わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第ニ十七回
「ウナ、あんた、その体でずっといられるのかい?」
マヤコが尋ねた。
「さあ・・・あたしの体に似せて作った、作り物だけど、使用期限は特に無いとか、言われた。」
「見た感じは、全然違わないけど。」
「うん。子供に会って、どう言われるかがすごく不安。いっしょに居られるのだったら・・・、でもこの体は歳も取らないし、けがもしない。いいんだか、悪いんだか・・・いつか子供は、なんかおかしいと言うでしょう。それが怖いの。」
「独り立ちするまで、見てあげられたらいいんじゃない?」
「まあ。でも、この先どうなるのか、まったくわからない。」
「ビュリアさんの王国に、一緒に行こうよ。」
「それも、言われたの。」
「それって、誰から?」
「体に入れてくれた、不思議なお医者様。名前も分からない。」
「ふうん・・・」
「でも、子供が納得するなら、一緒に行ってもいいと思う。」
「どっちにしても、そうしようよ。それから、また考えたらいいよ。」
「そうね、まあ・・・・・」
ウナの目の焦点は、少し定かではなかった。
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会議二日目。
今日は、まる1日時間がある。
もちろん、その『焦点』はビュリアの証言であることは言うまでもない。
そこで、夜が明けるころから、もう多くの人たちが集まり始めていたのである。
「ビュリア、まだ来ないのか?」
ダレルがリリカに尋ねた。
「まだのようですよ。」
「くそ、無理やりでも、一緒に引っ張って来るべきだったな。ちょっと女将さんに聞いて見てもらえないかな。逃げられたら大ごとだ。」
「はいはい。」
当人は、温泉地球でゆったりとババヌッキ茶をすすっていた。
「ほら、あなた、もう行かなければ。」
女将さんが、けしかけていた。
「少しお待ちいただくくらいで、ちょうどよいのです。」
「もう、大スターみたいなこと言って。魔女のセリフじゃないよ。」
「はいはい。わかりました。行ってまいりましょう、お母様。」
「はい。ああ電話だ・・・・『はいはい。・・・・ああ、そうなんですよ。ここにおりましてちょっとお化粧に手間取って。はいはい。すぐ行かせますから、はいー。』ほら、リリカさんが、まだかって、言ってきた。」
「大方、ダレル君がけしかけたのよ。大体お化粧なんかしてないわ。すぐばれちゃうじゃないの。」
「ほら、パッパッぱあっと、やって行きなさい。あんたきちんとやれば、それなりに美人に見えるんだから。」
「元々、美人です。はいはい。じゃあ行きます。」
「ガンバッといで!」
女将さんも、午後には証言に呼ばれている。
ようやく、ビュリアが会場にやって来た頃、会議はすでに始まっていて、空間スクリーンの中では、急遽リリカ(本体)が証言に立っていた。
「おお、より難しい方を先に出しましたか。まあ、いいんじゃないかしら。どういうお話をするのか、とても興味深いですわね。」
「これはこれは、ビュリア様。お席にご案内いたします。」
案内に立ったのは、キャニアだった。
「あなたは出番ないの?」
「まあ、私は小者ですもの。」
「いえいえ、なかなか。」
ビュリアは一番前の席に案内された。
会場内が少しざわついたので、リリカは話を中断させた。
「ども・・・」
そう言いながら、ビュリアは席に着いた。
左隣りにいたのは、なんと『片目のジニー』だった。
「あら、あなたも呼ばれた?」
「まあ。そうなんだよな。」
「ふうん・・・じゃあこっちは?」
「さあね。誰も来ないけど。」
「はああ。」
リリカは、少しビュリアを睨みながら、話しを再開した。
「わたくしの生い立ちの概略は、そんなところです。さて、女王様は常に私のそばにいらっしゃいました。私は感応者ですから、随時女王様に洗脳されておりましたことは当然です。これは金星の方々には少し理解しがたいことかもしれませんが、そんなにショッキングな事ではありません。むしろ楽なのです。自分がすべきことの方向性が、大概いつもきちんと示されて行くのですから、行動の悩みは大幅に少なくなるのです。しかも自分の仕事には自信が持てますから、困惑することもまずありません。後悔も、ほとんどしません。しても、すぐに女王様が迷いを取り除いてくださるのですからね。ただし、今は違います。非常に後悔しております。それは、まず最大の後悔は・・・、人を食べ続けたことです。」
会場内がざわざわッとした。
火星人たちの多くが下を向いたり、苦しそうにあえいだりしていたが、逆に凛としている人たちもいた。
金星人は、このあたりもまた、元々注目していたところだった。
リリカは、火星人の同胞に対する食人の罪について、あっさり認めたわけだ。
「これは、元々はブリューリによって強制されたことでした。女王様はそこに無理やり協力させられたのだと思います。それはブリューリは人間に取りついて、意のままに動かす力があるからなのです。この共食いとも言うべき習慣は、遥かな過去から続いてきました。ブリューリが火星文明に介入してきたのは2億年から1億5千万年前の間だと思いますが、はっきりした年代が、実はまだ確定できません。それは、昨日もお話がありましたが、ブリューリが故意に過去を消去し書き直して行ったからです。もちろん女王様はきちんとご存知だったのでしょうけれど。だから、私やダレルさんが直接知っていることは、ほんの最近の少しだけのことです。ちなみに、ダレルさんは不感応者であり、人を食べることを事実上拒否しておられました。わたくしは、女王様のご命令とは言え、彼に無理やり人を食べさせました。」
またざわめきが起こった。
「それは、ほんの少しだけです。しかし、ダレルさんの罪ではありません。多くの火星人のうち、少数の支配者層は、確かにブリューリのせいとは言え、こうして永く罪を犯して来ましたが、罪の意識さえ持ってはいなかったのです。しかも、合法的な行為でさえありました。私はそれでも、罪は罪だと思っています。」
『ふうん・・・・・まあ、正直なところではあるんだろうな。ブルさんは、そこんところの自分の話は、うまいこと避けていたがね。』
ダレルは思った。
「ブリューリ退治のお話は、ダレルさんがなさいました。あまりあえて加えることもありません。それで、少し問題のあるお話です。かなり個人的な事もありますが、『青い絆』との関りのことです。」
『おいおい、それは言わない方がいい。あえて話す必要はない。やめとけよ。』
ダレルは思った。それで、介入をした。
「ああ、お話し中すみません。どうやら、ビュリアさんがお見えになったようです。本来この時間はビュリアさんのものです。ビュリアさんは『青い絆』の幹部でした。リリカさんには席に戻っていただいて、そこはビュリアさんから先に証言していただきたいのですが、議長いかがでしょうか?」
「ああ、うん。いいでしょう、時間の問題もある。では、副議長は下がっていただいて結構です。苦しいお話をしていただきましたが、あとで追加をしていただくやもしれない。議長判断です。では、ビュリアさんどうぞ。」
「あらあら、面白そうだったのにな・・・」
ぶつくさ独り言を言いながら、ビュリアは壇上に上がった。
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一人のまだ幼い少年が、アブラシオの部屋から連れ出された。
引率役の女性と男性ふたりが付き添っている。
「さて、これから地球に降りるぞー!」
男の方が言った。
「地球って、まだ人はいないんでしょう?」
男の子が尋ねた。
「うん。そうさ。でもね、今日はいっぱい火星人や金星人たちが集まってるんだ。」
「お祭り?」
「まあ、そうだね。お祭りさ。」
「なんで?」
「まあ、新しい世界の門出だから。」
「カドデって、なに?」
「家を出て、旅に出る事だよ。火星人と金星人は、故郷の家を失ったんだ。だからみんな旅に出るんだ。」
「ふうん。あなた方も?」
「そう。みんなそうなの。君だって、そうでしょう?」
女性の方が言った。
「まあねえ。でも、ぼくはどうして、地球に行くの?」
「お母様が、お待ちだからよ。」
「え?お母様。ウナの事?」
「ああ、そうだけど。お母さんの事、『ウナ』って呼ぶの?」
「うん。だって、顔は知らないし、名前だけは聞いてるから。」
「ああ、そうか。ほら、これが写真だよ。」
少年は、ちらっと見ただけだった。
「知ってる。」
彼はぶつッと言った。
「はい?」
「写真は持ってるんだ。一枚だけ。もっと若いころのだけど。」
「じゃあ、顔は知ってるんだ。」
「まあね。でも、最近のは見たことないし。だって人は歳をとるから。」
「ううん・・・そうなのかあ。でも、お母様は、まだお若いからそんなには違っていないわよね。」
「あなたがたは、ウナに会ったの?」
「いえ、そうじゃないけどね。」
「ふうん・・・」
『やりにくいガキだなあ』、と二人とも思いながら、しかしこう言った。
「もうちょっと時間がある。ババヌッキジュース飲むかい?」
「うん!ぜひ!」
「よしよし。じゃあ、ちょっと『喫茶』に行くか。」
アブラシオの中には、なんでもある。
二人は、やれやれと思いながら少年と共に『喫茶大宇宙魔女さん』に入った。
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一方で、そのウナは落ち着かなかった。
夕べまでは、いや明け方までは、わりと平静だったのだが、マヤコがはたから見ていても、なんとなく気の毒なくらい、そわそわし始めていた。
「大丈夫だよ。きっとちゃんと来るさ。」
「うん。そう。そうよね。なんだか、会いたくないっとか、言いそうな気がして。」
「まあ、心配するのは当然だけどさ。ビュリアさんのする事なんだから、間違いなんてないさ。会いたくないなら、こんな予定なんか組まないよ。」
ちょっと言い過ぎたかなあ、と心配しながらマヤコはウナを見つめた。
しかし、ウナには余裕がない。
「ええ、うん。わかってる。大丈夫。あの、マヤコさん一緒に来てくれる?」
「ああ、そりゃあ行くさ。」
「よかった。」
親子の対面は、お昼時間に設定されていた。
昼食も一緒にする予定で、決裂さえしなければ、そのままウナに引き渡されることになる。
二人の保護担当者は、しばらくはこの親子を援護する計画にもなっていた。
ビュリア(女王)は、万全の対策を取るようにと、指示を出していたのだ。
長い長い午前中だった。
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