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ボイスガール~世界で初めての声優やります!~  作者: Leni


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4.地方巡業

 今日は初めて、スミッコ港町を出ての『声優』のお仕事。

 やってきたのは、スミッコ港町と同じエライーノ伯爵領にあるノドカーナ町だ。ここは牧畜が盛んで、町の至る所に牧場があり、様々な家畜が飼われている。

 今日、このノドカーナ町では賭け馬競走が開催される。イナカッペ王国の中でも辺境にある伯爵領では、この賭け馬は数少ない市民の娯楽であるらしい。……などと言われているが、外国船がたくさんやってくる港町に住んでる身としては、娯楽が少ないと感じたことはないけどね。


 そんな賭け馬競走。今回の私のお仕事は、その競争での『実況』をすることらしい。

 『実況』とはなんぞや? と言い出しっぺのタナカさんに聞いてみると、どうやら『拡声魔法』が生まれるまでこの世に存在しなかったお仕事らしい。競争や戦いを遠くからよく見えない人のために、言葉で戦況を伝える。そういう仕事らしい。

 そんな感じでタナカさんに概念を伝えられたが、私はいまいち理解しきれなかった。

 なので、実際にタナカさんに架空の競馬『実況』というものを実演して貰い、理解を深めた。


 こういう状況ではこういうことを言う。そんなメモを紙束に大量に書いた。本番ではそのメモを見ながら、臨機応変に『実況』する予定だ。正直、行き当たりばったり感がすごい。

 タナカさんが言うには『リハーサル』という本番と近い環境での練習をすべきだったらしいのだが……、お馬さんの負担になるため、できなかったらしい。

 正直わからないことだらけだ。でも、仕事はすでに決まってしまったのだ。やれるだけやるしかない。


「今日は、よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくだに」


 町の担当者の人と挨拶を済ませ、競技場へと案内される。


 賭け馬競技の競技場は、楕円形の形になっており、それを一周するのが平地競走の内容だ。

 オート王都にある闘技場は客席がすり鉢状になっており、後ろの席の人も競技を見やすいようになっているとのこと。だが、このノドカーナ町の競技場は、平地に牧草が生えているだけの平らな客席だ。よって、後ろの方の席になった人は、前が邪魔で競技が見づらいらしい。

 そこで、今回の私の仕事、『実況』で全てのお客さんに戦況を知らせるのである。


 競技場を眺める。

 客席は芝生だが、馬が走る箇所は一面の土。タナカさんの言うには『ダート』だったか。

 そして土を盛って作られた小さな小山が。

 ……小山?


「えっ、今日は草ばんばなんですか!?」


 草ばんば。ばんえい競走。馬がそりを引き、競技場の数カ所に土が盛られた坂道を乗り越える、迫力のある賭け馬競走だ。


「おおー、そうだよぉー。今の時期、農耕馬の仕事ねえからさ、ばんばさぁ」


 そうのんびりと担当者の人が答える。


 そんなあ。私、ずっと平地走だと思って準備してきたんですよ!

『実況』メモだって、馬がそりを引くことも、坂道を登ることも全く想定していないで書いている。さらにコースだってカーブなしの直線になる。

 こんな状況でお仕事するなんて、ぶっつけ本番なんてものじゃないよ。


「ココロさん」


「はい!」


 むむむ、タナカさん! 何かいい助言を下さるんですか!


「貴女のアドリブ力に任せた」


「ええっ、そんな!?」


 肉屋の娘にそんな力ないですよ!







「観客席も満員御礼、隣町のスミッコ港町を始めとして、エライーノ伯爵領の各地から駅馬車に乗って、今日この賭け馬競走を見に、お客さんがこのノドカーナ第二競技場へと多数詰めかけております」


「今回の競技はばんえい競走。これは普段の平地競走を走る馬達とは違い、力強い牽引力を持った農耕馬がそりを引き、走る競技となっております」


「本日の『実況』担当はわたくし、スミッコ港町の『声優』ココロ・ココロンとなっております。皆様どうぞよろしくお願いします」


「出走前のラッパ演奏が終了いたしました。第三十五回オウゴンダイコン杯、競技開始まもなくといったところです。迫力のあるそり引き走、皆様どうかお見逃しなく」


「全馬、開始線に並びました。各馬、気合い十分と言った様子です」


「フラッグが振られました、いよいよ競技開始です!」


「まずは第一障害、全馬揃って坂を登ります」


「先行したのは二番ニンジンスキー。外からは八番ビバノドカーナが追いすがっています」


「他の馬も負けてはおりません。土煙が高らかに舞っています。本日の天候は快晴。土はよく乾いていますが、これがどう競技に影響するのか」


「おっと三番スミッコウオガシが、頭一つ抜けた。重たいそりを刻むように、少しずつ前進させています」


「七番キャベツレタス、少し遅れているか。だが、まだまだ差は小さい」


「第二障害へさしかかります。先行馬も、脚を止めて息を休め、力を溜めています。いななきが聞こえてきます。いつ、この均衡が崩れるのか」


「おっと八番ビバノドカーナがまず行った。他の馬も続いて登坂を開始します」


「重たいそりに長い坂。各馬力いっぱい少しずつ前へと進んでいます。三番スミッコウオガシ、五番ショウガニク、一番ハタケバンバ内から力強く持ち上げています。二番ニンジンスキー刻んでいます。二番ニンジンスキー来ています」


「二番のニンジンスキーが、先頭で障害を越えました。騎手は羊牧場のメー・ジョキーさん。騎手歴二十三年の大ベテランです」


「あとは直線を残すのみ。先行した二番ニンジンスキーが駆け抜けています。そりの重さを感じさせない勢いで、ニンジンスキーが行く!」


「ニンジンスキー、先頭揺るがず、ニンジンスキー強い。二番手は、八番ビバノドカーナ。競技開始直後と同じ並びだ。三番手には、追い上げてきた一番ハタケバンバ」


「二番ニンジンスキー、一着! 他を大きく引き離して終着しました!」


「二着争いは、八番ビバノドカーナ、一番ハタケバンバが並んで争っている。おおっと、ここで三番スミッコウオガシが、追い上げている。八番と一番は揃っては足を止めた。三番どうなるか」


「三番来た、三番抜いた。二着はスミッコウオガシだ!」


「さあ三着はどうだ。ビバノドカーナが足を止めている。一番ハタケバンバがその隙に前に出た。差を離す一番ハタケバンバ。ハタケバンバ走る。後一歩だ。三着は、一番ハタケバンバです!」







 思いのほか上手くいった草ばんばの『実況』で、エライーノ伯爵領に私の名前が知れ渡ったのか、伯爵領での仕事が舞い込んでくるようになった。

 幼年学校での子供文庫読み聞かせ会という、『拡声魔法』も『録音魔法』も用いない声の依頼も来たが、魔法の発展の助けにならないというのにタナカさんは快諾して受けてくれた


 識者を集めて作られた童話集編纂チームの成果も上がっており、私は二十を超える数の童話朗読を収録するに到った。


 中指姫に始まり、林檎姫、カエルを食べた少年、異界の門、雪妖精と太陽、星と少女の旅、イナカッペの忠臣、灰かぶり姫……。


 それらを収録したマジックレコードは、全てシリーズものとして販売がすでに始まっている。

 ココロの童話集。そんな名前を付けて売られているらしい。初め、その名前を聞いたときは、恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまった。

 タナカさんは私の姿絵を一緒に載せようとしていたけど、それはなんとか阻止できた。私の抵抗の結果ではなく、商会の上層部の判断らしいけれど。


 伯爵領の各地を飛び回り、依頼をこなしていく。駅馬車にゆられるのも最近では慣れてきた。

 そしていつの間にか、私は、この声のお仕事が大好きになっていた。

 声という形のないもので人を感動させる、尊い職業なのだと。


 さて、今回のお仕事は、エライーノ伯爵領の小さな町、ハジッコ町の祭りのお仕事。

 祭りで最も盛り上がる踊りの歌、『イナカッペ音頭』を私が歌うのだ。


 これは拡声魔法を使って祭り会場全域に歌を届け、みんなで音頭を踊って盛り上がろうという試み。

 歌は三十分もの長さに渡って歌い続ける必要がある大仕事だ。


 だが、気負いはしていない。レッスンで何時間も歌ったことだってあるんだ。三十分休み無し程度、なんてことないよ。


 拡声魔法を使わず三十分歌い続ける前日『リハーサル』も終わり、本番当日。


 イナカッペ音頭を力一杯歌い上げる。こういう歌は綺麗な歌い方じゃダメ、力強さが大切。そうタナカさんに言われた。

 吟遊詩人のお兄さんとのレッスンでそういう歌い方も習っていたので、問題は無い。


「田舎の~オラ達は~祭りじゃ踊る、手を上げ足上げ踊ろうか、サアッハイハイ! イナカッペ~音頭だよ~」


 私の歌に合わせて町人達が嬉しげに踊り始め、音頭を合唱する。


「今日の~オラ達は~祭りじゃ騒ぐ、手を振り足振り踊ろうか、サアッハイハイ! イナカッペ~音頭だよ~」


 祭りに合わせ精一杯めかし込んだ人々が、楽しげに踊り、響く太鼓の音に合わせるように手を叩く。


 私の声に皆が合わせ動き喜ぶというその行為に充足感を感じ、身体がゾクゾクと震える。

 ああこれは……肉屋の売り子をしていて、お客さんを引き込めてオススメしたとおりの商品が、上手く売れたときに感じていたのと同じもの。その感覚が何十倍になっているんだ。


『声優』って、楽しい!


 そんなことを感じているうちに、三十分はすぐに過ぎ去り、歌は終わってしまった。

 用意されていたタオルを手に取り、汗をぬぐう。歌うのって体力使うよね。汗が噴き出て仕方がない。


「おつかれ、お嬢さん。こっちで休んでくんろ」


「ありがとうございます」


 係員さんに案内され、裏方の集まる一角へとやってきた。

 そこで用意されていた椅子に座り、一息つく。


「お嬢さん良い歌声だっぺなあー。来年も頼みたいところだわ」


「はい、機会がありましたら是非」


 未来のことは判らないけどね。『拡声魔法』と『録音魔法』が広まり切った後の声優の処遇って、どうなるかわかんないし。

 そうして係員さんと雑談していると、タナカさんが飲み物を片手にやってきた。


「おつかれさま」


「はい、結構大変でしたね」


 私はタナカさんから飲み物を受け取り、一口飲み込む。うーん、豊潤なブドウの香り。ハジッコ町で作られた、ブドウのジュースか何かかな。お仕事の確認で忙しくて、祭りの露店は確認していないんだよね。


 それでも、今日のお祭りは楽しかった。お祭りって今までスミッコ港町のものしか見たことがないけど、だいぶ様相が違っていた。

 考えてみると、『声優』になるまでの私の行動範囲って、スミッコ港町とその隣町のノドカーナ町くらいまでで止まっていて、そう遠くまで出かけるということをしていなかった。

 今時は駅馬車というものがあるのに、肉屋の仕事があるからと、遠くに行くことを敬遠してたんだ。

 でも今は、いろんな場所からお仕事が来る。だから……もっといろんな場所に行ってお仕事をしてみたい。そう思った。


 ジュースを飲み干し、ほっと一息つくと、私はタナカさんに話しかけた。


「次のお仕事は何でしょうか」


「お、気合い十分だね。そんなに今回の仕事、好感触だった?」


「……はい」


 そんなにわかりやすかっただろうか、私。


「まあやる気があるに越したことはないね。……そうだな、ココロさん、次の仕事は大きなものになりそうなんだけど」


「大きな仕事ですか」


「伯爵領を出て、王都、行ってみない?」


 浮かれていた私は、その提案に乗ってしまった。

 辺境の港町すらろくに出たことのない田舎者の私が、この国の中心である王都に行く。

 はたして無事にいくのかどうか。そう心配する冷静な心は、初めて行く王都への楽しみに押しやられて表に出ることはなかった。


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