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5.王都行き

 イナカッペ王国の首都オート王都。なんと人口が万を超えているという、大都市だ。

 街中には劇場があり、闘技場があり、競馬場がある。娯楽面でまさに国の最先端を行く街である。

 本を出版する商会本部もこの都市に集まっており、新しく生まれた職業である声優の仕事も開拓し放題だという。すごいね。


 我等がオート魔術商会スゴマジ芸能プロダクションの本部事務所もこの王都に用意されているらしい。

 さらには他にもプロデューサーさんがいて、タナカさん以外の人達も声優を探して人材発掘に忙しいのだとか。


 今回私が王都に招かれるのは、全てはある大仕事が待っているからである。

 それは、王都で絶賛流行中の小説『三剣士~農家の僕が最強勇者に転生した件~』の朗読を収録するというものであった。

 私が今まで声優の仕事としてこなしてきた、童話集の短い朗読ではない。小説一巻分を丸ごと読み上げるという大業だ。


 今、イナカッペ王国では童話集マジックレコードが流行りつつあるようで、大流行の兆しもあるんだとか。そこに新商品として長編小説を朗読したマジックレコードを投入して、市場のさらなる活性化を狙う、らしいです。

 『マーケティング』とか言われても私にはちんぷんかんぷんなので、そのあたりはタナカさんと商会の幹部さん任せでいます。


 しかし、小説一冊分の朗読か。こうして考えてみると、一冊分って聞くのにすごい時間かかるよね。多分、本を読むのよりもずっと。本って慣れると喋るより速く読めるようになるらしいから。

 前に人気の冒険小説や恋愛小説を使えばと私言ったけど、実際そんなに長いの聞く時間ある人いるんですかね。本を読むのではなく聞くという行為が新基軸すぎて、私には判断できない。


「マジックレコードには途中再生の機能も有るから、本に栞を挟むように少しずつ聞くことができるよ」


 そうタナカさんが言う。

 今はスミッコ港町で事務所として使っていた家を掃除するために、スミッコ港町に戻ってきている。

 事務所を引き払うわけではないが、王都に行くためしばらく留守にすることになる。


「そうですかあ。私の声をずっと何時間も聞き続けて、飽きたとか言われたら泣きますね」


「演劇のように役を複数の声優で演じる、オーディオドラマという手法もあるんだけどね」


「『オーディオドラマ』ですか……」


 当然知らない単語だ。専門家の言うことについていけなくて、大丈夫なのかと心配になることもときどきあるけど。


「それをやるには、地の文を削ったセリフメインの専用の脚本を用意する必要があるが……今回の企画はそこまでするほど大がかりなものじゃない」


 小説をそのまま読み上げる、私一人の苦労で良いってことだ。


「そして何より、複数の声優を使うということに前例がない。最初の前例をこんな大作にするリスクは冒せないというのが、オート魔術商会の上の判断だ」


 前例、前例かあ。私の今までの声優の仕事、どれも前例というものがなくて不安だったよ。その分楽しかったとも言えるけどね。

 でも、今回の大仕事。一つだけ問題が。


「私、三剣士読んだことないんですけど」


「ああ、大丈夫。今回は収録に入る前に、三剣士を深く知ることから始めるよ」


 そう言ってタナカさんは一冊の本を私に手渡してくる。


「まずは、三剣士の一巻を王都への移動中に、何度も読みこむことからだね」


 私の手の中にあるのは、『三剣士~農家の僕が最強勇者に転生した件~』と題字され、美形の三人の剣士と勇者が表紙に描かれた、話題の流行本だ。

 初めて見た、三剣士! 人気すぎる売上に印刷が間に合っていなくて、辺境のスミッコ港町じゃまず手に入らないと言われているあの!


「王都に着いたら二巻以降も読んで貰うよ。朗読するのは一巻だけなんだけど、役を深く知るには一巻だけじゃ足りない」


 こうして私は本を片手に王都に行くことになった。

 突然王都に行くと言い出した私を両親達は心配してくれていたが、私を信じて、というかタナカさんを信じて送り出してくれた。駅馬車の旅、楽しみだなぁ。







 オペラグラス片手に、舞台を見る。

 ここは王都の劇場。音楽家さんが以前言っていた、三剣士のオペラを見に来ているのだ。

 劇場というものに初めて入ったが、なんというかすごい。建物の外と中とじゃ、まるで別世界のように感じる。そんな異様な空間だ。


 歌声が、響く。三剣士の一人美少女剣士ドリリンガルが、主人公である勇者を想う様子を歌で表現している。


 広い劇場だが、歌には拡声魔法は用いられていない。全て自前の声量でもって歌声を劇場に満たしている。歌の技量も、私とは比べものにならないものだ。正直、吟遊詩人のお兄さんよりも上手いだろう。

 私はオペラグラスを覗き込む。以前タナカさんが言っていた、遠くが近くに見えているかのようになる道具とはこれのことだろうね。

 舞台からは遠い席だが、歌う演者さんの顔が見える。美少女剣士の名に恥じない、美人だ。美少女というよりは美女といった年齢だが、まあそこは仕方のないことなのだろう多分。


 オペラグラスから目を離し、目を閉じて歌を聴く。歌から伝わってくる想いを少しでも多く感じ取り、私の中に吸収しなくては。

 私は三剣士を朗読するのだ。

 この歌のシーンも原作一巻には存在し、私は歌ではなく文を読み上げることで美少女剣士の想いを視聴者に伝えなくてはならない。オペラで得られる感動を少しでも自分の糧にしなければ。

 収録はこの劇場のような別世界では行われない。小さな収録室で行うのだ。

 そんな小さな部屋で、このオペラのような盛大な感動作品が生み出せるものなのだろうか。全ては私にかかっている。


 そんなこんなで事務所のお金でオペラを楽しんだ私は、タナカさんに用意された下宿先に帰り、再び三剣士の本を読みこんだ。

 そしてまた別の日、今度は王都の一角にある広場にやってきた。


 広場では、木で出来た舞台が用意されており、演劇が開始されようとしていた。

 野外劇。演目は当然三剣士だ。オペラもそうだが劇を見るのも生まれて初めてだ。どきどきする。


 拍子木が鳴らされ、劇が始まる。

 舞台の上に目線を向けて集中していた私は、しかし突如そちらとは違う場所から聞こえてきた声に、肩をすかされた。


 木で出来た舞台の下、そこに客席を向いて座っている男の人が声を発している。

 お客さん? いや、劇団員の一人か? その声の内容は……三剣士原作の地の文だ!


 役者さんの演技では説明できない世界観の説明を彼が行っているのだ。彼も劇のまごう事なき人員の一人だったんだ。

 話に引き込まれるようなすごい話し方。

 やがて、彼の語り口に合わせて舞台袖から役者さんが登場する。

 三剣士の冒頭、農家の転生だ。


 その後も役者さんが入れ代わり立ち替わり場面が移っていくが、舞台の下には語りを続ける男性が変わらず座っていて、役者さんの演技では表せない語りを行っていた。

 私は思ってもいなかった役者さんではない彼の存在に興奮しきりで、王都の事務所に寄ってタナカさんを見つけ、話をしてみる。


「それはナレーターだねぇ」


「『ナレーター』ですか」


「ココロさんが目指すべきなのは、役者だけでなくそっちのナレーターの方も必要だろうね」


「なるほど、地の文だって、淡泊に読むべきではないですからね」


 私は、また明日劇を見にいくことに決めた。







「それでは本日の収録を始めるよ。まずは、主題歌の収録から」


 そしていよいよ、三剣士朗読の収録日がやってきた。

 今回のマジックレコードは朗読だけではなく、三剣士をイメージした楽曲も収録するらしい。

 そこで、まず私は主題歌となる歌を歌う。曲は『勇者は強いよどこまでも』だ。


 練習はいっぱいしてきた。下宿先では歌は歌えないが、タナカさんが練習場所として周りに音が響かない部屋を用意してくれたので、三剣士を勉強しない日の日中は、そこでずっと歌と朗読の練習をしていたんだ。


 マイクの前に座り、ヘッドホンを装着する。歌詞の用意も大丈夫。喉の状態は万全だ。

 タナカさんも収録用の魔法器具の前に座り、収録の準備を整える。さあ、歌を歌おう。


「収録、ちょっと待って貰えますかね」


 と、気分が最高潮に達しようとしていたとき、横から水をかけられた気分になった。収録室の扉が開けられ、大きな声をかけられたのだ。

 収録室に突然やってきて中断の声をかけてきたのは、一人の壮年の男性。

 これから大事な収録だというのに、なんなんだ。苛つく心を静めながら、私はその人に声をかける。


「どちらさまですか?」


 見覚えの無い人だ。


「あ、わたくしこういうものです」


 そう言いながら男性は、私に紙片を手渡してきた。めいしだ。

 そこに書かれていた肩書きは――


 オート魔術商会スゴマジ芸能プロダクション 営業部長兼プロデューサー 二級魔術師 ビンワーン・スゴウデ


「えっ、プロデューサーで二級魔術師……」


「はい、プロデューサーです。タナカ氏と同じね。魔術の腕の方は今ひとつですので、ローブは着ておりません」


 ちらりと視線をタナカさんに向けるスゴウデさん。


「これから収録だ。何のようだ」


 苛立ちを隠そうともせず、スゴウデさんにそう言葉を投げかけるタナカさん。

 それに顔色も変えず、スゴウデさんはすごいことを言いだした。


「この収録は、中止です」


「……えっ?」


「はあ?」


 中止って……どういうこと?


「三剣士の担当声優はココロ・ココロン女史に全面的に任せる予定でしたが、会議の結果声優を変更することとなりました」


「声優を変更って……ココロさんじゃなくなるってことか!?」


 タナカさんの驚愕の声が、収録室に響く。

 私じゃ、なくなる?

 三剣士の担当声優が、私ではなくなる? 王都に来て三剣士を頑張って勉強して、最高の収録にしようと過ごしてきた日々が全部なかったことになるの?


「会議での協議の結果、ココロ・ココロン女史では三剣士を任せるに足りないと判断されました」


「足りないって、今までの仕事の履歴はお前も見て、十分活躍しているって言っていただろう」


「今回の収録は、商会の肝いり、プロダクションの社命を賭けた一大プロジェクトです。解ってますよね?」


「解ってるよ! だから僕の理想の声優を見つけてきたんだ」


「担当するのは、声優歴が短い新人より、芸歴が長い者を据えるべきでしょう」


 私はただただぼんやりとしながら、二人のやりとりを見守っていた。

 理解したくない……。だけれど理解出来てしまう。私は未熟ゆえに外されようとしているのだ。

 そんなぼんやりとしている私と違って、タナカさんはスゴウデさんに食ってかかる。


「はぁ? 彼女が世界初の声優だぞ。彼女より芸歴が長い者なんているものか」


「当然いますよ。少々お待ちください」


 そう言ってスゴウデさんは、収録室の扉の奥から、二人の人物を入室させた。

 彼らは――


「“オペラ歌手”と“劇団員”のお二人です」


 オペラで美少女剣士ドリリンガルをしていた美人さんと、野外劇で『ナレーター』をしていた男性だ。


「彼らが、楽曲担当と、朗読担当の新規声優です」


 私は彼らをただただ黙って見ていることしか出来なかった。


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