わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第十回
「それでは、まず火星側と金星側からおひとりづつ、『基調報告』を行っていただきます。火星側からは、ブル博士、金星側からはジュアル博士、ともに皆さんよくご承知の通り、それぞれの惑星に関する総合的な専門家です。では、まずブル博士からどうぞ。時間は短くて恐縮ですが20分から30分程度で、ぜひお願いします。」
見ただけでも、不愛想で好戦的な雰囲気満々のブル博士が席を立った。
となりにいたアバラジュラは、金星の呪縛からはすでに開放されていたが、ブル博士の手が激しく震えているのに気が付いた。
ものすごく緊張しているのだ。
「先生、リラックスですよ。リラックス。微笑みを友として・・・」
「うん、うん、よくわかってる。ありがとう。」
ブル博士は、あたかもロボットが、ない筋肉を無理やり作って、微笑みを浮かべようとしているような表情を浮かべながら、壇上に立った。
「こいつは、そうとう無理してるなあ。気の毒に。」
女将さんがつぶやいた。
「ええ、紳士淑女、その他の皆さん。火星の滅亡にいたりし道を、ここでは簡略に述べますが、その前に少しお話してからにします。さて火星は、太陽から約2億2800万キロ離れて存在しています。太陽系は約43億五千万年ほど前に形成されたと考えられます。太陽に近い方から、水星、金星、地球、火星と惑星が存在しますが、これらは金星型惑星または火星型惑星と呼ばれます。まあ、あと2億年くらい先には、地球型惑星と呼ばれるようになるでしょうな。最も早く生命が誕生し、急速に進化したのは金星であります。これが果たして、本当に自然のなせる業だけだったのか、議論が続いておりましたが、結論は出たような出ていないような、であります。まあこれはジュアル君に譲ります。さて、火星は、おおむね金星や地球と同時期に形成されたが、生物の発生は、ほぼ金星にわずかに遅れてであったと考えられます。進化の過程は少しゆっくり進みました。見た目は大変よく似てはいるが、大きな違いもある。火星には大型の恐竜類恐竜種が存在したが、金星ではそれらは、見当たらない。火星人は、恐竜類から出た「哺乳恐竜類」から人類に至ったと考えられるのに、金星は進化の別れ方が違う。金星人は、あくまで哺乳類であります。しかし出来上がった姿はそっくりだったのです。不可能なはずの交配も可能となった。このあたりに明らかに、人為的な操作が認められると判断され、それらは共に「女王」によってなされたと、主流の学説は考えています。もちろん、金星側を中心として、進化論そのものに対しても、また女王の介入に対しても、大きな批判がありますが。このあたりのややこしい対立は省略。
さて、火星に関して、最大の問題は、歴史時代が、大きく二つに屈折している事であります。第一次の歴史時代は、「女王独裁による闇の時代」として、「第二次の正当な歴史時代」によって、ほぼ抹殺されました。すなわち、消されたのであります。しかも、これについて、私のように、堂々と語ることはタブーであり、学界でも考える事さえ、事実上禁止でありました。私が生きてこれたのは、ひとえに女王様と友好的な関係を築いたという事に尽きます。しかし、この当時の出来事には、実は大量の文献や資料が、どこかに残されているはずなのです。何しろ、すでに多くの情報伝達手段があり、コンピューターがあり、大量の本が作られていたことは、ほぼ確実です。宇宙旅行さえ可能だったのです。しかし、今日それらは全く見当たらない。」
会場がどよめいていた。
「まあ、むりもないですな。火星の教育では、この第一次の文明時代は、女王による悪の独裁時代とされます。まだ、当時単なる極悪の悪魔であった女王による、恐るべき独裁時代として、言語に絶する恐怖の支配が行われていたことになっていますから。そのあまりの残酷な行いは、金星の文献にも多数残されているのですから、多くの方は事実であると考えてきました。そうして、この蛮行は、あまりに残酷であるために、善良な王国民には、けっして、すべてを知らせるべきものではないとして、一部の代表的な事例を除いて、逆にひたすら封印されてきました。今の今までですぞ。が、そんなことがあり得るものでしょうか?」
また、ざわざわとした。
「否! 否! すべては虚偽であり、偽造された歴史だったのです。その首謀者は「ブリューリ」であり、その手先に成り下がった、「女王」自身だったのであります。」
激しい拒否反応が起こった。ブーイングの嵐となった。
「御静粛に願います。」
カタクリニウクの声は、大きく迫力があり、効果も抜群である。
それでも、このざわめきは、しばらく続いた。
けれども、よく見ていると、拍手喝采している一団もいるのがわかる。
「時間がないので、ここにはあまり、とどまりたくないのでありますが・・・」
「ウソつけ!」
ダレルがつぶやいた。
「こりゃあ、1時間はたっぷり、かかるな。夕食は遅くなる。」
************ ************
「教会」の自室で、ビュリアはテレビ中継を見ていた。
真っ白な壁に包まれた大きな部屋だ。
買ってあげたばかりの、人間くらいの大きさがある巨大な「くまさん」が、空中でお辞儀をしたり、ひっくり返ったり、逆さまになったり、手を振ったりしている。
アニーさんは、大変気に入ったようだった。
「ブル先生、さっそく始めたわね。」
『爆弾発言ですね、』
「まあ、「爆弾」と言うか、「地雷」というか。なんせ、これは番組の予告編だもの。これで、明日からの分科会で、ブル先生の部屋は満員になる。まあ、ジュアル先生が、いったい、何を語るのかにもよるわね。でも絶対二人で話し合ってる。」
『話し合っていたことは、確認されています。まあ、上手くやっていますので、内容は分かりません。』
「十分よ。でも、こうしてくださることは、実にありがたい。」
『そうですか? しかし、アニーは、あの「宇宙警察」の方が気になりますね。どんどん聞き込みや資料集めを始めています。おっしゃるように、本体から小型の「おもちゃのカニ」みたいな宇宙艇が、2憶個以上放出されました。』
「まあ、本気でしょうね。何か見つけたんだろうな。」
『何をですか?』
「ブリューリは基本的に不死だけれど、古くなった体表の細胞がぽろぽろ剥がれることがあるの。人間には、それを宇宙空間から検出するのはちょっと難しいけれど、彼らならできるでしょう。」
『じゃあ、ブリューリがここにいたことは・・・』
「そらあまあ、すでに掴んでいたんでしょうよ。」
『でも、なんで、アニーに情報流出禁止のキーを、わざわざかけたのですか?』
「念のため。あなたは口が軽いから。勝手に調べるから。」
************ ************
ブル博士は絶好調になった。
「皆さんが、信じがたいのはよくわかります。ここに資料を一つお示ししましょう。これは、大学の古い図書館の奥お奥のそのまた奥から、たまたま発見したものです。廃棄するつもりでいたのが、見落とされたのでしょう。鑑定した結果、これは3億年以上前の特殊シートに印刷された本です。この文字は、非常に特殊なもので、現在すらすら読める人間は、おそらくごく少数・・・たぶん一人か二人か三人か、しか、いませんでしょう。したがって、私が嘘を言っていても、その方以外には、見破れません。さて、例えば、皆さんの中で、読める方がおられますかな?女将さん。いかが?」
突然指名された女将さんは、ややどぎまぎした。
「あの~。困ったなあ。知らないですよ。」
ざわざわと、また会場がどよめいた。
「なるほど・・・。実は、私もほぼ、読めないのです。これは非常に独自の言語であり、文字です。分かっていることは、3億年前には、法律や歴史の正本として、このような形で、特殊な紙に印刷し、原本として作られていたのではないかと、思います。これは非常に長く後世に残ります。たぶん普及語でも、正本が作られていたし、その他の言語にも訳されていたはずです。そのいくつかを、ごく最近ですが、まとめて一緒に保管されていたものを、私が大学図書館で発見したという訳です。これは、そのうちのひとつです。分析もしてませんし、まだ公表もしておりませんでしたが。これらの言語は、第二歴史時代になった後、意図的に排除されました。つまり、言語として使われなくなり、忘れられ、意味が解らなくなりました。我々が使っている言語は、すべてその後出来たものです。でも、これらは、当時、後世に残す意図で作られたものであろうにもかかわらず、今のところこれ以外には残っていない。つまり、第一歴史時代の文明が、我々に意図的に隠されてしまっている証拠のひとつです。」
会場がまたささやき合いでいっぱいになった。
「さらに、この本には、どうやら付録が付いているようです。マイクロチップらしきものが封入されております。困ったことに、まだ取り出すことさえできません。うっかり引っ張り出すと、崩壊する仕組みのようなのです。何らかのパスワードなどを、何かの方法で入れてやる必要がありそうなのですが、その方法も不明です。で、この後会場に展示します。厳重な展示箱なので、持ち帰ろうとすると、逮捕されますのでご注意を。ただし何か情報をお持ちの方がいらっっしゃいましたら、是非ご教示いただきたいのです。いずれにせよ、第一文明時代は、伝えられてきたような、恐ろしい恐怖の野蛮な暗黒時代では、どうやらなかった可能性が高いのです。つまり我らが女王様は、当時は、実は悪魔や魔女ではなく、むしろ気高い天使だった可能性が高いのであります。・・・これは、まあ、現在の主流説と比較してという、意味ですが。(また会場全体が、大きく、ざわざわした。)さて、残り時間で、火星崩壊の際の状況を簡略にお話します。」
ブル博士は、火山の大噴火の予兆と、その終息、その後突然に何が起こったかを、単純に資料に従って、そこに列挙していた事項を読み上げるにとどめた。
その内容は、皆さんがすでに知っている通りの事である。
しかし、彼は当然のように、こう付け加えて言った。
「まず、なぜ突然このようにマグマがお尻から抜けてしまったように消えたのかは、全く不明です。一体全体どこに行ってしまったのか? それと、現在この会議に絶対必要な人が、どうやら来ておりません。効果的な登場を狙っているのやも知れませんが。それがどなたかは、本部はお判りでしょう。ここでは指名しませんから、明日は、ぜひ出て来てもらえるように伝えてください。でないと、多分多くの事実は永遠にわからずじまいになるでしょうから。女将さんよろしく。」
*********** ************