第十三話:忙しくなったきつね亭とケンバイキ
リニューアルして一週間が経ったきつね亭は大変なことになっていた。
「アルネ、ハンバーグ3、ステーキ1、シチュー1あがったわ」
「はい、すぐに持って行きます!」
戦場のような忙しさでフライパンを振りっぱなしだ。
本来、料理はアルネが担当したほうがいいのだろうけど、そんなことも言っていられない状況。
もうずっと店内は満席で、外には行列が続いている。
アルネはここまでの忙しさを対応してきたことがなく、同時に複数の料理を大量に作る技量が欠けていた。
注文の山ができるとてんぱってしまう。
なので、私が厨房に立っている。
もちろん、いつまでもこのままじゃだめ。
いずれ私はいなくなる。客が少なくなった時間には、アルネに厨房に立たせ、多くの注文を同時にさばくためのコツを教えている。
「忙しいときこそ、細心の注意が必要ね」
忙しいのはうれしいが、同時に危険な状況でもある。
忙しいせいで料理の質や、サービスの質が落ちてしまえば客は離れてしまう。
そうならないためにこの忙しさの中でクオリティを保つため、気を引き締め続けないといけない。
「サヤマ様、オーダーです。ハンバーグ3、ステーキ2です」
「了解よ」
近頃、オーダーの傾向に変化が出てきている。
始めの頃はハンバーグの注文が圧倒的に多かったけど、最近ではハラミステーキの人気が出てきた。
ハンバーグが6、ハラミステーキが3、残りがその他という比率で注文を受ける。
リピーターがハンバーグは食べたから、他の注文を頼んでみて、そのままはまったというケースが多い。
ハラミステーキは、一週間の準備中に改良を施しタレにつけ込むことで柔らかくすると同時に旨味も増している。
ハラミステーキの注文が増えるのはありがたくもある。切り落とし肉の仕入れ可能数の問題でハンバーグの提供数には限界があるが、ハラミ肉のほうは今のところ材料に余裕がある。
このメニューがなければ、材料切れで営業時間中に店を閉める事態になるほど、ここ連日は客が来てくれている。
残念なのは、元祖きつね亭のハンバーグ、きつねハンバーグが一日、二、三食ぐらいしかでないことだが、それはしょうがないだろう。
むしろ、あれを愛してくれているお客様を大事にしたい。
「サヤマ様、次のお客様を案内しますね」
「ええ、通して」
本当に座席の数を絞って良かったと思う。
前のままの座席数だと、どう頑張ってもすべての客に注文からニ十分以内に提供なんて出来なかっただろう。
私でもできることとできないことがある。
◇
三時をすぎて昼営業が終了する。
最後の客が立ち去るの見届けた。
その次の瞬間、アルネが崩れ落ちた。
「ふう、さすがに疲れました」
彼はウエイターとして、店内を忙しく駆けずり回っていた。
小さな店とはいえ、これだけの客をさばくのは一人じゃ厳しいだろう。
「お茶を淹れたわ。疲れが取れるハーブティよ」
「ありがとうございます。……ほっとする味がします」
リニューアルオープンから一週間のことを振り返る。
ハンバーガー作戦は大成功した。ハンバーガーを夜食や昼食にする人たちが多く、それが外での口コミの広がりに大きく貢献してくれた。
ハンバーガーで興味を持ち、店の中で食べる客も予想以上に多く、そういうお客さんが知人に紹介してくれる。
そんな流れが連鎖して、昨日ぐらいからは営業中、常に満席になった。
外のハンバーガーは、切り落とし肉の仕入れ数の制限があり、前日の売れ残りの材料で作れる分しか用出来ない。
ついに昨日、店内で肉を使い切るような事態になり、今日はハンバーガーを提供しなかった。
もっとも、材料があっても今の客数をアルネ一人で捌くなんて不可能なのでどうしようもない。
ただ、アルネと話して、明日からは店の休憩時間の15:00~17:00。このうちの16:00~17:00に三十食ほど売ることにした。
これ以上、店の評判を広げてもキャパ的に対応できないので利益を追求しての判断だ。
宣伝目的じゃなくなったので、紙箱は使わずに安価な紙袋だけ使うことにした。
「人を雇ったほうがいいわね。ウエイトレスを最低一人。できれば二人」
「同感ですね。今のきつね亭なら、人を雇う余裕もありますし」
最近では、一日の利益がだいたい四~五マルン(四万~五万円ほど)。
労働者の日当がだいたい七ラドン(七千円)ほどなので、人を雇ってもとくに問題はない。
「まずは一人雇いたいわ。八百屋の親父さんに頼めば、いい人選をしてくれそうね」
あの人に頼りすぎているのかもしれないけど、コネを使わずに求人をかけても、なかなか働き者や物覚えがいい人間に当る確率は低い。
今のきつね亭は即戦力が必要。完全な新人を育てる余裕がない。
「はい、頼んでみます。おじさん、新しいきつね亭を気に入ってくれてますし、きっと力になってくれます」
開店直後、あの人は知人を連れて来てくれた。
招待状を出しており、無料でサービスをすると言ったのにきっちり料金を払ってくれている。
「……さて、そろそろ夜の仕込みを始めましょう」
「ええ、今のままだとまずいですしね」
昼営業と夜営業の間は、休憩時間ではあるが想定以上に料理が売れた場合、しっかりと夜に備えて足りなくなった仕込みをする時間でもある。
今日も、追加で仕込みをしないと付け合わせのサラダが出せなくなる。
この時間は重要だ。
「人を雇うまでの間も券売機でもあったら楽なんだけどね」
「それってなんですか?」
「私の世界で流行っているからくりよ。無人で会計ができる機械でね。お金を入れてボタンを押すと、料理名が書かれたチケットを購入できるの。店に入って、そのチケットを渡してもらう。そうすると、お客様が店内で注文に悩む時間がないし、帰りに会計する必要がないから回転がスムーズになるの。食い逃げもなくなるわ」
券売機は本当によくできている。
薄利多売の店なら必須と言ってもいい。
「それって素敵ですし、面白いです。それになんかとできるかもしれません」
「そういう道具があるの?」
冷蔵庫なんてものがあったのだから、多少のものはあってもおかしくないが。
「そういうわけではありませんが。人力でケンバイキみたいなものはできるかなって。早速、手配してみますね」
人力券売機という響きに怖さはあるが、彼に任せてみよう。
アルネが走って外に行ったのを私は見届けた。
◇
休憩時間が終わる前に、アルネが帰ってきた。
「ケンバイキを導入しました!」
「……人を雇うのね」
アルネが少女と呼べる子を連れてきた。
年のころは、十二歳ぐらいだろう。
「はい、彼女はミラって言うんですが、お家が大変で仕事を探しているんですが幼すぎるし、女の子なんで仕事が見つからなくて。でも、とってもいい子で、なんとかしたいと思っていたんです。ウエイトレスは無理でもケンバイキみたいな仕事ならできるって思って」
「あの、ミラは並んでいる人にメニューを渡して、先に会計を済ませるぐらいならできます。ちゃんとしたウエイトレスじゃないから、お給料安くても構わないです」
たしかに幼いなりにしっかりしているようね。
「いくつかアルネに聞きたいの。この街には若すぎる者を雇ってはいけないって法律はある?」
「ないです。働きたいって本人が望んで、雇い主が了承するなら許されます」
「次に券売機を導入するのと違い、やっていることは会計だけをする人員を増やすってこと。普通の給料を払うわけにはいかないのもわかっているわね」
大きな店であれば、それでもいいかもしれないがきつね亭のような小さな店で、そんな従業員は必要ない。
「わかっています。この子ともちゃんと話しました。ちゃんとした従業員じゃないから、お給料は安めで、忙しい時間帯だけの時間払いと説明しています」
それなら問題ないか。
「君もそれでいいの?」
「はい、ミラを雇ってくれるところは他にないですし、アルネちゃんが言ってくれたんです。会計をしながら、他の仕事を少しずつ覚えていけば、ちゃんとした従業員にして、お仕事が増える代わりにお給料も上げてくれるって」
「わかった。なら、君もきつね亭の仲間よ。最初はお会計だけど、早く仕事を覚えてくれることを期待しているわ」
握手のために手を差し出し、そしてミラもしっかりとその手を握った。
会計だけなら、短時間で習得できる。
今のきつね亭は少しでも戦力が欲しいところだ。
ただ、今日はいきなり前会計はしないことにしよう。
導入したばかりでは、必ずトラブルが起こるし店の外で会計をすることもあり、ミラを一人にしてしまう。
少なくとも一週間ほどは店内で会計の仕事に専念してもらい、仕事に慣れてもらう。そこで会計を任せられると判断すれば、前会計を取り入れることにしよう。
それから、アルネが残りの休憩時間で仕事の内容を説明し、ミラはうんうんと頷く。
そもそも計算ができるのか心配だったが、そこは問題ないようだ。
きつね亭のメニューはきつねハンバーグを除いて一シリン(五百円)。トッピングが一セルン(百円)と統一されていて計算しやすいのもあった。
ミラはちゃんとした従業員になるためにやる気に燃えているのもいい。
従業員に必要なのはなによりもやる気だ。
彼女なら、任された仕事はしっかりこなしてくれるし、将来的には大事な戦力に成長してくれるだろう。
「アルネは優しいのね。あの子を雇いたいってずっと考えていたんでしょ? じゃないと、券売機の話をしたとき、すぐに連れてくるなんてできないわ」
厨房の奥、ミラに聞こえないところでアルネに声をかけた。
「僕は色んな人に助けてもらってます。だから、僕が助けられるなら助けたいんです。……ただ、ちょっと悪いなって思ってます。他に仕事がないミラを安く使っているみたいで」
「それは違うわ。仕事に応じた給料を支払うのが当然よ。じゃないと、これから人が増えたとき、新しい人はミラを見て不公平に思うでしょ?」
「ですね。だから、ミラを早く鍛えてしまいます。それから、ちゃんとしたお給料を払います」
いい考えだ。
「そろそろ開店時間ね。夜の部もがんばろう」
「はい! 人を雇った分、しっかりと儲けないといけません」
きつね亭を開く。
すでに、たくさんの客が待っていてくれた。
きっとみんな腹ペコだ。
すぐにでも料理を仕上げるとしよう。




