わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第ニ十一回
拘束されていた「ホテル」の幹部たちは、火星側の手によって、夜になる前に、皆解放されていった。
金星側には、すでに抵抗する力はなかった。
ニコラニデスは、まだ非公式にではあるが、火星側と基本平和合意を結ぶ意思をすでに示していた。
もっとも、火星と金星は、正式には「戦争」などしていなかったけれども。
キャニアは、ホテルの従業員ルームに帰っていた。
いったい、何がどうなったのか、はっきりしたことは分かっていなかったが、「金星」も「火星」も文明が滅亡したという事だけは、間違いが無いようだった。
しかし、平和が戻った「ホテル」にいると、何も変わったことはなかったようにしか思えない。
しかし、この先状況はどんどん困難になるだろう。
お祭り騒ぎは、ここ数日間だけなのだ。
食料の調達は、どうなるのか?
もともと地球上で生活していた人々の食料の多くは、金星と火星に依存していた。
それはもう、出来なくなるだろう。
貯蓄された分で、一年くらいは何とかなるだろうけれど・・・。
エネルギーは、幸いかなりの部分太陽と、地球の内部に依存している。
技術と施設が維持される限りは、なんとかなる。
「まあ、しかし、千年は無理だね。それまでに生き方を変えなきゃならないさ。」
ババヌッキ茶をすすりながら、バンバは言った。
「変えるって、どう変えるんですか?」
キャニアが尋ねた。
ホテルの下の方は、明々と電気が灯って、大騒ぎになっている。
あまりに賑やかなものだから、猛獣たちは警戒してなりを潜めているらしい。
周囲には全く彼らの気配がなかった。
「さあて、そこが問題だ。しかし、この先一億年とかを、こうして過ごすことなんか可能だとは思えないからね。一番あり得るのは、ビュリアさんの王国に合流することだろうな。あちらの受け入れ態勢が出来たらだけどね。それとも・・・」
「それとも?」
「自然に帰って、静かに最後を迎えるのさ。」
「ロマンチックではあるけど、それは当事者たちにとっては、現実的じゃあないでしょう。」
「まあね。」
「この会議で、どこまで決める積りなんでしょう?」
「さあて、筋書きを描いてるのは誰なのか?」
「リリカ?ダレル?」
「そうだね、やっぱり、ビュリアなんだろうな。」
「あの人って、いったい何なのかしら。直に会った感じでは、いかにも『魔法使い』です。」
「ふうん。まあ、それに違いは無いんだろうなあ。いわゆる『超能力者』ってやつだ。しかし、火星人なのか、金星人なのか、それとも、どこかの辺境惑星で生まれたミュータントなのか。」
「そりゃあ、女将さんが知ってるでしょうに。」
「まあ、確かに女将さんは自分が母親だと言っているよ。それに、父親は火星の情報局長らしい。でも、それはそう言っているだけだろう。証拠はない。」
「まあ、チーフ、少しばかりオカルトかぶれしてません?」
「そうかな?」
「そうですよ。」
「ふん。しかし、まあ、それは実際妄想だとして、この先地球人が生まれて来て、我々「金星人」や「火星人」のことなんか話をするときには、きっと「オカルト」の領域になるさ。」
「それは、確かな気がします。証拠を残したいですね。我々が存在していた、確実な。」
「そうか?君は意外と、俗っぽいんだ。」
「夢です。夢!。」
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「いいかい、実行は、深夜2時だ。」
クンダルが言った。
「ぼくの得ている情報では、この地下に、お宝がある。」
「本当に確かな情報だろうなあ。」
ダニーが尋ねた。
彼は、元々別の強盗団のリーダーだったが、すでに解散してしまっていた。
火星で収監されていたが、地下刑務所への移送時のごたごたに紛れて脱走していた。
「間違いない。確かな筋からの情報だ。」
「深夜は危険がいっぱいだな。」
モラリーがつぶやいた。
クンダルの一の子分である。
体中に発光可能な特殊ペイントが入っているが、刺青ではない。しかし、消えない。
暗がりでは、役に立つ。
一種のアンドロイドというところだ。怪力の持ち主でもある。
強盗団は、五人。
「ホテル」の、パレスとは反対側の約1500メートル向こうにある、「謎の」施設を狙っていた。
この地下に、財宝が眠っているのだそうだ。
まあ、夢のような、やや馬鹿げた話に思えたが、実はそれなりに的を得ていたのだ。
その施設は、四角い巨大な「お墓」のようにしか見えない。
ただの、コンクリートの塊のようなのものだ。
周囲は特殊な警備装置で厳重に管理されている。
つまり、そうしなければならないもの、なのである。
だから、この底に「財宝が眠っている」という噂は、かなり以前から出回っていた。
そうはいっても、まずここを訪れること自体が、非常に困難なことだ。
通常の観光コースからもはずれているし、手つかずの荒野である。
先にババヌッキ社長が遭難した山岳地帯は、さらにその向こうにある。
普通は社長の様な、超お金持ちのマニア以外が立ち入る地域ではない。
もっとも、強盗団なら話は別だと考えておくべきではあった。
こんな場合以外に、ここに強盗団が来るなんて、まずありえなかったのだけれど。
なぜならば、よほどのものでなければ、費用対効果が釣り合うかどうかわからないからだ。
しかし、今回は交通費がタダであった。
暇つぶしに狙ってみて、悪いはずがなかったのだ。
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パーティーは、いよいよ盛り上がってきていた。
結局その中心になっていたのは、マヤコだった。
なにしろ、面白い面白い。
どんな相手とも、すぐに話を合わせてしまう。
すべて、相手が喜ぶような話にしてしまう。
大体、ブル博士のような人と、楽しくお話してしまえるような人間が、この世の中にいるなどと、誰が考えられただろうか。
すべてを、マイナスにしてしまう人。
相手をいやあな気分にさせてしまう「天才」である。
「やたああ! 先生すごい!」
マヤコの声が響く。
ブル博士が、見たこともないような照れ隠しの苦笑いを浮かべている。
俄然興味をひかれたジュアル博士が話に紛れ込んでいる。
二人は、このド素人に何とか難しい学説を分からせてやろうと必死になっているのだ。
大学での二人は違う。
わからんものは、そのままでよい。
わかるやつだけ、付いてこい。それでよい。
なのであった。
この偉大な二人の学者から、これほど懇切丁寧な解説を聞けたのは、後にも先にもマヤコだけであろう。
「あらら、盛り上がってるわねえ。マヤコさん。」
女将さんがダレルのカップに、いっぱい注ぎながら言った。
「むかしから、ああでしたよ。マヤコさんの回りには、いつも人だかりができるの。」
「ぼくとは、大違いだ。」
「ほんとにね。」
リリカ(本体)が言った。
「見習ったら?」
「やだね、ぼくは静かなほうがよい。」
「まあ、でもね、あなた火星の地下に籠るつもりでしょう?」
「ああ。」
「人間性が崩壊しかねないわ。定期的に外に出なければ。」
「暇が出来たらね。」
「ふうん。心配だなあ。私は、辺境中心に動くつもりだけれど、なんか嫌な予感がする。月に一回は、会議をしましょう、必要よ。」
「そうだね。それは同意する。」
「ふうん。でね、このたびのごたごたについて、犯人探しと、処罰をすべきだと言う意見が、特に金星側から出て来ている。ブル先生も同調していそう。明日から大変よ。」
「ぼくを吊るし首にするかい?」
「また、冗談を。」
「でも、そういう案が実際あるようです。ちょっと聞いてしまいました。こっそりね。」
仮面のリリカが言った。
「リリカも同罪、とされています。火星側にも、ブル先生に追随する動きがあると見ました。」
「まあ、当然でしょうね。中心人物は誰?」
「それがですね、どうやら表向きはタンゴ司令らしい。しかし、裏に黒幕がいるようです。」
「ふうん?それは誰なのかな?ババヌッキ社長?」
ダレルは、マヤコとの話に加わった社長を眺めていた。
「いいえ、あの方はそう言う人じゃない。ユバリーシャ先生らしい。」
「ほう、それは、なるほど・・・。怨まれて当然だものな。」
「ビュリアは、なんか、やけに大人しいなあ。」
女将さんがつぶやいた。
当人は、滅多に手に入らない、本物のお魚料理に手を付けている。
ウナが、恐る恐るマヤコのグループに近づいていた。
「ウナ、ウナ!」
マヤコが中心に彼女を引き込んだ。
「英雄なの!ウナは!」
マヤコが叫んでいる。
「でも、議案として採択されたら、討論と採決をしなければならないわ。」
「何時、動議が出されるの?」
「明日の午前中には、きっと出るでしょう。ブル先生が言うんじゃないかしら。」
「楽しそうだもんな。」
「まったくね。」
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強盗団五人組は、準備を進めていた。
「ホテル」から現場までは、三人乗りの空中スクーター二台で一気に飛ぶ。
アッという間だ。
ただし、このスクーターは強盗団御用達の優れものだ。
携帯折り畳み式。
閉じたらリュックにすっと入ってしまう。
可聴域の音は、ほとんどしない。
あと、侵入用のグッズ一式。
どんな、絶対開かないという金庫でも、一発で開けてしまう機械。
いかなる警報装置も無効にするという、魔法の警報解除器。
そのほか、地下に降下するための、小型降下機。これはちょっと技術がいるが、五人とも熟練者である。 そのほか、高性能レーザー銃に、小型強制分子分解銃。
なんでもある。
携帯用の固形食料や、水分補給魔法瓶。
通信機一式。
そのほか、緊急用脱出装置などなど。
あとは実行時間を待つだけとなった。
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宴会場は、さらに、さらに盛り上がってきていた。




