わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第四十一回
「政府から回答です。『貴官が選定した乗員が、まず上陸することとしてよろしい。その星の応対者との会合も許可する。ただし、逐次報告する事。以上 ・・・ なお、以下は追伸です。ブリアニデス総統が、祝福の言葉を伝えてほしいとのことであります。また、空港の周囲に、適当な食事ができる、よい場所などあるのか調べてほしいとのことであります。』
「なんだそりゃあ。」
局長がぼやいた。
「金星政府の昔からの良いところは、格式ばらないで、ざっくばらんにやるところだけれど、これはまた随分世俗的なご希望ですな。」
「でも、一番大切でもありますよ。大事なお客様が来るときには、担当者は、相手のお好みの食事やその場所を選ぶのが普通でしょうし。」
「なら、まずは、相手が教えてくれるべきですねえ。」
「まあね。じゃあ着陸します。」
『ウジャヤラ・ダニロ』は、その宇宙空港に、無事着陸した。
「着きましたよ。ちゃんとね。」
マズルカ指令が局長に報告した。
「よっしゃ。よっしゃ。上陸要員準備してください。腹減ったな。」
「言わないで下さいね。いきなり相手に。そんなこと。」
「はいはい。」
『リムジンバスト思ワレル乗リ物ガ接近チュウ。』
コンピューターが久しぶりにしゃべった。
「ほら、これです。いやあ、ごく普通ですな。明らかに人間様用です。椅子見えてます。」
マズルカ指令が言った。
「ふうん。実を言うと、気にしてたんですよ。こんな他所の宇宙で、我々と似たような生物がいるのか?とね。」
「いるわけがないと?」
「そうだなあ。火星人も金星人も、ブリューリ以外の太陽系外生物に出会ったことはなかった。断言できることは何もないですけれどねえ。」
「女王は?」
「うん。そうだね、そこはなぜか、ずっと謎のままだねえ。」
「ここで、意外と回答があるのかも。」
「ふうん。期待したいところですねえ。じゃあ行きますかねえ。」
上陸要員たちは、昇降カプセル内に入った。
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キッチンは、いよいよ長年準備したシステムを稼働させようとしていた。
それほど大きなものではない。
ここまで小さくするのには、ずいぶん苦労したものだ。
まあ大体、背中に背負って山道を歩ける程度のものだ。
本来彼は、技術系出身である。
『天才』なんて言われた時期もあった。
それが、現場に出ずっぱりになったのには、それなりに事情というものがあった。
人間が、キャリア崩壊する原因には、いくつかの類型がある。
お酒か、男女関係か、お金か、病気か、それともそれぞれの階級での、リーダーへのやむおえざる反逆か・・・
宇宙艇に接続するのは、そう難しいものではない。
そのように作ったのだから。
実を言えば、あのダレルさんが似たようなものを作っていたのだが、あちらのほうは、まだどこに行くのやらわからない代物だった。それでも一回だけ、実際に使ったようだったけれども。
リリカさんも、別方向から、かなりとてつもないものを作っていたらしいが、キッチンは、それがどんな働きをしたのかは、まだ知らなかった。
とはいえ、キッチンが作った装置が、本当にピンポイントで別の宇宙に到達できる保証はない。
移動のかぎが「重力」にあることは確かなのだけれど、彼が狙っているのは、あくまで『個人』なのだ。
『のりちゃんがいる場所。』
それが、目標地点だった。
彼女が発する、ごく微妙な信号を目標に、宇宙空間をジャンプする。
一秒間に、何十万個もの宇宙を。
片方では、彼が発する、これまたごくごく微妙な信号を、システムが感知している。
あとは、歌の文句のように、その愛のきずなの強さが、双方を引き寄せる。
そのはず、だった。
妄想のようなものだけれど、絆の強い二人の間では、微かな引っ張り合いが起きるはずである。
したがって、片思いではまったく役に立たない。
まあ、インチキ商品に類するものだと言われれば、それでもよい。
それなりの実験は行った。
データも膨大な数だけ、集めた。
後はやってみるだけ。
原動力は、宇宙そのもの。
失敗だったら、最初の瞬間、彼は崩壊して消える。
それだけのことだ。
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リムジンバスは、ほとんど音も振動もなく発車した。
「乗員の方は、全員そろいましたか?」
バスが聞いてきた。
「オーケー」
マズルカ司令が答えた。
それで、その大きなバスは動き始めたのである。
空港は、上から見るよりも、はるかに広い。
大分彼方に、大きな、まん丸い建物らしきものが見えている。
「あれが、空港センターって感じかな。」
局長が、ちょっとだけ、ささやくように言った。
「そうでしょうなあ。やけに、丸いですなあ。」
「うん。転がりそうだ。」
「それにしても、何も、いませんね。」
指令が逆に少し、ささやくように言った。
「人っ子一人、見えないねえ。宇宙船も飛行機も。何にもない。静かだなあ。」
「そりゃあ、でもきっと、我々が、まったく初めての住人だからなんじゃないですか?」
「おお、なるほど! 納得。」
バスはゆっくりと、その円形の施設に向かっていった。
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「さてと、これで準備完了と。あとは、スイッチを押すだけだな。」
キッチンは、納得して、自分に向かって言った。
けれども、すぐには実行しなかった。
「一曲、聞いてからだな。」
彼は、大好きな音楽を、コックピット内に流した。
『金星芸術音楽界』のナンバーワンと謳われた、大作曲家『ベシリウス』の『音響詩譚第三番』である。
火星標準時間で約30分かかる、この作曲家の最高傑作である。
「火星人どもは、大方、理解不能だったらしい。嘆かわしい事だ。ただし、のりちゃんだけは、違ったんだ。」
火星の、やや貧相な(とはいえ、本人たちにはそれはそれで良かったのである。あくまでキッチンの感想にすぎない。)音楽とは異質の、(遥かのちの、地球の音楽にも通じるような)豊かで、しかも神秘的な響きが、ここには聞こえる。
それにしても、音楽には、思い出がつきまとうものである。
良いものも。良くないものも。
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