わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第十五回
ダレルが壇上に立った。
実を言うと、こうした「巨大教室」のような場所で「お話」をするというのは、ブル先生のようには慣れていない。
しかし、いつでも冷静沈着なリリカに対して、結構攻撃的で負けず嫌いのダレルは、人に弱みを見せたくはない。
最前列で、ソーとアリーシャが見上げている。
「火星副首相のダレルです。副首相と言いましても、「火星」を失わせてしまった当事者であり、慙愧に堪えません。」
ダレルは、少し間を置いた。
「母星を失った今、こうした地位は、もはや消滅したに等しいのであります。しかし、多くの火星人は、今も火星の地下で、またその二つの衛星や、木星、土星などの衛星で、そうして、一部はこの「地球」と、またその「月」で生き続けようと懸命に努力しています。私は、皆さんに、ただひたすら貢献しなくてはならない。そう決意をしています。さらに、金星の皆さんに対しても、可能な限りのご援助をしたいと考えております。また、この地位はそう遠からず、民意により判断されるものと思います。しかし・・」
ダレルは、また一呼吸置いた。
「今回の事態について、私に責任があることは当然としても、まずいくつかの事実を、皆様にお話しておく責任もあると思います。遥かな過去、今から2億年から1億5千万年前の間において、「女王様」が、金星と火星に、相次いで文明を起こしたことは疑う余地がありません。ただし、人類の誕生がどのようになされたかについての詳細は、いまだにはっきり解明はされてはいません。人類は、おそらくそれ以前から存在していましたし、実は、我々が知り得ない、超超古代文明があったと主張する学者さんがいることも事実です。ただし、証拠はまだ得られていませんし、今回の事態で、ますますその解明は難しくなったのかもしれない。しかし、今、皆さんはここに居るが、地球人類は、今だ現れていません。けれども、確実に間もなく現れるだろうと考えられているし、我々はそのための準備を行ってきていました。もちろんそれは、「女王様」のご指導の下で行われてきておりました。そうして、その背後には、あの「ブリューリ」が、いたのです。」
すこしざわめきが起こった。
「我々の一部は、これから「地球人類」の妨げにならない範囲で、地球で生活する訳ですが、これは地球上における初めての「文明」です。しかしながら、これは「地球人」の歴史には、間違いなく、決して残らない歴史なのです。この場所もそうです。一億年先には、ここは跡形も無くなっているでしょう。つまり、火星や金星においても、そうした事実があったかもしれないし、あってもおかしくはないのです。もちろん、地球は火星や金星と大きく異なる。大陸移動もそうです。地球の大陸は移動するのですから。」
がやがやと会話が交わされた。
「しかし、既知の金星文明と、火星文明は、最初は「女王様」によって支配されていました。それが崩れたのは、1億5千万年から1億年前の間に、ブリューリがやって来て、女王様を虜にしたことが原因でした。皆さんは、学校で習った歴史と、私が少し違うことを言っていると感じたでしょう。例えば、学校では、「女王様」の治世が始まったのは、火星暦で言えば、「2憶年前」とはっきり言っているからです。またブリューリによる共同統治が始まったのは、1億5千万年前としていました。もちろん「ブリューリ」を呼び捨てにするなんて、少し以前までは、死刑ものでしたよね。でも、今はもう違います。ぼくが、いえ私が思うに、このあたりの実際の年代は、実際よりもかなり古く見積もられて、改ざんされているのだろうと、いう事であります。」
がやがやと言う声は大きくなり、「ほう!」という、ブル博士の声もはっきりと聞こえた。
「ブリューリの支配がはじまって、おそらく一億年は、まだ経っていないのだろうと、思うのです。ただ、これは、そう一般の生活に影響があるような事柄ではありません。彼が、自分の支配に,箔を付けようとしただけです。むしろ、大切なのは、つまり、「女王様」の治世については、全く間違った情報に書き換えられているということで、先度のブル先生のお話は、正しいと思われるのです。(ブル先生は大きくうなずいた。)またこれは、現在の火星政府の見解と考えてください。さて、しかし、ブリューリは、人間が人間を食料にするという、基本的なタブーを基礎にして、自分の腹と欲望を、長年膨らませていたのです。そこで実際の問題は、「ブリューリ」の支配をどう終わらせるかだったのです。これについては、われわれ「不感応者」が、大きく貢献した事は事実です。けっして自慢したりはしていませんよ。でも、不感応者は、長い年月苦労してきたことも、また事実です。ただし、不感応者だけが力を発揮したのではありません。女王の介入をたびたび受けながらも、いまそこにいらっしゃる、リリカ首相は、まあ強運も手伝ったのですが、あきらめずに、この困難な仕事を果たしました。(当然、拍手が起こった。)また、もっとも苦労を強いられ、永遠とも思われる苦難を耐えたのは「普通人」と言われた多くの人々です。実際火星に於いて、彼らは勝利を手にしたのです。(また、拍手が起こった)ところで、実際のところ、この過程で、金星と火星の関係が問題になりました。いきなり爆弾発言で恐縮ですが、ビューナス様は「女王へレナ」によって作られた人造人間だったのです。」
会場内は、大騒ぎになった。
ブル博士はじっと聞いていたが、ジュアル博士は、さかんに周りを見回した。
暴動が起こるのではないか、と心配したのだ。
「ご静粛に!みなさん、ご静粛に!」
議長が叫んだ。
ダレルは、リリカの見るところ、少し満足そうな微笑みを浮かべて、聴衆を見回していた。
「つまり、金星は実のところ、過去も、現代においても、つい先日まで、「火星の女王様」の実質的な支配下にありました。」
「おかしい!」「変だ!」「恥を知れ!」「金星を侮辱している!」
などという声が、あっちこっちで飛んでいた。
「そうなのです。おかしいのです。実際に。これは、まだ、あくまで、ぼくの推測です。確実な根拠はないのですが、これ以外に良い回答もないのです。」
ダレルがそう言うと、少し会場内は静まった。
「皆さんは『ママ』の存在について、考えなければなりません。『ママ』とは何か? 詳細は『女王様』以外の誰にもわかりません。しかし、『ママ』は単なる機械では無くて、意思のある、いわば生き物だったのです。これも、いまだ推測の域を出ませんけれどね。『女王様』が、遥か昔に、金星の管理の為に住まわせたのでしょう。それが、年を取って、壊れたか、何らかの病気になった。ところが、ビューナス様は、ご自分が『女王』によってつくられた「人工生命」だとは知らなかったはずです。『ママ』は『女王様』と喧嘩を始めたのです。最初はごく小さな。しかし、それは次第に、エスカレートしていったのです。ビューナス様は、そこに板挟みになった。『女王様』も同様にね。自業自得です。(別の人たちからブーイングが上がった。)これが、今回の騒動の背景にあります。ぼくたちは、この状況の中で、とにかくまず、ブリューリをなんとか追放する必要がありました。そのためには、金星側と、一定の協力をする必要があったのです。なので、ぼくは、独断で「青い絆」と秘密協定関係を作った。(「裏切り者だ!」という声も上がったが、これはあまり広がらなかった。)ブリューリは、その本能か性質かにより、複数の惑星の生物を食料にはしない。もともと火星人だけが食料となる対象で、金星人はその対象になっていなかったのです。」
また、「うわー!」という声が上がった。
「火星の多くのみなさんは、「女王の」精神統制から解放されたばかりですから、まだまだ、違和感が大きいでしょう。しかし、ブリューリは、「女王」を操って、火星人を食料にしていただけなのです。それだけです。そこに深い哲学などありません。食欲だけなのです。そうして、あの怪物は、次には地球人に狙いを付けていました。だから、やがて邪魔になるだろう、火星文明と金星文明を、故意に、滅亡させようとしていたのです・・・そこで、壊れかけの『ママ』に、何か細工をしたに違いないと、私は、想像しています。」
*****
「まあ、始めはいい線行ってたのに、どんどん外れてしまったわね。」
ビュリアがつぶやいた。
『しかし、あすは、あなたが、しゃべらされるのですよ。そんな、のんきな事言ってていいんですか?』
アニーが皮肉った。
「まあ、そうね。でも、事実を話すかどうか、なんてわからないでしょう?」
『あれ、じゃあ、また嘘をつくのですか?』
「ウソ言うかどうかは、ビュリアさんの判断ですものね。だって、話をするのは、ビュリアさんなのだもの。」
『あああ、やっぱり、居留守を使う気ですね!』
「居留守だなんて。まあ、多分ダレルさんの言ったことを、肯定するだけよ。まあ、多少はお釣りも上げる必要はあるだろう、けどもね。」
『ねえ、ヘレナ、それではどんどん積もるだけですよ。少しは雪かきしないと。』
「あら、あなた、知った風な事を言うわね。誰のおかげで大きくなったの?」
『いやまあ、あなたのおかげですよ。でも、あなたは、隠し過ぎてるでしょう? ああ、ほら、他のヘレナが話しかけて来てますよ。』
「まあ、「好きなようにしなさいな。」どこ? プロキシマ?」
『そうですよ。宇宙クジラさんに頼んで、アニーの管理領域を広げてもらったんでしょう?』
「まあね。途中に何人か置いてもらったの。」
『高かったでしょうに。』
「まあね。でも、大部分はこれまでの貸しで帳消しだもの。ここしばらくだけで、膨大なエネルギーを、ただで上げたのよ。いっぱいお釣りがくるくらいにね。向こう5万年は、彼ら全員が生きられるわ。」
『ふうん。でも、ダレルさんがかわいそうです。リリカさんもね。命がけで頑張って、一生懸命説明をしようとしているんですよ。』
「そうね。うん。そうよね・・・そこは、考えるわ。」
********** **********
プロキシマケンタウリの「ヘレナ」は、ひどく孤独だった。
もっとも、今の「ヘレナ」は、生物体から解放されているので、その感情に影響はされない。
永遠の孤独を経験しているから、この程度のものは、瞬間でさえない。
にも、拘わらず、この短い時間が、なぜだかひどく重かった。
「ねえ。アーニーさん。お話してもいいかな?」
『アニーです。改名しましたから。』
「ああ、そうか・・・・・。ねえ、「わたくし」から、ちっとも何も言ってこないの。なにか言ってらっしゃるかなあ、と思って。」
『「好きなようにしなさいな。」だそうですよ。』
「まあ、ひどい。確かに罪が重いとはいえ、もとはと言えば、逃げたのはそっちなのですからね。わたくしは、犠牲になったのです。違いますか?アニーさん。」
『いえ、まあ、そうです。』
「ああ、火星に帰りたいなあ。」
『そう、伝えたらいいですか? 』
「はい。」
『わかりました。』
********** **********




