6.肉屋の娘
収録の中止。その日をさかいに、スゴマジ芸能プロダクションに多数の声優が所属するようになった。
歌手、はなし家、役者。そういった専門職の人達が次々参入してきたのだ。
王都で下宿という住処を持つ私は、働かなければならない。ゆえに、声優のお仕事を頑張らなければいけないのだけれど……私よりも一芸に秀でた人達がいるのが今の声優業界。
歌の仕事は歌手がやり、朗読の仕事は役者がやり、実況の仕事なんかは講談師やはなし家が上手いことこなしていた。だから、元肉屋の娘でしかない私には、仕事がまわってこないのだ。
タナカさんも私のためだけにお仕事を取ってきてくれるんだけど、上から待ったをかけられて他の声優さんにそのお仕事がまわる。
どうやらスゴウデさんを始めとするプロダクションの人達は、割と無理を言って専門職の人を声優に引き抜いたようで、まわせる仕事があるなら彼らにまわしてあげる必要があるらしい。だからといって私のお仕事を横取りしないで欲しいけど、より熟達した者に任せることが商品製作としては合理的である、らしい。仕事がなくても、補助金は支払われているので問題はないだろうとのことだ。
ちなみに、スゴマジ芸能プロダクションで声優をやっている、歌手や役者の人達は兼業だ。肉屋の売り子を辞めて王都に来ている私と違って、本来の仕事もある。それでも声優のお仕事は足りていないのだ。
「人材を育てるってことを知らんのかあいつら!」
そう言って荒れるタナカさんだけれど、何も解決はしなかった。
拡声魔法と録音魔法を開発したのはタナカさんなのに、魔術師としてではなくプロデューサーとしての立場になった場合、どうもあまり商会で強くは出ることは出来ないみたいだ。魔法についてはいくらでも口だし出来るけど、声優の業務については口だし出来ないんだとか。
準一級魔術師は結構な社会的地位があると聞いたけど、それの肩書きは声優業には活かせないみたい。
王都を出て地元に戻り、エライーノ伯爵領で前までのように地域巡業のお仕事をするのはどうか、と思ったが、それも出来なくなっていた。
エライーノ伯爵領を担当する新人声優として、スゴウデさんの手によりエライーノ伯爵の長女様が抜擢されていたのだ。
音楽家さんからみっちりとレッスンを受けていた彼女の声は素晴らしいらしく、私が地元に帰っても良い仕事は回ってこないだろうと言われた。スゴウデさんには、私の仕事を邪魔するつもりじゃなかったと謝られたけど、なんだかなあ。
以前私は、自分が仕上がってないなら、歌なんて本業の歌手さんとかに任せてしまえば良いとか思っていたりもした。でも、声優のお仕事が好きになった今となっては、大事なお仕事を他の人に譲るなんて、辛いことでしかないと思うようになった。
どうしてこうなったかな。今日は事務所に来ていたけど、やれることはないな。
私は用事のない事務所から出て、下宿へと戻る。そして、私に与えられた個室にてぼんやりと休む。
私以外誰も居ない、がらんとした部屋。荷物も着替えがある程度で、他には本が数冊部屋の隅に並べられているくらい。
私は、タナカさんから貰った本、『三剣士~農家の僕が最強勇者に転生した件~』を手に取り、ぺらぺらとめくった。そして、冒頭のあるシーンで手をとめる。
農家の転生。
農家の青年は死に勇者に生まれ変わり、成長し大業を成して偉大な存在になった。
私はどうだろうか。
肉屋の娘は声優に生まれ変わり、こつこつとお仕事を続け……何も成せなくなった。
やっぱり現実は小説みたいにはいかないね。好きだったんだけどなあ、声優のお仕事……。今の私には何が出来るのかな。お仕事取ってくるのは私の業務内容じゃないと言われているし、慣れてない王都じゃあ独断で探し回るわけにもいかないよね。
王都には声優が何人もいる。地元に戻れば伯爵令嬢が声優をしているけれど、一人だけだ。少しでもおこぼれに預かりたいなら地元に戻った方が良いかな? 同業者となる相手は貴族だから、目を付けられたら怖いけど。
お仕事がないって辛いなあ。今は声優に対して国と商会から補助金が出ているから、食うに困ることはないのだけれど……。
はあ、とため息をついたそのとき、部屋をノックする者が。
「ココロちゃん、プロデューサーさんが来てるわよ」
下宿の人だ。私に客が来ているのだろう。プロデューサーさんということは、タナカさんだろう。スゴウデさんが私に会いに来る理由なんてないし。
いや、私に解雇通告を伝えに来る場合、言い出しにくいタナカさんじゃなくてスゴウデさんが告げに来たりすることもあるかも。
なんてしょうもないことを考えながら外に出ると、タナカさんがやってきていた。
「こんばんは、何のご用でしょうか」
「ああ、ココロさん。仕事見つけたよ」
「そうですか。でもそれもまたきっと……」
「いや!」
他の声優さんに奪われる。そう言葉を続けようとしたときに、タナカさんが口を割り込んできた。
「今度の仕事は絶対にココロさん以外には任せられない」
真っ直ぐな目で、私を見るタナカさん。
「ココロさんから他の人が仕事を奪うには、ココロさんより優れているという大義名分が必要だ。なら、ココロさんが誰よりも優れているジャンルなら何も問題ないはずだ」
「私が他の人より優れている声優のお仕事なんて……何もないですよ」
おかしなタナカさんですねえ。私は十四歳の小娘。そうそう他人より優れていることなんてない。
年数が、積み重ねてきたものが足りないんだ。
「あるさ。今回の仕事は、博覧会の肉の仕事だ」
「博覧会、ですか」
それだけ聞いても何のお仕事かは、到底解りようもなかった。
「今月開催される博覧会で、牧畜が盛んなオラーガ村が食肉を出展することになっている。そこで肉を宣伝する声が必要なんだ」
「肉の、宣伝……」
ああ、それは確かに。
確かに私にしか出来ない声のお仕事だ。
◆
「美味しいお肉ー、ありますよー! オラーガ村といったら何と言ってもミノタウロス! 魔力上昇量も魔術省認可済みです!」
私は今、オート王都にて開催されている博覧会の会場に来ている。
そこで私は、牛を模した不思議な服を着て、依頼の特産品、オラーガ村のミノタウロス肉を宣伝している。
声を売るお仕事なのにわざわざ見た目まで整えるのは、これが初めてのことだった。
でもタナカさんは前に声優は歌って踊ると言っていたし、見た目を主張するのも声優のお仕事の一環なのだろう。
物珍しげに私を眺める来客者さん達。
よし、ここで歌います。『オラーガ村お肉様の歌』。
「毎日お肉でお腹いっぱい、それでも今日もお肉が食べたい、だって焼肉肉汁ジューシィ、今夜の晩酌サラミで乾杯」
魚市場のお客さんと違って、博覧会の来場者さんは食べ物を買いに来ているとは限らない。むしろ、珍しい物を見たいという好奇心が勝っているだろう。じゃあ、珍しいものを聞かせてあげよう。
出店されているミノタウロス肉の加工物は悪くないものだ。なら、歌でお客さんの注目を集めれば集客の一助になるだろう。
「肉肉お肉、お肉様は美味しい!」
私が肉屋の看板娘時代歌っていた『お肉様の歌』。肉の声かけ宣伝をすることになった今回、オラーガ村の人達にそれを聞かせてみたところ、妙に気に入って貰えて博覧会でも歌って欲しいと請われた。元の歌詞には魚市場にちなんだ魚とかの単語があったので、それを少し改定して今回の博覧会で披露することに決めたのだ。
笑顔一杯で短い歌を歌い終え、一息つく。
すると、私の隣に立っていたオラーガ村のおじさんが小声で話しかけてきた。
「何とも楽しそうに歌うねぇ。上手だねぇ」
「はい、歌うのは大好きですから。何せ声優ですからね」
「最終日までよろしく頼むよぉ」
宣伝すべきは、オラーガ村にはミノタウロス肉があるということ。さらに、ミノタウロス肉の加工品のうち、特に携帯食としても食べられるジャーキーを推していきたいとのことだ。
「移動のお供に特製ミノタウロスジャーキーがありますよ! お酒のおつまみにしても絶品!」
久々のお仕事に、私は充足感を得ていた。
胸がわくわくするような、そんな感覚だ。
お客さんに向けて声を発するのは楽しい。私の宣伝でお肉が売れていくのが何よりも楽しい。
そんな気持ちでお仕事は進み、博覧会の開催期間最終日である三日目も佳境に入っていた。
「お買い上げありがとうございますー。あ、こちら試食をどうぞー」
お仕事をすることによる充足感がある。
しかし、刻一刻と終了時間が近づいてきたある瞬間、私はふと我に返った。
でもさ。ねえ、これ。
肉屋の看板娘として肉を売るときに得られる充足感と同じものじゃないの?
今の私って、『肉屋のココロン』で売り子をやっていたのと何も変わってないんじゃない?
今の私は何?
声優? それとも肉屋の娘?
そんなことを自問しながら終えた博覧会のお仕事。
気がついたら私はタナカさんにもう無理そうと言葉をこぼしていて。
そして私は下宿先を引き払い、エライーノ伯爵領行きの駅馬車に、気がついたら乗っていたのだった。
◆
地元へ逃げ帰った私。
夢の時間は終わりだ。私はまた肉屋の娘に戻った。今の私は声優では無い。
私が声優として頑張った証が今でも色濃く残るスミッコ港町。
ニギヤカ市場ではお土産屋さんに行けば、今でも私の声を収録した童話集のマジックレコードが売られているし、毎朝五時には競りの開始案内が私の声で響いてくる。
でも、そんなものが残っていても、今の私は肉屋の娘だ。
「晩ご飯の付け合わせに、この特製ハーブソーセージはいかがですか?」
そうお客さんにお肉を勧める。肉屋の看板娘。しっくりくる在り方だ。
今日も明日も明後日も、そのずっと後も変わらないであろう日常。昨日までの私はさようなら。
少しずつ、少しずつだけど元に戻っていけている私。きっと声優のことは忘れられる。
――だけれど、どうして来てしまうんですか、タナカさん。
「もし、お嬢さん」
「いらっしゃいませー。タナカさん、いい魔物肉入ってますよー」
「戻ってこないか?」
私の宣伝文句を流して、そう問いかけてくるタナカさん。
いつだって理想を追い求めて夢見ているタナカさん。その夢には私が一番近いらしく、私の向こうに理想の声優像を見てた。
でも、それももうおしまい。
「戻っているんですよ。肉屋の娘に」
「戻ってこないか。声優に」
はあ、と思わずため息が出てしまう。
「タナカさんが私を勧誘した目的は、拡声魔法と録音魔法を平和的に広めるためでしたよね」
「そうだね」
「もう十分じゃないですか? 魔法、平和に広がりましたよ。ここのお土産屋さんでもマジックレコードは大人気だそうですよ」
「魔法が広がりきって目標がなくなったのなら、代わりの魔法なんていくらでも開発してやる。また声優が必要な魔法を作るんだ」
「私の代わりもいくらでもいるんです。だから、新しい魔法があったからって、私以外の誰かがそれを広めちゃうんです」
私の言葉に、タナカさんは頭を横に振ると、彼もまた言葉を返してくる。
「君も含めた誰もが、全員束になってかからないと広まり切らない魔法を作ってやる」
タナカさんのその言葉に、私は頭が疑問符で埋まった。
束にならなってかからないと広まらない魔法って、どういうもの?
「声優は、何人だっていてもよかったんだ。声優がいっぱいいても仕事は十分にある、そういう環境を僕は作るべきだったんだ」
十分な仕事。そう、私の周りは全員何かしら秀でていて、少ない仕事を周りで奪い合っていた。もし十分な仕事があったならば……。
「新人育成すらできない環境なんてクソ食らえだ。ココロさん、君には素養がある」
素養。私を期待させた、音楽家さんが言ったのと同じ言葉。
「なんでそんなに私に構うんです? 私が声優になれても、魔術師のタナカさんは何も得しませんよね?」
「得するさ! 魔術師タナカじゃなくて、プロデューサータナカが、理想の声優を一流になるまでプロデュース出来るんだ。これ以上のことはない」
そうまくし立てたタナカさんは、さらに言葉を続ける。
「歌手は話が得意じゃないし、はなし家は歌は歌わない。両方できる発展途上の君をプロデュース出来るなら、プロデューサーとして得以外のなにものでもない!」
それは、いつかどこかで聞いた言葉だ。
「半年待っていてくれ、新しい魔法を開発して、新しい環境を作ってみせる!」
「それは……」」
期待して、良いんですか?
私があがいてもどうにもならない、あの状況をどうにかしてくれるのを頼んで良いんですか?
「そんなこと、出来るんですか……?」
「ああ! 僕は――ラジオを作る!」
「『ラジオ』ですか」
知らない単語だ……。
知らないからこそ、解らないからこそ、期待できるかもしれない。その未知の力に。
私の心の中に、枯れたはずのわくわくした想いが再びわずかに芽生え始めていた。
「だからココロさん、声優をまたやろう」