わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第ニ十八回
「みなさんおはようございます。少し遅れて申し訳ございませんでした。わたくしが、ビュリアでございます。ところで、皆様の中には、ビュリアは宇宙怪獣ではないかとか、悪霊ではないのか、とかのうわさが飛び交っておりますことでしょうね。まずはそこからお話しいたしましょう。わたくしの両親は、宇宙怪獣でも、悪霊でもございません。母は、現在、この会場に隣接しております『超豪華温泉旅館「地球」の女将」をいたしております。」
知らなかった人たちからは「ほおー?」というような声が上がった。
「また、父親は、火星の情報省で情報局長をいたしておりました。たぶんこの会場内にいるのでしょう。」
また、ざわざわとした。
「母は、金星生まれの火星育ちです。父は生粋の火星人です。しかしながら、母は旅館の女将に専念する以前は、金星のとある警備会社の役員をしていました。まあ、はっきり言って火星側のスパイをしておりました。その総元締めが、父だったわけです。」
いろいろな話し声が、幾重にも重なって会場内を漂った。
「まあ、そう言う両親ですから、その娘であるわたくしが、普通の子供時代を送る訳がございません。わたくしはすでに5歳にして、いっぱしのスパイでございました。」
ビュリアの話の一区切りごとに、会場はざわざわとした。
『はあ、言ってくれるじゃないの、ビュリアちゃん・・・』
女将さんのつぶやきは、ビュリアにはちゃんと聞こえていた。
「両親は、私の中にミュータントの資質を見抜きました。そうして、『魔女』になるための教育を一生懸命に与えてくれました。なので、わたくしは『魔女』になったというわけでございます。もちろん、『火星』や『金星」において、『魔女』は正式な職業であり、なんら差別されるものではございませんけれど、まあ、一般のお方からは、やはりどうしても警戒されてしまうお仕事なのでありますね。そこで、ある時、あるきっかけがあって、社会からは離れて、わたくしはテロ組織『青い絆』に合流いたしました。とはいえ、契約上はあくまで『コンサルタント』であって、正式な『青い絆』の戦士という訳ではなかったのです。だから、わたくしは組織の中では、いつも戦士たちとは一定の距離を置くようにあえて務めておりました。また、彼らの行う行動のすべてを支持していたわけでもありません。具体的に言えば、火星の衛星の一部を核爆弾で吹っ飛ばしたのは『青い絆』なのですが、それには反対をいたしました。また、食料倉庫を核で破壊する作戦についても、核を使うという事には反対しておりました。環境汚染の問題がどうしても発生するからです。まあしかし、これらの作戦は実行されました。それは、女王様を相手にしている以上、ある程度の強硬措置は必要だと、組織が判断したからです。」
「責任回避じゃないのかあ!」
と誰かがやじった。
ブル先生である。
「責任回避する気はありませんよ。だからお話しているのだから。違いますか、ブル先生?あなた、人間は食べない主義でしたね。しかし人間を何人、実は食べましたか? 大学の教授会においても。」
大幅にざわざわした。
「それは、強制されたからである。命がかかっていたのである。」
「そう、わたくしだって命がかかっていたのですもの。『青い絆』の目的は、ブリューリと、その支配下にあった女王を追放し、火星の民主化を達成することにありました。そこで、ある食料倉庫の襲撃の際に、女王から直に命令されて現場に踏み込んできたリリカさんを捕獲し、連れて帰ってリーダーのアダモスが開発した機械で洗脳しました。仲間にしたのです。その意識には、亡くなったアダモスの妹さんの記憶も入れました。だからリリカさんは、二人分の人格を一時期持っていました。それから彼女を王宮に戻したのです。そうして、人食いに専念したかった女王を、うまく権力の座から降ろしました。その背後にはビューナス様もいました。その一方で、組織はダレルさんと秘密の協定を結びました。こうして、火星王宮の支配権を事実上奪ってゆきました。その過程で、わたくしもいくつか魔法は使いましたわ。まあ、細かい事は、ここにも直接の関係者の方が多数いらっしゃいますでしょうから、今はお話を避けます。で、ダレルさんとリリカさんは協力して、ブリューリと女王を追放しました。素晴らしい快挙です。しかし、その後、金星の『ママ』が反乱を起こしました。『ママ』は歳をとりすぎていたのです。火星を攻撃したのは『ママ』。金星の空中都市を攻撃したのも『ママ』なのです。『ママ』は女王様がお作りになった人工生命体で、本来不死のはずです。なのに、なぜ『ママ』が突然狂ってしまったのかは、残念ながらいまだ不明です。」
「あんたが女王なんじゃないのか?遺産を相続したんだろう?」
また、ブル博士が突っ込んできた。
「ああ、博士、質問時間を後でとりますから。御静粛に。」
議長が博士を、軽くたしなめた。
「ありがとうございます、議長様。さすがブル先生ですね。わたくしが「あの」女王なのではないか?しかし、これは違います。女王がまだ活動中だった時、あたくしは地球でテロリストを、やっておりましたもの。ブリューリと女王が追放されたあとも、こうして生きてますし。」
少し、会場から笑い声も上がった。
「しかし、女王様が、わたくしを利用なさっていたことも、実は間違いないことなのです。」
笑い声は止まった。
「これは、ここで初めて申し上げますが、わたくしは女王様と面識がありました。いえ、面識があったというよりも、師弟関係だったのです。父は火星政府の高官でした。そうして、わたくしの修業を女王様に依頼しました。わたくしは女王様に才能を試されたうえで、弟子になりました。でも、やがて裏切って、反体制派に寝返った訳ですけども。あの方は、どのような人の姿にもなれました。これは、事実です。また、自由に人間を操ることができました。これも明らかです。そこで、わたくしの姿を巧みに利用なさっていたことは、事実だったのではないか、と考えております。また、時には、この、あたくしの体自体を、直接操った事もあったのかもしれません。でも、確実な証拠はありません。これは、誰も証明は出来ないのです。リリカ様も、長年女王様に操らていたのでしょう?」
リリカが、さすがに少し苦しそうにうなずいた。
「実は、そうなのです。」
「いやあ、まやかしだよなあ!」
「こらこら、ブル先生。」
議長が、また、ブル博士をたしなめた。
「さて、困りましたね。先生。でも実際、『あの』女王様は、わたくしではありません。わたくしは、女王様のなさる異常な行為を、弟子の魔女として、遠くから、なすすべもなく、ただ眺めていただけなのです。なぜならば、ブリューリに乗り移られるなんて、嫌でしたもの。女王様が、その財産の遺贈先をわたくしにしていたことは、意外ではありますが、地球の行く先と、その平和を託された、とわたくしは考えております。まあ、『あの』女王様のお力は、人知をはるかに超越していました。今でも、そのお力の名残が、この世界に影響を与えているということを否定することは、できません。私自身もまた、たぶんその小さな、ひとつなのです。『火星の女王』は不滅だと聞いております。ならば、その行方さえ、わたくしたちは、実のところまったく断言できないのではないでしょうか?私自身は、今後は設立しました宗教に身を捧げてまいりたいと思います。もちろん、今回、みなさまのお許しがあれば、ですが。あとは、
ご質問をどうぞ。」
「ええ、ありがとうございます。では、皆さん、ご質問をどうぞ。」
「ハイ、質問。」
「ブル先生、どうぞ。」
「あまりにできすぎですよね。あなたは、もともと女王から、財産も権力をも、引き継ぐ約束だったのではないのか?」
「ええ、ビュリアさん、どうぞ。」
「はい、議長。いいえ、そのようなお約束はしておりません。」
「しかし、あなたは託された。地球全部を含めた膨大な財産も、その魔力も。人を食べる習慣も受け継いでいるのではないでしょうかな。」
「あなたの皮肉は分かります。でも、わたくしはブリューリ人間ではありませんし、それに人生の多くを金星とこの地球で暮らしてきておりました。遺産を相続してしまった事は事実ですよ。しかし、具体的に何を遺贈するとかしないとか、聞かされたことなどありません。また権力そのものを受け継ぐ意思はわたくしには、ありません。確かに王国を作ります。わたくしだけ特別待遇のように見えることは事実ですし、あえてそれは否定できません。しかし、わたくしは、地球の行く末をも、預かったのです。そのことには大きな責任があります。だから、一定の制約を作る必要性はあります。地球独自の環境や生き物たちを守り、その進化を保護しなければなりません。それなりの力が必要なのです。わたくしの力は、そのために使うのです。しかし政権の中枢にはタッチしません。その具体的な提案は、あとから行われるでしょう。」
「あのですな・・・・」
「ええ、他の方も発言を求めております。はい、あなた、ぞうぞ。」
ブル博士は、いやいや座った。
「私は、火星で、『支配種』としてずっと人を食べてきました。この先は地球で懺悔しながら生きたいと思っていますが、その罪は問われるのですか? ええと、つまり法律的にですが。また他の場所で生きる方も、もちろん含めて。」
「ええ、これはしかし、どなたが答えるべきでしょうかなあ?ダレルさん?」
議長はダレルに振った。
「はい。資料にも書きましたが、実はこの集会の後半では、予定的には早くてあさってか、多分その次の日、もしかしたら、もっと伸びるかもしれませんが、あたりですが、みなさんの投票を求めます。そこで、ある個人や、組織について、責任を問うかどうかお尋ねいたします。誰の責任を問うべきかのアンケートは、明日から取ります。責任を追及すべしという意見が半数を超えた場合は、専門機関に判断を委ねます。結果が出るまでの時間は、いくらかは、かかるでしょうけれど。しかし、今の問題については、私は、責任を取るべきは『ブリューリ』と『火星の女王』だと思っています。それ以外の個人については、責任の追及は不必要で、また不可能だと思っています。それでは、まったくこの先、未来に進めないのだと。ただしこれも、皆さんの意見を確認はします。おそらく、責任を追及される事態にはならないと、私は思っておりますが。しかし、このあと、金星人の方々からは異論が出る可能性もありますので、断定は勿論できません。」
「なるほど。リリカさんは?」
「付け加えることはありません。」
「ビュリアさんは、いかが?」
「あたくしが、判断を申し上げるべき立場ではございません。」
「ああ、いいですかな?」
ジュアル博士が手を上げた。
「そう言う話も出たので、おそらく多くの金星人の方の意思、を代弁しましょう。」
「はい、どうぞジュアル博士。」
「ああ、先ほどのダレルさんのお話は、もっともではあるが、やはり火星人の見解でしょうな。金星人としては、実は金星から火星に移住して、なお、普通人としてしか扱われず、結果食べられてしまった金星の人間は、ぼくの推計ではここ五千年でさえ、十万人を超える。これは犯罪以外のものではない。もちろん金星から脱出しなければならない事情を作ったのは金星人なので、そこの責任は金星側にあることも確かです。しかも、この件は政府間で密約でもあったのか、ずっと不問にて伏されてきていた。しかし、移民として受け入れながら、結局内緒で食べてしまうのは、異常でしょう。だから、この件は十分検討は必要なのです。つまり、犯罪として現在生きている個々の人間を裁きにかけるのは理不尽だが、この事実の解明は絶対に必要です。もっと様々な異常な行為があったのかもしれない。すぐ裁きにかけるのではなく、まずは調査すべき事項を確定する必要がある、少なくても、まずその調査機関を置く必要があると思います。」
「賛成。」
ブル博士が叫び、大きな拍手もわいた。
「わかりました、ええ、ダレル副首相、いかが?」
「わかりました。その方向で、皆様のご意見を確認いたします。あすまでに、案を作ります。」
「いいでしょう。」
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『喫茶大宇宙魔女さん』は、結構満員だった。
座るべき席が見当たらなかった。
しかし、ここは、アブラシオの中である。
お客さんが増えると、空間が広がって、座席も増える。
「ああ、あそこ空いた。掛けようね。」
二人は、ウナの子供を後押ししながら、席に着いた。
しかし彼の方は、入口の自動ドアの内側に、おかしな端末が設置されているのに気が付いた。
昨日までは、それは、なかったと思うのだ。
「いらっしゃいませ。まあ、可愛らしい子ねえ。」
ママが出て来て言った。
「ねえ、ママ、あの入口の機械は何?」
「ああ、あれね、さっき取り付けたばかり。なんでもビュリアさんの指示で取り付けられたらしいんだけども、まだ、使い方もわからないの。名称は『JGK』だとか。」
「はあ、何の略なのかな・・・」
「それは聞いたけど。『地獄カード』だって。冗談かもね。」
「いややや・・・なんだろう、それは・・・」
「さあねえ・・・で、何になさいますか。可愛いあなたも。」
「ちょっと考えるよ。」
「ああ、じゃあ決まったら呼んでくださいね。」
「はいはい。」
「君、どれにする?」
女性の方が尋ねた。
「ううん・・・悩むなあ!」
まあ、ものすごい数のメニューだから、悩むのも無理はない。
「食べ過ぎると、お昼に困るから、飲み物だけにした方が良いよ。」
「ああ、でも、ここもう最後なんでしょう?」
「ああ、そうかもしれないね。」
「ううん。じゃあ、このホットケーキと、それにババヌッキジュース。」
「大丈夫?結構、大きそうよ。」
「まあ、余ったら食べてあげるさ。」
男が言った。
「いえいえ、それは私の役目です。」
彼女が反論した。
「ラッキー!」
少年は、けっこう、喜んだのだった。
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