わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第三十一回
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ウナは、お昼になる30分前に、『温泉地球』に呼び出されていた。
「私が、ウナさん側の担当者です。バヤンアといいます。金星人です。お子さんは、お昼すぎにここにやって来る予定ですよ。本人側には男女二人の担当者がついております。面会はこことは別の部屋で行います。お互いに食事しながらお話をしていただきます。で、お二人が今日合意できれば、そのままお子様をお引渡しいたします。うまく話しが合わなければ、相談の上、少し間を空けてまた面談します。もちろん一回で上手くゆくことがなによりですが、でも無理はしないようにしましょうね。なお、いずれにしても、当面は、ずっと援助を継続します。」
担当の女性が説明してくれた。
「あの、わたしのことは、知っておられるのですか? つまり・・・一度死んだと言うか。そのことを。」
「大丈夫です。私たちは事情を聞いております。ただし、お子さんは勿論知りません。あなたがお話しすることを止めることは出来ませんが、当分は言わない方が良いでしょう。」
「はい・・・。」
「で、一応確認しますが、あなたはお子さんを引き取る意思がおありですか?それとも、会ってみないと分からないとか。」
「あの、本人が嫌でなければ、引き取りたいです。」
ウナははっきりと、そう言った。
「そうですか。わかりました。ならば結構です。まあ、私も本人には会っておりませんが、なかなかしっかりした、いい子だそうですよ。気は、かなり強そうですけど。」
「あの今まで、どこで生活していたのですか?」
「はい、本当に運も強いようですね。金星の養育センターに入っていました。あなたが、どうしていなくなったのかについては、特に詳しく説明した訳ではないですが、うすうすは解ってるようです。」
「誰かに聞いたのですか?」
「まあ、はっきり言って、自分で情報を調べたようです。情報端末の使い方は、誰より早く覚えました。金星の子供にしても、そのあたりの発達は早いです。で、今回の事件が起こる2日前に、宇宙遊覧研修旅行に出ていました。その隊長さんが、なかなか読みの深い方で、帰ると非常に危ない状況になると予測して、地球の衛星上の研修所に予定を伸ばして留まっていたのです。で、ああした事態が起こり、結局あの巨大宇宙船に救助されたんだそうです。ただ、そこに乗ってるという情報がなかなかわからなくて。」
「それは、ほんとに幸運でした・・・。よかったです。」
「はい。まあ、運も実力の内ですよ。将来有望ですね。」
「ありがとうございます。あの、事情が入り組んでいて・・・この先もアドバイスしていただけるわけですね。でも、お金はないです。なにしろ・・・」
「大丈夫ですよ。ビュリアさんの所有になった『育児財団』が負担してくれます。我々も、そこの職員ですし。返済は不要です。もしも、新しい王国に移住する意思があれば、特例として無条件で二人とも受け入れるとも言ってくれていますよ。」
「どうして、そこまで?」
「さあ。でも、そこを気にする理由はないと思いますが。」
「だぶん、『光人間』の情報が欲しいのでしょう?ビュリアさんが。」
「もしそうなら、嫌ですか?」
「いいえ、子供の為だったらば、そんなことは厭いません。ご協力もいたします。」
「よかったです。でも、ビュリアさんは、実際、そういう事が目的ではないようですよ。もっと彼女の内心にある、『求めるべきもの』がそうさせているようです。」
「『求めるべきもの』ですか?それはつまり、何なのでしょうか?」
「そう。まあ、彼女の宗教的な意志と言ってもいいのでしょう。もっとも、他人に押し付ける気は、さらさらないようですよ。ただし、二つの島のどちらに住むのか、は、あなた達に決めてもらうという事です。ただし、すぐにというものでは無い、と聞いています。後から変更が利かないというものでもないと。まあ、詳しい事は、いずれ説明があるでしょうが、あまり難しくは考えなくていいのではないでしょうか。それに、お伺いするところ、『マヤコさん』という方が、あなたのことを非常に大切に思っていらっしゃいます。このマヤコさんは、おそらく新しい王国の、閣僚になると思いますよ。」
「ああ、はい。・・・そうなんですね。」
「他に、気になっていることがありますか?」
「いえ、あの、自分がもう、人間じゃないということだけです。」
「なるほど。でも、『光人間』は人間だと考えられます。人間がある種の進化をしただけです。今は、気にしないでおきましょう。もちろん、この先課題にはなるでしょうけれど、相談相手は私たちもいるし、それだけでは、多分ないわけですからね。自信を持って。」
「ああ、はい・・・」
『ウナには、言い出せない何かがあるのだろうな。』
バヤンアは、そう感じていたが、それはいま持ち出す話では無いに違いないのだ。
またこのやり取りの現場は、当然アニーが観察していたのだが。
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アレクシスとレイミは、ビューナスが他の世界に飲み込まれた際に、後を追うようにして巨大な光の輪の中に飛び込んでいった。
けれども、女王へレナはこの二人の『光人間』を受け入れる考えは持っていなかったのである。
二人は、ビューナスが消えていった世界に飛び込む寸前に、その行く手を遮られてしまった。
結果的にだけれど、いま彼らが存在していた空間は、もとの宇宙空間ではなかった。
ヘレナが遠い未来に落ちてしまった時空の狭間とよく似た空間だったが、同じところという訳でもないようだった。
これ自体、ヘレが仕組んだわけではないということだ。
偶然だったのだ。
なので、彼らがどこに行ったのかは、ヘレナにも分らなかったし、さすがのアニーにも探しようがなかった。
探そうとした、としてもだけれど。
『これは、どうやら、おしまいであるな。』
肉体は持たないアレクシスがつぶやいた。
『おしまいなのであるかな。おしまいなのか、であるかな。』
光人間の生みの親である、もと、レイミ博士が追随して言った。
これは、光人間化して以来、彼女の特性になっていた。
精神的に言えば、つまりレイミ博士は、もう正常とは言い難かった。
まあ、アレクシスだって、元々の超くそまじめな本人から見れば、けっして正常とは言い難かったに違いない。
しかしながら、こうした不可思議な世界に投げ込まれてみれば、それはかえってありがたい事でもあった。
悲観的な事は、もし言ったとしても、本人たちは特に精神的にそれほど落ち込んだりはしていない。
そういう意味では、二人は結局のところは、かなり無感動、無関心なのだから。
それは最初期の光人間が持つ顕著な特徴だった。
ただ、それでは『人類』とは、もう言えなかったのだ。
アレクシスは、それが気に入らなかった。
『光人間だって、人類なんだ。』
それが彼の口癖であり、信念だった。
そこで、レイミ博士は、『感情』を抱く『光人間』の開発に取り組んだのだ。
これは非常に難しかった。
時間も、もうあまり許されてはいなかった。
実際、上手くできた、という状況には、なかなかならなかったのである。
出来不出来に大きな差があったし、なかなか統制がしっかりとれた精神状態、にはならなかったのだ。
そこで、アレクシスは強硬手段に出た。
自分がより完璧な『光人間』になって、レイミ博士に直接、いろいろな助言をしようとしたのだ。
自分自身を実験台にしたわけだ。
結果、彼の人格は、相当にゆがめられてしまった。
レイミ博士は、責任を強く感じた。
仕事のストレスが最高に高まってもいた。
そこで、自分自身も光人間化してしまったのである。
幸い、仕事がまったくできなくなった、という訳でもなかったが、ビューナスは二人を研究の中心からは外して、むしろ情報員として取り立てるようになった。
それで、あえて言ってしまえば、結局のところ、『ウナ』は最高傑作だったのだ。
その、アレクシスとレイミが、いま『光人間』たちのリーダーだったのだ。
しかし、どうしてその二人は、この『現実』に戻って来られたのだろうか。
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いよいよ、その時が来た。
ウナは、息子がもう来ているはずの部屋の前に立った。
「じゃあ、いいですか?」
バヤンアが尋ねた。
ウナは、ゆくりとうなずいた。
バヤンアは、ほほ笑みながら、ドアをノックした。
「どうぞ。」
中から、バヤンアよりも、もっと軽い女性の声が聞こえた。
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