わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第一回
火星の第一衛星【「フォボス」(これは後世の地球名だが)】は、少し変わった顔をしている。その大きさは、27×22×18キロメートルで、ちょっと出来の良くないジャガイモのような感じがする。しかし何より目立つのは直径約9キロの大きなクレーターだろう。これは、テロリスト集団『青い絆』が示威行為の為に開けてしまった大穴だった。
しかし、その周囲に見られるクレーターは、この大穴とは関係がないものだ。
一方第二衛星【地球名「ダイモス」】は、もっと小さくて、15×12×10キロメートルくらいだ。異様なつるつる感が、かえって不気味な感じがする星だ。
どちらも火星から分裂したものではなくて、出来たあとから、火星に捕まってしまった天体だと考えられている。
アーニーは、この二つの衛星の地下にも『避難施設』を建設していた。
故郷火星から近く、その気になれば(小型の宇宙艇さえあれば)、簡単に訪れることも可能だったから、ここに移住したいという火星人は多かった。
とはいえ、生活のための様々な施設を用意してしまうと、もともとの居住スペースが限られてしまうので、ここの競争率は非常に高かったようだ。
まして、火星には、危険な放射性物質が広がってしまっていたので、そう簡単に『訪問』という訳にもゆかなかった。火星への訪問団が許可されるようになるのは、まだまだ、だいぶん先の事だった。
地球の「月」は、その次に人気が高かった。
しかし、そう遠くない将来、地球人がこの「月」の観測を始めることは間違いなかったし、人工衛星などを送ってくるのも、そうなれば、もう、時間の問題だった。
そこで、この衛星の特色を考慮して、居住地はすべて地球から見た「月」の裏側と、その地下に配置されていた。
それでも、ここが発見されることは間違いなかったし、別にそれでよかったのだ。
そのくらいまでに地球人のレベルがアップしたら、もう、隠しておく必要もなくなるからだ。
そうなれば、いよいよ火星本体の大掛かりな再開発が行われるようになる。
地球人は、よい労働力になってくれることだろう。
火星人は、再び栄光を手に入れる。
金星人は、過去の忘れ去られた遺物になってしまっている。
いや、忘れ去られるのだから、遺物にさえならないだろう。
金星上は、『ママ』のおかげで、きれいさっぱり文明の痕跡は消えてしまった。
ビューナスが大好きだった地下の『温泉』だけは、無傷のまま残されていたが、地球人がここを訪れる能力を持つのは、相当先のことになるだろう。たぶん彼らが宇宙に出始めてから五千年とか、そのくらい先の事になる。今から言えば、二億五千万年と、あと五千年くらい先の事だ。
破壊されつくしたということ、それは、火星本体も、ほぼそうだったが、ここには地下に立派な都市が作られて、いまだに多くの火星人が眠りについている。外から見ると、なかなかわからなくなることも考えられたので、後世の火星人自体が、どうしても解明できずにいた、例の『人面岩』が目印になる様に、アーニーは地下都市を配置していた。
火星上には、多くの入口が当初作られたが、すでに大部分は埋め戻されてしまっている。
こうした、アフターサービスをしたのも、勿論アーニーだったが。
木星や土星の周辺、さらに遠方にまで移住した火星人たちの事は、この先、また少しづつ分かって来るだろう。
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さて、そこまでまだ話が行かない、火星と金星の文明が崩壊してしまった直後、ダレルはビュリアに会うために地球を訪れようとしていた。リリカ(本体)もまた、そこに同行していた。
『地球ホテル』と『地球スカイガーデンパレス』のもめごとも、まだ解決されていない、そのままの状態だった。
「こちらダレル。どこに行きゃいいの?」
「オーケー、じゃあ着陸地点のデータを送りますね。いいところよ。」
ダレルとリリカが乗った宇宙艇は、気持ちよいくらいになめらかにコースを飛んで、ビュリアが指定した場所に向かって行った。
そこは、地球の超巨大大陸とはかなり離れた大洋の上に浮かぶ、多数の島からなる列島地域だった。
ビュリアの『教会』は、大きく二つに分かれた島の北側の島に降りていた。
こここそが、やがて、この先何億年にもわたって『タルレジャ王国』を維持し続ける、その中心地、首都タルレジャの、北島地域になる。けれども、今はこの教会以外には何もない。
ダレルの宇宙艇は、さっそくこの教会を『発見』した。
「着陸態勢に入ります。垂直着陸。」
小型宇宙艇は身軽だ。教会の前庭に、すんなりと着陸できた。
よく見れば、明らかに王宮の庭の一部分だった場所に違いない。
欲張りにも、教会の敷地の周囲を相当切り取って、そのまま持ってきてしまっている。
東屋や、ベンチや・・・
ビュリアが教会から庭に出て、待ち構えていた。
「よくいらっしゃいました。地球に。あたらしい、我が国に。」
三人は握手はしたが、ダレルは皮肉を込めてこう言った。
「火星は、まだこの国を承認していない。検疫もしなければ、ならない。ここは火星の領土だ。」
「あら、わたくしの土地ですわ。」
「また、それを言う。くそ!」
「まあ、ご挨拶ね。まあいいわ、さあ中にどうぞ。お茶もお菓子もありますよ。」
教会の信者たちが、何の心配もしていないという風情で、教会の周りを散歩している。
本を読んでいる人もいた。
ダレルの宇宙艇を眺めている人も、もちろん、それなりにいた。
しかし、宇宙艇が着陸したから「これは大事だ!」という雰囲気は全くなかった。
この人たちは、皆、火星か金星の出身者たちであり、移住第一世代だから宇宙船などはあたり前の事なのだ。大体自分たち自身が『教会』に乗って地球にやってきたばかりの当事者なのだから。
しかし、次の世代を経てもう一つあとの世代当たりになると、「宇宙船」は、それこそ「幻の乗り物」になって行くことになる。 三世代先当たりでは、ほぼ「おとぎ話」の世界に入って行く。
「なんか、おかしな雰囲気だな。これが宗教的な境地なのかな?」
ダレルが、リリカにささやいた。
「あら、私もう、タルレジャ教に入信してるわ。これから巫女になるための訓練をするのよ。」
「それはどうも。ぼくはいつも置いてきぼりだから。君もあんな風になるか。」
天を見上げながら、ひたすら手を組んでいる女性を見ながらダレルは言った。
「そんなことは多分ない。でも、あなたも、ちゃんともう信者の名簿に乗っかってる。」
「そんな馬鹿な。本人の承諾もなくか?」
「でなきゃ、ここに入れないもの。まあ、通行手形、みたいなものよ。」
聞き耳を立てていたビュリアが付け加えた。
「わたくしからの、ささやかな贈り物ですわ。ありがたく頂きなさい。『ただ』だからね。あなたは、いつの間にか、タルレジャ教の「教導師」さまに昇格したの。偉い人よ。もっとも、タルレジャ教では、位階なんてそう重視されないけどね。「巫女さま」以外は。」
呆れているダレルを引き連れて、ビュリアは例の部屋に入っていった。
「ちょっと、待てよ。ここは、王宮の中の部屋だろう?どうして?なんで?」
薄赤い光に満たされた、「例の部屋」の「例のソファ」に、長い輝く脚を見せびらかしながら座って、ビュリアが言った。
「好きなんだもの。ここがわたくしのお城だから。」
「いや、だから、これなら、なんで、ぼくたちは宇宙船に乗っかってここまで来たんだ?」
「あら、行く先は同じでも、道はいくつかあったって、おかしくもないでしょう。それに、この方が、ああ、ぼくは、また地球に来た!という実感が湧くでしょ。」
「論評にも値しない。」
ダレルは吐きすてた。
「やな子ね。いつもだけど。」
この二人の反目状態は、永遠に変わらないと悟ったリリカ(本体)が本題に移ろうとした。
ビュリアは、美味しそうにお菓子をつまんで、リリカにも勧めた。
「それで、ホテルと旅館の状態ですが、どうなってるのですか?」
「膠着状態ね。金星軍団側は、後ろ盾が無くなってしまった。地球独立派側は、断然優位に立ったけれど、最後の手がない。認めてくれる相手がいなくなったからね。黒服の軍団・・つまりはわたくしの軍団がすべてを管理しています。しかし、そのままという訳にはゆかないわ。あなた方、中に入って、まとめて来なさいな。」
「あの、旅館の女将さんは?」
「ああ、お母様は、まあ趣味で手伝ってくれたような感じだから。結局どうでもいいのよ、楽しければね。」
「はあ・・・」
この奇妙な親子三代は、やはり似た者同士だと、リリカは思ったものの、自分も、やはりその内なんだと気が付いて、はっとした。
「それでも、これは大事ですよ。地球の未来が、ある意味かかってるんです。」
「そうね。だから行ってらっしゃいな。そんなに手間はかからないでしょう?」
「ちょっと待て。あなたは、地球をどうしたいんだ?」
「あら、決めるのはあなた達よ。わたくしは引退の身。よく、話し合いなさい。いつもそう言ってるでしょう? いますぐ征服するのも、確かに方法の一つではあるけれど、まだ征服するものがあまり無いわよ。火星も金星も壊滅状態で、しかも今の地球の資源を抑えたって、あまりすぐには意味がない。ただ、わたくしのお願いとしては、前から言っているように、地球の自然に未来を任せる意味でも、よけいな手出しは、してほしくない。あとは、まあ、任せるわ。そうそう、ここを買いたいと言っていたブリアニデスさんがいなくなったからなあ。あなた、地球買う?多少なら割り引きしてあげる。」
「火星も金星も崩壊した。あなたの所有権も、同時に崩壊したんだ。いい気味だ。」
「あらあ、言ったわねえ。ううん。そこは痛いところだったかもしれない・・・ううん・・・」
「行こう、ここにいても仕方がない。話を着けてやる。」
ダレルはリリカを引っ張って出て行った。
「あああ、そこじゃない。そこ行ったら王宮よ。こちらからどうぞ。」
ビュリアは別のドアを示した。
二人は、言われたとおりに、素直に「そちら」から出て行った。
「まったく、無駄骨ばかりだ・・・」
と、ダレルはぶつぶつ言いながら。
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「あまり、茶化さない方が良いですよ、この時期に。」
アーニーがビュリアを少し諫めるように言った。
「そうね。でもね、ダレルたちにしてみたら、ここは正念場よ。ここで、自分たちの正当性を確立させるのもよし。つまり地球をさっさと占領してしまうのね。たぶんその方が良いに決まってるじゃない。」
「そうですが、しかしそれは、未来から伝えられてきた歴史とは、違って来るのでは?」
「そう思う?」
「ええ。」
「そうね、どうなんだろうか?やがて現れる地球人は、自分たちが、実は元から火星人の、ある種の管理下にあると知っている事が必要なのかしら?」
「つまり?」
「地球人は元から火星人にずっと支配されているなんて、未来に至っても、ただ知らなかっただけなの。一部の人以外はね。それが真実なのかもよ。」
「そうかなあ??? ジャヌアンさんのもたらした情報は、そう言う意味ではなかったと思いますが。」
「ふうん・・・面白いじゃない。ちょっと、成り行きを見ていましょうよ。どっちにしても、わたくしたちが、未来に縛られる理由はないわ。これから変えてしまってもいい。そうでしょう?」
「まあ、そうですけれどね。」
「凍り付いてしまう、未来の権力者もいるかしら?」
「さあ? たとえ現実でも、知らない事には、全然凍り付かないでしょう。だって、関係ないのだから。」
「そう、そこね。ふうん・・・・」
「あなた、また、良くない事を、考えてないですか?」
「そう? ふふふふふふ。わたくしだって、食料は多少は要るもの。そうそう、あなたね、今日からは、アーニーさんじゃなくて、アニーさんよ。」
「え?どうして短くなるのですか?」
「まあ、まだ機能も十分回復してないし、わたくしに反抗したり、失敗したりもしたでしょう?だから、少し省略するの。地球で上手くいったら、また、次には、元に戻してあげるわ。」
「それは、なんというか。お仕置きですか?」
「まあ、気分転換よ。それだけ、いいわね。決まりだから。」
「はあ・・・・まあ、反抗はしません。」
「よしよし。じゃあ、アニーさん、ちょっと様子を見に行きましょう。ダレルがどうするのかを。わたくしたちは、当分傍観者だわ。」
「うそでしょ、あなたが、口を出さないはずがない。」
「まあ、失礼な。ほほほ・・・」
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