わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第十四回
「ハイ質問。」
当然のごとく手を上げたのは、ブル博士であった。
博士は、こうした講演会などに於いて、質問をして相手を苦しめないのは、相手に対して失礼にあたると考えている人である。
その人が、自分の考えに同調している人であろうがなかろうが、関係なく、一切遠慮しないのが科学の進歩につながるのだ、と言うのである。
そこまでは同じ考えの学者も多いものの、その先の私生活でも、ほとんど遠慮をしないため、ブル先生は嫌われていた。
ただしアバラジュラなどは、ちょと違う例外的な人物だったのである。
つまり、彼にはごく少数の保護者が必要だった。
「ええとですな。まず簡単なところからですが、このお話の『踊り子ジャヌアン』さんですが、この方はここにいらっしゃいますか?」
「ええ、ジャヌアンさん、いらっしゃいますか?・・・・・いらっしゃらないようですな。」
カタクリニウク議長が答えた。
「なるほど。「ジャヌアン」さんは、なぜお二人を攻撃したと思われますか?」
ワルツ司令とタンゴ司令は、壇上の椅子で顔を見合わせたが、ワルツ指令が立った。
「ええ、われわれは、海賊をしょっぴこうとしていたわけですから、それを阻止したのでありましょう。」
「ふん。会場の方の中で、このジャヌアンさんが、こちらのお二人を襲った現場を見たと言う方が、いらっしゃいますかな?」
会場内での反応はなかった。
「ふうん。まあ、言いにくいでしょうなあ。その現場にいた方は?」
もちろん、ダレル自身がそこにいたわけだし、ジャヌアンが二人を襲ったことは分かっている。
「それは、さきほどもお話したが、ダレルさんです。」
タンゴ司令が言った。
「ふうん。ダレル副首相それは事実ですかな?」
ダレルは自席にいるままで答えた。
「ジャヌアンさんが、お二人を気絶させたことは、おそらく事実です。しかし、ぼくは、一切指示はしていないし、お二人の体が間に入っているから、実際に何をしたのか見てはいない。彼女が勝手にそうした行動に出たのです。」
ダレルは答えた。
「ほう。なぜ?」
「それは、彼女が僕に取り入ろうと、していたためです。」
会場が、再びざわついた。
「取り入る?何の為に。」
「ええ、彼女はスパイだったと思われますが・・・。情報収集のためでしょう。ぼくは上手く騙されたふうにして、彼女を一旦雇おうとしていたが、もちろん実質的な仕事は何も与えてませんでした。その後、行方不明になったのです。」
「スパイ? どこの。または誰の!?」
ダレルは、ブル先生の意図がまだわからなかった。なので、様子見をした。
「今のところ解明されておりません。」
「ふうん。私は、なんどか「ビュリアさん」という謎の女性から、無理やり「お茶会」とやらに呼び出され、そのとき、このジャヌアンさんにもお会いしました。彼女は未来から来たと言っておりましたな、あなたもいた。・・・」
会場が、大幅に沸いた。
『くそ、それを言うのか、最初から? ブルさん、何を狙ってる? 自分が窮地に立つぞ。』
ダレルは、そう思いながら、マイクを持った。
「スパイですからね。そんな言い方だってするでしょう。ブル先生、あなたは物理学者じゃあないが、未来から人が来るなんてあり得ると思いますか?」
ブル博士はあっさりと言った。
「いや。あり得ないと思いますがね。さて、そこで、あの「ビュリア」なる人物ですが、これは誰ですか?タンゴさん。」
タンゴはマイクを持って、座ったまま答えた。
「ビュリアは、「青い絆」の魔術師だった。それは、「青い絆」のメンバーに聞いてもらった方が良いでしょう。「青い絆」は、火星の民主化を掲げて組織された、テロリスト集団であります。長い間、リーダーはアダモスと言う人物だったが、事情はよく知らないが、失脚した。その右腕は、カシャという人だが、ここにその顔が見えている。また新しいリーダーは、攻撃隊長だったギャレラ氏であったが、この人も、ここにいる。彼らは、実は金星のビューナス様の支援を受けていた。火星の改革の為に働いていたのです。つまり、我々の敵ではなかった。ビュリアさんは、これは、軍人の感覚ですが、「青い絆」の、陰のリーダーのような感じがしていた。最近は独自の動きをし、火星の王宮の敷地内に『宗教』を立ち上げている。このあたりは、よくわからない。実際に火星の民主化が実現した後、組織を離れたのか、内紛でも起きていたんだろう。しかし、火星の王宮内に、ああした施設を作れるんだから・・ああ、映像でしか見てませんよ・・現火星政府との関係もあったんでしょうなあ。たぶんね。そこはカシャさんなりギャレラ氏なり、ダレルさんなり、リリカ首相に、ぜひ聞いてください。今すぐでもね。私も知りたいくらいだ。非常に錯綜した状況だったんだから。ああ、あるいは本人にね。生きているならばですが。」
「おわーっ」という声が会場内に沸き上がった。
「ふうむ。しかし、そうなると、当然、ビュリアさんにもお話を聞きたいですなあ。先ほどは、お名前を言うのを躊躇したが、このかたこそ、火星民主化の中心人物であったかもしれませんぞ・・・あるいは、崩壊のね。」
また大きな声が会場内に沸き上がった。
ブーイングもあった。どうやら信者たちが来ているらしい。
『まあ、とりあえず、ビュリアを引っ張り出したいということかな。しかし、ブル先生、ジャヌアンのことも公にするつもりか。それは危険だな。まだ早すぎる。ぼくとしては、もう次の「人類滅亡事件」なんて、話せるわけがない。』
ダレルは思った。
「しかし、ここには、お姿が見えないが。ねえ、ダレルさん。」
「御静粛に。皆さん。ええ、ビュリアさんいらっしゃいますかな? ああ、ダレルさん?」
議長がダレルに振った。
「ああ、いません・・・ね。」
「ビュリアさんとは、連絡が取れるのですか?」
「ああ、すぐには無理ですが、ぼくの得ている情報では、明日にはここに来るらしいです。」
「ほう、それは素晴らしい。では、議長、今日これからと、あす、これらの方々に、順次お話を聞かせてもらおうじゃないですか。確か、ダレルさんは、この後ご登壇ですな。」
ダレルは、うなづいた。
「それならば、質問はまた、後ほどという事で、どうも!」
ブル先生は、本当に、にこやかに席に着いた。
『ほう、あんな顔も出来るんだ。』
ダレルは、心底びっくりした。
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『ママ』は、猛烈に落ち込んでいた。
火星と金星を壊滅させたとき、『ママ』は、老人性の『認知症』のような状態になっていた。
ビュリアも、そこはわかっていた。
しかしながら、あそこまでの行動に出るとは、不覚にも考えていなかったのだ。
文明崩壊後、『ママ』は、症状が改善してきていた。
たくさん背負っていた負担が、一気に無くなったことが、どうやら良い方向に作用したらしい。
しかし、それは『ママ』にとっては、苦しみの始まりともなった。
ビュリアも、『ママ』をどうするか、まだ結論を得ていなかった。
ビュリアとしては、異例中の異例な事態だ。
そこに、例の「警察官」が現れたのだ。
彼らは「金星」に、何らかの意識が存在することを見出した。
しかし、それは、先日出合ったビュリアとアニーのように、コントロールは出来ない「意識」だった。
そこで、彼らは様々な問いかけを行って、その「意識」をなぐさめようと試みたのだ。
『ママ』は、なかなかしぶとかった。
そう簡単には、懐柔できそうではなかった。
とにかく、何か「回答」させようと「警察官」たちは頑張った。
「お名前は?」
「どうしたのですか?お悩みならば、お伺いいたしましょう。」
とか、そんな感じだ。
『ママ』は、ビュリアに助けを乞いたいと思ったのだけれども、もしそうしたら、この「警察官」たちに悟られるかもしれないと考えた。
そこで、ひたすら、だんまりを決め込んだのである。
これ以上、娘に迷惑なんかかけたら、いったい何をされるか、分かったのもではない。
『ママ』は、ビュリアが怖かったのである。
それにアニーが気付くのに少し時間がかかったが・・・そう1時間くらい・・・アニーは、すぐにビュリアに連絡を取った。
「まあ、当然そうなるかなあとは、思っていたけど、『ママ』頑張ってるのね、でも、その状態は、ストレスが増すわね。しかたがないわ。助けに行きましょう。」
「いいのですか?」
「いいも良くないも、他に手はないでしょうね。見捨てたら、『ママ』また何をしでかすか、心配でしょう?」
「ええ、そうですよね。」
「くまさん」が宙で嬉しそうに踊った。
ビュリアの「本体」(と言っても、仮想の本体だが)は金星に出向いた。そうしてそこにいた「警察官」に対して要求をしたのだった。
「第55銀河警察本部第601班警部「2051」さんを呼んでください。」
「しばらくお待ちを・・・」
「警察官たち」は答えた。
すぐ近くにいたらしく、警部「2051」は五分もしないうちに現れたのだ。
「おお、ビュリアさん。やはりおいでになりましたか。」
「あら、予測していたと?」
「まあ、半分くらいは。ははは。いや、助かります。この惑星には、知的な「意識体」が存在するようなのですが、こちらの呼び掛けに応答してくれません。しかし、なんとなく、怯えているような「気が」するのであります。非常に気になる。ま、刑事の勘ってやつですな。」
「勘は大切ですわね。よくわかります。」
「いやあ、どうも。実はね、あれから、色々情報も集めてきました。まだ、ちょっとですがね。その中で、あなたのお名前も出て来ていた。あなたは、「青い絆」という組織の「魔女さん」でしょう?それならば、話が通じてきます。我々の故郷にも「魔女さん」はいた。やはり、意識だけの存在で、ちょうどあなたによく似ていました。様々な魔力を持ち、宇宙のどこにでも行けた。必要ならば、物質の体も形成できた。ね、そっくりでござんしょう?」
「なるほど。いい線ですわね。」
「そう、確かに。そうです。そこで、これはこの星の「意識体」も、あなたに関係があるんだろうと。つっついていたら、あなたならば、必ず現れるだろうと・・・」
「そんなことしなくても、電話して下さればよいものを。」
「いやあ! ははは、それは気が付かなかったなあ! こんな体してますとね、電話なんてものは、忘れてしまうんですなあ。ははは。で、いかがですか?」
「母です。」
「は?はは?」
「そうです。この意識は、母のものです。むかしは体もあったのです。」
「炭素体ですか?」
「そうですわ。」
「やはり、そうでしたか。なるほど。でも、なんで、この惑星の中に?」
「この星の生物や文明を維持するために、星になってもらっていたのです。」
「なあるほどお。うんうん。そりゃあもう、よくわかりますなあ。いやね、だって、あたし自身が、こうでしょう。嫌と言うほどわかりますなあ。」
「それは、どうも。」
「でね、あなた、『ブリューリ』というものを、ご存知ですか?」
今は、強い太陽の光の中で、真っ青に輝く「警部2051」は、本題に入った。
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