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ミオと赤毛の魔女  作者: 川谷詩
第一章 幼なじみ
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第一章4 如月大和という男

 翌日から、カエデは学校に来なくなった。

 カエデだけでなく、ぼくたちのクラスには、ちらほら誰も座っていない机が現れていた。

 カエデを含めて七人ほど、腹痛やら熱やら適当な理由で欠席していた。その事を教師もしっかり登校しているクラスメイトたちも、とやかく言うことは無かった。言えるはずも無かった。



 そんな教室を眺めていると、今日の朝ずっと流れていた、高校生の自殺のニュースが頭にふと浮かんだ。

 即座にそんなことを思い浮かべる自分に嫌気が差しながらも、そんなことはないと信じて頭の中から追い出す。



 朝の教室の様子は、昨日までとは明らかに相違していた。

 みんながみんな、その肩には目視することができない重い何かをのせて、その目には何度も見てきた、母さんと同じ真っ黒な隈をつくっていた。



 そんななか、彼女は明らかに浮いていた。

 その身なりは特にいつもと変わったところはなく、クラスの様子が葬式のようになっているからかもしれないが、いつもよりも生き生きしているようにさえ見えた。

 そんな異常な彼女──シオンの様子に誰もが気づくが、それを指摘したりできるほどの気力さえ、みんなには無かった。



 ヤマトは、いつも通りに机に突っ伏して寝ていた。

 端から見たらクラスのみんなと同じで落ち込んでいるように見えるかもしれないが、他の突っ伏しているやつとは違く、すやすやと幸せそうな寝息をたてていた。

 その顔には隈がくっきりとあるが、だいたいゲームで夜更かししてるような人間だから、特に異常事態には思えなかった。



 ちなみにぼくは、あの後一睡もすることなく今こうして学校に来ている。脳は確かに睡眠を要求しているのだが、心が寝かせてくれないという地獄を味わっていた。



 ぼくやみんなはこんなに辛い思いをしているのに、こいつらは何でこうなんだと、八つ当たりに似た憤りを覚える。

 しかしこれは、ただ無駄に体力を使うだけで、もうすでに限界を迎えている心と身体にダメージが入ることに気づいたぼくは、すぐにこの感情をひっさげる。



 シオンともヤマトとも、他のクラスメイトたちとも一言も話すことなく、ぼくは自分の席に座り、ため息を繰り返して時間を潰していた。



 しばらくすると始業のチャイムが鳴った気がして、直後に担任の教師が教室に入ってきた。

 一応目線だけは先生に向けたぼくは、ホームルームを適当に聞き流していた。

 なんかこの事態を深く受け止めてとか、今日から少しでも外について学ぶとか、ぼくたちがしてほしいものとは違う対策をしてくれるようなことを言っていた気がした。



 あれ? そもそもぼくたちがしてほしい対策って何なんだ?

 ......駄目だ。寝不足からか頭ががんがんして、何か考えることができそうにない。



 こんな調子だったぼくは、この日の授業はずっと上の空で、参加していていないようなものだった。

 本当に外で戦うつもりなら、この授業で公開される情報も逃すことなくすべて聞き入れるべきなんだと思った。しかし、それをしなきゃと思いながらも結局なにもしなかったぼくは、自分の覚悟の甘さに、自分が本当の気持ちを偽っている事実に改めて気づき、吐き気がした。







 特に囚われてもいなかった日常から解放されると、ぼくはシオンたちとカエデについての相談をした。



「カエデ、このままで大丈夫なのかな?」



 するとシオンは、後ろめたさを感じているような顔で答えた。



「さあな。わたしにはカエデがどう思ってるかわからない。ただ、早く会って謝りたい気持ちもあるのが事実だ」



「......」



 昨日のカエデのあの態度。それは、良心がある人なら誰でも謝らなければいけないと思うよな、激昂したものだった。

 でもそれは、カエデと同じ考えのぼくにはわかる。

 あのときのシオンは間違っていない。ただ現実と向き合うことの大切さを一生懸命伝えようとしていただけなんだ。悪いのは、正論を叩きつけられて、それを認めるのを拒否したカエデなんだ。そして、シオンの意見が正しいものだということを、カエデはわかっている。

 だからこそ、そのシオンに謝られることが、おそらく一番辛い。



 しかし、自分の気持ちに正直になれないぼくが、カエデの気持ちをシオンたちに伝えることなど到底不可能なことだった。

 自分もどこかで、ここでカエデに加勢することは間違っていることを理解している。そんなことをしたところで、現実は変わらないから。だから、そのことを言い訳に、自分の気持ちを偽る自分がぼくは大嫌いだった。

 ──ああ、最近、ぼくはぼくをどんどん嫌いになっていっている。



「ま、まだ一日目だし、もう少し様子を見てもいいんじゃないかな?」



 刹那の沈黙のあと、こう言うことがぼくには限界だった。



「まあ、そうだな。おれはショウに賛成だぜ。でも......」



「最悪の場合も考えて、注意しておこうということだな」



「そゆことだ」



 なんとかシオンたちは、ぼくの苦し紛れの言葉に乗ってくれたようだ。若干の不信感を抱きながらも、何かを察してくれたシオンたちに感謝しかない。

 でもシオンたちにこうして頼っていては、ぼくはいつまでも先に進めない。

 それにシオンたちの言う最悪のこと......カエデに限ってそれはないと思いたいけど、今の不安定なカエデは信用できない。

 頭の中では、最近ひっきりなしに報道されている、あるニュースが繰り返し流れている。



 今まで味方だったものが、一斉に手のひら返しをしてぼくを蝕んでいくのを、ぼくは確実に感じていた。







 次の日も、その次の日も、カエデが学校に来ることは無かった。加えて、カエデ以外にも学校を休んでいるクラスメイトの数も日に日に増えていて、徴兵まで残り四日となった現在で、クラスの半分にまでなっている。



 ぼくも相変わらず度重なる睡眠不足と精神的な追い込みに喘ぎ、シオンやヤマトもいつもの調子と何一つ変わらなかった。



 その日の夜十時に、ぼくは突然ヤマトから呼び出された。

 コンビニに行くから付き合ってくれないか? という主旨の連絡を見たとき、ぼくはコンビニだけが目的じゃないと直感的に思った。



 ぼくの家からシオンたちの家には、それぞれ歩いて五分かかるかかからないかぐらいの距離だ。

 幼稚園の頃からいつも一緒だったぼくら幼なじみは、お互いの家に何度遊びに行ったことかわからない。



 コンビニにはヤマトの家の方が近いので、ぼくがヤマトの家に寄ってから二人でコンビニに向かうことにした。



 ヤマトの家への道のりで、ぼくは昔の記憶を思い出しながら微笑んでいた。

 何度も何度も通ったこの道。途中にあるこの誰の家かもわからない家の庭には、毎年春になると満開に咲き誇る桜がある。こっちの家には人懐っこい犬がいて、毎回かまっていたら、飼い主さんとも仲良くなれたっけ。犬が老衰で死んじゃったときは、自分の家族のことのように悲しんだな。



 すべての思い出は、ぼくら四人のものだった。今思ったことをシオンたちに話したら、みんながみんな共感するだろう。もし犬の話したら、絶対にカエデがまた犬のことを思い出して泣き始める。



 それほどに、それほどまでに仲が良かったぼくら。もちろんお互いの意見がぶつかり合って、喧嘩することも何回もあった。

 でも、今回は違う。今回は、喧嘩なんて生ぬるいものではない。もしかしたら、もう関係は元通りにはならないかもしれない。

 そんなことは、絶対に避けなくてはいけない。

 喧嘩したときは、みんながお互いに納得して終結するものだ。でも今回は、絶対的にシオンが正しい。それなら、ぼくたちはシオンの意見に納得するしかない。それでもぼくらは、自分が可愛くて仕方がないから、シオンに納得することができていない。

 いや、納得することなんてとうにできている。納得する覚悟ができていないだけだ。







 ヤマトは、ぼくが家のインターフォンを押すと、すぐに出てきた。

 学校が指定するジャージを着て、荷物も大して持っていないようだ。せいぜい携帯と財布だろう。

 女子はどうだか知らないが、基本男子なんて携帯と財布、そしてときどき自転車があればどこへだって行ける生き物だ。

 もちろんぼくだって、さすがに学校が指定するジャージではないが、だいたいヤマトと同じ軽装だ。



「わりぃな、こんな遅くに付き合わせて」



「いいよ、全然」



 正直なところ、ぼくだってヤマトをはじめシオンやカエデとも話したいことは山ほどあった。最近はなにかお互いに踏み込めないでいたから、その機会を与えてくれたヤマトには、むしろ感謝しかない。



 とりあえずぼくは雑談から入る。

 いきなり本題に入れるほど、ぼくには勇気も話に耐えられる心も生憎持ち合わせていなかった。



「何を買うつもりなんだ?」



「いやさ、そこはお前察しろよ。こんな夜遅くに、こんなに女の子にモテる俺がコンビニに買いに行くものだぜ?」



 何となく察してしまったぼくは、ゴミでも見るかのような目でヤマトを見つめる。

 いかにも男子高校生らしい、心底下らない話題だということにぼくは気づいた。



「ふ、ふざけて悪かったって。そんなにマジな目で見るなよ」



 焦ったヤマトが冷や汗を滴ながら、ひきつった笑顔で言った。



 ヤマトが冗談で言ってることぐらいわかる。だけれど、笑い合って話を終える前に、ぼくはひとつの疑問を投げかけた。

 真面目に聞くのが怖くて、ぼくはため息混じりにさりげなく言った。



「はぁ、まったく。何でヤマトはそんなに余裕なんだよ?」



 ──ぼくだってカエデだってみんな追い詰められてるのに、何でヤマトだけこの苦しみから解放されているんだよ。



「そうだな、おれは周りになんて合わせずに、おれ自身の道を走っていくからな。そんぐらい、ショウだって長い付き合いなんだからわかるだろ?」



「はぁ、そうだヤマトはそんなやつだったな」



 ヤマトを恨めしく思っただけ損だった。何でこのパターンを想定しなかったんだろう。







 ヤマトはいつもそうだった。

 高校生となった今はないが、ぼくらが中学生だった頃、カエデはクラスで孤立することが多かった。

 その中性的な見た目が主な原因となって、クラスの中心にいた騒いでいた男子たちをはじめ、女子も数人混ざり、カエデをいじめていたことがあった。

 カエデ本人は、あの明るい性格もあってか、何をされてもいつもにこにこしていた。

 ぼくらは幼稚園からずっと一緒にいたため、学校では全員クラスがバラバラになってしまっていた。それに加えて、カエデは帰り道で、ぼくらにいじめのことを話すことは無かった。

 だからぼくたちは、カエデが受けている仕打ちに気づくことができなかった。



 中学に入学してからすぐに始まったいじめは、二学期が始まったころには、相当ひどいものへとなっていた。

 毎朝上履きが無いのは当たり前で、給食が配膳されないのは尚のこと、自分で持って来ると、自席に行く途中に足をかけられ転ばされる。グループディスカッションでは、自分の苦手な系統の魔術に関連した課題を無理矢理やらされたりなどと、語り尽くせないほどの仕打ちを受けてきたカエデは、ついに限界を迎えてしまった。



 いつも通りの帰り道、カエデは話があると、珍しく真面目な声色でぼくらに語りかけた。

 そこからカエデは、いじめの全貌を、包み隠さずぼくらに話してくれた。このことをみんなに話したら、迷惑になると思っていたから、なかなか打ち明けることができなかったとも説明してくれた。

 話を進めていくにつれて、カエデの目からは大粒の涙がぽろぽろ零れ落ちていった。

 すべて話終えたあと、だんだんと沈んでいく太陽を背に、『ごめん、ちょっと、助けてほしいかも』と言って泣きながら笑った。逆光だったからかもしれないが、普段の性格の明るさも相まって、その顔はとてつもなく暗い陰を落とした、泣き笑いのものだった。



 ここで如月大和(きさらぎやまと)という男は、落ち着いて行動できるタイプの人間ではなかった。次の日の昼休み、シオンやぼくに相談することもなく、ヤマトは木刀を片手にカエデの教室にかちこみに行った。

 ヤマトはいじめの中心となっていた男子たちをしばき倒すことはできたが、カエデに対するいじめが学校で明るみになっていなかったことが主な原因で、問題児扱いをされてしまった。



 ヤマトの活躍によりカエデへのいじめは無くなったが、今度はヤマトに、学校中から非難が集中した。

 しかしヤマトはまったくそのことを気にせずに、ついには『おれは自分のしたかったことができて満足だ』とまで言っていた。



 ヤマトはそれから自分の扱いを気にすることなく、自分の好きなように学校生活を送った。

 いじめっ子たちへの仕打ちがあったからかいじめられることさえ無かったが、みんなからの評価は相当低いものへとなっていた。

 しかし、中学を卒業する頃には、そのカリスマ性からクラスの中心人物にまで成り上がっていた。本人はそんな自覚はなかったようだが、ぼくが休み時間にヤマトの教室を訪れると、ヤマトはだいたい十人以上のクラスメイトに囲まれていた。



 そんな、自分の道をひたすら突き進んで、周りの状況なんて一切気にしないやつなんだ。



 端から見たらすごくいいやつでも、時と場合によっては、見る人から見るとヘイトを集める格好の的へと変貌する。

 今がまさにその時である。みんな苦しんでいるのに、自分だけ余裕そうにしているヤマトに、ぼくは吐き捨てるように言った。



「いいよな、ヤマトはお気楽で」



 ぼくのその台詞に、ヤマトはきょとんとした顔で返した。



「何か勘違いしてるみたいだけど、おれがちゃんと周りを考えるときもあるんだぜ?」



「え?」



 どう言うことなんだ?

 数秒前の発言から百八十度違う言い分に、ぼくの頭は混乱していた。



「すまんな、俺こんなんだから真面目な話すんの慣れてなくてさ。なんか照れくさくて、いつも通りの調子で冗談言ってたわ」



 へへっと笑ったヤマトは続ける。



「でもまあ、いつまでも冗談言ってちゃ、話が進まないよな」



 そう言うとヤマトは、ゆっくりと長い深呼吸をして、ぼくと視線を合わせた。

 その目には、ぼくやカエデがどうしても手に入れることができない、覚悟の光が宿っていた。

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