わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第六回
女将さんは、タンゴ司令にも事前に会いに行った。
タンゴ司令以下、「ウジャヤラ・アルファ」の乗員たちは、「ホテル」地下の拘束シェルターに入れられていた。
「指令」はさすがに敬意を込めて、なかなか高級な個室に入っていたが、それ以外は幹部を含めて四人部屋か、大部屋だった。しかし、とは言いながらも、なにしろ「地球ホテル」は格式を重んじる。地下のシェルターだろうが、温泉完備、きちんとした「食事つき」である。ゆったりとした、ラウンジやトレーニングルームもある。つまりは、並の温泉を、はるかに凌ぐ施設だったのである。
しかし、いろいろ脱走を試みたものの、どうやっても、外に脱出することはできなかった。
「こんにちは、「温泉地球」の女将でございます。」
タンゴ司令はびっくりした。
「温泉地球って、あの「超豪華温泉旅館」のか?」
「はい、そうですよ。」
「あそこは、火星の施設だろう。なんで、そこの女将が、ここにいるんだ?」
「まあ、そこらあたりは、深~い、因縁がございましてねえ。」
「ふうん。軍人風情には解らんと・・・」
「まあ、それは、多少違いますわね。ニコラニデスさんはよく理解されてますようですし。」
「なに、ニコラニデス? ギャレラか?」
「はい。」
「あいつは、どうしてるんだ。」
「私が、きちんとお世話申し上げております。」
「つまり、逮捕したということか。」
「まあ、温泉の女将ですから、逮捕はしてませんけどさ。拘束はさせていただいております。」
「誰の権限で?」
「まあ、あえて言えば、火星の権限ですわね。もうちょっと言えば、女王様の権限。ここは古来、女王様の土地ですからね。私、永く女王様の名代でござんすから。」
「む。」
『こいつは、扱いにくいやつだなあ』、と女将さんは思いながらも、本題を切り出した。
「でも、タンゴ司令さまも、さきほどの映像をご覧になられましたでしょう?」
「ああ、あの若造の自分勝手な言い草か。」
「まあ、そうかな。でも、まあ、状況は、ああなのです。」
「俺の知った事じゃない。おれは軍人だ。上からの指令で動く。」
「なるほど、でも、上は、ほとんどいなくなりましてよ。ワルツ司令さんとは、先ほど無線で、お話いたしました。16時からの会議には、参加なさいます。あなたも、是非どうぞということですよ。」
「直接司令されなければ意味はない。しかも、ワルツ司令は、確かに階級は上だが、同じクラスの軍艦の指令同士であるから、事実上おれに命令は出来ないのだ。ブリアニデス総督ならともかくも、ギャレラなどは、テロリストにすぎん。」
「ほう。まあ、そうおっしゃるかなあと思いましてねえ。ちょっと待ってください、『もしもし~。やっぱり女将ではダメそうですの、お願いします。・・・まあ、カタちゃんたら、ご冗談ばっかり・・』はい、どうぞ電話に、出てくださいな。どうぞ・・・」
「なんで、おれが電話に出る?誰からだ?しかたがない・・・もしもし、あんたは誰だ? え?え? カタクリニウク閣下、でありますか。・・・いや、いえ、失礼いたしました。・・・まったく、予想外でありまして。いえ、けっしてそのような、女将さんを軽薄するようなことは、致しておりません。はい、けっして。は・・・・は!・・・・・・・は!ああ・・・あの、承知いたしました。出席いたします。は、閣下もご出席を?・・・・ああ、いや、ご同席できるなどど、まったく、光栄至極で、あります。はい。はい。では、後ほど。・・・は!」
タンゴ司令は、電話機を握りしめながら最敬礼した。もう、汗びっしょりだった。よほど、元情報局長は苦手らしい。退官しているはずの情報局長を、ここまで怖がるのは、恐らくあの噂は、やはり本当だったんだろうと女将さんは推測した。
「お疲れ様。じゃ、ご出席という事で、いいですね?」
「あの、もちろん、結構でありますが、しかし、あの・・・」
「はい?」
「さきほど、閣下は、あなたに、なんとおっしゃったのでありますか?」
「ああ、言うこと聞かないのなら、背負い投げして、首絞めにして、気絶させてやればいいじゃないかと、わたくし「火星拳法」の、最上級師範なんですの。」
「あの、「三聖人」と言われる・・・」
「ええ、そんな言い方も、まあ、確かにありますわねえ。」
「屈強の、金星と火星の軍人二百人を、10分で全員半殺しにしたとかいう・・・」
「それは、もう20年も前の事ですよ。それも訓練の事だし。ま、事実だけれど。じゃあ、まず温泉にどうぞ。時間がきたら、「にこちゃん」といっしょに、お迎えに上がりますから。」
「にこちゃん?・・・」
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マヤコは、キャロンに連れられて、『超豪華温泉旅館「地球」』にやってきた。
「いらっしゃいませ。女将さんは、もう帰ってきますから、そこでお待ちくださいね。」
いつの間にか入れ替わっていた、本物の「番頭さん」だった。
「すっごい、玄関だねえ。こんなの始めて見たよ。すっごいなあ。異国趣味と言うか。いやあ、あの動物の化石とか、あれ本もんかい?」
「ええ、本物の地球の猛獣らしいですよ、女将さんが、人を襲って暴れているのを、素手で押さえつけたとかいう。マヤコさんみたいでしょう?」
「あはははは、上には上がいますから、ははは。」
そこに、女将さんが帰ってきた。
「まあまあ、お待たせいたしました。女将でございます。お初にお目にかかり・・・あ?」
「え??あ??・・・先生?」
「あらまあ、これは、な、なんと、ああ、そうか、マヤコさんと言うのは、金星語だから、火星語で訳すと『ムヤン』さんか。」
「え、お知り合いですか?」
キャロンがびっくりしている。
「いやねえ、この人、実は、火星の警備会社の社員で、火星や金星のいろんな施設で、警備員してたのよ。そのとき、あたしゃ、その会社の教育担当重役だったから、「火星拳法」とか教えてたんだ。すっごい強い社員でねえ。強いと言ったら、多少型破りだけど、まあ滅茶苦茶強くってねえ。会社の中では敵なしだった。社長さんも、「俺が一番」の典型みたいな人だったけど、社内格闘技大会では、マヤコさんには歯が立たなくて、社員の手前頼むから少し手加減してくれとか、言ってたくらいよね。まあ、あたしは、なんとか、いい勝負だったけど。」
「はあ、なるほど・・・そりゃあ、強い訳かあ。」
「さっそく、実技をして見せたね?」
「いえ、まあ、偶然・・・ははは。でも、先生、いえ女将さんには、歯が立たなかったですよ。」
「いやいや、まあしかし、なるほど、その「ムヤン」さん、いえ、マヤコさんが、住民代表かあ。ぴったりねえ。」
女将が、さも納得した様に言った。
「え、え?住民代表?」
「まあ、地球在住の、一般国民から選ばれる、大臣ってとこらしいよ。」
「えええ、だ・い・じ・ん? 冗談を、またあ!」
「まあまあ、いいじゃないの。『来る(きたる)べき席は、やがては来る』んだから。さあ、まずは温泉にお入りなさいませ。」
「ええ、マヤコさんもすごく楽しみにしていらっしゃいました。」
「それはうれしい事。番頭さん、ご案内して。ああ、それから、あなた今日からこっちに宿泊しなさいね。そのほうが安全だから。キャロンさんには、悪いけど。」
「いえ、施設長も、その意向です。よろしくお願いいたします。お荷物は、こちらで運び込みますから。」
「了解。あ、料金とかは、金星のホテル側と調整済みだから、あなたからは頂かない。もっとも、もう通貨なんて意味ないけどさ。」
番頭さんが、両手を開きながら言った。
「さあ、では温泉にどうぞ。」
「ご一緒してもいいですか?」
キャロンが尋ねた。
「ええ、もちろん、ただ一つ怖いのが・・・」
「え、マヤコさんにも、怖い事があるのですか?」
「そうなんですよねえ、自分も、いつ『光人間』になるかと・・・」
「ああ、そうだ大切な事を忘れてた、もう、あたしも年だねえ。ほら、番頭さん、あなたも年ね。」
「いやあ、しまった。ちょっとお待ちを。」
番頭さんは、慌てて奥に引っ込み、すぐに手に、何かの飲み物を持ってやってきた。
「いいかい、これはね、ビュリア特製のジュースです。なんでも、光人間に変貌する過程を阻害するお薬だとか。この、錠剤をおいしいババヌッキジュースに入れて飲むんだと。お水でもいいそうだけど。一か月に一錠でいいとのこと。これを飲んでおくと、まず光人間にはならないというんだ。まあ、おおかたは、ビュリアの言うことだから、間違いはないと思うよ。ただし、本人がそれでよければ、とのことですよ。さて、どうしますか?」
「あの、いただきます、いまは。」
「了解。じゃあ、どうぞ。」
マヤコは、番頭さんからコップを受け取って、一気飲みした。
「で、これが三年分の錠剤。無くしたりとかしたら、いつでも言ってくれたらいいと、ビュリアが言うんだ。三年以内には、他の解決法を見つけると言ってたよ。まあ、どうせ会うことになるから、あとは、直接聞いてくださいな。飲み過ぎても、よほど多量じゃなければ命にはかかわらないけど、役にも立たないで、排出されるから、しないでね、とも言ってましたよ。」
「わかりました。」
「じゃあ、もう、珍しい人と再会も出来たし、言うことなしだねえ。今夜は大歓迎会を開こう。まあ、会議でもごちそうは出るけど、そっちは、ほどほどにしていてくださいよ。ビュリアは、会議には出ないつもりらしいけれど、それでもこっちには、必ず呼ぶからね。まあ、うっかり出たら袋叩きに合うんだろうけど、出ないと余計じゃないかと、あたしは思うんだがねえ。」
「はあ・・・でも、じゃあ、マヤコさん、温泉行きましょう。」
キャロンが言った。
「やったあああ、温泉、ゴー!」
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