side.S 比古星矢には何もない
比古星矢はモブである。
同じモブなのに如月信男とはどう違うのか。
何が彼を突き動かすのか
個性があるから争いが起きる。いさかいが起きる。俺はそう思っている。だからこそ、SSS機関の養護施設にいた降谷一星の言葉に救われていた。“すべての人に平等を”、“分け隔てない容姿と個性を”その言葉は体の中をすんなりとめぐっていき俺の血肉となり、生きる道だった。
俺には個性も、性格もなにもない。言葉は論理的でいつもロボットみたいだと言われていた。個性がないのは悪いことなのか? ......いつもそう思っていた。
降谷さんが施設を卒業し、普通科の高校に通うことが決まった時が何か心にぽっかりと空いたようだった。だが、彼は俺を見捨ててはなかった。入学してもこっちに顔を出しては俺たち中等部にやさしくしている。彼は今、高校の生徒会長になるべく奮闘しているらしい。誰に対しても分け隔てなく接していた彼なら生徒会長も夢ではない。
そう思っていた...。そう、彼の夢は一人の空気の読めない淫乱野郎に打ち砕かれてしまったのだ。
如月信男......。その名前と傍若無人な振舞いを聞くと腸が煮えくり返るようだった。あいつのせいで俺の、俺みたいな人達の行く場を狭めている! そう思っただけで許せない。
狂っている! 正義が悪に負けるなんて。個性がないと虐げられる日々が始まるのか。世の中はそうなのか。狂っているなら...俺も狂うしかない。そう思った俺はSSS機関の特務施設に足を運んだ。
「比古くん、話とはなんだね」
如月心之介。この施設の責任者にして個性能力者、ペキュラー。この言葉を作り、広めたのもこいつだ。こいつも好きではない。だが、俺はすがるしかなかった。
「あんたは、俺を能力者にできるのか?」
「能力を持たないものが、手をこまねいてみているだけでは不平等だと思わないか? 俺は、それを変えるためにここを作ったようなものだ」
彼の言葉は甘言。俺の都合のいいように話しかけ寄り添う。それこそが彼自身の個性、<魅了>なのだ。俺は恐ろしい男だと思うと同時にその寄り添ってくれる手に自然と親にすがり泣くように顔を押し付けた。
「はい...。俺は、見下す奴が許せない。個性があるからっていじめていいわけじゃない。それを、わからせてやりたい」
「すばらしい。では、この席に着いて」
優しく、おおらかな心と体で付き添い、リードしてくれる姿は紳士そのものだった。俺はその優しさに魅入られて言われるがままに席に着く。恋をする乙女のように胸を高鳴らせながら治療椅子にすわる。手枷や足枷をされても気にも留めず、ただ、されるがままに。肉体に針を受け入れていく。
熱く火照る体。身に着く不釣り合いで未成熟な個性。それが今の俺、個性はNULL。空白なのだ。俺と同じぽっかりと穴が開いた状態なのだ。
「これはこれは、とても興味深い個性だ。学園存続のため、君の夢の実現のため頑張れよ。 収容番号003」
「はい。降谷さんの無念、晴らして見せます」
「そうだ、キミには追加でこの子を見つけてきてもらいたい」
彼は俺に一枚の写真を渡してきた。そこには純真無垢な笑顔と純白のドレスをまとった女の子がいた。その女の子には少し見覚えはあったがあまり思い出せなかった。
「収容番号000......。これは、こちらの所有物であるにも関わらず、何者かによって自由された。取り返してこい」
「名前は?」
「ない。ただ、天使のようにあどけない姿なのは間違いない」
言葉をこもらせながら話す姿に疑問は残ったが彼のひ弱な姿を見て今度は寄り添ってあげたいと勝手に体が動いていく。そして春風がそっと吹いた。
新たな戦地、欅が丘学園。想いを同じくした同胞たちと共にその門をくぐるのだった。
だが、戦況は思ったよりもこちらに有利に働いていた。如月信男に向けられていたヘイトは小さくも根強く残っていたのだ。俺はそこを突き、仲間を作っていった。体育祭でも大きな盛り上がりを見せることができた。モブだった俺がモブのために振るう力。正義...それが通用したのだ。狂気は正義となり、正義は拡散される。弱者の言葉を大きく、もっと大きく...。俺はそのためには道化にでもなろう。道化なら、モブから急にリア充となった調子に乗っているあいつを蹴落とせる。
見ていろ、如月信男。お前が日陰に戻る日は近い。
次回は普通に夏休み篇に戻ります!
舞台はショッピングモール! キャンプ準備のため亜莉須先輩とデートします!
次回「レッツ・ショップ!」




