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ミオと赤毛の魔女  作者: 川谷詩
第一章 幼なじみ
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第一章1 通知

 チリリリ、チリリリ、チリリリ......



 今日も愉快に踊る目覚まし時計君は、ぼくの鼓膜を豪快に叩いた。

 楽しそうな目覚まし時計君の頭を叩いて、一旦落ち着かせ、ぼくはまだ半開きの双眸を擦りながら、一階への階段を降りていく。そのまま洗面台に行き、水で顔を洗う。

 完璧とは言わないが、目が覚めたぼくはリビングへ。



 そこにはぼくの分の朝ごはんと、ボーッとテレビを眺めている母さんがいた。

 テレビには早朝にも関わらず、元気なお天気お姉さんが今日の気象情報を伝えていた。どうやら今日は夜から雨が降るらしい。



「母さん、おはよう」



「......」



 ぼくが声をかけても無反応。まぁ、こうなることは予想できていたから、特に不審に思ったりはしない。

 最近母さんは疲れている。毎朝目の下に真っ黒な隈を浮かべて、息をするようにため息をついている。テレビに顔を向けていてぼくには見えないが、おそらく今日も隈ができているのだろう。



 朝食には、スライスチーズがのったものと、砂糖がのったものの、二枚の食パンが用意されていた。

 ぼくはそれらを素早くたいらげ、歯磨きと二度目の顔を洗いに再び洗面台へ。

 電動歯ブラシという、今はもう懐かしいと言われる代物を使い、歯磨きを済ませる。世間が古いと言っていても、やはりぼくには小さい頃から慣れ親しんだ、この歯ブラシを使い続けている。

 別にそんなに歯ブラシにこだわりがあるわけではないが、慣れているものはやはりいい。

 そのあと黒髪につり目、いつも眠そうだと言われる顔を洗う。別に、いつも眠いわけではない。



 そして高校の制服を着るために、再び自分の部屋へ。

 ここまで来るともうわかると思うが、ぼくはそこまで効率的に動けるわけではない。だから何度も同じところに行ったりする。まぁ、直す気はないけど。



 ぼくの通う私立高校の制服のネクタイをきっちりと締め、ここから始まる退屈な一日を疎みながら、部屋から一歩を踏み出す。

 ちなみに寝癖がどうしても直らなかったから、もう気にしないことにした。こういうところが悪いところだとシオンたちによく言われるけど、ぼくは自分のことは全部自分で決めたい主義だ。

 決してめんどくさがっているわけではない。



 自分の部屋から階段へ向かう途中に、ある部屋が視界に映り込む。

 朝リビングに行くときは特に気にしなかったが、何故か今は意識が向いてしまった。いや、気にしなかったのではなくて、気にしないようにしていたのかもしれない。



 その部屋は、姉さんのものだった。布団には寝たあとがあり、シーツがくしゃくしゃになっていて、机には教材が無造作に開かれて置かれていた。

 母さんの意向で、姉さんがもしかしたら帰ってくるかもしれないと、部屋は姉さんが出ていったそのままの状態で残してある。

 ぼくは机の上に飾られている写真をしばらく眺め、それからその部屋を出た。その写真には、姉さんとぼくと母さんの家族写真が飾られている。

 姉さんは、半年前に家を出て行った。



 ──日本政府が発令した、徴兵令によって。



 日本政府は半年前、徴兵令を発令した。その経緯は話すとどうしても長くなってしまう。

 まず三千年前に遡る。当時の地学者が、この地球の歴史には違和感があると提言した。それは、人類の祖先である猿人が現れてから農業等が発現するまでと、そこから当時までで、時間の差がありすぎではないかというものだ。

 具体的には農業が発現するまでは約十万年、そこから当時までは約三千年ほどである。

 そしてその十万年の間に、何度も文化は発展しては、地球外の驚異により破壊されているのではないかという説がたてられた。

 世間は当時、そんな声に耳は貸さなかったが、魔法も発達した西暦五千年代の今、その説が事実であることが判明した。

 さらに今から五年前、地球外の驚異がついに進軍してきた。その驚異を止めるためにたくさんの兵士を消費した日本は、他国に助けてもらうまでの時間稼ぎに、徴兵令で兵力を確保したのだ。

 そして半年前の大学生を対象にした徴兵令で、姉は家を出た。

 実際問題、他国も自分の国を治めるのに必死になっていて、この時間稼ぎも無駄になりつつある。







 学校につくと、ぼくは窓際にある自分の席に座り、そのひとつ前の席に座るヤマトに声をかける。



「よ、おはよう」



 相変わらず机に突っ伏して寝ているヤマトは、ぼくの挨拶に反応することはない。



 如月大和(きさらぎやまと)。栗色の短髪にイケメンで、友達思いの優しい奴だ。こんなやつ、モテるに決まっている。普通なら、だ。だがこいつの場合は違う。

 それは、圧倒的なゲームオタクだからである。

 そのせいで、女子はヤマトにドン引きして一定の距離を取るし、毎晩遅くまでゲームでもしているのだろう、いつも眠そうである。

 まぁ、とにかく色々と残念な奴である。

 ぼくはこんな奴と同じ『いつも眠そう』という評価を若干気にしていたりする。



「まぁ、こいつがいつも爆睡してるのはわかっていることだ。ドンマイだ、ショウ」



 そう言ってシオンはぼくの名前を呼んだ。



 七瀬詩音(ななせしおん)。肩口で切り揃えられた黒い髪に、それまた美人な、かわいい系ではなく、きれいな大人っぽい雰囲気を漂わせている。成績は常に学年一桁の順位を維持している。男勝りな性格で少しきつい口調だが、こいつも普通ならモテるに決まっている。

 だが、こいつにも問題がある。それは、重度の人見知りであるところだ。責任感があるが、人前に出られないという矛盾が生じている。

 左目を隠すようにかかる前髪が、人見知りの酷さを表している。



「お、シオンおはよう。こいつまたゲーム?」



「何か今日の朝、俺の推しキャラのイベントが何とかって言っていたぞ」



「なるほどね」



 つまり、またゲームである。

 そんないつも通りの会話をしているなか、ゆったりした朝の雰囲気を破壊する奴が現れる。



「みんなおはよー! あ、ヤマトまた寝てる! 喰らえ、ボクの必殺ウルトラハイパーエルボー!」



 走って登校してきたカエデが、よくわからない肘技をヤマトの首元に決めた。

 ブキッと嫌な音が聞こえてきそうな勢いで技を決められたヤマトは、痛がり驚きながら飛び起きた。



「ってーな、カエデ! お前俺の首の骨が砕けたらどーするんだよ!」



「大丈夫だよ、ボクは幼なじみを信じてるから」



「そんな根拠のない信用はしてほしくないね! せめて肘じゃなくて手のひらでやれよ」



 その言葉を丁寧に受け取ったカエデはヤマトの頭を平手打ちにする。

 バシッという音が、今度は実際にした。

 朝の教室に、小気味良い音が響く。



「やり直さなくていいから!」



 カエデはわかっているのか、ヤマトの突っ込みをにこにこして受け取った。



 朝比奈楓(あさひなかえで)。明るめで短い茶髪、くりくりした黒い目をしている。性格も明るく、シオンとは対照的に、人見知りを怖いぐらいしない。

 中性的な見た目からよく男と間違われるが、実際は女である。

 何だかんだ言って、この幼なじみ四人の中で一番の常識人かもしれない。

 ちなみに、こいつはぼくと同じであんまりモテていない。──と、思いたい。仲間だと思っていたい。



「カエデ、また遅刻ギリギリだな」



「しょうがないじゃん、いっぱい寝てたいんだもん。そう言うシオンも、そんな早く学校に来ないでもっと寝ないとお肌に悪いよ」



「そ、そうなのか」



 何やらシオンは真面目な顔で受け止めているから、何か不安なったぼくは声をかける。



「シオン、あんなでまかせ信じちゃダメだよ」



「な、何? カエデ、わたしを騙したのか?」



「ボクは別に騙してなんか無いよー」



 そう言って、そっぽを向いて口笛を吹こうとしている。できていないが。

 そんな幼なじみとの下らない会話をしていると、始業のチャイムがけたたましく鳴る。教室内の生徒たちはそれに反応して、何度も洗練された動きでそれぞれの机に吸い込まれるように座っていく。

 担任がショートホームルームを始める。それと同時に、ぼくらの退屈な一日もまた始まった。



 七限の日本史の授業は、午後であり、教師がひたすら一方的に話すだけの退屈なものだからか、クラスの三分の一以上は寝ていた。

 ちなみに、ヤマトとカエデは爆睡、シオンはしっかりと授業を受け、ぼくは寝ることさえしないが、窓の外の風景を眺めていた。

 ぎりぎり意識の端に、赤毛族の差別についての教師の声が聞こえる。



 そんなとき、ふと目に入ってしまった。いや、外を見れば絶対に目には入るのだから、意識してしまったの方が正しいのかもしれない。



 窓の外に広がる、果てし無い空。夜から降る雨を予兆するかのように、灰色の雲が多く浮かんでいた。

 その空には、注意深く見ると薄い透明な膜のようなものがあるのがわかる。これは地球外の驚異から都市を護るために、魔法と科学の技術を合わせてつくられた防護壁である。

 しかしあまりに制作費が高価なため、トウキョウ、ナゴヤ、オオサカの三都にしかつくられることはなかった。



 そして約五年前、とうとう地球に直接攻撃を仕掛けてきた地球外の驚異は、三都といくつかの地方都市を残して破壊を繰り返したらしい。

 今は派遣された兵士で帰還した者がいないので、外がどうなっているのかわからないそうだ。

 少し前にニュースでやっていたことを思い出していると、七限の終了を告げるチャイムが、祝福の音を奏で始めた。







 学校の授業をすべて終えると、カエデからカラオケに行かないかという誘いがあった。メンバーはシオンを除いたいつもの幼なじみだ。シオンは魔法剣道の部活があり、忙しいということだった。



 学校の最寄り駅から駅前がそこそこ発展している駅へと移動して、そこにあるカラオケに行くことになった。

 ヤマトはアニソンを歌いまくり、カエデは恋の歌や今流行りのドラマの主題歌などを歌っていた。ちなみにぼくは好きなグループの歌を中心に歌った。

 ぼくとカエデは平均点を二、三点上回るぐらいで、ヤマトは当たり前のように六十点台を叩き出していた。そして何故かどや顔までしやがった。



 カラオケから出ると、まだ微妙に時間が余っていたので、近くのファミレスに入ることにした。








「ショウのお姉さんってさ、まだ帰ってないの?」



 一通り他愛ない話を終えて、ぼちぼち帰る雰囲気になり始めたとき、カエデが突然この話題を振ってきた。

 今まで長いの付き合いで、ぼくはカエデが嫌味や冷やかしではなく、本当に心配して言っていることぐらいわかる。



「そうだね、まだ帰ってきて無いよ。母さんも毎晩寝れてないみたいだし」



「そりゃおばさんだって大変だろうよ。俺は親の立場になったことはないからわからないけど、病みそうになるのは想像できるしな」



 ヤマトも話にのってくる。もし仮に、ここにシオンがいても、二人みたいに優しく接してくれるだろうと思う。シオンたちは、ぼくが持っていない良いものを全部持っている。

 本当にいい友達を持ったと思う。



「ボクたちも、いつか外に行くことになるのかな?」



 カエデが視線を落としてそう言う。軽く言っているようだが、カエデが話し相手と目線を合わせずに話すのは、話しにくいことを誤魔化しながら話すときのクセだということをぼくらは知っている。

 でも、だからと言って、不安そうにしているカエデを慰めるための言葉が見当たらない。いや、『そんなことはない』と言えば解決するのだが、嘘はつきたくない。

 事実、いつ自分たちに徴兵の順番が回ってくるかわからない。そのことが恐怖なのは、カエデだけでなく、ぼくだって、おそらくヤマトもシオンも、誰だって同じだと思う。



「どうだろうな。それは日本の政府の意向次第だな」



 だから、こう言うしかなかった。ぼくとカエデの気分が落ちていることを察したのかいないのか、ヤマトはおもむろに口を開いた。



「でもさ、俺らは幼なじみだろ? 長い付き合いだ。この際、墓場まで付き合っちまおうぜ」



 ヤマトの何気ないその言葉が、ぼくとカエデの気分を少し軽くしてくれた。根本的には何も解決していないが、楽になったのも事実だった。



「そうだよね。ボクたちは日本一の幼なじみだからね!」



 カエデが調子に乗ってそんなことを言った。だけどどこか馬鹿にする気はおきなくて、三人で笑い合った。







 カエデたちと別れて家に着くまでの間、ぼくは何か暖かいものを感じていた。幼なじみと話し合っただけだったが、それはぼくの多くを支えている気がした。

 だから、油断していたのだと思う。現実から一瞬目を離したちょうどそのときだった。少し上機嫌で家のリビングに入ったぼくは、目の前の光景を理解するのに時間がかかりすぎた。



 食卓には椅子に座り崩れる母さんと、『徴兵ノ令』と記されたぼく宛の封筒が置かれていた。

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