングが足手まといになる場面が増えた。
例えば移動の時、最初に体力がなくなるのはいつもユルングだ。
戦いの中で一番脆いのもユルングで、回復職であることを横に置いても一番弱い。魔法抜きでも、魔法職で年下の少女であるカミラに劣るという有り様だ。
すでに元リーダであるユルングの評価はパーティでも最底辺で、五番目を大きく引き離し、足手まといとしか思われていない。
本人にもその自覚はあり、ちゃんと努力を重ねていたが、才能の差により追いつくことなどできない。
だから、ユルングはパーティから追放された。
「ねー、ユルングの替わりの人はどんな人だった?」
「大丈夫だよ。聖教会で若手の司祭なんだけど、今の段階でほとんどの能力がユルングより上で、冒険者としての部分を僕らが補えば済む話さ」
このパーティ、ユルング一人に雑用を押しつけるなどという事はしていなかったので、全員が大概の雑事に対応できた。
と言うより、ユルングに全てを押しつけていたのなら、彼がパーティから抜ける前に交替要員の育成をするぐらいの知恵がある。追い出して五人だけになったとしてもしばらくは大丈夫だという確信がなければ、こういった事はしない。
回復職は希少なので、回復職に頼れない冒険者も多く、その為のノウハウも先に学ぶ徹底ぶりだ。
ユルングがいなくなって苦労するという事はない。
むしろ、ユルングがいなくなっただけで彼らのパーティはより動きやすくなっている。
後任の新人がパーティに馴染むまで無理はせず、彼らはこの後も確実にステップアップしていくのだった。
「ふーん。じゃあ、おっちゃんって、勇者パーティの初期メンバーだったんだ」
「そうだぞー。途中で実力不足になって置いていかれたけどな」
「しょうがないなー。じゃあ、おっちゃんはあたしが養ってあげるさー」
「……おいおい、幾ら俺でも、ミリーに養われるほど、落ちぶれちゃいないぞ」
「今の間はなんなのかにゃー? あと、養うのは10年後だから大丈夫さー。
そのとき、おっちゃんは40歳だしー。あたしはハタチで一番良い時期だしー」
ユルングはパーティを追放された後、冒険者ギルドの職員になった。
ユルングが新しいパーティに入るには、当時もうすぐ30歳だった年齢がネックになった。
パーティというのは年と実力の近い連中が集まることがほとんどであり、ユルングにちょうど良いパーティがなかったのだ。
固定パーティを組むのは、長い目で見れば難しい。
また、実力不足を理由にリスベルグからパーティを追放されたとはいえ、それでもBランク冒険者としては実力不足という意味である。
Cランクの冒険者としては過不足ないユルングは取り合いになる事が予想された。ちょうど良いパーティであればともかく、多少の妥協が混じると今度は選択肢が多くなりすぎる。
揉め事を起こせば冒険者達の間に流れる空気が悪くなり、場を乱すことになる。
あまり妥協はできなかった。
そこで実力の足りない若手のパーティに加わることをメインに考えたユルングは、冒険者ギルドの職員になり、一時的な臨時回復職としていくつものパーティを渡り歩くことを選んだ。
回復職は希少なので、所属を冒険者ギルドにした方が面倒が少なくて済むと考えたのだ。
ギルドとしては新人の育成が安定し、ユルングはパーティを渡り歩くのが楽になる。
ギルドの後ろ盾があればユルングに無茶を言うことが難しくなり、誰にとっても不幸な結末は回避しやすくなる。
中にはそれでもと言い出す者もいたが、何もしないよりはずっと良い結果が出ただろう。
「グリワンコズリーは、デカいし強いし鼻が良いけど、鼻の良さを利用すれば――――」
「おおっ! あのグリワンコズリーが鼻を押さえてのたうち回ってる!!」
「まー、こいつらが嫌う臭いを上手く使えば戦闘を避けるのにも役立つし、誘い込みたいなら好む匂いを使うのもいいな。
いくつか現地調達できるのを教えておくから、ちゃんと覚えておけよー」
新人にとってもベテランから学ぶ機会があるのは良いことだ。
それが直接戦闘力がなく、体力がなく、だけど回復職というユルングであればなおさらだ。
ある意味では護衛の練習にもなり、彼らの腕はめきめきと上がっていった。
こうしてユルングは多くの若手から信頼されるポジションを得ていく。
稼ぎは減ったが、ユルングは慎ましくも安定した生活を送るようになっていった。
逆に、ユルングのいなくなったリスベルグ達のパーティは――――
「カミラ! 左20! 推定ワイバーン!」
「グラウフ! 突進を!」
「これで、こいつはトドメだ!」
「リズ! もう片方のフォロー頼む!」
「任された!」
以前よりも危険な領域に踏み込み、毎日のように死闘を繰り広げていた。
この世界には、強いモンスターがうじゃうじゃいる、『魔の森』と呼ばれる場所が存在する。
人の領域は常にそこから漏れ出てくるモンスターに脅かされていた。
だがしかし、そこにいるモンスターの素材というのは有用な物が多く、かなり高額で取引されている。
高ランクの冒険者の依頼となると、そのほとんどが魔の森に住むモンスター素材の調達となる。
リスベルグ達は、そういった依頼を中心に活動をしていた。
リスベルグ達は上手くやっている。
ユルングを切り離したことでより効率よく魔の森で戦えるようになり、能力相応の戦果を挙げている。
一年経つ頃にはAランク冒険者の『勇者パーティ』などと持て囃され、多くの人から尊敬されるようになった。
名前が売れたことで貴族達からの指名依頼が届くようになり、その依頼を熟すことで更に評価が高まる。
その結果。
休む間もなく魔の森で戦い続けることになった。
「これで、終わったね」
「ああ。帰ったら休もう。今度こそ休暇を取るんだ……」
「疲れたよー」
彼らは国で一番の冒険者達、『勇者パーティ』だ。
多くの人の注目を集め、今では彼らの一挙一動が国中の噂になる。
休暇中も人の注目を集めるため、休まる間など無い。
そして長く休む間があれば次の仕事に行って欲しいと冒険者ギルドに懇願され、最低限の休暇で次の冒険へと駆り出される。
冒険者ギルドだって、王族や、貴族の中でも公爵・侯爵クラスの大物から『お願い』をされれば断るのも難しいのだ。
リスベルグ達は20代半ばから30代後半までの10年間以上を、魔の森で戦い続けることになる。
天辺に上り詰めた者の宿命とばかりに戦い続けることになった彼らは、その実力の高さからちゃんと全員生還している。
何度か重傷を、例えば四肢の一部を失うような傷を負ったが、それすら完全に癒やされ、ちゃんと生き残った。
多くの冒険を成功させ続けてきた彼らは、莫大な富を手に入れ、国の上層部や聖教会といった大組織のトップからも敬われるようになる。
人々からは讃えられ、おとぎ話のように語り継がれる英雄であると言っていい。
ただ、それが幸せな物語かどうかは、本人達にしか分からない。
ただ、彼らは成功者になったとしか、外の者には見えない。
勇者パーティのリーダーであったリスベルグが、「ユルングがあのままパーティにいたら、もっと平穏な人生を送れたのかもしれない」などと述懐したかどうかなど、本人以外に分かるはずがないのだ。