わたしの永遠の故郷をさがして 第三部 第一章 第百三回
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ポプリスとババヌッキ社長が、何かを合意したらしき顔をしながら自席に戻ったのをじっと見ていたカタクリニウク議長は、内心ちょっと自分の果たすべき事のタイミングを、一回外したかもしれないな、とは思った。
もちろん、この時点では、その思い自体は、まだそれほど強いものではなかったが。
「さて、では、この際、リリカ首相様から、新しいタルレジャ王国の発足時における臨時政府の陣容の案を示していただこうと思うのですが。」
ビュリアが、そう、提案した。
「え?ここで?ですかな?」
ブル博士が、いかにも怪しいな、という風情で反応をした。
「また、なぜ、ここで? また、総会でやればよいではないか。」
「もちろんそういたしますが、皆さまのご了解を頂いておきませんと、現場でもめますでしょう?きっと。」
「まあ、そうだろな。」
珍しく、ダレルがあっさりと同意した。
「む、こいつら、やはりグルか。」
とはいえ、ブル博士にしても、強力に反対する確固たる理由などは、なかったのである。
地球の所有者は、もしまだ法は有効であるとの立場から言えば、ビュリアであって、彼女の意向が大きくものを言うのは仕方がない。
法はすべてもう無効だなどと主張したら、ブル博士の立場も無効になりかねない。
ブル先生は、本来無欲な聖職者ではない。
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「では、『地球新タルレジャ王国』の、暫定閣僚候補を読み上げます。これは、地球の所有者であるビュリアさんのご意向も踏まえつつ、火星ダレル副首相と、私、火星首相、リリカが作成いたしました。もちろん、単なる素案であります。まずは皆さんにご協議いただきたい。その後総会に諮りますが、聞くところによれば、どうやら他の案をご提出予定のグループもあると聞いております。」
「え?」
マヤコがびっくりしたようだった。
「そんな、グループって、作ってる人たちがいたんだあ。びくし。」
「まあ、それは、あれだけ多くの火星人と、金星人が集まっているのですから、そういうことは、あるでしょうなあ。」
ダレルが答えた。
「ここに、そのグループの人がいるのかい?」
こんどは、女将さんが興味深そうに尋ねてきた。
「まあ、そこらあたりは、わたくしどもが言うべき事ではないし、そのグループの実体もよくは知らないのです。」
こんどは、リリカが言った。
「ふうん・・・・・」
マヤコがちょっと眉をかしげながら言った。
「ええ、ですから、まあ、このままで決まるわけでは無しですから。ええでは、読みますですね。おほん・・・。」
皆が注目した。
「まず、国王。パル君。ええ、正式なお名前が、それ以上分からなかったので・・・、ウナさん、いかが?」
「ああ、いえ、ただの、パル君です。」
「ああ、なるほど。つぎに、首相、アラン・パユ・ニコラニデスさん。」
ニコラニデスが物陰から現れた。彼が来ていることは、ほとんど誰も気がついていない位に、おとなしくしていたのだった。
「ほう・・・・」
ブル先生がつぶやいた。
「なお、大統領席を設けるという考えはありますが、いまのところ、空席とします。」
「なぜ?」
ブル先生が即座に言った。
「後で申し上げます。え、次に、副首相はおふたりで、カイ・ガイクンダさん。ここにはいらっしゃいませんが。まだ、ちょっと体調が不安定なので。でも、大変重要な方です。そうれから、ああ、ガヤ・カタクリニウクさん。もちろん、こちら、議長さんです。」
カタクリニウクが肯いた。
「老骨ですぞ。」
「住民代表大臣、マヤコさん。フルネームは不明ですが。」
「は?あたっし?」
「はい、そうです。」
「漫画見たい。」
「ええ、いやいや、適任ですよ。安全管理大臣、カシャ・カウさん。」
「なんと?俺が大臣。漫画じゃなくて、ジョークだ。」
「科学文化大臣、ブル博士殿。」
「ふん!」
「教育大臣、ジュアル博士殿。」
ジュアル先生は、ずっとブル博士の後ろで腕組みしたまま終始無言だった。
「このかたがたは、タルレジャ政府の中心です。南島に関する権限を持ちます。次に北島に関しては、全権を持つのは、もちろん国王ですが、そのもとに王室を置きます。王室の長官は侍従長とします。侍従長候補として、警部2051さんを推薦します。」
「はあ・・・?そりゃあ、初耳ですな。あたしは、生涯、いち警察官ですよ。まさか。」
「侍従長は、国王と、王室、またタルレジャ教会を維持し、政府との連絡役となります。重要職です。適任と考えます。また、『警部』さんは、そう呼ばれてはいますが、公式にはその職は確認不可能です。」
「いや、まあ・・・それは、そうですが。」
「タルレジャ教会は、全権をビュリアさんが掌握します。しかし、教会業務以外には、一切関与できません。」
「ああ・・国王は、関与可能なのかな?」
ブル先生が尋ねた。
「国王は、国政を担う政府には、自らは、関与できないこととしたいと思います。国王は君臨もせず、統治もしません。しかし、全国民は、国王を尊重する義務があります。」
「ふん。まあ、ならばまだよいが。それで、なお、国王がいる意味があるのかな。予算の無駄ではないか。」
「王室と教会には、独自の収益事業を認めたいと思っています。もちろん、制約は課しますが。」
「ふうん・・・・ふううううんんん!・・・」
ブル先生は、後半ほど語気を強めた。
「まあこれは暫定的な骨子ですよ。詳細を決めるのは、あくまで、王国政府自体ですから。すべてが変わる可能性もある。しかし、国王の存在は、変えない事にしたい。ビュリアさんのご意向でもあります。」
「それで、民主主義が成り立つのかな?火星の二の舞もありうるのでは?」
「そのあたりも、王国政府が考えるべき事です。遥か未来のことは、わからないですよ。」
「まあ、わかってもおりますが。」
ビュリアが、ふと、口を挟んだ。
「はあ?あなたには、未来が分かっていると?」
ブル先生が敵対的に突っ込もうとした。
「先生。あなたのよくないところは、そうしたところですわ。」
「あなたがおかしなことを口走るからだ。」
「ああ、まあ、失礼いたしましたわね。どうぞ、お気になさらずに。」
「ふん!」
ブル先生はそれ以上は、ここでは追及しなかったが・・・。
しかし、当然ながら、リリカは思っていた。
『ビュリアさんは、勿論未来を知っている。わたしも、いくらかは知っている。でも、それは、いつでも変化するとも聞いている。このあたりの仕組みの解明ができないと、科学と宗教はなかなか仲良しにはなれないだろうな。ビュリアさんは、いや、ヘレナは、科学を捨てて、宗教を採ったのか・・・いささか、まだ怪しいなあ。』
結局のところ、案は、案として、総会に乗せることは、了承された。
「で、なんで、大統領は空席なんだ?」
ブル博士が確認した。
「適任者が、見当たらないからですよ。」
ダレルがあっさりと言った。
「きみとリリカさんは?」
「ぼくたちは、火星の閣僚ですよ。総会以降、地球の事には口は出さないつもりです。当分はね。」
「ほう・・・・当分とは?」
「地球人が、ぼくらと、ほぼ対等に話し合えるくらいになるまで。」
「ふうん・・・・・・・そりゃあ、何億年も先のことだろうよ。来ないかもしれないぞ。」
「いえ、来るのですわ。それは、間違いがないのですわ。」
ビュリアが言い切ったのだった。
ブル先生とジュアル先生は、顔を見合わせた。
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