わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第四十六回
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巨大な球の中は、おとぎの世界という感じだった。
「これは、球体の中なのか?」
「はあ・・・確かに入りましたが。」
真っ平らな空間が延々と続いているのだ。
大きなカウンターが設置されているし、さらに大きな待合所もある。
様々な用途に対応できそうな、店舗用と考えられるスペースもたくさんある。
なぜか、エスカレーターや、空中に浮かんでいるようなエレベーターもある。
彼らが入ったときは、照明も、ほとんど落ちていたのか、かなり薄暗かった。
しかし、すでに今は違った。
明るい照明に照らされ、エスカレーターも今まさに、動き始めていた。
しかし、もちろん、誰もいなかったのだが。
「このまま、すぐに使えそうですね。」
指令が感心したように言った。
「ふうん。用意のよいことだ。でも、なんだか、少し『へん』な感じだなあ。ちょっと上がってみようか。」
科学局長は、エスカレーターに向かってさっさと歩いて行く。
「あ、あ、あ、待ってください。試しに誰か上がらせましょう。」
「ばーか。お毒見なんか要らないよ。」
「いや、そう言う意味じゃあないですけどね。何かあったら困るのは、僕らですから。」
ぶつぶつ言いながら、指令も後をついて行った。
「いやあ、快適快適。揺れなし、ブレなし、良い感じだねぇ。何で動いてるんだろう。」
「そりゃあ、電気でしょう。」
「そうかな。じゃあ発電しなくちゃ。でも、この玉は・・・・あららら。」
「どうしましたか?」
「おいおい、ほら、逆さまになってる。」
「おわー。なんだこれは。」
階下に残されていた部下たちが、逆さまに見えている。
「でも、落っこちないんですなあ。」
「ふうん・・・。びっくし。ああ、着いたよ。」
別におかしくない。
普通のフロアーが広がっている。
食堂にでも使えというつもりなのか、割と広めの部屋が区画されている。
「いらっしゃいませ。いかがですか?ここは。」
突然、女性が一人目の前に現れた。
指令が反射的に長官の前に回った。
「ここは、ご覧の様に、宇宙空港ですが、どのようにお使いになるのかは、皆さまがたのご自由です。」
「あなたは、どなたですかな?」
小さな局長が、指令の後ろ側から尋ねた。
「わたくし、ヘレナリア、と申します。」
「ヘレナリアさん・・・女王へレナと関係があるのかね。」
その女性は、にこっと笑うと、姿がふっと変わっていった。
「おお、火星の女王様では・・・・」
局長が、かなり緊張気味に言った。
「まあ、これらはすべて、仮の姿です。わたくしには決まった姿がございませんから。」
「不定形生物・・・・」
「生物かどうかも、はっきりは致しませんが、まあ、疑似生物とか、そんな感じでしょうか。」
「アンドロイドとか?」
「それも、おらくは違います。」
「じゃあ、映像?」
「それも、たぶん違います。ほら、握手も出来ますわ。」
ヘレナリアは手を差し出した。
「本当だ。あったかい。生きてるよ。」
「どうも。まあ、それはともかくとして、ここがあなた方の窓口となる場所です。まだ沢山の方がいらっしゃるのでしょう?」
「まあ、そうですなあ。総統が決断すれば、ですが。」
「なるほど。では、ちょっとまず、空港周辺の見学をなさいます? 報告するように、言われていますのでしょう?」
「いや、まあ、そうですが。何で解るのかな?」
「まあ、空港の立地を確認するのは良い事です。一応、多くの方が暮らせるような施設は、整備いたしました。あとで詳しくご覧に入れましょう。まあ、まずはぐるっと空港の周囲を回ってみませんか?」
「おお、それは、是非。」
「では、参りましょう。」
ヘレナリアがちょっと手招きすると、5人乗りくらいの、空中に浮かぶカーゴがやって来た。
「さあ、どうぞ。」
局長と、指令、それに師団参謀長と副参謀長が乗り込んだ。
ヘレナリアが一番前に座ると、その乗り物は、ふあーっと、素早くフロアの中を、まっすぐに飛んで行ったのである。
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確か、円形構造物の上層部にいたはずなのに、なぜか真っすぐに進んだ結果、もう地上に出てしまった。
薄青い空が、なんだかとても眩しかった。
「あららあ、おかしなことですなあ。」
指令が言った。
「ねえ、ヘレナリアさん、これはどういう仕組みですか?」
「別に、変わった事ではありません。あなた方の感覚がそのように感じているだけです。」
「はあ、そう言われましてもねぇ。」
「あくまで、どう見えるか、どう感じるかは、あなたがたの感覚器官の都合です。我々は、それに環境を合わせているだけですから。さて、もう空港の外縁部です。ここにはお土産屋さんや、食堂が並びます。もっともまだ開いているのは、サンプル用の『空港食堂』だけですの。実際に、あなたがたの、元の世界の火星にあった施設を、そのまま再現いたしました。お店の中の方も、そのまま再現いたしました。なので、基本的に本人さんたちですのよ。」
「はあ、それは、まあ、結構な事ですなあ。」
局長が感心したように言った。
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この様子は、当然ながら宇宙艦『ウジャヤラ・ダニロ』にも中継されていた。
そうして、そこから、空中都市『ワン』にも・・・。
さらに、そのほかの「空中都市群」にもだった。
ナナとダンクは、ダルタブル司令官と共に、この映像を見ていたのである。
地上部隊からは、空港周辺の、空っぽの店の様子が送られて来ていた。
しかし、火星首都の宇宙空港の様子をよく知っているナナとダンクは、画面に釘付けとなった。
「なんだ、これは、火星の空港の前側そのものじゃないか。
「え、そうね、なら、『空港食堂』もある?」
「ああ、きっとあるぞ。まてよ、もう少し先だ・・・ほら、ほら・・・ここだ! あるじゃないか、ちゃんと。」
「本当だ。でも、きっと入れ物だけよね。」
「うん。それはそうだろう、あらら、食堂に入って行きそうだよな。」
「あ、降りた。本当だわ。食堂に入ってゆく・・・・」
『いらっしゃいませ~』
若い女性の声がした。
そこにいたのは、歳の頃20歳過ぎくらいの、いかにも可愛らしい娘さんだった。
「あらあ、ヘレナリア様! おとうさん大変。ヘレナリア様よ!」
「はあ、なんだよ、大きな声上げて・・・あららあ、これはこれは!」
厨房から出てきたのは、彼女の父親らしい。
さらに、奥さんもタオルで手を拭きながら現れたのである。
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「うそだろう・・・のりちゃんじゃないか!」
「大変だわ。うわ、これはどうしましょう。キッチンは?キッチンは?」
「えらいこっちゃ。すぐ連絡だ。すぐにだ!止めろ!」
「了解!」
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キッチンは、交響詩譚を二回通り聞いた。
「よし!」
彼は決心した。
「飛ぶ! もう未練はない。のりちゃん待ってろ!」
その、瞬間、通信が来ていた。
それと同時に・・・いや、おそらく、一瞬だけ早く、彼はスイッチレバーを引いた。
宇宙艇は、消滅した。
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