イイ女だったのに、残念だよ……(先輩銀河パトロール隊員談)
「だ、大丈夫か!?」
新入りさんは、目の前の培養槽の人間の目が突然開く、ホラーにありがちなシチュエーションから立ち直ると、すぐに培養槽の下の機械を操作してオレを出してくれた。
「さ、寒っ!? 臭っ!?」
培養槽からでて感覚が戻ると、感覚が過敏になっているのか、寒さと病院の待ち合い室のような臭いが鼻につき、思わず口にでた。
「寒いのか!? よ、よし待ってろ! すぐにタオルと毛布や着替えを持ってくる!」
新入りさんが慌てて部屋から出ていく音を聞きながら、オレは周りを見渡そうとするが、まだ視力が上手く働かないのか、眩しくて何も見えない。
手をついて、何とか立ち上がろうとするが、培養液が滑ってまた地面に転んだ。
……まるで生まれたての子鹿だな……。
もう一度、ゆっくり、しっかり地面をつかんで、慎重に……。
まるで初めて立った赤ん坊のように震えながら、何とか立ち上がることが出来たが……
「う、うわわっ!?」
再び倒れそうになり、何とかガラスの水槽らしきものに体を預ける。
「……立つこともままならないか……」
自分の現状に情けなくなりながらも、光量調節ができるようになったのか、視力が安定してきたので、オレは寄りかかったガラスの中を覗いて……
「う、うわっ!?」
驚きのあまり、背後に転んだ。
ガラスの水槽は巨大な金魚鉢のように丸く、上下を機械に挟まれていた。そして、中には様々なチューブに繋がれた、人間の男が浮かんでいた。
そんな金魚鉢が、大量に並んでおり、中に別々の人間がいる。
「……?……っ!?」
男の隣の金魚鉢を覗いて見ると、一見すると人間のようだが、よく見ると口から触手のようなものが五本ほど伸び、目が人間の目ではなく、まるで魚類のようは大きな目をした異形が浮かんでいる。
いや、よく見れば人間の形をしているのはむしろ全体の3分の1ほどで、あとは全員何かしらの異形が見受けられた。
「……っ!?」
ふと怖くなり、自分の手、足、体と見れるところは見て、触れるところは触ってみる。自分の記憶する限り、違和感は殆ど無い。顔を確かめようと這って身近な金魚鉢に近づき、映る顔を確認する。
「……よかった……オレの顔だ……」
そこには長年馴染んだ、前世のままの、オレの顔だ。
「……いや、よかったか?」
どうせなら、もう少しイケメンにして、背を高くしてくれても……
「待たせたな! さぁ、体を拭いてこの服を着ろ!」
神にまた軽い呪いを送っていたら、新入りさんが帰ってきて……
「……どうした、私の顔をジッと見て? 大丈夫だ、安心しろ。私はお前の味方だ。……言葉は分かるよな?」
新入りさんは、茶色の肌色に、短く刈り込んだ美しい赤毛と、軍服を押し上げんばかりの巨乳が魅力的な麗しい女性だ。いつもなら、思わずその見事な胸に目がいってしまうかもしれないが、今は首回りから顎のラインにかけて生えている鱗のようなものと、蒼く輝く爬虫類のような目に心を奪われていた。
「……? ひょっとして、私の、爬虫人類の目が珍しいのか? 大丈夫だ、お前とは少し形が違うかもしれないが、怖くはないぞ?」
そう言いながらオレに近寄り、持ってきたタオルで優しくオレの頭を拭き始めた。
「……よし、水気はこれで大丈夫。あとは、取敢えずこの病衣を着て、毛布で暖まって待っていてくれ。私の同僚を……」
「……おい、こいつは一体なんの冗談だ?」
部屋の自動ドアから、もう一人別の人物が入ってきた。恐らく、彼がもう一人の話し声の主で、新入りさんの先輩なのだろう。見た目は金髪碧眼の、年の頃四十近い典型的な白人男性である……耳が長く尖ってなければ。
「ラゴット少尉、ちょうどよかった。見てくれ、一人自意識に目覚めて、覚醒したんだ!」
目の前のエルフ耳の男性、ラゴット少尉はオレを不気味なものでも見るような目で見ている。
「この調子なら、他の被害者も目を覚ますかもしれないぞ! これから寄港するコロニーの調査機関に、すぐに連絡しよう!」
「……いや、それは無理だろ、常識的に考えて……」
「……何故だ? 現に彼は目覚めたじゃないか」
オレ以外の金魚鉢の機械を弄りながら、新入りさんはラゴット少尉に問う。
「……コイツらはあくまで投薬の人体実験の為のクローン体だからな。万が一にも自我に目覚めないように、脳に外科的方法で細工がしてある筈なんだがな……」
「……? 個体別の検査もしてないのに何故そんなことが分かるんだ?ラゴッっ!?」
ラゴット少尉が懐から手に握れるくらい、小さな機械を出したと思うと、突如赤い光が走り、振り向こうとした新入りさんが部屋の端へ吹き飛んだ。
……へっ?
……新入りさん、今、う、撃たれた!?
「……忠告はした筈だぞ、アレックス少尉。これはおまえのような銀河パトロールの下っ端には、管轄外だと。割りきれないようなら、まさに今みたいに痛い目をみるぞとな」
ラゴット少尉は、まるで海賊のような邪悪な笑みを浮かべながら言った。