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第十四話:近づく別れと忍び寄る影

 今日は週に一度の定休日、アルネと一緒に市場に出る。

 定休日は定休日でいろいろとすることがある。既存メニューを改良したり、新しいメニューを作ったり。

 徹底的な掃除や、仕入れルートづくり、他店の調査。

 そして、お世話になっている人に挨拶をすることもできる。


「一度しっかりと八百屋の親父さんにはお礼をしないとね」

「はい、本当にお世話になっていますから」


 きつね亭が新しいハンバーグを作るにあたり、材料の仕入れ先を決められたのはおじさんの情報があったからだ。

 それに、リニューアルオープンの際に、いろいろなところに宣伝のポスターを張らせてもらった恩もあるし、今もきつね亭で働く人の商会を頼んでいる。


「……ただ、お礼はこんなもので良かったのかな?」


 私の手にはバスケットがあり、そこにはきつね亭の外で売っているハンバーガーが詰まっている。


「はい、おじさんがすごく食べたがっていました。食べた人がすごっく美味しかったって自慢したらしいです。最近、ぜんぜんお肉が余らないんで、なかば伝説のメニューと化してますし」


 リニューアルオープンから二週間がたっているが、今も順調だ。

 さすがに一時期のように常に行列ができるほどの賑わいはなくなったが、しっかりと固定客ができて食事時には行列ができるほど。


 16:00~17:00に三十食を目安に限定販売するハンバーガーは、熱狂的なファンがいて、発売と同時に客が押し寄せて一瞬で消えてなくなる。

 もっと、数量を作れという要望は多いが仕入れの制約上これ以上作れば、店でハンバーグが売れなくなってしまうので悩ましい。

 一応、妥協案としてハンバーガーは店内では雰囲気を壊すので出せないけど、テリヤキソースかトマトソースかを選べるようにした。

 若い人たちが中心に三割ぐらいはテリヤキソースを頼んでいる。


「なら、温かいうちに届けて楽しんでもらいましょう」


 事前に、アルネが親父さんにハンバーガーを持って行くことは伝えている。

 向こうも腹を空かせて待ってくれているだろう。


 ◇


 市場の中にある八百屋にやってくる。


「おっ、よく来たな姉ちゃん、アルネ」

「言われた通り、ハンバーガを持ってきたわ。ちょっと多めにね」

「ありがてえ、腹ペコだったんだ。おまえら! 昼休憩だ。きつね亭のハンバーガーが届いたぞ」


 おじさんが声を張り上げると、店の奥から人がどんどんやってくる。


「あのいつも瞬殺される幻のパンか!?」

「親父さんが言ってたのホラじゃなかったんだ」

「ありがてえ。俺、一回しか食ったことないんだよ!」

「あとでフランたちに自慢してやろ」


 大きな店だけあって従業員も多い。

 アルネが十個は必要だと言っていた意味がわかった。

 念のため、十五個ほど持ってきたが彼らなら食べきってしまうだろう。

 一人、店番を残しておじさんの店の従業員がハンバーガーを食べ始める。


「やっぱ、うめええ。この肉をがっつり食ってる感じが最高だ」

「僕はパンが好きだな。このパンがあるからうめえんだよ」

「いや、このソースだろ。このテリヤキってのがたまらない」


 すごい勢いでハンバーガーが消えていく。

 喜んでもらえて何よりだ。

 十五個のハンバーガーがまたたくまに胃袋に消えている。

 きつね亭のハンバーガーは200gのハンバーグを挟むので、一つで満足するボリュームがあるはずなのに。

 最後のほうは、余ったハンバーガーを誰が食べるかで、わりと本格的な喧嘩になっていた。

 料理を作ったものとして、うれしい光景ではある。


「姉ちゃん、ありがとな。姉ちゃんが来てからきつね亭は良くなった。あの店にいった連中、みんな大絶賛してるよ。感謝してるぜ」

「頑張ったのはアルネよ。そのハンバーグを完成させたのも、きつね亭がどうするかを決めたのもアルネ。私は彼の背中を押したに過ぎないわ」

「そんでもありがとよ。アルネに何かあれば、俺はあいつに合わせる顔がなかった」


 きつね亭の先代と親父さんは友人だと聞いていた。

 ただの友人ではなく親友と呼べる間がらなんだろう。


「それから、アルネ。頼まれてた求人についてだが、ヨセフが事故で死んじまって、その妻のレコフが仕事を探してる。器量がいいし、仕事もできる。昔は定食屋で働いてた経験もあるそうだ。良かったらきつね亭で雇ってやってくれねえか?」

「喜んで。おじさんがおすすめする人なら間違いないです」


 ミラは仕事を徐々に覚えてくれているが、できることは少ない。接客を一通りこなせる人員がどうしても欲しかったところだ。


「そうか、ならレコフに伝えておく。それからな姉ちゃん、アルネ。レナリック商会が、なんか怪しい動きをしてる。きつね亭のハンバーグが評判になっているから焦っているのかもな。気をつけろよ」

「注意をしておくわ」


 これも予想が出来たことだ。

 一度、価格差を武器に潰したはずのきつね亭がよみがえってきた。それを指を加えて見ているようであれば商人失格。

 必ず仕掛けてくると予想していた。


「姉ちゃん、アルネのこと頼むな。いっそ、二人がくっついちまうのもいいかもな」


 アルネの顔が真っ赤になる。


「もう、おじさん!」

「アルネ、そう怒るなよ。まあ、考えといてくれよ。姉ちゃんになら任せられる」


 私は笑ってごまかす。

 アルネのことは好きだし、魅力的だとも思うがまだまだ子供だ。

 あと十年もすればきっとシェフとしても男性としても成熟するだろうけど、今はそういう目では見れない。

 それに、私はここにいるべき人間じゃない。

 次の満月には帰ってしまう。

 アルネにはもっといい人が現れるだろう。


 ◇


 市場でいろいろと買い物をしてからきつね亭に戻る。

 なんどか市場にやってきたが、まだまだ私の知らない食材があった。

 そのすべてを試してみたいが、その時間はないだろう。

 なにせ、すでに二十日ほど経っている。

 残された時間はたった十日程度。


「アルネ、無事に求人が見つかって良かったわね」

「はい、これで色々と楽になりますね」

「レコフが入ってきたら、厨房をアルネ一人で仕切ってみよう。私はもうすぐいなくなるもの。厨房をアルネで守り、レコフとミラが接客する。それで回せるようにならないとだめよ」


 求人を急いでいたのも、そういう理由があった。

 今の状況で私がいなくなればきつね亭は破綻する。

 だからこそ、最近はアルネが大量の料理をさばけるようにする指導にも熱を入れていた。


「……あの、サヤマ様。サヤマ様にとって鏡の向こうのほうが、こっちの世界より、いいんですか?」


 私の世界と、こっちの世界。

 どっちがいいか。

 言われてみれば考えたことがなかった。

 私は次の満月で帰るものとしか考えていなかった。

 でも、こうしてずっときつね亭で働くという選択肢もあるし、素敵だとも思う。


「答えにくいわね。向こうにも素晴らしいものがたくさんあるし、こっちも最近気に入っているの。アルネのことも放っておけないって思うし……悩むわね」

「悩むぐらいだったら、こっちに残ってください! こっちに残るのはどうですか? サヤマ様のこと、すごく尊敬しているし、ずっとそばにいてほしいんです。僕にできることならなんでもします。だから、これからも」


 アルネの目が潤んでいる。

 風が吹けば倒れてしまいそうなほど、アルネが心細そうに見える。

 たぶん、抱きしめてほしいのだろう。

 だけど……。


「ごめんなさい。時間をくれないかな? ゆっくりと考えたいんの。簡単に決められることじゃないのよ」


 私は保留の返事をした。

 一時の感情だけで決めるのは、自分にもアルネにも失礼だと思ったから。


「ごめんなさい。変なことを言っちゃって」

「いえ、変なことなんかじゃないわ。ずっと、一緒にいたいって言ってもらえてうれしかった。アルネと出会えてよかったと思うし、アルネと一緒にいると楽しいの」


 それは嘘偽りない感情だ。

 二人できつね亭を盛り上げてきたけど、その日々は充実していた。こんなにも何かに打ち込んで、誰かと一緒に笑いあったのは何年ぶりだろう?

 アルネがいたから、私は見失っていた夢を取り戻した。

 それにこことはすごく居心地がいい。

 今のきつね亭は私の理想の場所と言える。


「もし、答えがでたら真っ先に教えてください。それから、僕、がんばります! サヤマ様に、ここに居たいって思ってもらえるように!」


 アルネが速足になり、その背中を見つめる。

 この世界に残りたいとは思っている。だけど、あっちに置いてきたものが多すぎる。

 友達も、良心も。

 上杉料理長にも心配をかけてる。スカウトの続きをしようと電話して、繋がらないことで変なことを考えているかもしれない。


「どうしようかな?」


 空を見上げる。

 すでに月が昇り輝いていた。

 もう、あの月が満月になるまで、そう時間は残されていない。

 私はどうするべきなんだろう?

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