わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第四十二回
空港のリムジンバスは、やっとその巨大な『円』形の建物に接近しつつあった。
空には、まったく雲がない、薄い真っ青な色だが、なぜか少し哀しい。
金星では決して見ない空だ。
「いやあ、こりゃあ、本当にまん丸だねえ。」
局長が目をまん丸くしながら言った。
「どうやって、作ったの? どうやって立ってるんだろう?」
「そりゃあ、あなた、下からでっかい、長い、棒を打ち込んでるんでしょう。」
マズルカ指令が言った。
「それにしても、大きすぎだよな。直径が500メートル以上、いやもっとありそうな。高圧ガスタンクのような感じですね。でも、地面との接点は一点だけ。支えも何も、見えないよ。まったく、つぶれてもいないようだしな。」
「それは、やはり、単によく見えてないだけだろう。何かあるんだよ。支えが。」
「よく見えてるじゃないか。」
「いやいや、仕掛けがだよ。見えてないのは。」
「C60のクラスターみたいな感じかしら・・・。」
「いやいや、これは正二十面体とか、そういうんじゃないよ。見りゃあ分かるだろう。球だよ球。真っ平らな球。溶接の継ぎ目自体が全然ないよ。」
「なんだそれ、しゃれか? もっとよく近づいたら、きっと見えるんじゃないかな。」
「いやそうじゃなくて、ほとんど真の球だよ。きっと。ピッカピカじゃないか。光の反射見て見ろよ。」
「それはだって、作れないよ。重力があるし、どうしても誤差が出る。ましてこんなでっかいモノ作れないよ。まんまるに見えるけど、真球なんかにはならないから、測定したらきっと誤差は大きいさ。まあ、これでも、どうやって作ったのかは、よくわかんないけど。」
「でも、実際、これって置いてるだけなんじゃないかな。真球だったら接点の面積はゼロだろう。浮いてるのと同じだよ。中に入ったら転がったりして。」
「いやいや、これはね、もとから真球じゃないだろうし、実際ほんの少しだけ浮いてるんだよ。きっと。地震が多いんじゃないかな。そこで究極の免振対策ってところさ。」
「おばかちゃん! どうやって浮かせるのよ。」
「『見えざる神の手』が支えているのさ。」
「あきれた。」
「だって、こんなところに来たこと自体が、もうそうだろう? 文句言うなら、最初から説明しろよ。」
「ぎゅぅ・・・」
「重力制御だ。それも、我々のように不完全なものじゃなくて、完璧に制御可能なんだ。いや、きっと宇宙空間に働く力のすべてを、完璧に制御できるんだ。物質も自由自在にね。ブラックホール内に住むことも可能なような超技術だ。」
「いや、これはやはり、すべてが幻覚だ! きっとダレルかリリカが作った、巨大な幻覚なんだ。これがその証拠だよ。そう見るべきだ。我々は、まだあの金星近傍の空間に浮いたままなんだ。偽装空間だ。だから、恒星が一つしかないような状況にだってなるんだ。」
「ギソウクウカン、ってなんだよな。『やましんの似非SFファンタジー小説』みたいなこと言うな!もっと現実を見たまえ。我々は何度も健康診断した。夢じゃないよ。こんなこと可能にできるんだったら、やはり女王が絡んでるに違いない。」
「夢じゃない、幻覚だよ。全員が、巨大な疑似体験ブースに入れられてる様なもんなんだ。健康診断くらい、楽にできる。確実にね。誰も疑わない。ほんの一時間で、何十年分もの体験が可能だ。」
「もっとよくねえだろうに! そんなもの、SFの世界以外では、まだ存在しない。」
「いやあ、火星の女王が、刑罰の一環でそのような事を実施していたらしいという、昔の火星の極秘資料を、確かに軍のライブラリーで読んだぞ。ダレルやリリカがその技術を持ってたって、おかしかない。」
「それは、有名なフェイク資料だろう。あれは、信用ならぬ。だいたいどこで見たって?君はそのような権限は確かないはずじゃないか!さては、データ盗んでたなあ!」
「なにおー! あんただってそうだろうが!!」
「まったまった、あなたたち、手を出しちゃあだめよ! もう、いつもそうなんだから。よく二人そろって選ばれたわね。まったく。」
後ろの方で、がちゃがちゃと勝手な議論が聞こえている。
局長と指令が、冷や汗をかいていた。
「間もなく、空港センターに到着いたします。バスはそのまま侵入します。しばらくお待ちください。」
バスが、そのように話した。
「このまま、入るんだとさ。」
「口が開くんだろうか。」
例の二人が、こんどは静かに話し合った。
実際、そうだった。
球の側面に開口部ができた。
しかし、ドアという感じではない。
側面が一部「無くなった」という感じである。
しかも、侵入用の通路が伸びてきたわけでもないのに、バスはその中空に開いた穴に、すっと浮かぶように吸い込まれて行く。
しかし、まだここからは、中はまったく見えない。
明るいお外から、電気代が払えなくて、真っ暗なお家の中に、突然入ったような感じになったのだ。
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「くしゃん! くしゃん! もう、遠くの遠くで、また誰かわたくしの噂をしているわね。アニーさん、これは誰の仕業?」
「いやあ、あの、あなたの噂は、この一分間だけでも、太陽系内で3000件以上出現しております。」
「異次元よ。これは。」
「アニーは、太陽系と、プロキシマ・ケンタウリ付近以外は管轄外です。ヘレナリアに聞いてください。」
「おお、なつかしい名前ねえ。何十億年、接触してないかなあ。ま、いいわ。」
「もう一人のヘレナが、じっと待っていますよ、念のため。」
「わかってます。でも、まずは、パル君よね。」
ビュリアは、パル君たちが待つ部屋に、やっとこさ到着したのであった。
会議の方は、さらに、いっそう紛糾状態になっていて、議長が休憩を言い渡していた。
原因は、ビュリアだが、本人はさっさと抜け出してきたのである。
ドアが開いた。
ウナが立ち上がった。
「ああ、遅くなりました。申し訳ありませんでした。ビュリアです。とはいえ、一応マヤコさんとウナさんんには、ご挨拶済みでしたね。」
ウナとマヤコが、小さく肯いた。
「ああ、あなたが、パル君ね。こんにちは。待たせちゃってごめんね。お詫びに、お菓子いっぱい、頼んどいたんだけどなあ。」
「え? うれしいなあ、さっすがビュリアさんですね。でも、ウナの知り合いのひとって、美人ばっかりだなあ。」
「お、パル君! どこで、そんなお世辞を習ったのかなあ。まあ、実際、本当だけれども。」
ビュリアは、ソファーにどかんと腰かけて、美しい足を投げ出した。
得意のポーズである。
ただし、ここで、男の子はパル君だけである。
なんとも、座り慣れているというか、本当に「女王さま」の様な感じと言うか。
パル君は、その風格の方に、ずっと興味を引かれた。
「やっぱり、ビュリアさんは、女王さまだね。」
「む・・・」
マヤコとウナが、同時に唸った。
パル君自身は、それほど深く考えていたわけでも無いらしく、非常に直感的な発言ではあったけれども、子供の直感は、利害関係に左右されないだけに、バカにできないものである。
「おおー。パル君、鋭いなあ。」
ビュリアは、しごく、ご機嫌になった。
そこに、大皿いっぱいの、お菓子が届いたのである。
「うわー、すごいー!!」
パル君だけでは無くて、マヤコもウナも、これには感嘆したのである。
夜の宴会の時よりも、もっと豪華なお菓子類が山盛りであった。
このような時期に、どこからこんなに大量の、しかも珍しい、出来立てのフルーツが乗ったケーキや、生菓子や焼き菓子を出してくるのだろうか?
実を言えば、もちろん、『アブラシオ特製』であったのだ。
例の、『内気な彼』が、手塩にかけて作ったものである。
これが、美味しくないはずがなかった。
「お茶もどうぞ。パル君は、ジュースの方がいいかなあ?」
「うん。」
「よしよし。」
ビュリアは、まことに、最高に、サービス満点に振舞ったのである。
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