わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第三十九回
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『上陸してください。その映像を中継する事。空中都市『ワン』は、惑星に接近します。』
「来た来た。いよいよ、新天地へ入りますかな。」
マズルカ指令が言った。
「まあそうですね。しかし、これはひとつの始まりですよ。全員がここに定住するわけじゃあない。」
局長が事実を明かした。
「やはり、帰還する道を探すのですね。」
「ブリアニデスさんの意図はそうなんですよ。このままここで引っ込んでるなんてできない。帰る方法を探す。非常に困難な道ですが。」
「ぼくは、軍人であり探検家です。ぼくだってそう思いますよ。しかし、多くの民には、やはり安住の地も必要だ。」
「そうですね。」
「問題は、いつ、誰が行くのかですけれどね。」
「そうそう。そこんところは、まだ僕なんかには教えてもらえないですよ。」
「ふうん。しかし、いつまでもブリさんの頭の中だけじゃあ困る。」
「その通りだよ。ビューナス様と金星文明が消滅して以来、あの方は非常に慎重になった。」
「反論するわけじゃあないが、金星文明は生き残ってますよ。ここにね。」
「そりゃそうだ。よし、降りよう。どこに降りるかだが。」
「宇宙空港の場所をコンピューターが示してます。ほら、ここ。」
「準備のよろしいことですな。誰なんだろう。まさか女王かな・・」
「ぼくも、そう考えたんですよ。局長。」
「もしそうなら、行きたくないもんだな。」
「まあね。でも、着陸しましょう。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』」
「『心ここに在らざれば視れども見えず』だね。よく確認しながら行こう。」
「了解。」
宇宙船は、指示された空港に向かって降下して行った。
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キッチン一等宇宙航行士は、空中都市から無断で離脱した。
この訳の分からない宇宙に閉じ込められてしまって以来、彼には良いことが何もなかったのだ。
彼の恋人は、火星の王立中央宇宙空港の前にある「空港食堂」の看板娘だった。
来月・・・といっても、もう、とうの昔だが・・・に結婚する予定だった。
その直前に、あんな事件が起こってしまったのだ。
自分は、我が意志によってではないけれども、事実上、彼女を捨てて来てしまった。
時間がたてばたつほど、彼の自責の念は強くなるばかりだった。
上司も、同僚も、その事情はよく知っていた。
うつ状態から抜け出せないでいる彼を、責める気になる仲間がいるはずもなかった。
とはいえ、誰にも、どうすることもできないでいた。
噂では、ブリアニデス総統は、元の宇宙に帰還する考えを捨ててはいないとも言われていたが、この異世界でも、人はちゃんと歳をとるようだった。
永遠の命を持つという火星の一部特権階級などは別として、金星人はあたりまえに、不滅ではない。
キッチン航行士は、もう耐えられなかったのである。
小型の宇宙艇を奪取して、彼は自分の持ち場から逃走した。
当然違法であり、厳しい処罰も免れない。
しかし、事に気が付いた警備兵から緊急連絡を受けた司令官は言った。
「ほっておけ。行かせてやれ。他に俺には何も出来ないんだ。くそ!」
とはいっても、他の人々に伝染してもらっては困る。
「『キッチン一等宇宙航行士』は、空中都市からの周辺偵察勤務中に、宇宙艇の故障で宇宙空間に彷徨い出たまま、帰還不能となった。原因は不明だが、この宇宙そのものに、危険性が潜んでいる可能性が高い。今後個人行動は不可とする。」
と発表されたのである。
「個人行動なんて、これまでもあったかなあ?」
事情を知らない仲間たちは、当然怪しんだが、いまさら追及しても仕方がない事であった。
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「お家に帰りたかったのよ。彼女のね。」
幼なじみの、ナナは、大体の真相を見破っていた。
「そんなことできるのかい?」
空中都市の真っ暗なてっぺんを見上げながら、同僚のダンク航行士がつぶやいた。
彼は、ナナと恋人同士である。
「できない。とは、言い切れないでしょう。彼は独自の多元宇宙論を持っていた。それを実行したかったんでしょう。」
「あいつのは、宗教がかっていたからなあ。最近は、ずっとビュリアに傾倒していた。金星人のくせにな。」
「金星人だからとか言うのは関係ないでしょう?」
「そうかな。まあ、そうかもな。あいつの彼女は火星人だしなあ。」
「きっと無事で避難してるわ。火星の巨大宇宙船が、救助に回るとか言ってたからね。」
「そうだね。しかしだ・・・」
「しかし・・・なに」
「もし、もしも、だ、奇跡が起こって元の宇宙に帰れたとしても、同じ時間に帰れるとは限らない。」
「そう?」
「そう。もしここが、別の宇宙ならばだ、お互いになんの関係性もない。まったくね。同じ時を狙うなんて、考えられないさ。」
「女王様が、助け舟を出しても?」
「そりゃあわからないよ。女王はどうやら物理法則にはきちんと従わないとみた。でも、女王がなんであいつを助けるの?」
「信者だから。」
「はあ? 君、本気で言ってるかい。」
「さあ、どうかな。」
「ふうん。もしそうなら、本当にそうならば、我々だって助けてほしいよ。だって、これは女王の能力がやった事の結果なんだろうからね。彼だけ助けるなんてのは矛盾してないかい?空中都市の中には、他にも、ビュリアの信者がいる。ビュリアと女王がつながってるなら、そうであるべきだろう?」
「わたしには、答えられないな。」
「ぼくにもだよ。」
二人は寄り添いながら、何も見えない宇宙空間を眺めていた。
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キッチン一等宇宙航行士は、その何もない宇宙空間を飛んでいた。
出発した時は、それでもう、結構、精いっぱいだったのだ。
希望の全くない、しかし・・・・『期待』を持っていた。
もう空中都市は、一つも見えなくなった。
彼は錯乱状態だったわけでも無い。
無茶苦茶といえば、まったくそうだけれど、この宇宙艇は、何もない宇宙空間でも、相当長期にわたって生きて行ける特別な仕様になっている。
少なくとも、彼の残りの寿命を全うすることなどは、簡単にできるくらいの能力はある。
孤独に堪えられればだが。
しかし、彼はもう、十分に孤独だった。
そこには何の変化もなかったのである。
メールが二通来ていることに、彼はやっと気が付いた。
『幸せに! ダルタブル指令より』
『必ず行ける! 頑張って! ナナ&ダンクより』
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