わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第五十回
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「まあ、ここはいったい、何でしょう?」
ウナが声を上げた。
たしかに、誰だってそう思うだろう。荒廃し、何もない金星の上に、このような光景が広がっているなど
とは想像もつかないのが普通だから。
青々とした緑の樹々、
咲き誇る美しい花々、
飛び交う小さな、キラキラした昆虫たち。
暖かい日差しが気持ちいいい。
どこかの、神秘的な部屋の中には、入るんだろう位は考えていたウナだったが、これは予想外の場所
だった。
「うあああ。すごいなあ・・・!」
さすがのパル君も感心している。
「いい、ふたりとも、これは、幻想だからね。騙されちゃあ、駄目だからね。」
ビュリアが注意を促した。
「映画みたいなもんだと、思った方がいい。」
「でも、ビュリアさんほら、このお花、触れるよ。ちゃんと、ほらね。」
「ああ、パル君、触らないで・・・」
ウナが心配そうに叫んだ。
「まあ、大丈夫なんだけどね。実体はないから。脳が、あると思っているだけ。触ったと感じているだけ
だから。」
「へええ。うそみたいだ。」
「そう、ウソなのよ、すべてが、うそ。」
「こら、ビュリアちゃん、夢のない事を言うもんじゃぁないよ。」
ママの声がそこら中に響いた。
そうして、本当にママが現れたのである。
当たり前の人間の姿だった。
遥か大昔に、女王が最初に宿った人間の子供を産んだ、原初の母である。
その生きていた、当時の姿のままだった。
つまり、この人間という基本形態は、太古から出来上がっていたということである。
なぜ?
パル君は、口に出しては言わなかったものの、もう、そこまで考えていた。
「ママ、やっと出て来てくれたわね。」
「まあ、パル君が来るのならば、当然だからねぇ。」
「まあ、ご挨拶ね。ママがいまこうして『ある』のは、誰のおかげ?」
「すくなくとも、ビュリアちゃんのおかげではないさね。」
「うんっ、まあ!・・・・・」
まあ、そう言われても、確かにそうなのだから、ビュリアには反論しがたいところがある。
「あんたは、やりたいことがあるんだろう? 早くパル君を置いといて、どこでもお行き。」
「ママ、あたくしを甘く見ちゃだめよ。とっくに治療にはとりかかってる。あたくしには延長がある。よ
ほどのことがない限りは、ビュリアの維持は出来るわ。さあ、パル君と遊びましょう。」
これは事実である。
それでも、かなりきわどい事はやっている。
ウナの体が思ったより不安定になり始めている。
2時間も持つかどうかが心配だ。
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ママは、パル君と遊びたかった。
これは本当の事である。
このようなことは、いつも望んでいたのに、これまでは決してなかったのだから。
「じゃあ、パル君、遊園地に行こうか。」
「ええ! 遊園地! どこにあるの?」
「目の前だよ。」
まるで、魔法使いのように、ママがさっと手を振ると、そこはもう巨大な遊園地になっていた。
「すごいなあ。これ、本物? 映画じゃないよね。」
「まあ、うそだと思ったら、実際に遊んでみることだね。まあ、あんたも一緒に来なさい、この子と遊園地
で遊んだことがあるのかい?」
ウナは首を横に振った。
「じゃあ、いい機会だよ。ややこしいことは、ビュリアちゃんにまかせて。」
「わたしも行きます。」
ビュリアが言った。
「あんたは、忙しいんだろう。」
「だから、分業になってますから。」
「ふうん。残りかすだろう、ビュリアちゃんの。」
「こっちが本物です。ママだって、娘と遊園地に行った? いつも政治ばっかりやってたくせに。」
「む。」
金星のママは、痛いところを突かれてしまった。
「まあ、お互い様だね。いいよ、来なさい。みんなで行こう。お弁当持って。」
「もう2時間ないわよ。」
「あんたねえ、2時間2時間って、何が変わるのさ?」
「まあ、いろいろ、予定というものがあるのよ。」
「ふう~ん?」
ママは半分嬉しそうに、半分怪しそうな目つきでそう言った。
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ヘレナの本体は、ママの中心部を必死に探っていた。
ここを形成して以来、入ったのは初めてだ。
ママの本来の脳機能は、ほぼ信号に換算してここに収納した。
しかし、その本体も厳重に保存されていて、周辺のデジタル化された機能と共存している。
完全に断ち切って独立させれば、治ることは解っているが、それでは生物としての意味はなくなる。
この宇宙にたったひとつだけ残った、貴重な『脳』である。
ヘレナとしては、なんとかして維持させたい。
それを、『愛』と呼んだって、別にかまわない。
まあ、ヘレナには、そうした意味の「感情」は、本来ないのだけれども。
これまでの機能不全は、大体はむしろ、周辺領域の劣化による問題だったが、ここにきて『脳」本体
が、いくらなんでも、もう限界に達したと見るべきではないかと思った。
100億歳を超えているのだから、まあ、無理もない。
良くここまで持たせたものだとも思う。
中核症状は、先ほど見たかぎりは、意外と人前ではまともに見える。
周辺症状の方が大きく感じられる。
攻撃性と不信感が非常に高い。
しかし、こうして脳を見分すると、やはり、かなり変異が進んでいるようだ。
こいつを治すのは、やはり、ちょっとやっかいだな。
ママの時代には、今のような『不死化』の技術は、まだなかった。
その開発自体は、比較的最近だから、『ママ』に応用するのはちょっと無理があった。
でも、まだ方法はある。
ママを、人間の体に移す。
他人の元気な『脳』を、一部、お借りすることにはなるが。
ヘレナは、その選定も、実はもう、終えていた。
これは、非常に哲学的な問題なのだが、その人間は意識自体から『ママ』になる。
とは言っても、死ぬわけではないのだ。
自分が、本来『ママ』だと思うようになるだけのことである。
それから不死化すれば、段取りは終了するわけである。
確かに、新しい『脳』を一部取り込む事にはなるけれども。
それでも、新しい『脳』があれば、古い細胞を活性化させて、次第に置き換えても行ける。
難しいことではないが、ヘレナは一応、寸前に、本人の了承は取るつもりでいた。
多少、無理やりにはなるが。
死ななくなる、ということと、自分が、『別人』になると言う事とが、意識の中で両立される必要がある
けれども、本人が嫌でも、やってしまえば同じことだから。
時間はどんどん少なくなる。
考えている余裕は、もうなかった。
次の機会など、来るかどうかも分からなかったし。
手際よく、やってしまう必要があったのだ。
「アニーさん、準備して。始めるわ。相手をちゃんと維持できてる?」
『ええ、確保して寝かしてますよ。アニーは、でも関与は否定しますからね。』
「まあ、どうぞ、ご勝手に。」
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